サプライチェーンリスクとは、原材料調達から製造・物流・販売に至る一連の流れに潜む不確実性や障害のことです。近年、災害や地政学リスク、サイバー攻撃などにより顕在化が進んでいます。本記事では、その種類、企業への影響、実務で求められる対策をわかりやすく解説します。
1. サプライチェーンリスクとは?
サプライチェーンリスクとは、製品やサービスが原材料の調達から生産、加工、流通、販売を経て最終消費者に提供されるまでの一連の過程で発生するリスクのことです。自然災害やサイバー攻撃などによる物流の寸断や、開発・生産工程の停止などを指します。これらのリスクが顕在化した場合、事業に甚大な影響を及ぼす可能性があります。
実際に、関連企業の工場の被災によって原材料や部品が調達困難に陥る、サイバー攻撃によって自社の製品供給が停止してしまうなど、企業の事業継続を脅かすケースが近年多発しています。このため、企業にとっては、自社だけでなくサプライチェーン全体を見据えてリスクマネジメントを行うことがリスク管理上非常に重要となっています。
なお、サプライチェーンとは、一般的に製品やサービスが消費者に提供されるまでの一連の流れを指します。情報システム分野においては、機器、ソフトウェア、クラウドサービスなどの開発から納入までの一連の工程に加え、システムのライフサイクル全般(構築・運用・保守・廃棄など)もサプライチェーンの一部とされます(※1)。
(※1)デジタル庁「政府情報システムにおけるサイバーセキュリティに係るサプライチェーン・リスクの課題整理及びその対策のグッドプラクティス集」
なぜ今サプライチェーンリスクが重要視されるのか
ビジネスのグローバル化やIT化の進展により、企業は自社単独で事業の全工程を完結させることが難しくなりました。国内外の取引先や業務の委託先、多様なクラウドサービス事業者などと密接に結びつくようになり、サプライチェーンの依存関係はかつてなく複雑化しています。
このような構造の中、サプライチェーンを取り巻く脅威は多様化し、リスクが顕在化しやすくなっています。近年急増しているのがサプライチェーン攻撃をはじめとした情報セキュリティリスクです。特に、対策の手薄な委託先システムなどを経由したサイバー攻撃が多発しています。脆弱性を悪用した不正アクセスや、正規のソフトウェア・機器へのマルウェアの混入など、攻撃の手口も巧妙になっています。加えて、自然災害の激甚化により毎年のように発生している記録的な豪雨などは、生産拠点や物流・交通網を直撃し、サプライチェーンの寸断をもたらす要因となっています。
依存関係が複雑に絡み合うサプライチェーン上では、インシデントの影響は単独の企業にとどまりません。被害が連鎖的に拡大し、組織の枠を超えて広範にわたる製品供給の停滞や大規模な情報漏えいを引き起こすおそれがあります。最終的には、消費者の生活に深刻な影響を与える可能性も考えられます。このように、サプライチェーンリスクは連鎖的な被害を拡大させるおそれがあるため、事業継続計画(BCP)の一環として対策を講じることが求められています。
2. サプライチェーンリスクの種類
サプライチェーンリスクは「物理的リスク」と「情報セキュリティリスク」に分類して考えることができます。物理的リスクには、事業や物流に影響を与える「自然災害」「事故」「地政学リスク」が含まれます。一方、情報セキュリティリスクには、デジタル化に伴う「サイバー攻撃」「不正アクセス」「情報漏えい」が挙げられます。
図1:サプライチェーンリスクの体系的な分類
物理的リスク(自然災害・事故・地政学リスク)
物理的リスクは、自然災害、設備故障などの事故、地政学リスクなどに起因します。事業継続計画(BCP)の策定などで備えておくことが不可欠です。
自然災害
