ニデックにおける不正会計を20分で読み解く
ニデック株式会社(以下、ニデック)は2026年3月3日、自社で発生した不正会計事案に関する調査報告書(中間報告)を公表しました。発端となったのは、中国子会社における不適切な会計処理の疑いが社内で報告されたことです。調査が進むにつれて、この問題は中国子会社固有の事案ではなく、グループ全体のガバナンスや内部統制のあり方に関わる可能性が強く意識されるようになりました。これを受けて第三者委員会が設置され、調査が進められた結果、多岐にわたる拠点で、長期間にわたり多数の会計不正が行われていたことが明らかになりました。公表された調査報告書は、こうした調査結果を同委員会が中間的にとりまとめたものです。
本稿では、この事案をリスクマネジメントおよびガバナンスの観点から整理し、短時間で要点をつかめるように解説します。とりわけ、なぜ長期間にわたり問題が見過ごされたのか、なぜ是正されなかったのか、企業として何を学ぶべきかという点に重点を置いて見ていきます。本稿をお読みいただくことで、主に以下の論点を押さえることができます。
・ニデックグループはどのような会社で、どのようなガバナンス体制を有していたのか
・どのような不正・不適切会計処理が行われていたのか
・どうやって発覚し、問題が大きくなっていったのか
・なぜ不正が発生し、長期間にわたり防止・是正できなかったのか
・リスクマネジメント実務の観点から、私たちは何を学ぶべきか
ニデックグループのビジネスとガバナンス
ニデックグループは、モーター事業を中核とする東京証券取引所プライム市場上場企業です。連結従業員数は10万人超、グループ会社は300社を超え、世界各地に事業基盤を築いてきました。特徴的なのは、モーター単体のメーカーにとどまらず、車載、インフラ、エネルギー、産業機械など周辺領域へと事業を広げ、収益基盤を厚くしてきた点です。
同社は2021年「Vision2025」で、2030年度売上高10兆円の達成に向けたマイルストーンとして、2025年度売上高4兆円を掲げ、そのうち1兆円を新規M&Aで積み上げる考え方を示しました。さらに2024年には、2030年度売上高10兆円の目標を維持したうえで、その内訳を自律成長7兆円、新規M&A3兆円とする中長期の方向性を打ち出しています(図1参照)。
図1 売上高目標の構成
この戦略の中で特に難易度が高いとみられるのは、数兆円規模の新規M&Aを実際に成功させることと、車載事業を本格的に利益を生む事業へ育てることです(図2参照)。前者は案件の選定、買収価格の妥当性、買収後の統合の成否が問われますし、後者は量産の立ち上げや本格化と並行して品質の確保や価格競争力の強化、採算性の改善を同時に進める必要があります。なお、今回の第三者委員会による調査では、この車載事業では不正の影響額が574億円にのぼり、確認された不正全体の4割強を占めています。そうした点からも当該事業のハードルの高さをうかがい知ることができます。
図2 ニデックグループにおける主要事業ごとの売上と利益の割合
こうした巨大グループを統括するニデック本社では、経営に対する監督機能の強化を目的として、2020年に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行しました(図4参照)。現在もこの体制は維持されており、以来、取締役の過半数を社外取締役が占める構成になっています。なお、報告書自体には明示されていませんが、同年の有価証券報告書(図3参照)を見ますと、「事業等のリスク」には内部統制リスクが記載されるようになりました。また、詳細は後述しますが、この機関設計の変更直前には、子会社における会計不正が社内で問題化していた一方、それ自体は当時外部には公表されていなかったことがわかっています。こうした経緯からも、同社が当時、グループガバナンスや内部統制上の課題を相応に意識していた可能性が高いと考えられます。
図3 ニデックの2020年度の有価証券報告書に記載されていた内部統制に係るリスク
