コンサルタントコラム

半畳の世界に魅せられて

2015年08月19日

コンサルタント

滝沢 紀子

コンサルタント 滝沢 紀子

皆さんこんにちは。コンサルタントの滝沢です。
お盆休みも過ぎ、そろそろ秋の気配を感じたい今日この頃ですが、
「秋」といえば文化の秋!ということで、
今回は地味に趣味に挙げている、
私の知られざる文化的趣味、落語にまつわるお話をしたいと思います。

私が落語に興味を抱いたのは5年ほど前のことです。
カルチャースクールで「英語でしゃべる落語」を習う伯父が、
教室の発表会に出るという話がありました。
当時の私は「落語=ご年配の方の娯楽」という誤った認識をしており、
「英語で」というところにいささか興味は抱いたものの、
「落語」には大してひかれなかったのです。

とはいえ、母親が参観のために上京してくるため同行することにしました。
都会の荒波にもまれて右往左往するに違いない母親が心配で、
現地までの引率のつもりで出かけたのです。
しかし、そこで私は目から鱗を落とすことになりました。

座布団の上に1人座って道具は手ぬぐいと扇子だけ。
そのなかでストーリーと世界を作り出す。
ものとして知ってはいても、肌で触れ、
ようやくこれが「落語」なのだと理解しました。
そしてもう少し知りたいと思った私は、ネットを漁り、
落語をテーマにした様々な作品をむさぼった挙句、
浅草演芸ホールへ自ら足を運ぶようになったのです。

初めて行った寄席では、噺家が創り出す臨場感に圧倒されました。
噺家の身振り手振りによる登場人物の演じ分けは、
彼らの息遣いを感じられるほどであり、
物語にぐいぐい引き込まれます。
その表現力に、知っている話だろうが先の展開が読めようが、
否応なくその世界に引きずり込まれ、
何とも言えない充実感に満たされました。

とはいえ、そんな魅力的な時間がいつまでも続くわけではありません。
落語は持ち時間が決まっており、勝手な延長や短縮はできません。
「15分」と決められたらその時間内でストーリーを展開させ、
盛り上げ、落とさなくてはならないのです。
場所や道具、時間的な制約がある中で
いかに見る人、聞く人を引き付けるかが勝負であるという部分に、
ふと、プレゼンテーションとの共通性があるように思いました。

落語には台本はありません。
どう料理して表現するかが噺家の腕の見せ所であり、
誰かと同じように演じるようなものではないのです。
しゃべる人によってモノが変わる。
そんなところも、私が興味を抱いた一因でした。

プレゼンテーションもまた、「自分だけのもの」であり、
誰かの真似事では聞き手に伝わらないと考えます。
同じ素材を使っても、伝えたいという思いの強さや表現の仕方、
工夫によって受け手の印象がまったく変わってしまう、
いわば「ナマモノ」であるという本質の部分で、
落語もプレゼンテーションも同じなのではないかと思ったのです。

私はまだ、新米コンサルとして歩き始めたばかりであり、
プレゼンテーションを行うという機会はさほど多くはありません。
しかし、今後自分の意思を伝える際、自分にしかできない表現、
そして聞き手を引き込む手法として、
「噺家の創意、工夫、聴衆との間の取り方など、
共通点を活かして参考にできるものはないか」と考えています。

しかし、なにぶんまだまだ勉強が足りません。
本職の方々も、師匠から噺を教わる際には「聞いて見て覚える」そうですし、
さしあたっては私もそれに倣い、
定期的に寄席に足を運ばねばならないようです。

...もちろん、研修の一環ですよ?