机上の知識は空論になりがちです。だが、そんな中にあっても「失敗を追体験できる本」ほど価値のあるものはないと思います。経営コンサルタントの堀紘一氏も「読むなら、人の成功体験よりも、失敗体験のほうを強くお勧めする」と言っていますが、まさにそのとおりではないでしょうか。
そう考えますと、失敗を追体験できるこの本は、まさに健全な会社経営をしたい人にとって、あるいは、コーポレート・ガバナンスとはどうあるべきかを学習したい人にとって、貴重な教科書と言えるでしょう。
いきなりコーポレート・ガバナンスという言葉を使ってしまいましたが、コーポレート・ガバナンスとはそもそも何でしょうか? コーポレート・ガバナンスとは、「従業員、顧客、規制当局、投資家、債権者、取引先など利害関係者間のいずれか一人に、一方的な好都合・不都合が生じ過ぎないように企業の舵取りをみんなでいろいろと考えていくための仕組み」です。本書は、このコーポレート・ガバナンスが機能不全に陥った組織・・・東芝に、一体、何が起きていたのか? 東芝の粉飾は、どうして起きたのか? どのように起きたのか?についての真相を暴いた本です。
一応、簡単に、東芝の粉飾について簡単におさらいをしておきます。ことは2015年の某日、東芝のある社員が証券取引等監視委員会に内部告発したことから始まりました。これをきっかけとして、証券取引等監視監視委員会は東芝に開示検査に入りました。おかしな点が見つかったため、その2ヶ月後、東芝は社内で独自に特別調査委員会を立ち上げました。しかし、不正を把握しきれなかったことから、5月に第三者委員会を立ち上げました。結果、2009年3月以降の7年間で1500億円超の利益水増しがあったこと、経営トップの関与があったことが明るみになった・・・という事件です。
裏の裏の裏まで迫った・・・まさに闇を暴いた本
本書の特徴は、こうした経緯を、内部告発によって得た情報を手がかりに裏とりを行い、克明に実態を負っていることにあります。
東芝では「チャレンジ」と称し、通常の方法では達成不可能な業務目標を強制することが半ば常態化していました。同様の経験をお持ちかどうか、強制された時にどのように対応したのか、率直なご意見をお聞かせください。アンケートは所属組織名も含め、実名でお応えください。内容に応じて、日経ビジネスの記者が取材させていただきます。取材源の秘匿は報道の鉄則です。・・・(以下、省略)・・・。 (出典:東芝粉飾の原点 集まった800人の肉声より)
日経ビジネスが、こんな文面を紙面やWEBサイトに載せ、最終的に800人以上から情報を入手することができたそうです。ゆえに、他の新聞や雑誌、書籍では取り上げ得ない裏側の裏側にまで迫っている本であることが明らかです。著者の取材が入ったことで、東芝がひた隠しにしてきた事実・・・子会社のウエスチングハウス単体で巨額の減損があったことが明るみになった話はまさに「裏の裏の裏にまで迫った」を証明するものでしょう。
結局、粉飾をしても誰も何も得しない
それにしても、ここまで「組織は腐ることができるものなのか?」と驚くばかりです。もちろん、責められるべきは東芝ばかりではありません。調査のために立ち上がった第三者委員会も、10億円という監査報酬を受け取っていた監査法人も・・・それぞれの行動を目の当たりにするにつけ、人間の強欲さというか、弱さ・脆さ・・・を改めて見せつけられた気がします。
また、本書を読むと、今流行の「社外取締役の導入」だけでは、今回のようなこの粉飾に対する効果が極めて限定的であることがわかります。これは自明の理でも有りますが、なぜなら、監査法人ですら見抜くのが難しかったものを、社外取締役が見抜けるわけはないからです。多少脱線しますがこの点については、良い機会ですので、先日読んだ雑誌にも似たような記事が載っていたので紹介させていただきます。
自分で(ソニーの社外取締役を)やってみて分かった。外の人間に正しい経営判断などできるわけがない。ソニーの取締役会ではエレクトロニクスだけでなく、音楽、映画から銀行まであらゆる案件を討議したが、一件百億円の案件にかける時間は十分程度。事前に渡される資料の数字が正しいかどうかを確かめる術もない(出典:文藝春秋2016年8月号 社外取締役347人リストより)
そして何よりもよく分かるのは、「粉飾決算に関係した経営陣は、保身はもちろんのこと、従業員やその家族のためと、良かれと思ってやったことかもしれませんが、蓋を開けてみれば、結果的には、みな不幸になっている」という事実です。経営者自らは損害賠償の責を負い、従業員は解雇、株主は大損害、日本の株式市場の信用は低下・・・あとは言わずもがな・・・です。
本書を読むとこうしたことが手を取るように分かります。
ケーススタディとしての活用をおすすめ
(執筆:勝俣 良介)