富士山噴火BCPの実務ポイント~降灰リスクを踏まえた初動対応と業務再開ロードマップ~
富士山噴火は、首都圏を含む広域に長期的な影響を及ぼし得る一方で、地震や水害ほど企業の備えが進んでいないテーマです。降灰、交通・物流の停滞、インフラ機能の低下、従業員の出社困難など、その影響は自社の被災有無を超えて事業継続を揺さぶります。
だからこそBCP事務局や担当役員には、一般論ではなく、自社の事業特性に即した被害想定、初動対応、対策本部運営、そして事業継続戦略まで見据えた実践的な計画立案が求められます。
本稿では、これまで数多くのBCP構築や訓練に携わり、企業のレジリエンス向上を支援してきた弊社のコンサルタント4名が多角的な視点から考察を行いました。企業が押さえるべき富士山噴火対策の論点を、現場の実態を踏まえた実務目線で整理・解説します。
富士山噴火BCPの検討時に確認すべき参考資料
富士山噴火への備えを考えようとしたとき、BCP担当者が最初に悩みやすいのが、「一体どの資料を見ればよいのか」という点です。地震や風水害に比べると、富士山噴火を前提に日常的に検討している企業は多くはありません。参考資料も国、協議会、自治体など複数にまたがるため、全体像をつかみにくいのが実情です。
しかし、必要な資料を押さえずに議論を始めると、被災想定が甘くなったり、逆に過度に構えて実務に落ちなくなったりします。まずは、BCP事務局として優先的に確認したい主要資料と、その使いどころを整理しておくことが重要です。
【表1】富士山噴火BCPの検討時に確認すべき参考資料
| 資料名 | 発行年 | 発行組織 | 概要 | 主な利用対象 | BCP事務局の用途 |
|---|---|---|---|---|---|
| 首都圏における広域降灰対策ガイドライン(内閣府) | 2025年 | 内閣府(防災担当) | 首都圏で広域降灰が起きた場合の基本的な対応方針を示す資料 | 国、自治体、インフラ・交通事業者 | 自社の広域降灰対応方針の前提整理、在宅勤務・出社制限・物流停止判断の基準検討 |
| 富士山火山避難基本計画 | 2023年 | 富士山火山防災対策協議会 | 富士山周辺地域での避難の基本方針や広域避難の考え方を示す計画 | 周辺自治体、防災関係機関、教育機関 | 拠点・工場・店舗が富士山周辺にある場合の避難方針、従業員の安全確保、自治体方針との整合確認 |
| 富士山ハザードマップ | 2021年 | 富士山火山防災対策協議会 | 噴火による溶岩流、火山灰などの広域的な影響範囲を示す地図 | 自治体、防災機関、事業者、住民、観光客 | 自社拠点やサプライチェーンの被災可能性を俯瞰し、影響地域を洗い出すために利用 |
| 各市区町村のハザードマップ | 自治体ごとに異なる | 各市区町村 | 各地域の避難場所・施設、避難経路、避難対象区域を示す地図 | 住民、観光客、地域事業者 | 個別拠点ごとの初動対応、避難先確認、従業員向け行動ルールや拠点別対応手順の作成に利用 |
内閣府「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」、富士山火山防災対策協議会「富士山火山避難基本計画」「富士山ハザードマップ」、各自治体のハザードマップを基にニュートン・コンサルティングが作成
これらの資料は、すべてを同じ重みで読むべきというより、自社の拠点立地に応じて見るべき重点が変わります。富士山麓に拠点や主要施設を持たない企業であれば、まずは「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」を中心に確認し、首都圏などで想定される降灰の影響や、出社制限、在宅勤務、物流停滞への備えを検討することが重要です。