また、取締役会の下にはリスク管理委員会が設置され、制度上は一定のリスク管理体制が整備されていました。一方で、その実務を担う体制は十分とは言い難く(※1)、第三者委員会報告書によれば、元役員から人員増強の必要性が提案されていたものの、創業者で前名誉会長の永守重信氏からは「リスクは自分が一番分かっている」と取り合ってもらえなかったとされています。制度や組織の枠組みは存在していたものの、それを実効的に機能させるための人的基盤や運用面には大きな課題が残されていたことがうかがえます。
※1 300社を超える子会社を擁するグループ全体を対象とする実務を担うリスク管理室の人員は、2022年以降、兼務者を含めても概ね4~6名程度であったとされています
ニデックで起きた不正はどんなものか
ニデックで2011年ごろから長年続いていたのは、国内外の多数のグループ拠点に広がる不適切な会計処理でした(図5参照)。第三者委員会の暫定算定では、こうした不正会計が2025年度の連結財務諸表の純資産に与える負の影響額は約1,400億円に達します。しかも、今後さらに相当額の減損損失が追加計上される可能性もあります。
具体的には例えば、ニデックプレシジョン株式会社では2014年に開発仕掛品の不正計上を行っていました。これは、量産化前の開発試作品などにかかる労務費を本来の費用ではなく資産として計上し、当期の費用を圧縮することで利益を捻出しようとしたもので、第三者委員会報告書ではニデック本社役員の示唆があったとされています。
また、先述した機関設計変更前に起きた事案の1つが、ニデック本社の家電産業事業本部で起きた不正事案です。2018年の営業利益を押し上げるために、在庫や貸倒れ、訴訟、製品保証などに関する各種引当金の見積もり方法が恣意的に変更され、不適切な取り崩しが行われました。深刻なのは、その過程です。なんと日本人事業本部長らが、米国の現地CFOらに引当金の取り崩しを指示したのです。これを現地側は「合理的な理由がない」として拒否しました。にもかかわらず、事業本部側は本社経理部に依頼し、本社側で勝手に連結修正仕訳として取り崩しを入力させました。現地が「正しいこと」を貫こうとしても、連結決算の作成プロセスにおいて本社がそれを覆してしまえる。ここには、ガバナンスが深いところから傷んでいた実態が表れています。
本社経理部やCFOが主導した不正も確認されています。それがよく表れているのが、2022年3月に車載事業本部傘下のX国子会社で起きた会計不正です。
問題となったのは、当該子会社が現地政府から受給した約13億円相当の政府補助金の処理でした。この補助金は、本来であれば一括で収益計上できる性質のものではなかったにもかかわらず、ニデック本社側は全額を当期の収益として計上しようとしました。しかし、現地監査法人はこの処理を認めませんでした。そこでニデック本社の経理部は、現地監査法人を説得するのを断念し、日本の監査法人であるPwC京都に相談し、この補助金に関する監査対応を現地監査法人からPwC京都側へ移す、いわば「巻き取り」を図りました。
さらに問題だったのは、その際の資料提出のあり方です。現地政府は、ニデックの求めに応じて、補助金に関する追加説明文書を出す一方で、その文書はニデック社内の会計処理の証拠としてのみ使用し、監査法人など外部には提出しないよう求める別文書も出していました(※2)。ところが、ニデック本社の経理部長は、この条件に反して、会計処理の正当性を裏づける資料として追加説明文書をPwC京都に提出してしまったのです。監査判断に影響しうる「外部提出を禁じる文書」の存在は意図的に隠していました。加えて、常勤監査等委員が補助金の性質を示す資料の提出を求めた際にも、グループ会社担当の執行役員は、部下から上がってきた資料の中から、この文書だけを意図的に抜き取り、常勤監査等委員に共有しませんでした。
つまりこの事案では、不適切な会計処理を進めようとしただけでなく、監査法人や監査等委員に提示される情報そのものまで選別されていたことになります。これは、本社経理部と経営幹部の関与の深さに加え、監査・監督の前提となる情報の流れ自体が歪められていたことを示す、象徴的な事例と言えるでしょう。
※2 この追加説明文書は、政府補助金に関する正式な契約内容や元の行政判断を修正する文書というより、あくまでもニデック側の社内的な会計処理の便宜のための補足説明にとどめられていたため、他の目的に用いることを禁じた措置であったと考えられます
