コンサルタントコラム

思い出の靴

2017年12月06日

シニアコンサルタント

久野 陽一郎

シニアコンサルタント 久野 陽一郎

久野です。

先日、本屋にふらっと寄った際に、
NIKE創設者のフィル・ナイト著作『Shoe Dog』が目に留まりました。

NIKEの靴は、常に靴箱にある私。

早速購入し、家に帰ってパラパラとページをめくり始めました。

提携していたオニツカとの亀裂、絶えることない資金繰りの問題、
新製品を投入すると品質不良によるリコール、
売上に近い額の関税支払い要求など、
快進撃を続ける裏では、これでもかと試練が続きます。

そして、成功者として確固たる地位を築いた晩年に訪れる息子の死。

人生とはいかなるものかと考えさせられます。

NIKE立ち上げ当初から艱難辛苦の連続にどんどんと引き込まれ、
あっという間に読了してしまいました。

ナイトの波瀾万丈の人生に圧倒され放心状態になりながら、
ふと私がNIKEを好きになった理由を思い出しました。


NIKEと私のストーリーは、
遡ること中学3年生になる春休みからスタートします。

バスケット少年であった私は、
マイケル・ジョーダンをある種、崇拝しており、
彼のプレーをテレビで見ては、翌日体育館で真似をする、
そんな日々を送っておりました。

その私にとって神であったマイケル・ジョーダンが履いていたのが、
NIKEのAIR JORDANシリーズ。

中学生の私にとっては、高価で、手に入れたくても手の届かない代物でした。

そんな中学3年生になる春休み、
家の引っ越しが決まり、4月から別の学校へ転校することになりました。

春休み中は引っ越し先から転校前の学校へと、
電車で練習に参加していました。

転校前の学校最後の練習日でのこと。
練習終了後、コーチから「引っ越し先の家まで車で送っていくよ」と言われ、
車中、今までのことや今後についていろんな話をしました。

家の近所に着いて、送っていただいたお礼を言うと、
コーチから「これあげる」と紙袋を渡されました。

家に帰り、紙袋の中を見るとNIKEの箱が入っており、
それを開けると、なんとAIR JORDAN VIIが!

それは92年のバルセロナ五輪で、米国がドリームチームを擁し、
世界を席巻した際に、ジョーダンが履いていたモデルです。

転校先のバスケット部に初めて参加した日、
新しいチームメートは私の足に釘付けでした。

サイズがちょっと大きかったのですが、
初めて履いたその瞬間から、彼のように高く跳べる気にしてくれました。

今はこんな私でも、中学生の私にとって転校は、不安のみ。

コーチはジョーダンのように飛躍してほしいと
不安な私にエールを送ってくれたと思います。

『Shoe Dog』を手に取り、昔に思いを馳せながら、
そんなコーチの励ましが心によみがえり伝わってくる気がしました。

残念ながら、バスケットはたいして上手くはなりませんでしたが、
ジョーダンとNIKEへの想いは20年以上経った今でも、
色褪せることがありません。

社会人になってからは、あまりプレーもしないのに、
NIKEのバスケットシューズを買っては、
妻に無駄な出費をしてと叱られております。

ボロボロになるまで履きつぶしたAIR JORDAN。

私の思い出とともに実家の靴箱にしまってあります。

正月に帰った時に開けてみよう思います。

 

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