EUでは、企業のサステナビリティ情報を「開示義務」として求める動きが加速しています。その中核となるのがCSRD(企業持続可能性報告指令)です。対象はEU企業にとどまらず、一定要件を満たす日本企業にも及び、実務への影響は無視できません。さらに2025年のオムニバス法案により制度は見直され、2026年2月の「オムニバスⅠ」パッケージ承認により、報告要件の簡素化に向けた動きが具体化しています。本記事では、CSRDの基本から対象範囲、そして実務対応のポイントまでを整理します。
CSRDとは
CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業持続可能性報告指令)とは、EU域内で活動する一定規模以上の企業に対し、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する情報の開示を義務づける法律です。
2023年1月に施行された本指令は、従来の非財務情報開示指令(NFRD:Non-Financial Reporting Directive)を抜本的に強化したものです。対象企業の拡大に加え、第三者保証(限定的保証)の義務化や統一の報告基準の導入が主な特徴です。
なお、日本国内の開示基準であるSSBJ基準は、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の基準をベースにサステナビリティ基準委員会が作成したものです。EUの法的枠組みに基づく義務化されたCSRDとは、その強制力と適用範囲が異なります。
CSRDの対象
CSRDの適用対象は、EU域内の大企業および上場企業のほか、一定の要件を満たす域外企業(日本企業を含む)まで及びます。2025年に発表されたオムニバス法案と2026年2月24日に承認された「オムニバスⅠ」パッケージにより、企業負担軽減の観点から、対象企業の定義が大幅に見直されました。また、「第二波」の企業以降の適用開始時期も2年延期されています。
【表1】CSRDの対象企業・企業規模・適用時期
| 対象企業 | 企業規模 | 適用時期 |
|---|---|---|
| NFRDの対象企業(第一波) | 従来NFRDの対象となっていた大規模な公共利益企業 | 2025年と2026年の報告義務から除外 |
| EU域内の大企業(第二波) | 純売上高4億5,000万ユーロ以上かつ従業員数が1,000名以上 | 2028年(2027年会計年度分) |
| EU域外の企業(第三波) | EU域内での親会社の純売上高が4億5,000万ユーロ以上かつ特定の要件を満たすEU拠点を持つ企業 | 2029年(2028年会計年度分) |
The Council of the EU The European Council「Press releases 24 February 2026」を基にニュートン・コンサルティングが作成
したがって、日本企業が対象となるケースは、主に「EU域内での純売上高が4億5,000万ユーロ以上」かつ「特定条件を満たすEU子会社または支店を有する場合」に限定されます。具体的には、EU子会社が大企業・上場企業の要件を満たす場合や、EU支店の純売上高が2億ユーロを超える場合に、グループ全体または子会社単体での報告義務が発生します。
注目すべき点として、「オムニバスⅠ」パッケージには重要な免除措置が盛り込まれています。2024年度から既に報告を開始しなければならない「第一波」の企業について、2025年度および2026年度の報告義務が免除されるという移行措置です。さらに、特定のEU域内・域外の金融持株会社に対しても、連結報告義務の免除が規定されています。
CSRDが求める第三者保証
CSRDに基づくサステナビリティ情報は、監査法人などの外部の第三者による「限定的な保証」を受ける必要があります。日本の開示規則では第三者保証が必須ではないため、日本企業にとってはCSRDの適用にあたり、サステナビリティ情報がこの保証に耐え得る品質を確保していない可能性があり、実務負担の増加が現実的な課題として想定されています。
制度導入当初は、将来的にさらに厳格な「合理的な保証」への移行が予定されていました。しかし、2025年のオムニバス法案により、企業の実施コストや実務負担を軽減することを目的として、「合理的な保証」への移行提案自体が削除されました。これにより、保証水準は引き続き「限定的な保証」にとどまることになり、将来的な大幅な負担増の懸念はなくなりました。