どうやって発覚し、問題の大きさが明るみになっていったのか
こうした不正が積み重なる中で、長年ふたをしてきた問題が大きく噴き出す契機となったのが、中国子会社ニデックテクノモータ(浙江)有限公司(NTMZ)の事案でした。NTMZでは、「特別協力金」を受け取り、これを売上原価のマイナスとして計上することで、利益を過大に見せていました。実態としては、後続の仕入れで通常単価に上乗せして返金することが予定されており、実質的には利益をかさ上げするための処理だったとみられます。さらに2024年度第2四半期には、サプライヤーとの間で特別協力金の支払い合意が成立していないにもかかわらず、あたかも合意が成立したかのように装って利益を計上していたとされています。
転機となったのは、2024年11月にNTMZへ新たに着任した日本人総経理(※3)が、多額の「負の遺産」の存在を把握したことでした。総経理は本社への経営報告に加え、NTMCの経営管理監査室にも問題を報告し、これをきっかけに2025年1月以降、調査が開始されていきました。
その結果、問題はNTMZ一社にとどまらないことが明らかになっていきます。調査の過程では、グループ全体で「負の遺産」の処理時期が恣意的に調整されていたことをうかがわせる資料が相次いで見つかりました。こうして問題は、一子会社の会計不正ではなく、グループ横断的な会計処理のゆがみを疑わせる事案へと拡大し、社内調査や通常の法律事務所による調査では対応しきれないと判断され、最終的に会社から独立した第三者委員会の設置へと発展したのです。
※3 総経理とは、日本企業の社長や最高執行責任者に相当する役職者
図6 発覚したのは「氷山の一角」に過ぎない
こうした疑義が外部に初めて大きく公表されたのは2025年9月上旬でした。ニデックは2025年9月3日に第三者委員会の設置を公表し、その翌日には中国子会社の不適切会計疑義と、経営関与の可能性を含む全社的な問題へ広がる懸念が報じられました。ただし、この時点で公表されていた内容は「別のグループ会社でも不適切な会計処理の疑いが浮上した」という程度にとどめられていました。以下はその時の報道の引用です。
同社は3日、同社やグループ会社の経営陣の関与・認識のもとで不適切な会計処理が行われていたことを疑わせる資料が複数見つかったことを発表した。資産の評価損を計上する時期を自社に都合のいいように調整しているとも解釈できる内容が含まれていたという。
中国子会社で7月、サプライヤーからの値引きに相当する購買一時金で不適切な会計処理が行われた疑いがあると報告があった。この件について社外弁護士らで調査していたところ、別のグループ会社でも不適切な会計処理の疑いが浮上したという。
出典 「ニデック株が一時ストップ安、経営陣認識の下で不適切会計疑い」Bloomberg 2025/09/04
どうして不正が生まれ、そして防げなかったのか
もちろん、ニデックとしても、厳しい成長目標を追うなかで不正の芽が生じうること自体には気づいていました。何とかそれを抑え込もうとしていた形跡は見て取れます。しかし、結果としては、それらの施策はいずれも十分には機能しませんでした。なぜなら、不正を抑えようとする統制の仕組みよりも、不正を生みやすい経営の力学の方が強く働いていたからです。
間違った優しさ
その象徴の1つが、2011年ごろに始まった永守氏直下のA氏による社内的にも秘密裏に行われた特命監査です。永守氏は、問題のある事案を正規の内部監査部門で扱えば、会計監査人にも共有され、問題が表沙汰になって「大事になる」と懸念していました。そこで、「大岡裁き」という言葉を使いながら、表に出さずに秘密裏に不正を正し、反省している者にはやり直しの機会を与える方がよい、という発想で特命監査を進めていたとされています。
一見すると、厳罰一辺倒ではなく再起の機会を与える“情け”にも見えます。しかし実際には、監査法人に知られたくなかったというだけでなく、本来、監査等委員会や監査役会に上がるべき情報の流れから外して処理していたという点で、法的にもガバナンス上も非常に危うい対応だったと言わざるを得ません。問題を正すつもりで始めた仕組みが、結果としては、問題を表に出さずに処理する回路になってしまっていたのです。
