災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン~交通機関の運休に備えよう~
| 執筆者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」(内閣府・防災担当)とは、東日本大震災を機に策定されたガイドライン「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」が改定・改称されたものです。旧版から内容を拡充し名称も新たにして2026年1月に公表されました。旧ガイドラインは都市圏での大規模地震発生を想定したものでしたが、今回の改定では想定する事象を絞らず、津波到達まで時間的猶予がある遠地津波や交通機関の麻痺などにもスコープを広げました。帰宅困難者への支援体制に加え、帰宅困難者を発生させない方策などを示しています。
改定の背景
「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン~交通機関の運休に備えよう~」(以下、「新ガイドライン」)の策定、すなわち旧称「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」(以下、「旧ガイドライン」)の改定は主に2つの出来事を教訓として行われました。1つ目は2025年7月30日にカムチャツカ半島東方沖を震源とする津波発生を受けて鉄道が運休し、帰宅困難者が発生したケース。この地震はマグニチュード8.8という巨大地震でしたが、日本での震度は震度1および震度2(北海道の一部エリア)でした。2つ目は2025年の大阪・関西万博における地下鉄運休に伴う帰宅困難者が発生したケース。一時、3.8万人(推定値)が万博施設や駅周辺に滞留しました。
どちらも地震による大きな揺れは伴わないものの、大規模な帰宅困難者が発生し、現場はその対応に追われました。このことから新ガイドラインには、揺れは伴わず建物被害などもない状況下にあって発生する大規模な帰宅困難者への対応が追記されました(表1)。
表1 新ガイドライン「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」目次
表1の通り、新ガイドラインは2部構成となりました。第1部は従来からの対象である、大規模地震の発生に伴う帰宅困難者について。第2部ではそれ以外の事象、すなわち遠地津波や気象、停電などを要因とした鉄道運休などに伴う帰宅困難者を想定しています。ガイドラインは自治体や事業者が取るべき対応をまとめたものですが、本稿では事業者の対応を中心に、そして追記された第2部(表1の色付け部分)を主に紹介します。なお、第1部については旧ガイドラインをほぼ引き継いだ内容(一部、追記などあり)となっており、別記事(リスク管理Navi「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン~都市圏で大規模地震が発生、「社内に待機」と言う準備はできていますか?~」)で紹介しています。
新設された「第2部」と企業に求められる対応
追記された第2部は章を立てず、想定される3つの場面を示しています。
- (1)当該地域において地震の揺れ等による被害が生じていない状況下で災害に該当するほどの帰宅困難者が発生した場合
- (2)大規模な遠地津波の発生を受けて帰宅困難者が発生した場合
- (3)イベント開催時や大規模集客時において災害に該当するほどの帰宅困難者が発生した場合
(1)は大規模地震を除くさまざまな要因によっても大規模な帰宅困難者は発生するというシチュエーションを明示しました。(2)はカムチャツカ半島東方沖を震源とする津波発生を受けて帰宅困難者が大勢出た事例、(3)は大阪・関西万博における地下鉄運休に伴う帰宅困難者が発生した事例を教訓としたものです。
(1)当該地域において地震の揺れ等による被害が生じていない状況下で災害に該当するほどの帰宅困難者が発生した場合
大規模地震を要因とする帰宅困難者対策は第1部で扱っていますが、帰宅困難者は大規模地震以外の事象によっても発生します。具体的には、遠地津波、暴風、豪雨、積雪、停電、通信障害、大規模事故などです。まずは新ガイドライン第1部で示された体制・取り組みを対策の基礎とします。そして公共交通機関の運行状況や駅前などの滞留状況の情報を基に、例えば一時滞在施設の開設やそのエリアなどを判断します。一時滞在施設は協定によって民間が開設するものも多いため、事前に官民の連携体制を整えておくことを勧奨しています。
なお、カムチャツカ地震や大阪万博の事例が真夏日に発生し熱中症対策の重要性が浮き彫りになったことから、季節対応の観点として「酷暑や極寒等、外部環境が極めて厳しい場合においても、帰宅困難者の安全確保を最優先とした対応が求められる」と明記されました。
(2)大規模な遠地津波の発生を受けて帰宅困難者が発生した場合
