【コンサル対談】半導体業界のBCPはなぜ難しい?4つの落とし穴と実効性向上のポイント
| 執筆者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
半導体は「産業の米」とも呼ばれ、さまざまな産業を支える重要な存在です。近年では地政学リスクとも密接に関係しており、その供給が途絶えた際の影響は、一企業にとどまりません。
一方、半導体業界のBCP(事業継続計画)には、一般的なBCPの考え方だけでは対応しきれない難しさがあります。半導体の製造には多数の装置メーカーや部品・材料サプライヤーが関わっており、そのうち1社が欠けただけでも、生産に大きな影響が及ぶ可能性があるためです。また、有事の際には自社の復旧だけでなく、取引先や顧客への影響も考慮する必要があります。
では、こうした特性を持つ半導体業界のBCPにおいては何が重要なのでしょうか。本記事では、半導体業界のBCPで陥りやすい4つの落とし穴と、実効性を高めるためのポイントについて、BCP支援に携わるコンサルタントの対談を通じて解説します。
対談者
| ニュートン・コンサルティング | シニアコンサルタント 大橋 洋二 シニアコンサルタント 谷野 祐規 シニアコンサルタント 備酒 求 |
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半導体業界のBCPが難しい理由
――半導体業界には、デバイスメーカーや製造装置メーカー、部品・材料メーカーなど多くの企業が関わっています。BCPの観点では、業界ならではの特徴はありますか。
谷野:やはり半導体が「産業の米」と呼ばれるほど、多くの産業を支えているということが大きいと思います。米中貿易摩擦や地政学リスクの影響も受けやすく、ひとたび供給が滞ると、自社だけでなく幅広い産業に影響が波及します。
備酒:そうですね。サプライチェーンを構成する1社が欠けただけでも生産全体に甚大な影響が出るのは、半導体業界ならではの特徴です。装置メーカーの場合、サプライヤーが数千社に及ぶこともあるので、そのうちのどれかが欠ければ、装置の供給が止まり、最終的には半導体メーカーの生産にも影響が及びます。実際に、取引先からBCPについて非常に詳細な確認を求められる、という話も耳にします。
――サプライチェーン上の1社が止まる影響が大きい場合、一般的なBCPで考えるような「代替」を用意することも難しいのでしょうか。
大橋:一般的なBCPには代替という考え方がありますが、半導体業界では、装置を作る場所や工程、仕様などが個別に最適化されているため、代替を検討するにはその装置自体の開発経緯まで考慮しなければなりません。そのため、教科書的な「代替はこうする」という考え方では対応しきれず、装置メーカーには、自社の生産・供給体制をいかに早く復旧できるかが強く求められます。
備酒:一般的に大規模災害時には、不可抗力として一定の復旧遅延が許容されるケースがあります。しかし、半導体業界は顧客の要求基準がかなり厳しく、有事の際でも復旧時間を最小限にすることの必要性が高いことも特徴の一つですね。
落とし穴1:復旧目標を決めようとしても、議論が発散する
――ではここからは何が落とし穴となりやすいのかを深掘りしていきます。半導体業界では、顧客や製品、機能によって求められる復旧水準も異なると思いますが、実際に復旧目標を決める際は、どのような点がネックになりやすいのでしょうか。
備酒:これまでの顧客支援の経験で感じるのは、復旧目標を検討する際に、有事の際に“できること”と“やらなくてはならないこと”が混同され、議論が発散してしまいがちだということです。
例えば、クリーンルームの復旧について議論をする場面で「復旧目標を考えてみてください」と投げかけるとします。すると企業の方々は「工事事業者を確保できるか」「設備の復旧にどのくらい時間がかかるか」といった“現状でできること”を積み上げる形で話を始めてしまうことが多いんですよね。
一方、顧客ニーズや事業への影響を踏まえて、「いつまでに、どの水準まで復旧しなければならないのか」という“やらなくてはならないこと”はそれとは別のものとして考えなければいけない。なので、“できること”と“やらなくてはならないこと”は切り分けて話をしないとなかなか前に進まない、というのは陥りやすいところだと思います。

――“やらなくてはならないこと”を明確にするためには、具体的にどのように整理すればよいですか?