虚しく空回りする「正しいことが全て」というトップダイレクション
永守氏は、言葉の上では繰り返し「不正をするくらいなら未達でも構わない」「正しいことがすべてに優先する」と発信していました。そのメッセージだけを見れば、極めてまっとうです。問題は、その言葉と実際の運用が一致していなかったことにあります。たとえば2016年11月には、内部監査部門主導で資産健全化プロジェクトが始まりました。グループ各社に多額の“資産性に課題のある資産”が滞留していることが把握され、その全容把握と処理が必要だと判断されたためです。永守氏もこのプロジェクトを承認し、四半期ごとに進捗報告を受けていました。
しかし、ここで課された条件が問題でした。負の遺産を処理するにあたって、各事業部が自らの利益で損失を吸収する、いわゆるセルフファンディングが絶対条件とされたのです。つまり、「問題は処理しろ、しかし利益も落とすな」というメッセージです。これでは現場にとって、処理を進めれば数字が崩れ、数字を守れば処理が進まない、という板挟みになります。結果として、資産健全化プロジェクトは思うように進みませんでした。
同じ構図は、2022年度第4四半期ごろに本社CFO主導で進められた構造改革(負の遺産処理)でも繰り返されます。本来は、滞留している負の遺産を整理し、早めに膿を出すための施策でした。ところがここでも、永守氏の意向とされる「通期営業利益1,000億円確保」が優先され、直ちに処理すべき案件の一部は、再びセルフファンディング等を条件に先送りされました。せっかくの是正策が、またしても「数字を守ること」を優先する中で骨抜きになってしまったのです。
図7 負の資産が温存されてしまう構図
こうして見ていくと、永守氏がどれほど言葉の上で「正しいこと」を強調していても、現場には「何よりもまず目標達成が優先される」と映っていたと考えるのが自然です。不正を防ぐための統制は導入されていたものの、その多くは、アクセルを強く踏み込みながら同時にブレーキも踏むようなものでした。おそらく永守氏自身は、本気でその両立が可能だと信じていたのだと思われます。しかし、組織全体としては、そうはならなかったのです。
モノを言えない組織風土
さらに問題を深くしたのは、永守氏に対して、周囲が正面から異を唱えにくい組織風土ができていたことです。
永守氏は、「無謀とも言える高い目標を掲げ、それを達成するために必死に取り組んで初めて会社は成長する」という信念を持っていました。そして厄介なのは、この考え方が単なる暴論ではなかったことです。度を超えた高い目標を掲げ、そこに向けて必死にやり切ることが人も会社も成長させる――その哲学には、少なくともニデックをここまで伸ばしてきた成功体験に裏打ちされた真理が含まれていました。だからこそ、周囲はその歪みを感じながらも、正面から異を唱えにくくなっていったのだと思われます。
骨抜き状態のコーポレートガバナンス
本来、社長や経営トップの暴走を防ぐためにあるのがコーポレートガバナンスです。しかし、今回の事案では、そのガバナンスも十分に機能していたとは言い難い状況でした。
まず大きいのは、業績達成と会計管理の役割・責任の線引きが曖昧だったことです。本来、業績達成の責任はCEOやCOO、各事業責任者が負うべきものであり、CFOや経理部門は、数字の正しさを担保する立場にあるはずです。ところがニデックでは、CFOや経理部門が、業績達成の責任まで事実上背負わされていたとみられます。結果、先のようなCFOや経理部主導の不正が生まれる歪な状態が生まれたわけです。途中でその問題に気づき、業績達成機能と経理機能を分けようとした時期もありましたが、その後また統合させたり、役割を曖昧にしたりする動きも見られました。事業戦略遂行と会計数値の双方に責任を持ってこそ成果が出る、という永守氏自身の成功体験が、こうした曖昧さを生んだのかもしれません。
図8 CFOや経理部が数字目標を持っていた
