エア・ウォーターグループにおける不適切な会計処理および経営陣関与事案を15分で読み解く
プライム上場企業であるエア・ウォーターが、グループ全体で過去約5年半にわたり、現在判明しているだけでも、累計数百億円規模の収益を過大計上していたことが明らかになりました。いわば、大規模な粉飾決算です。
これを受けて2026年2月13日、特別調査委員会による調査報告書(中間報告)が公表されました。報告書は300ページを超える大部なもので、しかも紙資料をそのままスキャンした低解像度のPDFという体裁のため、AIによる解析も容易ではなく、通読するだけでも相当の労力を要します。
個人情報保護や機密情報管理、さらには今後の法的手続との関係から一定のマスキングが必要であることは理解できます。が、投資家や影響を受けた関係者に対する説明責任という観点からは、より読みやすく、検証可能な形での開示が求められていたのではないでしょうか。
だからこそ、本稿では、できるだけ多くの人が自分の言葉でこの事案を語れるようになることを目指し、その構造をわかりやすく整理してみたいと思います。本稿をお読みいただくことで、次の点が理解できるはずです。
・エア・ウォーターグループはどのような会社か
・どのような不正が行われていたのか
・どうして不正が生まれ、そして防げなかったのか
・再発防止策は何か
・私たちがそこから何を学ぶべきか
順を追って整理していきましょう。
エア・ウォーターグループとは
エア・ウォーターグループは、もともと産業ガスの会社としてスタートしましたが、長年にわたりM&Aを重ねながら事業領域を広げてきた、多角化型の企業グループです。
現在は、産業・医療・食品・エネルギーなど、社会の基盤を支える複数の領域にまたがって事業を展開しており、国内外に200社を超えるグループ会社を抱える体制となっています。言ってみれば、「ガス会社から出発し、社会インフラ全般を支える総合企業へ進化したグループ」と説明できます。
同社のコーポレートガバナンス体制(当時)は、監査役会設置会社の形態を採用し、取締役会による監督と、監査役会による監査、さらに内部監査部門やコンプライアンス部門による内部統制を組み合わせた体制でした。また、コンプライアンス室(当時のコンプライアンスグループ)を事務局とする「リスクマネジメント検討会」が設置され、グループ横断的なリスク管理を担う仕組みも整備されていました。
こうした枠組みが存在していた一方で、多数の子会社を抱える多角化グループであったことから、グループ全体を横断したリスク把握と統制の実効性には高いハードルが課せられている構造でした。
図1 2022年度当時のエア・ウォーターのコーポレートガバナンス体制図
どんな不正だったのか
1兆円企業を目指して拡大を続けていたエア・ウォーターグループでは、2014年頃から、親会社による強い業績達成プレッシャーを背景に、子会社や本社の事業部門で不適切な会計処理が広がっていきました。それは一時的なものではなく、形を変えながら2025年に発覚するまで約10年近くにわたり継続していきました。図1をご覧いただきますと何が起きていたのか想像しやすいと思いますが、これらも実際にあった不正の一部のみとなります。その根は深く、中間報告の段階でも、数十社において不適切な会計処理が確認されています。
その内容は一つではありません。在庫の過大計上、損失の先送り、売り上げの前倒し計上、架空売り上げの計上、費用の不適切な資産計上、原価や経費の付け替えなど、手口は多岐にわたっていました。いずれも共通しているのは、「当期の利益をよく見せる」「赤字を避ける」という目的です。
そして最大の特徴は、不正が現場の担当者だけで行われていたわけではない、という点です。多くのケースで、子会社の社長や経営幹部が関与し、組織として利益の嵩上げや損失隠しが行われていました。個人の逸脱ではなく、構造的な問題へと発展していたのです。
一例を挙げますと、環境に配慮した建築・土木資材の製造・販売を行っている子会社エコロッカでは、2024年に約5億円に上る巨額の在庫不足が発覚しました。しかし、当時の社長は当期の利益悪化を避けるため、本来一括で計上すべき損失をその期に処理せず、複数年に分けて処理する方針を取ろうとしました。
図2 エア・ウォーターグループにおける主な不適切会計の発生時期と子会社別分布(2014–2023年)
どうして不正が生まれ、そして防げなかったのか
今回の事案発生のメカニズムは、「不正のトライアングル」を使って説明することができます。すなわち、動機(プレッシャー)・機会・正当化の3つの観点での説明です。
まず「動機」です。
背景には、過度な業績目標と利益至上主義がありました。目標未達や赤字の報告をすれば、会議の場や個別の呼び出しで激しい叱責を受けることが日常化していました。当時のグループトップからは「お前はクビや」「死んだ方がましや」といった過激な言葉が飛び交うこともあったとされています。業績を落とすことは許されない―そんな強い恐怖が現場を支配していたと言います。
次に「機会」です。
内部統制やコーポレートガバナンスが機能不全に陥っていたことが、不正の実行を可能にしました。M&Aによって子会社は200社以上に膨れ上がった一方で、本社管理部門の人員は不足しており、管理の遅れが目立っていました。業務の属人化やルール不徹底が進み、杜撰な管理が広がっていったのです。