谷野:まずはステークホルダーニーズ分析で、顧客をはじめとする関係者が何を、どの水準で、いつまでに求めているのかを整理することですね。そのうえでBIA(事業影響度分析)を行い、どの業務や機能を優先して復旧すべきかを見ていく必要があります。
落とし穴2:対策が“絵に描いた餅”になりやすい
――そのような中、有事の際でもやらなければならないことをやるための一つの方法としてやはり「代替策の用意」があると思います。ただ、半導体業界では簡単に代替ができないというお話でした。
谷野:はい。半導体の場合、カタログスペック上は同じ部品でも、それを使用するにはデバイスメーカーの承認を受ける必要があります。だから、代替サプライヤーを用意できていると思っていても、実際には承認を得ていなかったり、改めて承認を得るまでには年単位で時間がかかったりすることがあります。
大橋:半導体の製造プロセスは「この会社のこの装置を使う」という前提でデバイスメーカーの承認を得ており、それを簡単に変えることはできないし、製造拠点や主要な部品を変える場合にも変更申請が必要になります。だから、代替サプライヤーや代替拠点を用意するというのは、かなり難しいんです。
――それだけ半導体メーカーは、装置・技術認定を厳密に行っているのですね。
備酒:そうです。だからこそ、「代替策を決めたから大丈夫」と考えないことが重要です。実際に有事にその代替策が使えるのか、その対策が使えないとすればどこがボトルネックになるのか、つまり代替“不能点”まで掘り下げて考えることが重要になります。これはサプライチェーンだけでなく、サービス拠点などについても同じです。
大橋:さらに、代替という意味では人も同じです。単に人数が足りていればよいわけではなく、その装置や顧客仕様を理解している人が対応できるかまで深掘りして考えておく必要があります。
落とし穴3:年1回の大型訓練だけでは、複雑なBCPを検証しきれない
――こうした復旧目標や代替策の実効性は、どのように検証していけばよいのでしょうか?
谷野:それにはやはり訓練の実施が不可欠です。
よくある年に1回の大型訓練で、対策本部の対応力や全社的な意思決定プロセスの検証はできると思います。しかし、それだけでは現場レベルでの具体的な手順や在庫戦略など、半導体業界特有の複雑なBCPを十分に検証しきれません。実際にどういう手順で動くのかまで細かく検証することが重要です。
――具体的にはどのようなテーマから着手すればよいですか。
備酒:課題ごとに訓練を実施することが有用だと感じています。その中でも、企業それぞれにある「実際に検証可能な課題のうち、重要度の高い課題」から手をつけるアプローチが有効です。半導体関連メーカーであれば、どの会社においても、多くの部品を取り扱っています。その中の重要部品が入ってこなくなった場合を想定し、製造メーカーに対して誰がいつどのように支援するか、また、代替戦略をどのように取るかを検討するといった訓練です。部品が複数入ってこない場合を想定すると思考停止になりがちですが、こうして重要な課題に的を絞ると、意外と手順を検討できるものです。
谷野:できれば、日常業務の中で小規模な訓練を複数回に分けて行い、テーマごとに一つひとつをしっかり検証する。そのうえで大型訓練を実施するというようなサイクルが作れるとよいですよね。
大橋:そうですね。訓練だけやって終わりになってしまいがちな企業も少なくないですが、訓練で判明した課題への対応をどれだけしっかり回せるかも重要です。
落とし穴4:自社だけで完結するBCPになりやすい
――訓練を通じて課題を洗い出しても、自社だけでは解決できないものもありそうです。特にサプライチェーンが複雑な半導体業界では、取引先との連携についてどのような点に注意すべきでしょうか。
大橋:その通りです。自社の中だけで対策を考えても、すべてのサプライヤーが求める基準で対応してくれるとは限りません。それをどうカバーするか、最低限どこまで情報を入手しておくかが、有事の際には非常に大事になります。後になって「平時のうちにしっかり会話をしておけばよかった」となりがちなんですよね。
有事の際にも確実に連絡が取れることと、何日で製品供給を再開できるようになるのかは、最低限把握しておくとよいかと思います。在庫をどれくらい持っているのかも重要です。
――方法としては、アンケートなどで情報を集めておく、などでしょうか?
