コンサルタントコラム

「風立ちぬ」の時代のリスク分散

2013年08月14日

コンサルタント

堤 宏志

東京都BCP策定支援事業担当の堤です。よろしくお願いいたします。

先日、宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」を観に行ってきました。
いつもは、大人も楽しめるとはいえ基本的には子ども向けのジブリ作品ですが、
今回は監督自身の零戦や堀辰雄の作品に対する思い入れが強く出た、
子どもにはわかりにくい作品だと思いました。
私も小学生の頃に零戦や軍艦の模型にはまっていたクチですから、
零戦の設計者堀越二郎をモデルにしたこの映画が
どんなストーリーになるのか、興味を持っていました。

話題作ということもあって、関連記事をよく見ます。
7月20日付の朝日新聞のインタビュー記事で、
「最近入社してくる人は(自社を)安定企業だと錯覚している」
と宮崎監督が語っているのを読みました。
就活生が企業の安定を望むのはいつの時代も同じかもしれませんが、
「安定」は、昔から当たり前のことではありませんでした。
私が新卒で就職活動をしていた頃にも、
「今は花形の産業も歳をとるころには斜陽化してるよ」と言われたものです。

映画のテーマ曲が「ひこうき雲」だったので、
経済成長真っただ中の70年代頃の雰囲気を思い出しましたが、
時代設定は大正から昭和の終戦直後までで、
中年にさしかかったばかり(?)の私が生まれる20~50年前の話です。
この時代は、私の祖父の時代に当たります。
祖父によれば、私の曽祖父は商売や株で儲けた資金を息子たちに投資し、
いろんな学校に振り分けて通わせたそうです。
その結果、祖父は英文科を卒業して上海で仕事を始め、
兄弟たちも商船学校を出て船長になったり、
医者や歯科医など分野の異なる職業に就きました。
1920年代は関東大震災も起こり、第一次大戦後の情勢なども不安定で、
先の変化の読めない不安な時代でした。
そうした時代に、曽祖父は今でいうリスク分散を行っていたのだと思います。

1960年代、多くの日本企業が新規事業の子会社を起こして多角化を図り、
リスクを分散して産業の衰退から自社と従業員を守りました。
1980年代には米GE社が産業の盛衰にいち早く対応し、
「選択と集中」や大胆な業種転換を行いました。
これらの経営判断は、「安定」を当たり前としていては成し得ないものです。
様々な外的/内的要因に備えている大企業さえ存在の揺らいでいる現在、
「安定企業」という考えは、一種の錯覚ではないかとさえ思えます。

3.11の震災によって、原発をはじめ様々な安全神話が崩れました。
よく考えずに安全を信頼しきってしまうことも、
そこに存在するリスクに対して思考を停止しているという点で、
企業の安定性を信じることと同じだと思います。
元より日本は災害の多い国です。
安全な状態だと心に思った途端にリスクに対する関心が薄れ、
リスクがないのを当たり前と信じ込むようになってしまいます。
リスクを除外せず、リスクを認識し、その存在に向き合うことが、
リスクマネジメントのまず第一歩なのです。