コンサルタントコラム

すり替えられた記憶

2015年05月13日

コンサルタント

川村 丹美

皆様、こんにちは。コンサルタントの川村丹美です。

大学を卒業して最初に就職した会社で、
広告を作る仕事をしていた時期がありました。

出版社だったので書籍の広告に著者の顔写真を載せることがあり、
作家の先生から写真をお借りしていました。
パソコンもろくに普及していなかった時代でしたから、
気軽にコピーが作れる電子データと違ってプリントした写真は貴重品です。

大切なものとして厳重な管理をしていました。
私のいた部署は慢性的に人手不足で、
席が温まる暇がないとはこのことか、
と実感するような目まぐるしい日々が続いていました。

そんなある日、ポッカリ時間が空いたので、
この機会に写真を整理しておこうと作業を始めました。
ところが、当時売り出し中だった芥川賞作家の顔写真が見あたりません。

「そうだ。編集担当に頼まれて渡したことがあった」と
思い出して編集担当に連絡したところ、
「写真が見つかりません」と返事が来ました。
一瞬、ヒヤッとしました。

「もう一度探してみて」と頼んでみたのですが、
印刷所にまで問い合わせて探してくれた結果は
「すみません、やはりありませんでした」という回答です。
すっと血の気が引きました。

「どうしてもっとちゃんと管理してくれないの。
お借りした写真をなくしたら、言い訳ができないのに」と
怒ったものの、
入社したばかりの新人の編集担当は
平謝りする以外に術がありません。

しかたない。彼の失態も含めてすべて自分が被ることにして、
いざとなったらいさぎよく謝ろうと腹をくくりました。

後日、写真はあっけなく出てきました。
写真を保管しておく箱に大切にしまってあったのです。
箱の中に写真を見つけた時のショック。

その瞬間、「大切な写真だから」と通常の手順を変更して、
とにかく写真を保管箱にしまった記憶がよみがえりました。

あんなに必死に写真を探していたときに、
なぜこれを思い出さなかったのか。
「物忘れ」で済ませるにはあまりにも見事な記憶違いです。
編集担当に投げつけた「どうしてもっとちゃんと・・・」の言葉が、
そのまま自分に突きささりました。

写真は進行中の広告原稿と一緒にあるはずという思い込み、
そこになければ印刷所か編集担当の手元にあるはずという思いこみ、
それらが私の記憶をかく乱したのです。

「絶対に」あそこにある「はず」という根拠のない確信の恐ろしさ。
人の記憶はかくもあやふやなもので、
自分にとって都合のいいようにいつの間に
かすり換えられてしまうのです。
そんな「はず」はない、とどんなに主張したところで、
記録がなくては根拠を示すことができず、こうなると立証は不可能です。

人間は忘れる生き物です。間違える生き物なのです。
このリスクを回避するには間違えない仕組みを
つくるしかないのではないでしょうか。

以来、大切なもののやり取りについては
できる限り記録をとるようにしています。

また、PCのフォルダ構成や電子メールの受信トレイは、
リーズナブルなルールで階層を作るようにして、
データが迷子にならない工夫をしています。

まずMECE(ミーシー:モレなくダブりなく)を基本的な方針と定め、
「社外/社内、仕事/プライベート」という大分類からスタートして、
順番に分割細分化していくのです。
その順番はあくまでも上から下に、右から左に、大から小に、
時系列に従って並べていきます。

最大のポイントは、「情報を探すときにどういう探し方をするか」という
視点に立ってルールを作ることだと考えています。
自分は何を手掛かりにして情報を探すか、
そこに思いを馳せるのが重要なのです。

さて、当の写真ですが、その作家はその後大ブレイクし、
最新のポートレートが次々と撮られたため、
写真の返却を求められることはありませんでした。
あの写真は、今でもどこかで静かに眠っているのでしょうか…。