一方、富士山周辺に工場、店舗、倉庫、保養所などを有する企業は、降灰だけでは足りません。「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」に加え、「富士山ハザードマップ」と「富士山火山避難基本計画」の両方を確認し、拠点ごとの被災可能性、具体的な避難行動を明確化することが、従業員の安全を確保する土台となります。
BCPの観点で気をつけたい富士山噴火リスク
富士山噴火の被害を考える際、まず押さえるべきなのは、立地によって想定すべき被害の性質が異なるという点です。富士山麓に拠点を有する企業は、降灰だけでなく、火砕流や溶岩流などによる直接的・物理的被害を受ける可能性も考慮する必要があります。
一方で、富士山麓やその周辺に限らず、近隣都市圏に所在する企業にとっても、噴火の影響とは決して無縁ではありません。むしろ企業実務の観点では、広域降灰に伴う交通、道路、電力、通信、上下水道の機能低下や、従業員の健康被害によって、出社、物流、操業、顧客対応が制約されることを具体的に想定しておくことが重要です。
図1:自社の立地によって異なる被害想定と参考すべき資料
以下では、BCPで押さえておきたい代表的な被災想定を整理します。
【表2】降灰により想定される主な影響
| 項目 | 降灰により想定される主な影響(簡略版) |
|---|---|
| 鉄道 | 微量の降灰で地上路線が停止。地下路線も需要増、車両・作業員不足で運休や輸送力低下。停電時は地上・地下とも停止。 |
| 道路 | 乾燥時10cm以上、降雨時3cm以上で二輪駆動車が通行不能。それ未満でも視界不良、速度低下、渋滞が発生。 |
| 電力 | 降雨時0.3cm以上で碍子の絶縁低下による停電。数cm以上で火力発電所の吸気フィルター交換増により発電量低下、需給逼迫時は停電。 |
| 通信 | 噴火直後は利用増による電話の輻輳。降雨時に通信アンテナへ火山灰付着で通信阻害。停電時に非常用発電設備の燃料切れで通信障害。 |
| 上水道 | 原水水質悪化で飲用不適または断水。停電時は浄水場・配水施設停止により断水。 |
| 下水道 | 降雨時に下水管路閉塞で雨水があふれる。停電時に非常用発電設備の燃料切れが起きると下水道使用制限。 |
| 健康被害 | 目・鼻・のど・気管支などに異常が生じる。呼吸器疾患・心疾患のある人は症状増悪のおそれ。 |
内閣府「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」を基にニュートン・コンサルティングが作成
富士山噴火というと、地震に比べれば影響は限定的ではないか、という印象を持たれる傾向があります。しかし、企業の事業継続という観点で見ると、決してそうとは言い切れません。むしろ、表2で示したように、広域降灰によって交通、道路、電力、通信、上下水道といった社会インフラが広く機能低下し、都市部を含めて企業活動に深刻な支障を及ぼす可能性があります。
図2:降灰量に応じた社会インフラと企業活動への影響
特に通信は、地震では非常用電源や冗長化によって一定の耐性向上が図られてきた一方、富士山噴火では降灰が通信設備そのものに悪影響を与え得る点に注意が必要です。こうした意味で、富士山噴火は、建物倒壊のような直接被害が相対的に目立ちにくいからといって、影響が小さいと見なしてよい災害ではありません。
地震BCPとは異なる初動対応計画の要点
富士山噴火に関する初動対応(※)を考える上で、地震対応と大きく異なるのは、「事前の予兆を捉えられる可能性があること」と、「噴火してからでは避難や移動の自由度が急速に下がること」です。
そのため、対策本部の設置基準や情報収集開始のトリガー、帰宅・退避の判断基準は、地震前提のままでは不十分であり、噴火特有のタイムラインに合わせることが不可欠です。他方、帰宅困難者対応については、地震対応で整理済みの枠組みを一定程度活用できる可能性があります。
見直しにあたっては、気象庁が公表する「噴火警戒レベル」を参考にします。噴火警戒レベルは、噴火警報に付されて発表される防災情報で、火山活動の状況に応じて「警戒が必要な範囲」と「とるべき防災対応」を5段階区分で発表する指標です。
