コンサルタントコラム

活断層と暮らす都

2013年07月31日

コンサルタント

貞包 太郎

残暑見舞い申し上げます。
東京都BCP策定支援プロジェクト担当の貞包さだかねと申します。

前号のコラムでは、山田俊明さんが
奈良法隆寺五重塔の免震技術についてお話をされていました。
これに引き続き、
『大地震』と『みやこ』つながりで四方山話をさせていただきます。
ちなみに、日本では古来、地震を「なゐ」と呼んでいました。

さて、奈良のお隣の京都は「千三百年の都」といわれています。
しかし、建物で1300年前のものは一つもなく、
戦争・大火・地震ですべて喪失してしまっています。
古い記録としては、鴨長明が、
元暦二年(1185年)の地震の被害を「方丈記」に綴ったくだりがあります。

実は、京都には活断層が6つもあります。
陸と海はそれぞれプレート(厚さ100kmくらいの岩盤)があって、
お互いぶつかり合っています。
陸側は海側のプレートに押されて縮んで、内陸に割れたところがきます。
これが活断層です。
活断層はズレやすく、ズレると地震が起こります。
(これを内陸地震と言います)
ただし活断層はめったに動きません。
巨大地震が1回起きると、その後1000年くらいは安心です。
とはいえ、なにしろ6つもの活断層があるのですから、
1000年に1回動くとしても、
200年に1回ぐらいは巨大地震が起きる可能性があることになります。
つまり、1000年以上も建物が残ることが難しい場所なのです。
ちなみに、文政地震(1830年)以降、大きな地震は起きていません。
さらに現在、西日本は地震の活動期に入っており、
次々と地震が起きていると説明する地震学の先生もいます。
[兵庫県南部地震(1995年)、鳥取県西部地震(2000年)、能登半島地震(2007年)]
京都は文化的には良いところでも、
今現在の状況は、地震的に危険であると考えられます。

では、そんな京に、なぜ都ができたのでしょうか。
実はそれもまた活断層のおかげなのです。
活断層があって岩盤が動くと山と盆地ができます。
低い盆地には、山から浸食された土砂がたまることで堆積層ができます。
土砂は岩盤より水を通しやすく、
水は高いところから低いところに流れますから、
堆積層には地下水が溜まり、水脈ができます。
こうした良質な水は農作物を実らせ、料理やお酒もおいしくします。
そこで「京料理」「伏見の銘酒」「茶の湯」といった
豊かな文化が育まれました。
その文化に憧れて人々が集まり、
都市として拡大していったと考えられます。

話が飛びますが、砂漠にオアシスがあるのも活断層のおかげです。
お隣の中国の砂漠にも、プレートで押されてできた活断層があります。
そこにも地下水が豊富にあるので、オアシスができたわけです。
オアシスとオアシスの間で交易が始まると、それが道となり、
やがてシルクロードとなったことは皆さんもご存じの通り。
つまり地震が起こる活断層のある場所は、
概して文明の中枢として発展する可能性が高いのです。

考えてみると、
私たちは東日本震災で目の当たりにした被害の巨大さに、
地震を防ぐことのできない天変地異として捉え、
地震とその災害を混同して、怯えているのかもしれません。
たとえ地震が起こっても、
それが人間が誰も住まず文明の存在しない場所での出来事なら、
それは単なる自然現象でしかないのです。
古来より都に暮らした人々は、文明と地震が隣り合わせであると知りつつ、
地震を受容すべきリスクとして捉えていたのかもしれません。
戦や地震で時々怖い目には遭うが、
それを除けば、こんなに楽しい、便利なところはないと。
地震を防ぐことはできなくても、災害を予防することはできる。
そこで知恵を絞り、工夫を怠らずに生きようと
シンプルかつポジティブに考えていたのかしれません。
古人の深いバイタリティに見習うべき点は、
現代でも少なくないように思います。