「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」とは?被害想定・対策内容をわかりやすく整理
| 執筆者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」は、富士山噴火などによる大規模な降灰に備え、被害の想定や対応の基本方針を示した重要な指針です。本記事では、ガイドラインの構成に沿って被害想定や対策内容を整理し、降灰対策の全体像をわかりやすく解説します。
1. 「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」の概要
「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」は、富士山の大規模噴火による広域的な降灰被害を想定し、首都圏の安全と社会機能を維持するための実用的な指針をまとめたものです。内閣府が策定し、2025年3月に公表しました。
ガイドラインでは降灰量を4つのステージに分類し、各段階での具体的なリスクや、地域住民・行政・事業者らが取るべき対処方法を示しています。なお、事業者の対応について詳細はこちらの記事をご覧ください。
ガイドラインは神奈川県や東京都への降灰を想定
「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」は神奈川県や東京都を中心に東北東方面へ降灰する状況をモデルケースとし、1707年(宝永4年)に富士山で起きた宝永噴火の規模を想定しています。
宝永噴火では、12月16日朝に南東山腹(現在の宝永山)で大爆発が起きました。その日のうちに江戸市中にも大量の火山灰が降り、現在の神奈川県川崎市では5センチメートルの積灰があったとの記録が残っています。噴火は月末まで断続的に続いたのち、徐々に沈静化しましたが、火山灰や火山礫などの噴出物は偏西風に運ばれ、静岡県北東部から神奈川県北西部、東京都、房総半島まで及びました(※1)。
宝永噴火の後、富士山では大規模な噴火は確認されていませんが、ひとたび大噴火が起きると、首都圏エリアで宝永噴火のような広域降灰が発生する可能性があります。人口やインフラなどが集中する首都圏で降灰被害が起きた場合、社会や経済活動に大きな混乱をもたらすリスクがあります。ガイドラインはこうしたリスクを前提とした火山防災の対策ガイドとして位置づけられます。
(※1)富士市「富士山の噴火史について」、東京都Tokyo富士山降灰特設サイト「富士山の噴火を知る」
2. ガイドラインにおける被害想定(降灰量別の影響)
ガイドラインにおける被害想定の基本となる評価軸は「降灰量」です。降灰量とは、地上に降り積もった火山灰、もしくはこれから降ると予想される火山灰の量のことです。一般的に「cm」などの厚さ(深さ)で表されます。
火山灰は直径2mm未満の微粒子です。風で飛ばされ広範囲に飛散・堆積しやすく、水分を含むと固着する性質があります。ガラス片や鉱物の結晶片を含有しているため、航空機のエンジントラブルや家屋倒壊、交通障害を引き起こすほか、吸入すると健康被害をもたらすおそれがあります。
ガイドラインでは、想定される降灰量(cm)を4つのステージに分類し、各ステージで建物や輸送・移動手段、ライフラインにどのような影響が出るかを整理しています。詳細は下表の通りです。
【表1】降灰量別に想定される被害状況
| ステージ1 | ステージ2 | ステージ3 | ステージ4 | |
|---|---|---|---|---|
| 降灰量 | 微量以上3cm未満 | 3cm以上30cm未満で被害が比較的小さい | 3cm以上30cm未満で被害が比較的大きい | 30cm以上 ※降灰後土石流の危険あり |
| 建物 | 灰の除去が必要になるが、倒壊するなどの影響はない | 灰の除去が必要になるが、倒壊するなどの影響はない(※a) | 灰の除去が必要になるが、倒壊するなどの影響はない(※a) | 降雨時、木造家屋が火山灰の重みで倒壊するおそれ(※b) |
| 輸送・移動手段 | 一時的な鉄道・航空機の運行停止はあるものの、車の走行や復旧作業・物資供給は可能 | 一時的に道路通行が困難となるが、比較的早期に主要輸送手段を確保・維持でき、その後は復旧作業・物資供給が可能 | ほとんどの手段が影響を受け徒歩以外の移動が困難。大きな道路のみ確保され、復旧作業・物資供給も不十分 | 徒歩を含め全ての移動手段がほぼ利用不可。輸送手段の確保まで時間がかかり物資供給にも影響大 |