図3:火山現象に応じた噴火警報・噴火警戒レベルの対応図
自社としてどの段階で情報収集を強化し、どの段階で対策本部を立ち上げ、どの段階で帰宅指示や退避判断を行うのかを整理しておくことが重要です。例えば、富士山では平常時がレベル1であることを踏まえ、レベル3の手前から警戒態勢に入るといった考え方もあり得ます。なお、通信障害などにより安否確認が平時通り機能しない可能性も織り込んでおく必要があります。
ただし、火山災害の推移予測は極めて困難です。予兆なく短時間でレベル1から噴火(レベル5)に至る可能性もあります。また、レベルが引き上げられたまま、数カ月噴火せずに終息することや、レベルの上げ下げを頻繁に繰り返す可能性も考えられます。そのため、企業は「レベルが段階的に上がる」という楽観的なシナリオに固執せず、どの段階でどの程度の経営資源を投入し、いつまで警戒を続けるかという「判断の引き際」を含めた柔軟なBCPが求められます。
図4:「噴火警戒レベル」と企業の初動対応タイムライン(例)
加えて、対策本部の置き方そのものも重要な論点です。富士山周辺や首都圏に本部機能を置いたままでは、降灰に伴う交通遮断、停電、通信障害により、首都機能が大きく麻痺し、現地本部の継続も他地域からのバーチャル運営も難しくなるおそれがあります。そのため、対策本部の維持が困難になる事態を想定し、「いつ、誰が、どの条件で」代替拠点への権限を移管するのか、そのプロセスをあらかじめ決めておくことが望まれます。
また、対策本部で何を意思決定すべきかも事前に洗い出しておく必要があります。例えば、火山灰の侵入や汚染を防ぐための養生・清掃の方針、生産ライン停止の要否、設備や在庫へのシート養生の要否などは、噴火特有の論点です。
(※)本稿では、避難・安否確認などの初動対応を定める緊急時対応計画と、対策本部の設置・運営などを定める危機管理計画をあわせて、「初動対応計画」と呼びます。名称や文書構成は企業によって異なります。
富士山噴火に対応した事業継続計画の勘どころ
富士山噴火BCPは地震BCPの延長で捉えない
富士山噴火に対する事業継続計画を考える際に重要なのは、地震BCPの延長で捉えすぎないことです。地震では建物や設備の直接被害が中心論点になりやすい一方、富士山噴火では、建物自体が無事でも、降灰によって交通、物流、電力、通信、上下水道などの社会機能が広く低下し、その結果として事業継続が難しくなる可能性があります。つまり、富士山噴火における事業継続計画の勘どころは、「拠点が壊れるか」ではなく、「何が止まると自社の重要業務が止まるのか」を具体的に見極めることにあります。
復旧目標は「何日後」ではなく「どの条件が揃えば」で設定
特に意識したいのは、従業員の出社不能、物流停滞、設備への火山灰侵入、通信制約、本部機能の低下です。例えば、本社や工場に大きな物理被害がなくても、鉄道停止で人が集まらず、道路渋滞で原材料や製品が動かず、停電や断水で操業条件を満たせなければ、実質的には事業継続が困難になります。そのため、復旧目標も単純に「何日で再開するか」と置くのではなく、「どの条件が整えば再開するか」という観点で整理することが重要です。出社率がどこまで確保できればよいのか、代替物流ルートが何本あればよいのか、設備養生や清掃がどこまで完了すれば操業再開できるのか、といった条件ベースで考えるほうが実務に落ちやすくなります。
広域の同時被災を見据えた代替拠点・サプライチェーンの見直し
また、代替拠点や代替手段の考え方も見直しが必要です。首都圏内の別拠点への切り替えだけでは、同時に降灰の影響を受ける可能性があります。したがって、地理的な分散だけでなく、同時被災するリスクの低い配置になっているかを確認することが大切です。加えて、サプライチェーンについても、仕入先の被災有無だけでなく、物流会社の運行条件や配送網の維持可能性まで含めて見ておく必要があります。
事業復旧プロセスに重要なのは優先順位と必要資源の把握