日本から遠く離れた場所で発生する地震に伴う津波を遠地津波と呼びますが、“遠地”ゆえの特徴があります。気象庁は津波の到達を予測して津波注意報や津波警報などを発表しますが、遠地での地震が非常に大きい場合、津波警報や津波注意報が解除されるまでの時間が長くなるという傾向があります。これは遠地で起きた大規模地震に伴う津波の場合、潮位変化が始まってから最大波が観測されるまで数時間以上かかることがあったり、波の周期が長かったりする特徴があるためです。
津波警報が解除されず長引けば、沿岸部を通る鉄道線路区間ではそれだけ運転を見合わせる時間が長くなります。例えば、2025年7月30日に発生したカムチャツカ半島東方沖地震の際は、津波警報が9時40分に発報され、18時30分以降、順次注意報に切り替わり、すべての津波注意報が解除されたのは翌31日の16時30分でした。その間、各地の鉄道が運転を見合わせる対応を取りました。
表2 2025年7月30日のカムチャツカ半島東方沖を震源とする津波に伴う鉄道運休の一例
| JR東日本 東海道線(東京~熱海) | ||
|---|---|---|
| 運休開始 | 7月30日 | 10時頃 |
| 運転再開 | 7月30日 | 21時頃 |
出典 JR東日本「カムチャツカ半島付近地震発生に伴う運転状況について」およびX(旧Twitter)を参考にニュートン・コンサルティング作成
JR東日本の東海道線(東京~熱海)といえば多くの通勤客が利用する路線ですが、11時間近く鉄道が運休しました。このエリアでは7月30日18時30分に津波警報が津波注意報に切り替わり、21時頃に運転が再開されたとはいえ、本数が少なく、引き続き混乱を招きました。他方で、津波警報から津波注意報に切り替わった地域であっても、当日中には運転が再開されない路線区間もありました(東北本線の一部や仙台線など)。
鉄道の再開は自治体が発令する避難指示の解除とも大きく関係します。鉄道事業者サイドでは、津波警報が解除された後でも自治体が避難指示を発令している場合は運転をまだ見合わせるケースが多いからです。結果として、日本では揺れによる被害が少なかったにもかかわらず、各地で混乱が生じ、対応に追われました。
新ガイドラインが示す方針
こうした背景を踏まえ、新ガイドラインでは帰宅困難者そのものを予防する(発生させない)ことに重きが置かれています。
遠地津波では津波警報などが解除されるまで時間を要し、利用したい路線が沿岸部を通るのであれば運休が長期化する可能性があります。一時滞在施設に移動できたとしても、代替輸送の目途が立たない限りは、滞在が長引きます。このため、まずは帰宅困難者を発生させないことが重要となります。
企業に対しては、津波が到達するまでの時間的猶予(リードタイム)を活用し、交通網が麻痺する前に早期帰宅を促す、あるいは出勤を抑制する対応が求められています。企業が適切なタイミングで判断を下せるよう、タイムラインも掲載されています。(図1と図2)
- ①早期帰宅を促す
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例えば、日中の11時頃に海外で大規模地震が発生し、日本への津波到達が夕方以降と予測されるケースでは、津波発生から「約5時間後」に津波警報等が発表される想定となっています。こうした一定の時間的猶予がある点が、遠地津波の特徴で、震源が近い地震とは大きく異なる点です。2025年12月8日に発生した青森県東方沖地震(M7.5※)では、地震発生から「約8分後」に津波警報が発表されています。遠地津波では警報発表まで一定の時間が見込めるため、企業が主体的に判断できる余地があります。津波警報などの見込み段階で「早期帰宅」の呼びかけもしくは準備を開始しましょう。津波警報を受けて鉄道が運転を見合わせる前に、余裕を持って従業員を帰宅させることが企業の責務となります。
※青森県八戸市で震度6強を記録した地震。初めて「北海道・三陸後発地震注意報」が発表された。
- ②出勤抑制を促す
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遠地地震が夜間や早朝に発生した場合は、「出勤抑制」が基本となります。モデルケースでは朝5時に地震が発生し、正午ごろに津波が到達する場合を想定しています。このケースでは企業は従業員に対し、「自宅待機」を指示し、この後に行われる鉄道運休の影響を回避することが推奨されています。
企業としては従業員が出勤(あるいは帰宅)しようと駅へ向かったら運休していた、というようなことが起きないように早期帰宅および出勤抑制ともに、積極的な働きかけが必要でしょう。また、従業員の側も鉄道の計画運休情報を自ら入手し、駅での滞留者にはならないという心構えが求められます。
(3)イベント開催時や大規模集客時において災害に該当するほどの帰宅困難者が発生した場合