| ライフライン | 多少の不便はあるが、通常の生活・社会経済活動は維持可能 | 電力や通信の一時的な停止など不便はあるが、一定レベルでの生活・社会経済活動は維持可能 | 電力障害が大規模となり、社会経済活動にも影響大。直ちに命の危険はないが、生活維持がギリギリ | 電力・通信・上下水道に大きな影響が及び、復旧作業にも長期間を要するため、社会経済活動や生活維持が困難 |
(※a)火山灰の堆積が積雪荷重を超える場合は、大スパンの大型建物の屋根が損傷する可能性がある。
(※b)降灰量が30cm未満の場合でも、降灰後の土石流が想定される地域では命の危険がある。
内閣府「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」を基にニュートン・コンサルティングが作成
表1の通り、首都圏での降灰の影響は多岐にわたります。交通網の麻痺やそれに伴う混乱、帰宅困難者の発生、物流の寸断による物資の供給困難のほか、送電線への付着による停電や電子機器への侵入による通信障害などが懸念されています。
交通・ライフラインへの影響
富士山の噴火後、首都圏で広域にわたる降灰が発生すると、交通・ライフラインなどに多大な影響をもたらすことが想定されています。ガイドラインでは、それぞれの分野で発生し得る被害の状況を具体的に示しています。
- 鉄道:微量の降灰で地上路線の運行が停止します。レールが火山灰で覆われると車輪との通電不良が起き、列車位置システムや踏切に障害が発生するためです。地下路線でも、地上路線の運行停止に伴う需要増や、車両・作業員不足によって運行停止や輸送力の低下が生じる可能性があります。
- 道路:乾燥時で10cm以上、降雨時で3cm以上の降灰があると、二輪駆動車が通行不能になります。これ未満の降灰量であっても、視界不良や道路上の火山灰、鉄道停止に伴う交通量の増加などによって速度低下や渋滞が発生します。
- 航空:滑走路に降灰が0.4mm以上あると除灰などの対応が検討され始め、2mm以上になると除灰が完了するまで滑走路が利用不可となります。
- 電力・通信:降雨時に3mm以上の降灰があると、電線などを支える器具の絶縁低下による停電が発生します。数cm以上の降灰で火力発電所の吸気フィルターの交換頻度が増加し、発電量の低下につながります。また、通信においては噴火直後に利用者の増加により電話の輻輳が想定されるほか、降雨時に火山灰が通信アンテナに付着することで通信障害が発生するおそれがあります。
- 上下水道:上水道では、火山灰の混入による原水の水質悪化により、浄水施設の処理能力を超えてしまう場合、断水が発生する可能性があります。下水道では、火山灰の流入により管路の流下阻害や閉塞が発生し、降雨時に雨水があふれるおそれがあります。
- 機械・設備トラブル:5cm以上の降灰で、空調設備の室外機に不具合が生じます。堆積した火山灰が室外機の排気口をふさいでしまうことで冷却能力が低下し、機器本体への悪影響につながります。
都市機能・社会活動への影響
ガイドラインでは、大規模噴火時の都市機能や社会活動への影響についてもまとめています。
- 外出制限・生活影響(個人レベル):降灰時の徒歩移動は視界不良や足元の滑りやすさなどの点で危険が伴うこともあり、市町村が不要不急の外出を控えるよう呼びかけを行う場合があります。テレワークの活用や車の運転を控えることなどが求められます。また、物流の停滞により食料や水などが品薄になり、買い占めが発生する可能性があります。
- 企業活動・物流の停滞(企業レベル):わずかな降灰で鉄道などの公共交通機関が停止し、道路も通行困難となるため、従業員の出社が困難になるほか、帰宅困難者への対応が求められます。また、インフラやライフラインが停止した場合に備え、バックアップ体制の構築が推奨されています。物流面では、車両の通行支障や視界不良によりトラックなどの物資輸送機能が麻痺し、サプライチェーンが寸断されることで操業停止や事業縮小を招くおそれがあります。
- 都市機能への波及:交通網の麻痺とライフラインの停止は、首都圏の都市機能全体を低下させる被害をもたらします。人や物の移動が停滞・制限されるため、経済的な被害が連鎖的に拡大するリスクが高まります。
火山灰は雪のように自然に溶けたり消えたりせず、除去しない限りなくならないという特徴があります。しかし、大量の火山灰の処分場をあらかじめ確保しておくことは難しく、降灰が多かった場合は各方面での影響が長期化する可能性もあります。宝永噴火の際には、降灰により建物の倒壊や農地の耕作不能化、河川の氾濫などが発生しました。現在の金額に換算すると経済的な被害想定額は1.2~2.5兆円規模と算定されています(※2)。
(※2)東京都Tokyo富士山降灰特設サイト「富士山の噴火を知る」
