海外調査レポートから紐解く、緊急時コミュニケーションの失敗原因とBCP訓練の改善策
事業継続管理(BCM)とレジリエンスの世界的専門機関であるBCI(The Business Continuity Institute)が公表した、「Emergency & Crisis Communications Report 2026」。51カ国・296人・16業種を対象に調査されたこのグローバルレポートには、緊急時の安否確認や危機管理コミュニケーションにおける世界の「最新の傾向と課題」が示されています。
報告書全体を通じて見えてくるのは、多くの企業で計画整備や訓練は進んでいる一方、実際の失敗要因は意外にも「スタッフが反応しない」「連絡先情報が不正確」「端末がオフ」といった、きわめて基本的な運用課題に集中しているという現実です。
今回、日々企業のBCPや危機管理を支援している弊社のコンサルタント4名が集まり、このレポートから「日本のBCP事務局が何を学び、どう行動すべきか」をテーマに分析・考察を行いました。机上の空論ではない、現場のリアルな課題を浮き彫りにしているこのレポートを基に、BCP事務局が自社の教育・訓練設計にどう活かすべきなのかを本稿では整理してみたいと思います。この記事を読むことで、次の点が明確になるはずです。
・レポートの中で、特に参考にすべき調査結果は何か
・それらの調査結果を、BCP事務局としてどう解釈すべきか
・結局、自社の教育・訓練や演習設計にどう活かせばいいのか
1.BCIレポートとは?51カ国・296人のデータが明かすBCPの実態
全72ページに及ぶこの英語レポートは、単なる「緊急連絡ツールの紹介資料」ではありません。危機時のコミュニケーションを、ガバナンスから運用まで一通り俯瞰できる構成になっています。
このレポートの特筆すべき点は、「仕組み(計画やツール)があるか」を問うだけでなく、「本当に30分以内に発動できるか」「経営層に初報できるか」「期待した応答水準を達成できたか」「何が失敗要因か」といった、極めて実務寄りの問いで構成されている点です。計画の有無よりも、「実際に動くか、伝わるか、反応が返ってくるか」の実効性を見ようとしているため、BCP事務局にとっては、自社の現状を外部の標準感と照らして確認する上で非常に使いやすいレポートとなっています。
レポートの構成は以下の通りです。
【表1】BCIレポート全8章の構成一覧
| 章 | 主な内容 |
|---|---|
| 1. Roles and responsibilities in emergency communications (緊急時コミュニケーションにおける役割と責任) |
緊急・危機時のコミュニケーションにおいて、誰が責任を担うのかを整理。内部向け・外部向けそれぞれについて、経営層、広報、事業継続部門などの役割分担が示される。 |
| 2. Emergency communications plans (緊急時コミュニケーション計画) |
緊急コミュニケーション計画の整備状況を確認。役割と責任の明文化、計画の発動時間、経営層への初報時間、主な課題、連絡手段(コミュニケーションツール)などが扱われる。 |
| 3. Achieving emergency communications objectives (緊急時コミュニケーションの目標達成) |
期待した応答水準を達成できているかを分析。通知の成否、失敗要因、何がボトルネックになっているかなど、実効性に踏み込んでいる。 |
| 4. Training and exercising (トレーニングと演習・訓練) |
訓練・演習の頻度、対象者、演習形式を整理。机上演習、通知テスト、重点演習など、どのような演習が行われているかがわかる。 |
| 5. Responding to emergencies (緊急時の対応) |
実際に過去1年間にどのような事象で計画が発動されたかを示す。悪天候、IT障害、サイバーセキュリティインシデント(データ侵害)など、現実のトリガーが確認できる。 |
| 6. Emergency communications tools (緊急時コミュニケーションツール) |
緊急通知や危機管理に使われているツール、チャネル、デバイス、技術動向を整理。メール、メッセンジャー、SMS、専用ツールなどの利用状況が示される。 |
| 7. Regulatory requirements (法規制の要件) |
規制要件が危機コミュニケーション実務にどう影響しているかを整理。NIS2やDORAなど、規制対応が改善のドライバーになっていることがわかる。 |
| 8. Annex (付録) |
回答者属性、地域、業種、職能などの基礎データを掲載。調査結果の前提となるサンプル構成を確認できる。 |