2025年の大阪・関西万博では、地下鉄の運休により大規模な帰宅困難者が発生しました。同年8月13日の夜から翌日にかけて、地下鉄において停電トラブルがあり、万博会場である夢洲に通じる唯一の鉄道路線であった大阪メトロ・中央線が運休しました。代替輸送バスや隣駅までのピストン輸送などが始まりましたが、バスは輸送能力が鉄道と比べて低く、またピストン輸送について来場者のすべてが理解していたとはいえない状況下で多くの来場者が会場に宿泊せざるを得ない状況となりました。
ガイドラインの改定を議論してきた「災害発生時等の帰宅困難者等対策検討委員会」や万博協会(2025年日本国際博覧会協会)の資料によると、停電トラブル発生当時、中央線を利用して万博会場から帰ろうとしていた乗客は約3.8万人。トラブル発生以降、翌朝5時までの間に隣駅であるコスモスクエア駅へ行って(隣駅まではピストン輸送が始まった)、そこからの接続などで帰宅した人は約1.9万人、一方、会場からバスを利用した人は約3,000人でした。
いくつかのパビリオンが帰宅困難者のために開放され、水や食料、スマートフォン用の電源も一部で提供されました。ただ、水などの提供は夢洲駅周辺の雑踏対策などの初動対応終了後になったほか、コンセントの利用やモバイルバッテリーについても十分に提供できませんでした。
この結果を踏まえ、新ガイドラインではこうした状況にあらかじめ備えることが盛り込まれました。
新ガイドラインが示す方針
求められる取り組みの対象は①イベント主催者②公共交通機関③自治体④関係者--の4つに整理されています。ここでは、イベント主催者に焦点を当てて紹介します。以下の4点が示唆されています。
- ①備蓄
- 交通機関が復旧するまで、あるいは代替輸送が整うまで、来場者を安全に会場内で待機させる必要があります。そのために“できる範囲で”(※)水・食料・毛布といった備蓄に加え、スマートフォン向けのモバイルバッテリーや電源の備蓄が推奨されています。
※ガイドラインでは「可能な範囲で対応することが望ましい」との表現。
- ②分散退場
- 交通機関が復旧した際には駅への殺到を防ぐため、分散退場を誘導します。あらかじめ会場周辺の広場や公園などを「一時待機場所」として誘導できるよう事前計画の策定を求めています。なお、一時待機場所とは、一時滞在施設が開設されるまで一時的に待機する場所のことです。広場、公園などのオープンスペースが想定されています。
- ③多言語
- インバウンド(訪日外国人)や母国語が日本語ではない人たちの来場を想定して、災害情報や交通機関の運行情報を「やさしい日本語」や「多言語」で提供する体制が必要です。なお、やさしい日本語とは文法や言葉のレベル、文章の長さに配慮してわかりやすくした日本語のことであり、1995年の阪神・淡路大震災のときに外国人が緊急速報や避難指示を理解できずに被災したことを踏まえて、災害時に情報伝達を迅速に行う手段として取り組みが始まりました。「やさしい日本語」を使うことで、日本語に不慣れな外国人だけでなく、まだ難しい言葉がわからない小さな子どもたちも、災害や交通に関する情報を理解しやすくなります。
- ④公共交通機関および自治体との連携強化
- 鉄道が運休した場合の代替輸送を主催者だけで確保するのは困難なため、主催者は公共交通機関や地元の自治体と、イベント開催前から連携体制を築くよう推奨しています。
第1部の変更点:一時滞在施設についての追記
最後に、新ガイドライン第1部における変更点を紹介します。
一時滞在施設については、災害救助法などの法的根拠や「協定を結んでいない施設」への適用について詳細が追記され、災害対策基本法上は避難所の概念に含まれると明記されました。これにより、費用負担の考え方も旧ガイドラインよりも踏み込んだ表現になりました。旧ガイドラインでは「災害救助法が適用された区域については、食品の給与、飲料水の供給等が国庫負担の対象となる可能性がある」との記述でしたが、新ガイドラインでは「支弁を行うことが想定される」と表現が変わりました。この明確化により、事前に協定を結んでいない民間企業などが善意で施設を開放した場合でも、避難所として供与されれば災害救助法に基づく支弁の対象となる(費用負担の対象になる)ことが明文化されました。
あわせて、一時滞在施設の運営面に関する追記も行われました。モバイルバッテリーや電源の備蓄が明示されたほか、どの施設が一時滞在施設なのかわかりづらいという課題を踏まえ、入口表示やピクトグラムの活用が有効だとしました。
まとめ
首都直下地震が発生すれば1都4県で最大約840万人(うち250万人は高齢者や要支援者)の帰宅困難者が発生すると試算されています(中央防災会議防災対策実行会議・首都直下地震対策検討ワーキンググループ)。さらに、新ガイドラインが示すように、揺れによる大きな被害がなくとも、あるいは地震そのものが発生していなくても、条件が重なれば災害級の帰宅困難者が発生する可能性があります。
カムチャツカ地震や大阪・関西万博での事例はまだ記憶に新しく、自社の帰宅困難者対策を点検する好機です。ニュース映像などの記憶があるうちに、自社の初動判断や出勤抑制の基準、備蓄や連携体制が十分かどうか、いま一度確認してみてはいかがでしょうか。

