コンサルタントコラム

“経験を活かす”ことの本当の意味

2011年04月20日

取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント

勝俣 良介

取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介
こんにちは、ニュートンの勝俣です。

東日本大震災が発生してから早1ヶ月半近くが経とうとしています。この間、BCPについて「役に立った」「意味がなかった」など色々な評価の声が聞こえてきます。

そもそもBCPの目的は、“平時の準備活動や経験を通じて災害が発生した際の組織の事業継続能力を高めること”にあります。すなわち、今何よりも重要なことは今回の震災で得た経験を「次にどう活かすのか」を真剣に考えることです。

「いやいや分かっているよ、そんなことは」という声が聞こえてきそうですが“経験を活かす”というのは実は意外と難しいものです。真に“活かす”ためには「経験から何を学びとるか」、また「学び取ったものをどう共有し、共有し続けていくか」という2つの課題をクリアする必要があります。

本日はみなさんに震災の経験を最大限に活かしていただくべく、この2つの点についてスポットライトを当てたいと思います。

■「経験から学ぶ」ことの真の意味

みなさんは今回の震災からどのような“学び”を得たでしょうか?

「現場から声を拾い上げた。学習はできているほうだと思う」
「何だかんだでとりあえず動けた。別にこれ以上対応は必要なさそうだ」

など、様々かと思います。「学習はできた」「対応はいらない」と決めつけてしまう前に今一度思い起こしていただきたいものがあります。

「ハインリッヒの法則」です。

これは1:29:300の法則とも言われ「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」というものです。

わかりやすく言い替えると「一見問題のなかったように見える事柄」・・・“成功の裏側に隠れている失敗”にこそ、おおいに学ぶべき事がある、ということです。

地震から話題が逸れますが1つ例を挙げます。

2010年4月、BP社はメキシコ湾で、史上最大規模のオイル流出事故を起こし、18人の死傷者を出しました。これは起こるべくして起こった事故と言われています。BP社では事故以前から、沖合での掘削作業にあたり、本来しっかりと固定化すべき箇所について適当な処理を行うことが常態化していたことや、フェールセーフ用のオイル流出防止装置が欠陥だらけの製品であったにもかかわらず使用され続けていたこと、など様々な原因が特定されています。

実際このオイル流出事故が起きるまでに軽微な事故は何度か起きていたようです。しかしながら、何ら改善対応がとられていませんでした。これは、いずれも“結果的には”大事故には至らなかったため判断が曇ったのでは、と言われています。BPの経営陣は、何十回というニアミスが起きているにもかかわらず(偶然とも言える)成功に、むしろ安心感を得て、その裏に潜んでいたはずの問題を問題としてとらえることができなかったのです。その結果、どのような大惨事になったか?・・・はご承知おきの通りです。

“経験からの学び”については、目に見えやすい課題・・・すなわち“失敗”から学ぶことも重要ですが、“成功”から学ぶ(すなわち、成功の裏に隠れた失敗がなかったのかを見ようとする)姿勢を持つことが大事なことであると考えます。

■「学びを共有し、共有し続ける」ことの真の意味

さて、みなさん、以下の数字は何を意味していると思われますか?

26,357人

この数字は、今から約115年前の明治29年に起きた明治三陸地震(M8.2~8.5)の大津波による死傷者の数です。津波の高さは一部23.5メートルにも及んだことが分かっています。昭和8年3月3日の昭和三陸地震(M8.1)の際にはやはり同じような高さの津波が発生し、15,117名の死傷者を出しました。

当然、こうした震災以後、人々は高台へ移り住んだり、長い年月をかけて防潮堤の建設を行ったりしました。また学校では、後生に記録を残すため、子供達に作文を書かせたと言います。更に松島市では学校カリキュラムに地震・津波教育を積極的に組み込んだり、越喜来では小学校から高台への避難通路を設置するなど、様々な対策が行われてきました。

このように過去からの“学び”を共有し、またそれを共有し続ける努力を続けてきたにも関わらず、前回の大地震から78年が経過した今年3月、M9の超巨大地震は、過去の震災とほぼ同じ23メートル超の津波を引き起こし、死者・行方不明者合わせて27,000人超(2011年4月19日現在)を出しました。

なぜ悲劇は繰り返されたのでしょうか?

一説には、高台へ引っ越したものの、漁業を営むには生活上不便との理由から、いつの間にか低地へ戻り住んでいた方が多かった、と言われています。また「いくら何でも10Mの防潮堤を越える津波なんて・・・」といった油断もあったようです。

いずれにせよ、こうした背景には、時間の経過とともに被災の記憶が風化していったことがあるのでしょう。

寺田寅彦氏の「災害は忘れた頃にやってくる」は、言い得て妙です。このように幾度も想像を超えるほど甚大な被害を被ってきた三陸においてすら、何十年という時間経過の中で“学びを共有し、また共有し続けること”は容易いことではなかったわけです。まして今回の東日本大震災で、(幸いにも)大きな被害を被っていない組織において、向こう半年、1年、5年、10年といった期間の中だけでも、どのように“学び”を共有し、また意識を風化させずに共有し続けていくか、ここは大きな課題です。

「学んだことはBCP文書に反映したから大丈夫」
「現場に教育をしたからこれでOK」
など一回の活動で済むようなものではないと理解しておくことが肝要です。

というわけで今回は“経験を活かす”について「経験から学ぶ」と「学びを共有し、共有し続ける」の2つのポイントをお話ししましたが、いかがでしたでしょうか?ぜひ、今回の“震災経験を活かす”ため、今一度組織内(もしくはご家庭)での対応の振り返りをおこなう、記録を残すなど、風化しないための活動をおこなってください。

最後に余談ですが、今回の震災対応について政府は次のような対策方針を発表しました。果たして政府が過去の“経験を活かせている”のかどうか?みなさんは、どう思われますか?

「国土交通省は、津波被害を受けにくい高台に防災拠点を重点整備し、ここを中心に災害に強い町作りを進めることとした」
(2011年4月11日日経新聞朝刊)