次に、内部監査部門の独立性も脅かされていたことが挙げられます。本来、内部監査は、発見された不正事案に対して、独立した立場から「なぜ不正が起きたのか」「組織風土や経営のあり方に問題はないか」を掘り下げるべき存在です。実際、2018年に発覚した2つの事業本部での会計不正や、日本電産サーボ(現ニデックアドバンスドモータ)経営陣による会計不正をきっかけに、そうした深掘りがなされても不思議ではありませんでした。しかし報告書によれば、内部監査部門は永守氏の影響力を強く意識し、根本原因に切り込むことを避け、穏便な処理に流れていったとされています。
内部通報制度もまた、形はあっても中身が伴っていませんでした。2022年4月以降は、外部の弁護士事務所にも通報が届く体制になっていましたが、通報を受け取った後、実際に調査を進め、処分や是正につなげる権限は、結局のところ社内部門が握っていました。しかも、その社内部門自体が永守氏の影響を強く受け、忖度せざるを得ない状態にあったとすれば、通報制度はあっても根本原因にメスは入りません。
さらに、取締役会、とりわけ社外取締役も十分には機能しませんでした。形式面では社外取締役が過半数を占めていたものの、共有されていたのは個別不正の概要にとどまり、本社からの業績プレッシャーや「負の遺産」の全体像といった構造問題は十分に伝えられていませんでした。
加えて、当時の社外取締役の顔ぶれは、元官僚や学者、弁護士など、高い能力と識見を備えた人たちでした。もっとも、そうした経歴を持つ方々であっても、日本を代表する経営者の一人として知られる永守氏を前に、強く批判的な姿勢を取るのは現実には相当に難しかったのではないか、という印象は残ります。形式的な独立性や立派な肩書だけでは、強い創業者ガバナンスに十分対抗できない。そのことも、今回の事案は示しているように思います。
要するに、この不正が生まれ、防げなかった理由は、単に一部の現場担当者が不正をしたからではありません。高すぎる目標、逃げ場のない評価、矛盾したトップメッセージ、独立性を失った経理と監査、形骸化した内部通報、情報不足の社外取締役―そうした複数の要因が重なり、組織全体として不正を生みやすく、しかも止めにくい状態ができあがっていたのです。
他社が学べる気づき
ここまで見てきた通り、ニデックの事案は、単なる一部門の会計不正ではありません。目標設定、評価制度、経理、監査、内部通報、社外取締役、そして創業者ガバナンスまでが複合的に絡み合って生じた、構造的な問題でした。だからこそ、この事案から得られる教訓は、個別の会計論点にとどまりません。むしろ、多くの企業に共通する「経営の癖」や「統制のほころび」が、どのように不正リスクへつながるのかを示す教材と見るべきでしょう。
他社がこの案件から学べるポイントを整理すると、次のようになります。
ガバナンスや牽制機能の実効性
まず、内部通報制度は社外窓口を設けるだけでは十分ではありません。外部の弁護士窓口があること自体には意味がありますが、それだけで問題が解決するわけではありません。通報を受けた後に、誰が、どの範囲まで、どのタイミングで調査するのか。根本原因まで掘り下げるのか。必要に応じて外部専門家をどう起用するのか。そこまで含めた運用設計がなければ、制度はあっても実効性を持ちません。内部通報制度は「窓口」ではなく、「調査と是正の回路」として作られて初めて機能します。実際、ニデックの再発防止策でも、通報後に誰がどこまで調査し、どの段階で外部専門家を入れ、どこに報告するかまで含めて、調査の仕組みを実効化する方向が示されています。
図9 運用設計が重要
同様に、監査部門の独立性は、人事面からも見直すことが重要です。監査部門にどれだけ立派な役割を与えていても、その部門のトップ人事や評価が執行側に強く握られていれば、現実には踏み込んだ指摘をしにくくなります。監査の独立性は、制度上の位置づけだけでは足りません。誰が任命し、誰が評価し、どこへ報告するのかまで含めて設計しなければなりません。監査部門を本当に機能させたいのであれば、組織図だけでなく、人事権の所在まで点検する必要があります。ニデックも再発防止策の中で、監査結果を社長だけでなく監査等委員会へ定期報告する体制とし、監査部長の人事には監査等委員会の事前同意を必須とするとしています。