さらに、富士山噴火への備えでは、事業継続だけでなく、降灰が落ち着いた段階からいかにスピーディに復旧へ移行するかという視点も欠かせません。火山灰の除去、設備点検、清掃、養生解除、物流再開確認など、復旧局面で何をどの順で実施するかによって、事業への影響は大きく変わります。したがって、富士山噴火の事業継続計画では、社会機能の低下が自社業務にどう波及するかを踏まえつつ、停止基準、再開条件、代替手段に加え、復旧の優先順位や必要資源まで具体化しておくことが勘どころだと言えます。
以下の図5は、降灰が始まってから事業が復旧するまでのプロセスと再開条件などをまとめた復旧ロードマップの一例です。
降灰の継続、応急対応、事業再開というフェーズごとに対応策と移行条件を設定し、「どの条件が揃えば次のステップに進めるのか」を可視化しています。このように各フェーズでやるべきことを明確にすることで、自社の事業に合わせた具体的な再開条件を検討しやすくなり、より実効性の高いBCPの構築へとつなげることができます。
図5:降灰開始から事業復旧までのプロセスと再開条件フロー
地震と富士山噴火の同時発災という可能性にどう向き合うか
企業としては、地震と富士山噴火の同時発災を「あり得ない話」として切り分けるのではなく、起こり得る複合災害として認識しておくことが重要です。実際、1707年の宝永地震の49日後には富士山の宝永噴火が発生しており、歴史的には巨大地震が富士山のマグマだまりに影響を与え噴火を誘発したとする例があります。他方で、公的資料も、大地震が起きれば必ず噴火するという単純な関係までは示していません。したがって、企業実務では「必ず連動する」と見るのではなく、「時間差を含めて重なる可能性がある」と捉えるのが適切です。
もっとも、BCPの実務としては、最初から複雑な複合シナリオに踏み込みすぎる必要はありません。富士山噴火単独でも、広域降灰により交通、電力、通信、水道、物流などが広く影響を受け、企業活動に深刻な支障を及ぼし得ます。内閣府の広域降灰対策でも、こうした社会機能への広範な影響が前提とされています。まずは富士山噴火の被災想定にフォーカスし、自社がどこで止まるのか、何が使えなくなるのかを整理した上で、BCPの更新や訓練を行うことを勧めます。その後の段階で、地震対応により人員や資源が消耗した状態で噴火が重なる場合まで検討を広げていくのが現実的でしょう。
企業として明日からなすべきこと
富士山噴火への備えは、すべての企業が一足飛びに高度な計画を整備しなければならない、というものではありません。重要なのは、自社の現在地に応じて、明日から着手できることを明確にすることです。すでにBCPを整備している企業であっても、それが地震や風水害を主に想定した内容であれば、富士山噴火特有の被害の現れ方、すなわち広域降灰による交通、物流、電力、通信、上下水道への影響や、事業復旧の難しさを踏まえたアップデートが必要です。オールハザードBCPであっても、ハザードごとの特徴を織り込まなければ実効性は高まりません。
一方、まだBCPがない企業は、最初から完璧な計画を目指す必要はありません。人命保護の観点から、備蓄、避難、安否確認、初動体制などの最低限の整備から着手することが現実的です。特に富士山麓周辺に拠点を持つ企業では、直接被害も含めた備えが不可欠であり、これは優先度の高い取り組みです。その上でBCP整備を進める場合は、イメージしやすい地震災害を軸にオールハザードBCPを整備し、そこに富士山噴火特有の論点を上乗せしていく進め方が取り組みやすいでしょう。
重要なのは、自社の拠点、重要業務、従業員の働き方を前提に、富士山噴火時に何が止まり、何を守り、どこから復旧させるのかを具体的に見極めることです。その整理こそが、実効性ある備えへの第一歩となります。
執筆協力:
シニアコンサルタント 大橋 洋二
シニアコンサルタント 谷野 祐規
アソシエイトシニアコンサルタント 山本 真衣
チーフコンサルタント 田中 駿介