リスクマネジメント再構想をうたうホワイトペーパー発表、最高リスク責任者(CRO)の役割拡張を提言 WEF
世界経済フォーラム(WEF)は2026年9月18日、グローバル企業におけるリスクマネジメント体制のあり方と、最高リスク責任者(CRO)の役割を提示したホワイトペーパー「Risk Management, Reimagined: Outlook to 2035」(リスクマネジメントの再構想:2035年への展望)を公表しました。地経学的な分断やAI・サイバー脅威、気候変動などが相互に作用して増幅する複合危機(ポリクライシス)と、不確実性が常態化する「構造的不確実性」の時代において、事業の守りを固めつつ経営戦略を強力に推進するリスクマネジメントへの移行を提言しています。
公表されたホワイトペーパーは、WEFの新経済社会センター(※)が主導する「CRO対話シリーズ(Chief Risks Officers Dialogue Series)」の一環として作成されました。グローバル企業や国際機関のCROコミュニティによる協議および意識調査の結果が集約されており、2035年に向けた今後10年間における経営陣やリスクマネジメント部門、戦略部門のあり方を論じています。
意識調査によると、回答したCROの80%が「2035年のリスクマネジメントは現在よりも難しくなる」と答えました。一方で、過去データを使ってモデル化することができない未知のリスクに対して自社が「十分に準備できている」と回答したCROは10%にとどまり、70%以上が現行アプローチの主要な限界として、「相互連結したリスクの管理」や「過去データとモデルへの依存」を挙げています。
ここでの「相互連結したリスク」とは、サイバー攻撃が地政学リスクを誘発し、気候災害がサプライチェーンを停止させてインフレを加速させるなど、複数の不確実性が連鎖・相乗する事態を指します。他方、これまで多くの企業が運用してきたERM(全社的リスク管理)は、比較的安定した国際情勢を前提に、過去のデータやリスクモデルに基づいて脅威を特定し、発生確率や影響度を見積もって管理してきました。つまり、過去に起きた事象や、その分析から導かれたモデルを将来のリスク評価にも当てはめるアプローチです。しかし、過去データやモデル、定期的な評価、スコアリングに過度に依存すると、急速かつ非線形に連鎖する現代のリスクをとらえきれず、適切な対応が難しくなります。
そのため、これまでのコンプライアンスやガバナンスといった強固な管理基盤を維持しつつ、事業成長や価値創造を直接支える戦略領域へとリスクマネジメントの役割を拡張する重要性を指摘、次世代リスクマネジメントへの移行を提言しています。
具体的には、次世代リスクマネジメントの軸として以下の「4つの重要要素」を提示しています(表1)。
表1 次世代リスクマネジメントにおける4つの重要要素
| No. | 要素 | 概要 |
|---|---|---|
| 1 | 「予測」から「準備」へ | 個別事象の予測精度向上よりも、予期せぬ事態に迅速対応できるガバナンスと意思決定プロセスを構築する |
| 2 | 「コンプライアンス」から「戦略的推進」へ | 法令遵守を前提としつつ、初期段階から戦略立案に参画し、価値創造と事業拡大を支える |
| 3 | 「定期評価」から「リアルタイム連続モニタリング」へ | 年次や四半期ごとの静的な報告サイクルを廃し、AIなどを活用して常時データを監視・感知するリスクインテリジェンス体制へ移行する |
| 4 | AIと人間の知性の統合 | AIにデータ監視やシミュレーションを委ね、人間は文脈解釈、倫理的判断、最終決定を担う |
出典 WEF資料を参考にしてニュートン・コンサルティング作成
※番号(No.)は便宜上のものです。
次世代リスクマネジメントを機能させるための具体的な手法や視点も提示されています。例えば、今後のCROは、損失を防いだ実績だけでなく、「意思決定のターンアラウンドタイム(所要時間)をどれだけ短縮できたか」など、事業展開のスピードを向上させたかどうかも評価対象になると述べられています。また、2035年に向けてCROに必要なコアスキルとして6つの能力(情報統合、シナリオ思考、リスク解釈、ステークホルダー対話、レジリエンス・リーダーシップ、AIガバナンス)を定義しました。
報告書は、2035年に成功する企業は「未来を最も正確に予測できた企業」ではなく、「あらゆる不確実性に対して最も柔軟な適応準備の整った企業」であると強調しています。これからのCROには、リスクを抑制・監視する「統制者」から、不確実性を解釈して組織の長期的適応力と競争力を高める「触媒(カタリスト)」への進化と脱皮が求められています。
※Centre for the New Economy and Society(CNES)のこと。「Global Gender Gap Report(グローバル・ジェンダーギャップ報告書)」なども作成している。