「作る」と「創る」は分けて考える――AI時代だからこそ、いったん手を止めてみる
こんにちは。毎日いろいろな媒体に目を通していますが、最近、気がつくとAI関連の記事ばかり読んでいる自分がいます。
そんな中、時々目にするのが「若手や新卒には、あえてAIを使わせない」という話です。理由はいろいろあります。「AIに頼ると自分で考えなくなる」「AIが作ったものをほぼそのまま上司に投げるので、かえってレビューする側の負担が増える」。なるほど、確かにそういうことはありそうです。
ただ、私はこの問題、AIになって突然始まった話ではないと思っています。
PowerPointでも、同じことが起きていた
ずいぶん前になりますが、PowerPointが仕事の道具として当たり前になった頃、私はあることが気になっていました。みんな一生懸命、提案書を「作って」いる。でも、その様子をよく見てみると、かなりの時間をテキストボックスの位置合わせや、色味の調整、フォントサイズ、図形の配置といったことに使っている。感覚的には、資料作成時間の7~8割が、そうした作業に消えているケースさえありました。そこで当時、私は「“作る”と“創る”は分けて考えた方がいい」という趣旨のコラムを書きました。
私なりの定義では、「創る」とは、そもそも何を伝えたいのか、どんな順番なら伝わるのか、相手に何を考えてもらいたいのかを考えること。一方の「作る」は、それをPowerPointという形に落とし込むこと(作業)です。
問題は、「作る」ための道具が便利になればなるほど、「創る」よりも「作る」に意識を奪われやすくなることです。だから私は、資料を考える最初の段階ではPowerPointを開かず、A3の白い紙を広げて考えてみることを勧めていました。まず紙の上で頭を使う。何を伝えるかが固まってから、初めてPowerPointを開く。今振り返っても、これはそれほど間違った方法ではなかったと思います。
PowerPointの場所に、AIが入った
そして今、PowerPointの場所にAIが入ってきた、と考えるとわかりやすい気がします。AIは文章を作ってくれる。論点を整理してくれる。アイデアも出してくれる。場合によっては資料そのものまで作ってくれる。つまり「作る」能力が、PowerPointの時代とは比較にならないほど強力になりました。
ところが、ここに少し厄介な問題があります。PowerPointで文字の位置を直している人は、自分が「作業をしている」とわかります。しかしAIと対話していると、自分自身が深く考え、「創っている」ような感覚になりやすい。AIが出した案に、「そうそう、まさに自分が考えていたことはこれだ」と感じることもあります。
本当にそうでしょうか。興味深い研究があります。
Cornell UniversityやCornell Techなどの研究チームが、2つの大規模実験を通じて、文章作成AIによる自動補完が人の意見にどう影響するかを調べました。対象は合計2,500人超です。あらかじめ一定の立場に誘導するよう設定されたAIの文章提案を受けた人は、提案を受けなかった人に比べ、実際にAIの立場に近い意見を持つようになりました。しかも興味深いことに、被験者はその変化をほとんど自覚していませんでした。さらに、AIに偏りがあると事前に警告しても、あるいは使用後にその偏りを説明しても、被験者の考えが無意識にAI側へと誘導されてしまう現象は防げなかったと報告されています。
もちろん、この研究だけで「AIを使うと思考力が落ちる」と結論づけることはできません。ただ、少なくとも1つ言えそうなのは、人間は自分が思っている以上に、道具から影響を受けながら考えているということです。しかもAIの場合、その影響を受けていること自体に気づきにくい。ここが、PowerPoint時代との大きな違いなのかもしれません。
「AIを使わせない」のではなく、「創る時間」をつくる
そう考えると、「新卒にはAIを使わせない」という企業の取り組みも、少し違って見えてきます。私は、AIを使わせないこと自体が正解だとは思いません。これからの仕事では、むしろAIを使いこなせないことの方が問題になるでしょう。ただ、「創る力」を鍛えるために、あえてAIを使わない時間を設ける。これは十分に意味があると思います。そして、これは新卒や若手だけの話でもありません。
何かを考え始めるとき、反射的にChatGPTを開く。その前に1度だけ、真っ白な紙を置いて考えてみる。
「自分は、本当はどう思っているんだろう」
「何が問題だと思っているんだろう」
それからAIを使えばいい。「創る」はまず人間がやる。「作る」はAIに大いに助けてもらう。
もちろん、実際にはそんなにきれいに分けられるものではありません。それでも、この2つを意識しておくだけで、AIとの付き合い方は少し変わる気がします。
皆さんも、「作っている」ことを「創っている」と錯覚してはいないでしょうか。たまにはチャッピーを脇に置いて、白い紙を1枚広げてみる。あるいは、青い空でも眺めながら考えてみる。AI時代だからこそ、そんな時間が案外大切なのかもしれません。