-事業内容を教えてください。
当社は、明治13年(1880年)に「岡常商店」として砂糖卸売業を東京日本橋に開業し、その後も132年にわたって食品材料の販売業を続けてきた会社です。私で5代目になります。砂糖などの食品原材料の流通は、大手商社や製糖メーカーの下に特約店があり、食品メーカーへはこの特約店を通じて販売するのが商慣行になっております。当社はその特約店に該当し、大手商社や原料メーカーから砂糖、小麦粉、食品などの商材を仕入れ、大手の食品メーカーや都内の中小食品メーカーに販売するのを主事業としています。
-今回BCP策定に取り組まれた理由を教えてください。
当社は「安全で安心な商品と、顧客の立場に立ったサービスを提供する」ことを使命と考え、平成22年に耐震性に疑問の残る営業所、営業倉庫を閉鎖するという方針で引越し作業を実施していました。その最中に東日本大震災が発生し、幸いけが人や事故はありませんでしたが、引越し作業の着手が遅れていれば、大きな被害を被った可能性がありました。
当社には、大正時代の関東大震災の際にも自社社屋を焼失しながらも、取引先の復興を第一に考え、被災した取引先からの支払を猶予するなどの援助を惜しまなかった歴史があります。東日本大震災の経験に加え、このような当社の伝統的な経営理念に則り、社員の安全と、安全で安心な商品のお客様への供給能力を向上させるために今回、BCP策定に取り組むことを経営判断しました。
-策定されたBCPの内容を教えてください。
当社の創業以来の基幹事業である食品材料の卸売事業を対象に、社員の安全とその家族の安否確認を第一にBCPを検討しました。
平時には、仕入先への規格書提出や品質テストを経てお客様からの受注が確定すると、仕入先工場から商品を出荷していますが、発災後は、受注が確定した商品の配送手配業務を優先して事業の復旧をはかります。また、電気・通信のインフラダウン、湾岸地域に立地する製糖工場の操業停止、子会社の運送会社の被災等を想定しました。
まず工場や仕入先メーカーの状況確認を行うとともにお客様に受注内容の変更有無を確認し、状況に応じた仕入先を選定します。砂糖については、製糖工場の停止に備えて他地域の代替仕入先の情報入手と取引を平時のうちから実施することにしました。商品の配送については、千葉に立地する子会社の運送会社が稼働可能かを確認し、稼働不能の場合は、代替仕入先(またはその委託先運送会社)による直送を行います。
また、通信インフラの麻痺に備え、衛星電話の導入によって、上記の連絡や確認のための手段を確保します。
対象事業 | 卸売事業 |
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対象リスク | 東京湾北部地震 |
被災シナリオ | ・ 都心部の3日間停電による本社機能麻痺 ・ 固定・携帯電話等通信手段の3~5日間の麻痺 ・ 東京湾沿いの仕入先工場の操業停止 |
予防・低減策 | ・ 電算室内のサーバ等の耐震対策の徹底 ・ 執務室内の事務機器、家具などの耐震対策の徹底 |
代替策 | ・ 衛星電話を使った仕入先、顧客との状況確認 ・ 必要に応じて当初仕入先から代替仕入先への切り替え ・ 代替仕入先からの商品仕入による卸売業務の早期復旧 |
-苦労されたポイントや、新たな気付きはありましたか?
策定作業を始め、いろいろと情報を集めていくうちに、この業界には、個々の企業単位でのBCPはあるが、仕入先と顧客をつなぐサプライチェーン全体の維持を意図したBCPはまだ整備されていないのではないかと気付きました。それを当社が整備することで、自社の経営を維持することだけを目的とした受け身のBCPから、流通業者としての当社の存在意義を高める、より積極的なBCPとなることを目指しました。
苦労したところは、BCPの本質から外れて、根本的な解決策を見失わないようにこだわりながら議論を進めたことです。単に思いつく対策を挙げていくだけではなく、その実現を妨げるボトルネックを解消する方法にまで踏み込んで議論を深めていくのは容易ではありませんでした。「その対策を実現するためには何が必要か」を検討メンバーが予断なしに議論して結論を出すよう腐心しました。
また、検討の途中でなるべく悪い状況を想定し、その中で品質低下が最も短時間で生じる商材を前提に検討することに方針転換し、厳しい条件の中で考えることで、具体性と実効性の高いBCPの内容にしようとしました。これが奏功して、これから取り組むべき課題が非常に明確、かつ具体的に示したBCPにまとまったと思います。
また、災害は想定した時間や規模通りに起こるものではないので、わかりやすく柔軟な計画でないと、いざという時の実施がきわめて困難になるのではないかと思いました。
-BCPを策定した感想をお願いします。
関東大震災時の当社の対応をもう一度先祖から学び、当社ユーザーに対応できることを念頭に考えて計画しました。しかし、今回の策定内容はまだ木の幹と枝葉の一部ができたにすぎません。今後、このBCPの内容をより実用的で現実的なものにしていくために、お客様、仕入先と一体となって計画し、継続的に更新していこうと思います。また、全社に浸透させるためには実際に演習を定期的に行い装備を確認することが重要であると認識しています。
これを機に、継続的に災害対応が可能で、いかなるときにも使命を実践できる会社になるために、BCPの継続的な運用と充実を改めて決意しました。