さらに、社外取締役は肩書や形式的独立性だけでなく、事業現場・海外子会社・不正兆候への感度を含む多様性で選ぶべきだという点も見逃せません。元官僚、学者、弁護士といった人材は、当然ながら高い能力と識見を持っています。しかし、事業現場の修羅場、海外子会社のガバナンスの難しさ、会計不正がにじみ出るときの現場心理に対する感度は、また別の経験に根差すものです。ボード(取締役会)に必要なのは、権威ある肩書の集合ではなく、異なる角度から異常の兆候を捉えられる多様な視点です。
今回の事案は、“一過性対応”はルール化しなければ簡単に粉飾装置へ変質することも示しました。決算末の特別対応、特別値引き、特別協力金、特別処理、構造改革費用など、「特別」がつくものは、本来、例外だからこそ慎重に扱うべきです。にもかかわらず、事前審査や証跡管理がなければ、「今回限り」のはずの対応が、都合の良い数字合わせの受け皿になってしまいます。例外処理こそ、通常処理以上に厳格な管理が必要です。
また、財布の管理、業績管理、子会社管理の業務分掌が適切かを改めて確認することも重要です。誰が利益を追い、誰が数字の正しさを守り、誰が子会社の事業運営を監督するのか。この線引きが曖昧になると、本来は牽制役であるべき側が達成責任の当事者となり、不正リスクは一気に高まります。特に、経理と業績管理、財務会計と管理会計、子会社管理と事業推進が近づきすぎていないかは、定期的に見直す必要があります。実際、ニデックも再発防止策として、経理機能と事業管理機能を分離し、事業部や子会社の経理機能を本社経理の管掌下に置く方針を示しています。
経営・組織風土のあり方
まず重要なのは、「正しいことをしろ」と言うだけでは足りないという教訓です。トップがいくらコンプライアンスや王道経理を口にしても、日々の態度、評価、例外処理の扱いがそれと矛盾していれば、現場に伝わる本当のメッセージは別のものになります。組織はスローガンよりも、「トップが実際に何を優先したか」を見ています。経営者の意思は、言葉だけでなく、姿勢、態度、行動の総体として伝わるのです。
図10 「正しいことをしろ」と言うだけでは足りない
次に、高い目標そのものが悪いのではなく、「修正不能な目標」「逃げ道のない目標」が危険だという点です。高い目標を掲げること自体は、成長企業にとって自然なことです。しかし、未達が実質的に許されず、環境変化があっても見直せず、達成以外の選択肢が存在しない状態になると、現場は「正しく未達を出す」よりも「何とか数字を合わせる」方向へ追い込まれやすくなります。問題は目標の高さではなく、目標を柔軟に修正できるか、未達を健全に受け止める仕組みがあるかです。ニデックも再発防止策の中で、非現実的なトップダウンの目標設定を改め、各事業本部・子会社が自らの責任と事業環境を踏まえて、中長期目線で目標を設定するボトムアップ型へ移行するとしています。
最後に、今回の事案は、創業者・成功者ほど、自らの成功法則の有効期限と引き際を学ぶ必要があることも示唆しています。過去に会社を成長させたやり方が、そのまま将来も通用するとは限りません。むしろ、成功体験が大きいほど、その方法を手放すことは難しくなります。しかし、会社の規模、事業の複雑性、社会から求められる説明責任が変われば、必要な経営スタイルも変わります。自らの成功法則が組織に歪みを生み始めていないかを見極め、必要であれば権限移譲や退任も含めて考える勇気が、創業者には求められます。
要するに、この案件から得られる最大の学びは、不正は一部の不心得者だけが起こすものではなく、目標の置き方、評価の仕方、例外処理の扱い、監査や通報の回し方、社外取締役の構成、そしてトップのあり方まで含めた経営システム全体の問題として生まれるということです。他社にとって本当に重要なのは、「うちでは同じ手口は起きない」と安心することではありません。むしろ、「うちの制度や風土のどこに似たような芽があるか」を点検することこそが、この事案から得るべき最大の教訓ではないでしょうか。
なお、本報告書では、ガバナンス、内部統制、監査、内部通報に関する改善策には多くの紙幅が割かれている一方で、リスクマネジメント体制やプロセスそのものの見直しについての言及は相対的に限定的でした。中間報告という性格を踏まえれば、最終報告では、リスクガバナンスの観点からの整理がさらに示されることを期待したいところです。