BCI「Emergency & Crisis Communications Report 2026」を基にニュートン・コンサルティングが邦訳・作成
2.失敗原因のランキングが示す「応答水準」を下げる要因
報告書の中で特に示唆的なのが、「期待した応答水準を達成できなかった原因」のデータです。最も多かったのは、「スタッフ・受信者から応答がない(60.7%)」でした。一見すると、「なぜそこまで反応が得られないのか」と疑問に感じますが、2位以下の項目を見ると、その背景が見えてきます。
ランキングには、「連絡先情報が正確でない」「端末が利用できない」「受信者が内容を十分理解できない」といった、ハード面・ソフト面の両方で応答を鈍らせる要因が並んでいます。
図1:緊急時連絡で「期待した応答水準を達成できなかった原因」トップ8
注目すべきは、目標未達の要因トップ4は、すべて「人的・組織的要因」が独占しており、このほか6位と8位についても人的要因となっていることです。
- 1位 スタッフ・受信者から応答がない(60.7%)
- 2位 従業員の連絡先情報が不正確(42.2%)
- 3位 端末オフ・利用不可(39.9%)
- 4位 受信者の理解不足(34.7%)
- 6位 手作業(マニュアルプロセス)によるミスの発生(23.1%)
- 8位 必要な緊急度が伝わらない(17.9%)
一方で、図に記載はしていませんが、「モバイルネットワーク利用不可(24.3%)」(5位)や「社内のシステム障害(12.1%)」(12位)、「端末の故障(11.6%)」(13位)といった純粋なシステム・技術的要因は、全体の中盤から下位にとどまっています(※1)。
さらに、このランキングを連絡先不備や理解不足といった「人的要因」と、ネットワーク障害などの「システム要因」の2つに色分けして対比してみると、企業の危機対応における“本当のボトルネック”が鮮明に浮かび上がってきます。
図2:緊急事態の応答水準:未達を招く「人的要因」と「システム要因」の対比
つまり、圧倒的1位である「反応不足」は、それ単体で起きているわけではありません。「正しい相手に届かない(連絡先情報の不備)」「届いても端末が使えない」「読んでも意味が十分に伝わらない(理解不足)」「手作業によるミスの発生」といった、複数の基礎的なエラーが重なった結果として表れていると見るべきです。
注目すべきなのは、これらの要因が決して高度で複雑な問題ではないことです。むしろ、極めて基本的な部分で応答水準が下がってしまっていることがわかります。言い換えれば、企業の危機対応上の課題は、最先端の仕組み以前に、連絡先データの最新化や、誰にでも伝わるメッセージ設計といった「初歩的な土台の整備」に大きく残っているということです。
(※1)BCI「Emergency & Crisis Communications Report 2026」P.33
3.形骸化を防ぐ「演習頻度」と「訓練対象」のあり方
演習頻度は「年1回」が最低ライン
演習頻度は、「年1回(37.7%)」、「年2回(25.1%)」、「四半期ごと(14.7%)」が中心でした。大半の組織(82.7%)が年1回以上の演習を実施しており、報告書でも、反復的な演習は単なるコンプライアンス対応にとどまらず、役割理解、情報管理、振り返り、意思決定の改善につながると示されています。
図3:緊急時コミュニケーション計画の演習頻度
ここで注目したいのは、「年1回」が最も多いからといって、それだけで十分と考えるべきではないという点です。実際には、「年2回以上」の演習を行っている組織が4割を超えていることも見逃せません(※「月1回以上(5.2%)」を含む)。「年1回」がマジョリティである一方、より高い頻度で訓練機会を設ける組織も相応に存在しており、演習の考え方が少しずつ変わってきていることが伺えます。
以前は、ISO22301などのマネジメントシステム規格の運用において、「少なくとも年1回」といった考え方が意識されやすく、年1回実施が一つの目安として受け止められてきました。しかし、今回の結果を見ると、年1回を最低ラインとしつつ、それに加えて年2回以上、あるいは四半期単位でより小さく回す形へと、実務の重心が移りつつあると捉えてよいでしょう。
訓練対象は「一律・全員型」から「組織の役割ごと」に変化
訓練対象については、「重要機能を担う社員(39.1%)」、「全社員(29.2%)」、「経営層・中間管理職(14.1%)」となり、重要機能を担う特定のスタッフに演習を集中させる組織が最も多いという結果でした。報告書は、訓練は「一律・全員型」よりも、「組織の役割や危機管理上の責任」に応じて設計される傾向が強いことを示しています。
