コンサルタントコラム

母が教えてくれたこと

2012年08月01日

シニアコンサルタント

辻井 伸夫

シニアコンサルタント 辻井 伸夫

みなさん、はじめまして。辻井と申します。
今年5月より 東京都事業継続計画策定支援事業を
担当させていただいております。
これまでは、
半導体関連の商社において
情報システム部長として、
社内システムの導入・運用や
情報セキュリティ対策、内部統制対応、
ユーザーサポート等を担当してきました。
どうぞよろしくお願いします。

初のコラム執筆にあたりいろいろと考えを巡らせると、
どうしても同じ出来事に行きついてしまいました。
それは母の死です。

今年、私は実の母親を亡くしました。
男にとって母親の存在というのは特別なもので、
その死の影響はなかなか消えるものではありません。

今回はその母の死によって、
私が改めて教えられた
人と人とのつながりの大切さについて
お話したいと思います。

信州の片田舎で生まれ育った私は、
大学入学と同時に親元を離れました。
兄弟も同じように田舎を離れて、
それからの30年余りは
(田舎の濃い人間関係を嫌って、意識的に
離れたという側面も少なからずありましたが)、
近所の方々との交流はほとんどなく、
親戚とのつながりも次第に稀薄になっていきました。

ところが昨年の秋、父親が倒れ
入院することになりました。
幸い命に別状はありませんでしたが
要介護状態となり、退院後は母親が家で
老老介護をすることになりました。
そんな両親の生活を支えてくれていたのは、
近くに住む親戚や近所の方々でした。

家の中で1人では立ち上がれなくなってしまった父親を
抱えて立ち上がらせてくれたり、
母親を病院に送り迎えしてくれたり、
さらにはゴミ出しまで手伝ってくれました。

そして母親が亡くなったとき、
私たち兄弟を支えてくれたのも
やはり地縁血縁だったのです。

私たち兄弟はそのありがたみを痛感し、
その恩恵をただ受けとるばかりでした。

その一方で、
私が生活している首都圏では、
電子メールや、facebook、Twitterなどの
ITを利用したコミュニケーションツールが
大きな役割を占めています。

そしてこれらが
日常のコミュニケーション手段としてはもちろんのこと、
緊急時にも有効であると言われています。

東日本大震災において、
こういったコミュニケーションツールを
活用することによって、支援の輪が広がった
などの例も数多くあったと聞きます。
ITが人と人とを繋ぎ、大きなネットワークとして
力を発揮していることは紛れもない事実です。

しかし、人の繋がりを確固としたもの、
深いものにする役割をITツールだけに求めるのは
少々無理があるのではないかと思います。

ある東証一部上場企業では
「朝は電子メールを読むな!」
「同じフロアで勤務する者の間の電子メールは禁止!」
としているそうです。

ここまで徹底することについては
意見が分かれるでしょうが、
このルールの背景にある
「人と人を強く結びつけるのは、
リアルな世界でのコミュニケーションだ」
という思想には
共感される方も多いのではないでしょうか。

私は現在、
東京都のBCP策定支援事業に携らせて頂いています。
もし首都圏で大地震が起これば、
その企業に所属する
個人もその家族も同時に災害に直面します。

そのような状況の中で、
隣に住む人の顔も知らないような首都圏において、
数百万の人(内閣府の想定では1か月後でも270万人)が
避難所生活を余儀なくされた時、
東日本大震災で被災された方々と同じような
相互扶助の精神で生活ができるとは思えません。

緊急事態の中で、いきなり地域社会という
リアルな世界の「助け合い」を模索しても、
うまくいくはずはありません。

地域の中で顔を合わせ、挨拶をして、
言葉を交わすという当たり前の人間関係が
持てていない今、
日常生活の中の当たり前のこととして、
少しずつ1歩ずつ築き上げていくことの大切さを
母の死が改めて教えてくれたように思いました。

これから企業様をご支援していく中で、
会社内の人と人とのつながりについて、
真のコミュニケーションのあり方を、
あるいは会社と地域とのつながりについて
皆様とご一緒に考えていきたいと思います。