3. ガイドラインが示す基本的な対応の考え方
ガイドラインでは、前述の「降灰量別に想定される被害状況」で示した4つのステージに応じて、国・地方公共団体・住民の対応方針を示しています。
本ガイドラインの基本方針は、大規模噴火による広域降灰発生時において、社会的混乱を防ぐため「できる限り降灰域内に留まって自宅等で生活を継続する」ことです。ただし、ステージ3では「状況に応じ他の地域へ移動すること」、ステージ4では「原則避難」といった段階的な対策を示しています。
国(内閣府など)は、気象庁が発表する噴火警戒レベルや降灰予報などの火山防災情報を基に、防災対応を開始するための「広域降灰に関する対応のトリガーとなる情報」や、各地域で予想される降灰量を示す「広域降灰の見通しを伝える情報」を発表します。
地方公共団体は国と連携して情報提供を行うとともに、住民に対して「不要不急の外出抑制」「自宅などでの生活継続」や、危険が迫った際の「退避・避難」などを呼びかけます。また、平時より生活に必要な物資を十分に確保し、有事の際には住民に物資を配布できるよう対策を実施します。
住民に対しては、ステージ1~3の段階ではできる限り自宅での生活を継続することが求められます。また、水や食料(1~2週間分)に加え、防塵マスクやゴーグル、清掃用の器具などの降灰対策用品を平時から備蓄しておきます。
国・地方公共団体・住民が各ステージに応じて整合的に対応するためには、降灰の状況を速やかに把握・情報共有し、実測の降灰量だけでなく予測(見通し)も活用することが重要です。
4. 分野別に見る主な対策内容
ガイドラインでは、広域降灰対策を「交通・物流」「ライフライン」「生活・健康」の3分野に大別し、各分野で想定される具体的な被害想定と対応策を示しています。
図1:分野別に見る広域降灰対策の全体像(交通・ライフライン・生活)
社会インフラの対策
降灰時には、視界不良やスリップ、レールへの火山灰の堆積などにより安全な走行・運行が妨げられるおそれがあるため、人命と安全確保を前提とした運行判断が求められます。具体的には、降灰量や視界の状況に応じて、航空機の便数制限や道路の通行止め、鉄道の運行停止などの運行・通行規制が段階的に実施されます。
こうした物流停滞の対策として、国や地方公共団体は、あらかじめ緊急輸送道路や物資拠点を設定し、優先的に除灰(道路啓開)を行うことで、物資供給ルートの維持を図ります。ガイドラインでは、輸送・移動手段の早期復旧対策として、平時から資器材の備蓄や訓練が重要であること、さらにライフライン事業者と連携を強化し、連絡手段や被害状況の収集方法などを確認しておくことが示されています。
また、電力分野では配電線・送電線の地中化や碍子の塩害対策が降灰に伴う停電防止に有効とされており、事業者による対策の推進が望まれています。電力需給の逼迫時には、必要に応じて省電力の呼びかけや、他の電力エリアからの融通電力の確保といった対応策が検討されます。また、電力や通信が途絶した場合は、現場での被害復旧作業のほか、重要施設への電源車の臨時配備を行います。
生活・健康・除灰に関する対策
ガイドラインでは、住民ができる限り降灰域内に留まって自宅などで生活を継続することを基本方針としていますが、介護サービスが必要な人や通院が必要な人工透析患者、自助・共助による生活が継続できず、直ちに命に危険が及ぶ人などは、医療機関を受診可能な地域に移動する必要があると示しています。
自宅などで生活するにあたっては、空気中に火山灰が含まれていることを踏まえて健康被害に注意しなければなりません。ガイドラインでは、住民は降灰がもたらす影響を知り、降灰のハザードマップを踏まえ、生活継続や健康維持に関するリスクを把握する必要があるとしています。具体的には、平時から備蓄を行い、不要不急の外出を控えるとともに、外に出る際には防塵マスクや防塵ゴーグルを着用するといった対応が推奨されています。
また、降灰への対応が落ち着いた後には除灰作業が必要になります。降灰が継続している状況での火山灰の除去や清掃の際には、視界不良による事故を防ぐため、ヘルメットや防塵マスク・ゴーグルの装備や厚手の手袋、作業靴などで安全を確保することが求められています。なお、宅地から排出された火山灰は各市町村が処分を行います。
「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」は富士山の噴火を想定したものですが、富士山以外の火山による広域降灰対策にも活用できるため、幅広く防災に役立ちます。100を超える活火山を有し「火山大国」といわれる日本では、降灰がもたらす被害と対策をあらかじめ知って備えておくことが非常に重要です。