備酒:はい。アンケートも一つの有効な手段だと思います。ただ、実際にアンケートを実施している企業の方からは、「回答だけでは分からないことも多い」という話をよく聞きます。BCPに関する課題は多岐にわたるため、アンケートだけですべてを把握するのは難しいんです。
一方で、サプライヤー側も、BCP以外の調査や他社からのアンケートへの回答も数多く求められており、回答や情報更新の負荷が大きくなっています。だからこそ、アンケートを実施するだけでなく、日頃から直接コミュニケーションを取り、「当社は事業継続を重視している」という姿勢を伝えておくことが大切だと思います。サプライヤーのBCP取り組み状況を把握するうえで、直接のコミュニケーションに勝るものはありません。
谷野:とはいえ、ただ要求するだけで協力を得るのは難しいという側面もありますよね。なので「取引先としてあなたたちのことを大切にしています」、「何かあった時はうちもサポートします」という姿勢は忘れてはいけません。「できない」という声があればそれにも耳を傾けて、必要であれば教育プログラムなどで支援していく。そのうえで、サプライヤーを巻き込んだ訓練を行い、実際の連絡や復旧対応が機能するかを一緒に確認することも大切です。課題を平時のうちに共有し、対策を一緒に考えておくことが、有事の際のスムーズな連携につながります。そういう関係性を構築することが鍵だと思います。
大橋:先ほど備酒さんが言っていた数千社にわたるアンケートも、すべての情報を把握するのには足りないかもしれませんが、BCPの重要性や事業が停止した際の影響の大きさを意識付けするという点では意味がありますね。本質的には、継続的な対話やサポート体制の構築が重要です。
――自社だけで完結させず、実際の復旧力や連絡体制などについて、取引先との継続的な対話が欠かせないということですね。
実効性を高めるための3つのステップ
――ここまで4つの落とし穴を伺ってきました。では、こうした落とし穴に足を取られてしまわないためには、まず何から手をつければよいのでしょうか。
1.あるべき姿を設定する
備酒:まずは「自社のあるべき姿」を設定することが出発点になります。それを決めないと、“できること”の議論だけを重ねることになり、いつまで経ってもPDCAが回りません。落とし穴として挙げた、目標設定、代替策、訓練、取引先との連携といった項目ごとに、それぞれどの程度の水準を目指すかを決めることです。
冒頭にも言ったように、“できること”と“やらなければならないこと”は切り分けて考えるのが、議論を前に進めやすくするポイントだと思います。
2.現状の成熟度をセルフ評価する
――あるべき姿を定めた後は、現在のBCPがその水準に対してどのくらい達成できているのかを確認することになりますか?
谷野:そうですね。先ほど話したように、ステークホルダーニーズ分析やBIAを使って優先すべき事業・機能を整理できているか、代替不能点まで掘り下げてBC戦略を検討できているか、訓練などを通じて実効性を検証できているか、取引先と継続的に対話できているか、といった観点から見ていく必要があります。
大橋:その際「計画や仕組みがあること」と「それらが実際に機能すること」は分けて考えた方がいいですね。ステップ1で設定した「あるべき姿」と現状を照らし合わせてギャップを把握することで、今後解決すべき課題も明確になります。どこまでできていて、どこが足りないのかを確認することが、次の改善につながると思います。
3.数年単位の高度化ロードマップを策定する
――現状の課題が見えた後の改善についても教えてください。
大橋:BCPを短期間ですべて高い水準まで整備するのは難しいので、数年単位のロードマップを作り、段階的に高度化していくのが効果的だと思います。重要顧客や重要機能、代替不能点などを踏まえて、まずは取り組むべき領域を見極めていきます。
また、すべてに一律で高い目標を設定すると、かえって取り組みが停滞してしまうこともあります。取引額や自社にとっての重要性、自社の生産にとって重要な装置かどうかなどを基準に整理し、優先順位をつけることが必要です。
谷野:全事業にいきなり手を広げないということが大事ですよね。まず優先度の高いところから取り組んで、改善を重ねながら少しずつ対象を広げていく。それが現実的だと思います。
――段階的かつ継続的な改善が重要だということがよくわかりました。
備酒:そうですね。計画ありきで進めるのではなく、現場で何がボトルネックになっているのかを把握しながら、状況に応じて柔軟に見直し、対応できるようにしておくのが肝要だと思います。
――半導体業界では、自社のみならずサプライチェーン全体を見ながら、継続的にBCPを高度化していくことが求められますね。本日はありがとうございました。