コンサルタントコラム

自然がくれる安らぎと興奮

2017年07月18日

コンサルタント

岩崎 優太

はじめまして。2017年4月入社の岩崎優太です。
初めてのコラムで緊張していますが宜しくお願いします。

今回のコラム、テーマは自然です。
森、海、川…様々な自然がありますが、
私は
幼少時代から今に至るまで、
ザリガニ釣り、高原への旅行、海で一日物思いにふけるなど
いくつもの自然を訪れ、長い時間を過ごしてきました。私のこれまでの人生は
自然とともにあったと言っても過言ではありません。
ではなぜ私はこんなに自然に惹かれるのか。
理由は安らぎと興奮が同居していることにあります。

安らぎは、鳥のさえずり、健気に咲く花など
無数にあります。
それらに触れた時、日常の雑多で、自分を悩ます出来事から
ふっと一瞬離れることができ
なんであんなことで悩んでいたのだろうかと
物事が整理されていくように感じます。

では興奮はどこに対して感じるのか。
私は次の3つに感じます。

 ①山の頂上、森を抜けた先にある湖など最果ての地にたどり着いたとき
 ②青空と新緑など絵葉書にしたくなるような景色を偶然見つけたとき
 ③沢や山道、池に投げ捨てられたペットボトルなどのゴミを発見したとき


まず①については山の頂上まで登り切ったときに
感じるあの達成感、森の奥にある湖を見たときの
秘密の宝物を見つけたような感動です。
これには共感して頂ける方も多いかと思います。

次に②です。②は青空に向かって真っすぐに伸びる木々の新緑、
春風に揺れる花々の姿など
“THE・自然景観”で、絵葉書として販売されていそうな景色です。
あるがままで完璧ともいえるフォルムや色彩にただただ圧倒されます。

最後に③です。これはこの事実だけを見れば悲しむべきことです。
しかしながらゴミが投げ捨てられた背景を考えてみると、
自然の中にゴミがあるということは
その場所に人が足を踏み入れていることを意味します。

最近は子供を心配するあまり外で遊ばせない親が増えていると聞きます。
一方で、自らの意志で自然に足を運ぶ人がいる、
自然好きな私としてはこの事実を非常に喜ばしく思うのです。

このことに関しては例えば、
『バカの壁』で有名な養老孟司氏が手入れの思想:
自然は人の手が入るからこそ成立する、
人の手が入らなければ鬱蒼とした雑木林になってしまう
と仰っています。
投げ捨てられたゴミを見ると
少なくともこの場所に人が足を運んでいる、
可能性があるなと思うのです。


自然に一歩足を踏み入れれば上に挙げたような
景色がいくつもあります。
そしてこれらすべてが自然のものである以上、
人為的に同じものを再現することはできません。
その場所に行かなければ得られない貴重な経験をすることになります。
さらにここに季節、天気、時間といった要素を加味すると、
そんな貴重な景色は無限にあるといえます。

私はこれからもどんどん外に足を運びますが、
そんな貴重な景色に
これからも出会えるのが楽しみで仕方ありません。
当社のWebサイトでは、サイト閲覧時の利便性やサイト運用および分析のため、Cookieを使用しています。こちらで同意をして閉じるか、Cookieを無効化せずに当サイトを継続してご利用いただくことにより、当社のプライバシーポリシーに同意いただいたものとみなされます。
同意して閉じる