【コンサル対談・後編】食品業界のBCP再構築――実効性を高める実務と組織体制
| 執筆者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
本記事は、食品業界のBCP再構築・改善支援に携わった当社のコンサルタント5名による対談記事です。
前編では「食を止めない」という業界ならではの使命や、経営層の思いを引き出すトップインタビューの重要性について触れました。後編では、より実働的なフェーズであるBIA(事業影響度分析)やRTO(目標復旧時間)設定の具体的な勘所や、体制構築の要諦を紐解いていきます。
【コンサル対談・前編】食品業界のBCP再構築――「食を止めない」ための考え方
https://www.newton-consulting.co.jp/bcmnavi/column/food-industry-bcp-reconstruction-01.html
| ニュートン・コンサルティング | シニアコンサルタント 辻井 伸夫 アソシエイトシニアコンサルタント 山本 真衣 チーフコンサルタント 荒川 卓也 チーフコンサルタント 日野原 小春 チーフコンサルタント 田中 駿介 |
|---|
制約と供給責任を最適化するBIA・RTOのポイント
――前編では、食品業界ならではの「食を止めない」という強い使命感や、経営層を巻き込む重要性について伺いました。後編では、より実務的なステップであるBIA(事業影響度分析)やRTO(目標復旧時間)の設定について、業界特有の難しさやポイントを深掘りしていきたいと思います。
荒川:BIAにおいて売上やシェアが重要なのは当然ですが、食品業界では「流通の特性」を考慮することが不可欠です。例えば、卸先にコンビニとスーパーがある場合、両方の在庫量や回転率の違いを分析します。コンビニは店舗の在庫が少ないですが、お客さんの回転が早く、スーパーに比べて早いタームで出荷要請が来ることが予想されます。こうした卸先の特性や流通構造というのは、食品業界がRTOを考える上でのポイントの一つだと思います。
山本:戦略的な面では「供給責任」と「社会への影響」も重要になりますよね。今まさに荒川さんが言ってくれたような、取引先との約束を果たすという役割の一方で、被災していないエリアからの継続的なニーズに対して製品を届け続けるという社会的な役割も無視できません。
日野原:ステークホルダーニーズは本当に重要な要素の一つです。優先品目を決める際にも、取引先との関係で止められない製品などがある場合は、自社の売上とは別で「何があっても止められないもの」として優先順位を上げるケースもあります。
――なるほど。どちらにも対応するとなると、考慮すべき要素も複雑になりますね。
辻井:はい。こうした戦略的な判断と同時に、RTOでは食品特有の「物理的な制約」も検討要素になります。
代表的なのは各工場にある排水処理施設で、停電で施設内のモーターが止まると、水を浄化する微生物が死滅してしまいます。一度死滅すると、その微生物を元に戻し施設全体を正常化させるまでに膨大な時間がかかるため、たとえ材料が通常通り届くようになってもすぐには生産を再開できないのです。
また、廃棄物処理にも制約があります。工場の操業停止が長くなると、廃棄物にカビが生えたり、害虫・害獣が発生したりしてしまうのは食品を扱う現場特有の事情です。そのため、事業中断中も廃棄物置場の密閉性を確保したり、操業再開前には丁寧な清掃の時間を設ける必要があったりすることなども、RTOを検討する際の重要な要素になります。材料や資材だけでなく、環境の条件も考えなければいけません。
そして、大前提として「食の安全」があります。食品の安全性を確保するためには食品安全基本法や食品衛生法、食品表示法などの法規制に基づいた衛生面、アレルギー対応などを意識しなければならない点も、食品業界特有の難しさと言えるでしょう。
形骸化を防ぐ、全社一体のBCM体制
――食品業界のBIAやRTOでは、多様な観点からの検討が必要なことが分かりました。では、こうした複雑な課題に対応するためには何が重要なのでしょうか。
田中:まずは経営層の関与が不可欠です。実際に役員クラスが訓練に参加している企業も、当社のご支援では多くありますね。リアリティのあるシナリオで自分自身が動いてみることで、役員の意識も向上しますし、現場の緊張感も上がります。それによって会社全体のBCP・BCMの優先度が高まり、取り組みに対する“本気度”が上昇するのです。
また、役員とリスクマネジメント事務局が密接に連携できていることも、体制を機能させる鍵ですね。
荒川:はい。現場や中間層だけで考えるのではなく、経営層の意向を拠り所にすることで、組織がバラバラにならずに進めることができますからね。
私が様々なご支援をする中で印象的だったのは、社長のコミットメントが高く、直接訓練の要望を出していただける企業です。企業規模による難しさもあるとは思いますが、このような組織は今後BCP・BCMの実効性がさらに向上していくのではないかと感じました。
――事務局にはどのような動き方が求められるのでしょうか?
山本:経営層の関与と並んで重要な要素です。もちろん組織ごとに風土や特性が異なるので一概には言えませんが、一例として、事務局が「経営層と現場の間の翻訳者」のような役割を担っている状態は、理想的なあり方の一つだと考えられます。経営層とは予算確保などの折衝を行いながら、自ら全国の工場を訪問し現場の温度感を丁寧に汲み取り、“やらされ感”なく体制を築いていく。
簡単なことではありませんが、こうした姿勢は、特に少人数の事務局で組織を動かすためには効果的なのではないかと感じます。
日野原:そうですね。やはりコミュニケーションを密にとるのは重要なポイントだと思います。私がご支援で目にする中でも、コミュニケーションが円滑な組織では、BCPの活動計画に対して、現場が積極的に意見出しを行っている印象があります。また、事務局の担当者が現場に足を運んで信頼関係を構築できると、現場も意見を言いやすくなりますよね。
結果として、事務局と現場が対等に議論することができ、BCP・BCMの取り組みがブラッシュアップされ実効性も高まっていく。経営層の関与と事務局の力、そして現場との信頼関係が、持続的な体制を支える土台になるのだと言えます。
結び:食品業界におけるBCPの本質とは
今回の対談を通じ、食品業界におけるBCPは単なる「有事のための文書」ではなく、「食を止めない」という企業使命そのものであることが改めて認識されました。他方、食品業界には特有の課題やリスクが伴うことも浮き彫りになっています。
原材料や資材の供給停止といった物理的な制約に加え、復旧と社会的責任遂行の両立など、現場には多くの「止まるリスク」が潜んでいます。これらの課題に対応するには、経営層が「何を最優先にすべきか」の明確な意思を示し、それに基づいて事務局と現場が一体となり、実効性のあるBCM体制を磨き続けることが重要です。
有事において食品は、被災した人々の命をつなぐだけでなく、心を癒すという大切な社会的意義を持ちます。それを果たすため、混乱の中でも「今できる最善」を尽くせるよう経営層から現場まで各階層が主体的に関与を続け、継続的に取り組むことが、真に機能するBCPにつながっていきます。