地震や風水害(洪水)などの自然災害は、サプライチェーンに広範囲かつ甚大な影響を与えかねません。令和6年能登半島地震(2024年)では、自動車製造に関連する企業が被災したことから、全国の自動車メーカーの生産に遅れが発生しました。また、生産拠点などへの直接的な被害だけでなく、道路の通行止めなどで物流網が寸断されるケースもあります。西日本で発生した平成30年7月豪雨(2018年)では、山陽自動車道などの主要道路が通行止めになり、製品や部品の供給に支障が出ました。山陽本線も長期にわたって不通になったことで、被災地から離れた事業所にも操業停止や減産といった影響が生じました。
事故
事故や火災はサプライチェーンに直接的な被害をもたらします。近年の事例としては、2021年にルネサス エレクトロニクスの子会社工場で発生した火災の影響により、日本国内外で多くの自動車メーカーが半導体不足に直面したケースが挙げられます。また、ばねメーカーである中央発條の工場で起きた爆発事故(2023年、2025年)では、トヨタ自動車の生産ラインが停止する事態となりました。
地政学リスク
国際情勢が目まぐるしく変化する昨今、特に懸念されるのが地政学リスクです。近年、中東情勢の緊迫や米国の関税措置、特定国によるレアメタル・レアアースの輸出管理の厳格化などにより、原材料価格やエネルギーコストが上昇し、企業のサプライチェーンにも影響が出てきました。2026年6月時点で、メーカーが一部製品の生産を停止・縮小したり仕様を変更したりするなどのケースが出ています。
情報セキュリティリスク(サイバー攻撃・情報漏えい)
デジタル化の進展に伴い、情報セキュリティリスクは自社のみならず、サプライチェーン全体を揺るがす重大な脅威となっています。連鎖的な被害を防ぎ、事業継続を確実なものにするためには、サプライチェーン全体を見据えた強固なセキュリティ対策が不可欠です。
サイバー攻撃
セキュリティの脆弱性を悪用してコンピューターに不正侵入したり、マルウェアに感染させて意図しない動作を行わせたりするほか、大量のデータを送信してサービス提供を不可能にする(DDoS攻撃)などの手法があります。機密情報の漏えい、データの改ざん、システムのサービス停止(ダウンタイム)による業務遅延や社会的混乱を引き起こすほか、自組織のシステムが他組織への攻撃の「踏み台」として悪用されるおそれがあります。
不正アクセス
本来はアクセス権限を持たない者が、サーバーや情報システムの内部へ侵入する行為です。ツールを用いたパスワード総当たり攻撃や、OSやソフトウェアの脆弱性、設定の不備などを調べて攻撃するなどの手口があります。企業が不正アクセスを受けると、技術情報や個人メールアドレスなどの機密情報の窃取・流出やデータの改ざんなどの被害が発生しかねません。さらに、内部システムが誤って外部へ露出することで、連鎖的なサイバー攻撃の標的になる危険性も高まります。
情報漏えい
機密情報や個人情報が外部に流出してしまう情報漏えいは、様々な要因で発生します。具体的には、委託先における管理不備やクラウドサービスを経由した情報流出、ソフトウェアや機器に内在する脆弱性の悪用などが挙げられます。漏えいした情報が第三者に転売されたり、攻撃者に悪用されたりすることで、さらなるサイバー攻撃の標的となるなど、二次的な被害を受ける原因にもなります。
性質の異なるこれらのリスクから事業を守るためには、サプライチェーン全体に想定される総合的なリスク評価を実施し、どこで問題が発生しても影響を最小限に抑えられる体制を整えることが重要です。
3. サプライチェーンリスクが企業に与える影響
前述の通り、サプライチェーンリスクは企業に多大な影響を及ぼします。その影響は大きく「直接的な影響」と「間接的な影響」の2つに分けられます。
直接的な影響としては、サプライヤーの被災により重要物資の供給が途絶えたことによる生産停止や、サイバー攻撃によるシステム停止、情報漏えいなどが挙げられます。これにより、長期間の業務停止やそれに伴う売上の減少が引き起こされるおそれがあります。また、個人情報を漏えいした場合には、社会的信用の失墜を招き、経営の存続を揺るがす深刻な危機に発展する可能性もあります。