本来であれば牽制役となる管理部門や内部監査部門も十分に機能していませんでした。深刻なのは、「最後の砦」であるグループトップが不正に対して断固とした態度を取らず、さらに内部監査室のトップ自らが不正の隠蔽を助言していた点です。統制の仕組みそのものが、その信頼性を担保すべき立場にある者によって内側から無効化されていました。これは、外部監査が十分に機能しなかった背景の一因とも考えられます。
トップの姿勢や不正を正すはずの取締役会も、実質的に会長・社長の影響下にあり、社外取締役には十分な情報が伝わらない状況でした。内部通報制度も形骸化していました。実際、事案発覚後の不正調査の過程で、自己申告すれば処分を軽減する「リニエンシー(減免)制度」を導入したとたんに、800名超の社員から情報提供が寄せられました。申告者の立場が保護されると明確になった瞬間に声が噴出したという事実は、それまで内部通報制度が「存在していた」だけで、実質的には機能していなかったことを強く示しています。
最後に「正当化」です。
「会社のため」「目標達成のためならやむを得ない」と考える企業風土があったといえます。実際、2020年頃に粉飾の情報が経営トップの耳に入った際、一度は「適切に処理するよう」指示したものの、その後、部下(監査室トップら)から提案された「監査法人には秘匿したまま段階的に処理する方針」に異議を唱えず、結果的に隠蔽を容認・放置しました。不正は逸脱行為ではなく、合理的な選択のように扱われていたのです。
結果として、組織全体が「正当化」の空気に包まれていたと言っても過言ではありません。
再発防止策は何か
調査報告書では、再発防止策として大きく4つが提言されています。
第1に「企業風土改革」です。
過度な業績プレッシャーを排除し、コンプライアンスを最優先とする組織へと転換することが掲げられています。経営トップが現場と対話を重ね、現実的な目標設定を行うとともに、倫理教育や会計リテラシー研修を強化し、内部通報制度を見直して自浄作用を回復させます。
第2に「ガバナンス改革」です。
経営トップへの権限集中を防ぐため、社外取締役の増員や取締役会の監督機能強化を進めます。また、指名・報酬委員会の役割を強化し、透明性の高い役員選任や後継者計画を整備します。
第3に「経営管理基盤・内部統制の再構築」です。
財務・経理体制を強化し、子会社管理や業務フローを見直します。内部監査機能も専門人材の配置と連携強化により立て直します。
第4に「全社戦略の見直し」です。
事業の選択と集中を進めるとともに、200社超に拡大したグループ会社の再編を行い、ガバナンス可能な規模へと構造を見直します。
私たちが学べること
今回の事案を通じて、私が最初に思い浮かべたのは「いわき信用組合」の不正事案でした。コーポレートガバナンスが形骸化する中で、約20年にわたり無断借名融資や水増し融資が行われ、資金が不正に流出していた事件です。
その際、私はこう発言しました。
「コーポレートガバナンスという考え方がここまで浸透した現代において、今回の(いわき信用組合の)ような不正が、株式会社で発生する可能性はかなり低いのではないか」と。
結果として、それは誤りでした。お詫びしたいと思います。
今回の事案は、業種や規模に関係なく、どれだけ制度が整っていても不正は起こりうることを示しています。プライム上場企業であり、リスクマネジメント検討会が設置され、内部統制や外部監査が整備されていても、それらは簡単に骨抜きにされうる――その厳しい現実を突きつけました。
エア・ウォーターグループの場合、野心的な業績目標が不正の芽を生みやすい「土壌」となっていました。もっとも、土壌があっても芽が出ないこともあります。しかし今回は、内部統制が機能していませんでした。例えば、在庫の実地棚卸という基本的な統制手続きすら徹底されていなかった事例が確認されています。こうした「当たり前」の積み重ねが崩れ、組織としての規範が弱まっていったのです。
さらに深刻なのは、トップが不正を容認したり、過度なプレッシャーの源になったりした場合、内部統制は容易に無力化されるという点です。本来それを防ぐのがコーポレートガバナンスですが、取締役会は十分に機能せず、監査役会や内部監査部門も有効な歯止めになりませんでした。
では、どうすればよかったのか。
報告書は再発防止策を提示しています。しかし、私はそこに「リスクアペタイト」という視点を加えたいと思います。リスクアペタイトとは、経営がどこまでのリスクを許容するのか、その境界線を明確にする考え方です。
1兆円を目指す。その目標自体は否定されるものではありません。しかし、そのために何を差し出す覚悟なのか。何を犠牲にしてはならないのか。どのリスクは絶対に許容しないのか。目標達成を急ぐことで、どのような歪みが生まれるのか。その歪みをどうコントロールするのか。そうした問いが、十分に議論されていたでしょうか。
目標だけが組織に下り、リスクアペタイトの議論が伴わないとき、不正の土壌は静かに肥沃になります。もちろん、今回の事案では、それを問うたところで、不正のきっかけでもあるグループトップが、明確な意思を示せていたかどうかは分かりません。ですが、あえて「どこまでリスクを取る覚悟なのか」を経営に問うことで、何かが変わっていた可能性もあります。
今回の事案は、他人事ではありません。私たちの組織では、目標とリスクのバランスについて、どれだけ本気で対話ができているでしょうか。
そこにこそ、本当の学びがあるのではないでしょうか。