BCPは失敗事例から多くを学べますが、成功事例にも重要な示唆があります。成功事例には、「なぜ本番でBCPが機能したのか」という実践的なヒントがあるからです。今回は、私がイギリスで働いていた時に経験した、あるクライアントのBCP成功事例をご紹介します。
数十分の停止が損失につながる事業
当時、私が支援していたクライアントの1社は、金融に関わるトレーディング事業を行っていました。この案件で私は、技術支援を行うコンサルタント(エンジニア)として関わっていました。事業の特性上、日中にシステムや通信回線が停止し、数十分、場合によっては数分でも取引ができなくなると、大きな損失につながる可能性があります。
そのため、通信回線には99.9%台の可用性をうたう英ブリティッシュ・テレコム(BT)の専用線が使われていました。しかし、それでも「絶対」はありません。万が一、メインの通信回線やシステムが使えなくなった場合に備え、その会社はテムズ川を挟んだ対岸にバックアップ拠点を設けることにしました。
想定していた流れはシンプルです。
- メインのシステムが止まる。
- 復旧見込みが立たないことがわかる。
- トップマネジメントがBCP発動を意思決定する。
- 社員がバックアップ拠点へ移動する。
- バックアップシステムを立ち上げ、業務を再開する。
文字にすると簡単そうに見えます。しかし、実際にはそうではありませんでした。
訓練で何度も失敗した
まず、我々エンジニアが、本番環境を止めない模擬的なテストを行いました。すると、バックアップシステムがうまく立ち上がりません。原因を調べると、オフィス移転に伴うネットワーク設定変更など、手順書に抜け漏れがあることがわかりました。手順書を修正し、再度テストを行います。何回かのテストを経て、ようやく動くようになりました。
ただし、本番で操作するのは、我々エンジニアではありません。実際に動くのは、その会社の社員です。そこで、今度は当事者である社員の方々に操作してもらいました。
すると、またうまくいきません。慣れていないこともあり、手順どおりに進められない場面が出てきました。さらに訓練を重ね、手順も見直しました。これで大丈夫だろうと思って、1カ月後、再び訓練をすると今度もまた失敗します。
前回は動いたのになぜだろう。原因を調べると、その1カ月の間にメインサイトのシステムのソフトウェアが更新されており、バックアップ拠点のシステムとバージョンが合わなくなっていたことがわかりました。
システム構成、運用手順、担当者の理解、実際の操作感。これらを一つひとつ確認しながら、テストと修正を繰り返していきました。最終的には、本番環境を実際に停止させ、バックアップ拠点へ切り替え、そこで実業務を行うところまで確認しました。振り返ると、テストは10回以上実施していました。
“まさか”は本当に起きた
その半年後のことです。サービス可用性99.9%台とされていた専用線が、本当にダウンしたのです。
しかも、すぐには復旧しません。復旧見込みも不透明な状況でした。この時、トップマネジメントは判断に迷いました。
もう少し待てば復旧するかもしれない。
しかし、待ち続ければ、その間ビジネスは停止し続ける。
BCPを発動しても、切り替えに失敗するかもしれない。
どちらを選んでもリスクがあります。それでもトップは、比較的早い段階でBCPの発動を宣言しました。
社員はバックアップ拠点へ移動し、訓練どおりに切り替え作業を行いました。結果として、切り替えは成功しました。もちろん、すべてが完璧だったわけではありません。いくつかの機能は期待どおりに使えませんでした。
それでも、主要なビジネスは継続できました。これは、まさにBCPの成功事例と言えると思います。
成功を支えたのは、当事者の自信だった
なぜ成功したのか。
立派なBCP文書があったからだけではありません。手順書が整備されていたからだけでもありません。
本番で実際に動く当事者が、何度も訓練し、何度も失敗し、修正し、「自分たちでできる」という感覚を持てていたからです。この経験から学んだことは、シンプルです。
BCPは、作っただけでは機能しません。
説明しただけでも機能しません。
一度訓練しただけでも、まだ不十分です。
重要なのは、いざという時に実際に対応する当事者が、自信を持って動ける状態になっているかどうかです。そしてどれだけ訓練をしても、本番では迷う場面に直面します。
発動すべきか。
もう少し待つべきか。
一部の機能が使えない中で、どこまで業務を続けるのか。
こうした判断は、机上の計画だけでは乗り越えられません。誰もが必ず迷うからこそ、訓練を通じて得た「迷いながらも決断を下した経験」や、「これに似た状況は訓練で経験済みだ」という確かな手ごたえが有事では物を言うのです。単なる確認訓練ではなく、実際に当事者が手を動かし、失敗し、修正し、もう一度試す訓練が必要です。
訓練で100%の自信を持てる状態まで持っていって、ようやく本番ではその7割、8割が発揮できる。そのくらいの意識で備えておくことが大切だと思います。
今回ご紹介したのは、ITに関するBCPの事例でしたが、実は私は、似た成功事例を風水害のBCPでも知っています。 それはまた、いずれご紹介したいと思います。
これから風水害シーズンを迎えます。皆さんの会社の風水害BCPは、当事者が自信を持って動ける状態になっているでしょうか。BCPは、文書として存在しているだけでは機能しません。
いざという時に、当事者が動ける。
迷いながらも、判断できる。
多少の不具合があっても、主要な業務を継続できる。
そこまで到達して初めて、BCPは本当に役に立つものになります。ぜひ、自社のBCPを「作りっぱなしの計画」から「動ける備え」へと進化させていきましょう。