CSRD対応には何が必要か
CSRDの対象企業は、欧州持続可能性報告基準(ESRS:European Sustainability Reporting Standards)という統一されたルールに準拠したサステナビリティ報告書を作成し、年次報告書の一部として開示する必要があります。以前の草案時よりも報告項目は精査され、企業実施コストに配慮した簡素化が進められています。
ESRSは、全ての企業に適用される共通基準と、環境・社会・ガバナンスの3つのトピックスにおける個別項目別基準の計12基準で構成されています。このトピックスごとに4つの報告領域(①ガバナンス、②戦略、③インパクト、リスク・機会の管理、④指標と目標)を開示する必要があります。
1. 共通基準(横断的基準)
全てのESGテーマに共通する開示の原則と、全般的な開示事項を定めたものです。
- ・ESRS 1:全般的開示要求事項
- 報告の基本原則(ダブル・マテリアリティの考え方や、バリューチェーンの範囲など)を規定しています。
- ・ESRS 2:全般的開示事項
- ガバナンス、戦略、インパクト、リスク・機会の管理、指標と目標といった4つの報告領域と「作成の基礎(BP)」を含めた、全テーマ共通の構造で開示要件を定めています。
2. 個別項目別基準(トピック別基準)
マテリアリティ特定の結果、自社にとって重要であると判断されたテーマについて詳細な開示を求めるものです。
【表2】ESRSの個別項目別基準(トピック別基準)
| 分類 | トピック | サブトピック(一部抜粋) |
|---|---|---|
| 環境(E) | ESRS E1:気候変動 | 気候変動への適応、気候変動の緩和、エネルギー |
| ESRS E2:汚染 | 大気・水・土壌への汚染、マイクロプラスチック | |
| ESRS E3:水および海洋資源 | 水の消費量、海洋資源の利用 | |
| ESRS E4:生物多様性および生態系 | 生態系への影響 | |
| ESRS E5:資源利用および循環経済 | 資源フロー、廃棄 | |
| 社会(S) | ESRS S1:自社従業員 | 労働条件、平等な待遇と機会、労働に関する権利 |
| ESRS S2:バリューチェーン内の労働者 | 労働環境・条件、平等な待遇と機会、労働に関する権利 | |
| ESRS S3:影響を受けるコミュニティ | 経済的・社会的・政治的権利、先住民族の権利 | |
| ESRS S4:消費者およびエンドユーザー | 個人の安全、社会的包摂、情報提供関連のインパクト | |
| ガバナンス(G) | ESRS G1:事業活動 | 企業文化、内部通報者の保護、動物福祉、汚職・贈収賄の防止 |
ここで、CSRDの根幹をなす考え方がダブル・マテリアリティです。これは、環境・社会が自社の事業に及ぼす影響と、自社の事業が環境・社会に与える影響の両面を報告する考え方です。企業は自社にとって重要な項目(マテリアリティ)をこの両面から評価し、その特定プロセスについても透明性を担保しなければなりません。
サステナビリティ情報開示への理解を深めるため、ESRS 2の各開示要件が企業経営のどのステップと連動しているのかを、具体例とともに示しているのが下記の図です。日本貿易振興機構(JETRO)は、サステナビリティ情報の開示に不慣れな場合は、4つの報告領域について考察する順序を変更し、ストーリー立てて理解する方法を推奨しています。
図:ESRS 2の開示要件と企業経営上のステップとのつながり
今後、ESRSは企業の実施コストに配慮した現実的な運用へとシフトしていく予定です。具体的には、従業員1,000人以下の中小企業(LSME)を対象とした簡素化された報告基準の整備が進む見通しです。これにより、中小企業を過度な負担から保護しつつ、サプライチェーン全体を通じたサステナビリティ情報の透明性が確保されていくことが予想されます。
CSRDは「報告」を義務づける制度ですが、今回の包括的な見直しでは、「特定・防止・軽減」といった“行動”を求めるCSDDDの改正も同時に示されています。そのため、サプライチェーン全体における人権・環境リスクを管理する体制(ERM)が整備されていなければ、CSRDに基づく適切な情報開示を行うことは困難であるという大前提を踏まえた企業側の取り組みが求められています。