図4:緊急時コミュニケーション訓練の対象者トップ3
また、危機管理チーム、BCPチーム、コミュニケーション部門など、定義された役割に応じた訓練や、前線チーム向けの机上演習と経営層向けの戦略的シミュレーションを組み合わせる考え方にも触れています。
BCP事務局がここから持ち帰るべきメッセージは明確です。常に同じ対象者に対して同じ訓練を行うのではなく、全社員・重要要員・経営層などと、階層を分けて訓練することが基本だということがわかります。
4.パニック時の人間心理(ストレス・不確実性)を前提とした設計が重要
報告書は、危機管理上の主要課題として、「状況全体の把握(46.2%)」、「従業員との効果的なコミュニケーション(44.8%)」、「手順順守の確保(42.5%)」を挙げています。
図5:緊急時連絡・危機管理における課題
その上で、アメリカ赤十字社による二次調査を引用し、「人はストレスや不確実性の下では、複雑な情報を理解したり、意思決定を行ったり、必要な手順を思い出したりすることが難しくなる」と指摘しています。
この対策として重要なのは、簡潔で行動に移しやすいコミュニケーションの確立と、繰り返し訓練された手順を即座に実行できる反応力を高めることです。
BCP事務局がここから受け取るべきメッセージは明確です。明瞭で簡潔なコミュニケーション手段やプロセスを整えるだけでは不十分であり、訓練そのものにも現実の危機に近い負荷を組み込む必要があるということです。落ち着いた環境で、情報も時間も十分にある前提の訓練だけでは、実際の危機に必要な対応力は身につきません。
5.企業のBCP担当者がなすべきこと
では、企業はこのレポートから何を読み取り、何を重視すべきでしょうか。
企業のBCP事務局がまず取り組むべきなのは、初歩的な課題である「安否確認」と「発報」を、訓練によって確実に回せる状態にすることです。緊急通知は、単に送信できたかどうかで評価してはいけません。「規定時間内に応答が返ってきたか」、「未応答者を追跡できたか」、「受信者が指示内容を理解し行動に移せたか」まで確認して、初めて訓練として意味を持ちます。安否確認や一斉通知は、危機対応の土台となる基礎科目として、繰り返し鍛えるべきです。
ただし、安否確認と発報だけで満足してはいけません。安否・通知というシンプルな活動でさえ、これだけ多くの課題を抱えているというレポートの示す事実を踏まえれば、負傷者対応、現地情報の収集、代替手段への切り替え、外部説明といった、より複雑な対応についても油断できないのは明らかです。
そのため重要なのは、さまざまな訓練を適度に組み合わせて行うことです。特に、対策本部訓練だけに依存してはいけません。訓練体系は、「全社員の基礎教育」+「重要要員の役割別演習」+「経営層の意思決定演習」の三層構造で設計する必要があります。全社員には初動行動と基本的な応答を、重要要員には自らの役割遂行を、経営層には限られた情報の中での判断責任を、それぞれ求めるべきです。訓練の対象者ごとに、身につけるべき行動を分けて設計することが、実効性を大きく左右します。
また、演習は年1回で終わらせてはなりません。年1回は最低ラインにすぎず、そこから先をどう積み上げるかが問われます。重要なのは、負荷と持続可能性のバランスを取りながら、年2回以上の実施や、小規模な反復訓練を組み合わせることです。たとえば、Q1に机上演習、Q2に通知テスト、Q3にサイバーや通信断を想定した重点演習、Q4に経営層を交えた危機意思決定演習を配置し、さらに毎四半期に安否確認訓練を行うといった複線型の年次設計は、現実的で継続しやすい形です。
さらに、コミュニケーションプロセスを簡潔に整えるだけでは不十分であり、ストレスや混乱下での対応力を訓練に組み込むことも欠かせません。現実の危機では、時間が限られ、情報が足りないこともあれば、逆に情報が多すぎて整理できないこともあります。だからこそ、時間制約、不完全情報、情報過多といった要素を織り込んだ意思決定訓練を取り入れ、平時から「不完全な状況でも動ける力」を養っておく必要があります。
そして最後に忘れてはならないのが、訓練の手厚さと持続可能性を両立させることです。どれだけ内容の濃い訓練であっても、それが3年後、5年後、10年後に継続されていなければ意味がありません。だからこそ、年1回の大規模な総合演習だけに頼るのではなく、小規模でも繰り返し実施できる訓練を組み合わせるべきです。BCPは一度きりのイベントではなく、組織能力を積み上げていく継続活動です。その前提に立って、無理なく回し続けられる訓練体系をつくることこそ、BCP事務局に求められる役割です。
執筆協力:
シニアコンサルタント 谷野 祐規
アソシエイトシニアコンサルタント 山本 真衣
チーフコンサルタント 日野原 小春