一方、間接的な影響は、自社が直接的な被害を受けていなくとも、関連企業のトラブルや、各国の法規制、紛争などの地政学的な問題から生じる事象などが挙げられます。直ちに生産ラインが停止する事態は免れたとしても、長期的には原材料の調達コスト上昇などを招き、経営を圧迫していくおそれがあります。
事業継続への影響
サプライチェーンリスクは企業の事業継続と密接に関わる問題です。事業に必要な物資やサービスが供給停止に陥ると、自社の生産ラインや基幹システムが利用不能になるおそれがあります。これらは通常業務の遅延や業務停止をもたらし、企業の事業継続を脅かします。
さらに、被害がサプライチェーンを通じて広範囲に波及した場合、代替手段の確保やシステムの復元に多大なリソースを要し、深刻な復旧遅延につながりかねません。平時からオールハザード型のBCPを策定するなど適切なリスク管理の徹底が不可欠となります。
情報漏えい・企業価値への影響
情報セキュリティに関するインシデントは、ひとたび発生すると企業価値を損ない、信用を大きく失墜させます。具体的には、以下のようなリスクが挙げられます。
業務委託先に起因するリスク
権限を付与された委託先従業員による内部不正、委託先ネットワークにおける一時的な通信許可設定の戻し忘れなどの設定不備、委託元が把握・承認していない海外への無断再委託などがあります。
クラウドサービスなどの利用に伴うリスク
クラウドサービス側の不具合(ストレージ装置の故障など)が自社に波及したり、本来アクセスできないはずの機密情報が外部からアクセス可能になったり、内部システムが誤ってインターネット上に公開されたりする危険があります。
調達した機器やソフトウェアに潜むリスク
外部から調達したソフトウェアやオープンソースに元から内在している脆弱性(バックドアなど)の悪用、正規のアップデートに見せかけた「偽の更新プログラム」の配布などがあります。
これらによって情報漏えいなどのインシデントが発生すると、企業のブランド毀損はもちろん、被害を受けたユーザーからの損害賠償請求などにもつながりかねません。
4. サプライチェーンリスクへの対策
多様化する脅威から企業を守るためには、委託先や外部サービスを含むサプライチェーン全体を見渡した包括的なリスクマネジメントが必要になります。具体的な対策として、全体のリスクを総合的に評価するリスクアセスメントや、外部事業者との協力体制の構築、インシデント発生時に迅速に動くためのBCP策定といったリスク管理プロセスを整備することが重要です。
サプライチェーンリスク管理(SCRM)の基本的な考え方
サプライチェーンリスク管理(SCRM)とは、自社内にとどまらず、業務委託先や関連企業を含めたサプライチェーン全体に潜む脅威を包括的に管理し、事業への影響を最小限に抑えるためのリスクマネジメントです。具体的には、以下のような手法があります。
まず、自組織と外部事業者との責任範囲を明確にした上で、サプライチェーン全体を対象とした総合的なリスクアセスメントを実施し、リスクの可視化と評価を行います。次に、委託先などと協力体制を構築し、インシデント対応も含むBCPを整備します。リスクは技術の進化や脅威の変化に伴い常に変動するため、一過性の対策にとどまらず、状況の継続的な監視と再評価を行い、リスク管理プロセスの継続的改善を図ることが求められます。
取引先・委託先を含めた管理体制の強化
サプライチェーンリスク対策には、自社内部だけでなく、関連企業や委託先、製品やサービスを調達する取引先を含めたネットワーク全体の管理体制の強化が不可欠です。
具体的には、特定のサプライヤーへの過度な依存を避けることに加え、委託先や取引先に対して調達・契約段階で自社と同等以上のセキュリティ要求を明確に提示し、契約書に盛り込むなどが挙げられます。さらに、契約締結後も定期的な報告や立ち入り調査・監査を通じて、対策の履行状況を継続的に確認することが必要です。
委託先や取引先と緊密な協力体制を平時から構築し、インシデント発生時の被害を最小限に抑え、強固なサプライチェーンを維持し続けることが、企業のリスク管理においては重要なポイントになります。