コンサルタントコラム

実録!福岡県西方沖地震体験記

2011年03月09日

コンサルタント

相馬 清隆

『ゴゴゴゴッッーー』・・・

何の音だ!雷?戦闘機? いえ、この音は“地震音”です。

私が6年前に体験した福岡県西方沖地震の時の音です。

初めまして、東京都事業部の相馬清隆です。

M7.0、震度6弱、九州北部でのこの規模の大地震はなんと300年ぶり。
死者1名、負傷者約1100名、被害総額約350億円、福岡地区有史以来の大地震です。

これほどの地震であったにも関わらず奇跡的に死者が少なかった為、他地域の地震と比べて記憶にあまり残っていないのではないでしょうか。しかしながらその地震でさえ大変多くの教訓を残してくれました。

ニュージーランドでの大地震発生の記憶が新しい中、当コラム執筆の機会を頂いたのを機に、当時実際に私はどのような初動行動をとったのか・・・

反省を込めて振り返ってみたいと思います。

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地震当日、私は休日出勤をしていました。午前10時53分、地鳴りのような轟音がやってきたと思った次の瞬間、縦にドン!と1回揺れた後、激しい横揺れに襲われました。

私は反射的に机の下に潜り込みました。

振れが収まると凄まじい恐怖に襲われパニック状態になっていましたが、当日男性社員は自分一人であることを思い出し、何も考えずに

『皆の無事を確認しなくては!』と、

部屋を飛び出し各階を回って従業員に声をかけ、その場に留まるよう指示したり、別の部屋への移動を指示したり、と一人で場当たり的にあちこち安否確認に走りまわりました。

建物内では300キロを超える金庫が部屋の反対側まで吹き飛び、書棚はすべて倒れ、窓ガラスは割れるなど、建物中がめちゃくちゃになっていました。

しかし、その中を走り回っていた私。思い返すとこれは、非常に危険な行動でした。

私は管理者であるにもかかわらず、建物の被災状況が不明な中、二次災害である火災発生やビル倒壊の危険性を全く考えもせず、火元の確認、安全地帯への従業員の避難・誘導等の指示をしなかったのです。

幸いにもけが人の発生やビルの倒壊等はありませんでしたが、一歩間違えば大惨事になるところでした。

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思いもよらない大地震発生に対し、当時、所属組織では地震対策や定期的な避難訓練はもとより、BCP策定は行っていませんでした。

その為ただやみくもに走り回った自分に対し、もし事前に地震対策やBCP策定、その訓練がなされていたならどのような行動をとれたのかと、今だからこそ考えます。

多くの企業では地震対策やBCP計画策定にあたっては、

『少しでも早い復旧計画を、論理的な復旧手順のBCP策定を』

と考えがちですが、私の実体験からも明らかなとおり、地震発生時には間違いなく皆パニックになります。その中で平常な判断をすることは極めて困難です。

大地震発生時の“人の心理状態”も十分に考慮に入れ、時間的・空間的に可能な範囲である程度余裕を持った対策を検討し、より実効性の高い計画策定をすることが必要であると考えます。

また、その演習や訓練を、

『繰り返し繰り返し』行うことによって、

大地震発生時に少しでもパニックを抑え適切な対応が取れるよう平常時の準備をすべきではないでしょうか。

最後に・・・

役員との連絡をどうやってとったのか?
初期初動の失敗におけるその後の従業員不満増幅
最大余震発生時の恐怖・・・

など、その後の体験記は、機会があれば。。