コンサルタントコラム

三日師匠

2015年10月15日

コンサルタント

高橋 篤史

コンサルタント 高橋 篤史
コンサルタントの高橋篤史です。

もうずいぶん前になりますが、
まだインドがIT大国などと呼ばれていなかった頃、
バックパッカーの真似事で、
往復の航空券と幾ばくかの旅費を手に
1ヶ月ほどその地を放浪したことがありました。

目的の一つとして、シタールという民族楽器を現地で購入し
(日本では10倍も値が張るので)、
あわよくば手ほどきを受けて帰ろうという魂胆があったのです。

しかし意に反して楽器屋は見つからず、
ましてレッスンなど夢のまた夢と諦めかけていたころ、
とある街で偶然知り合った少年が運命を変えてくれました。
話をするうちに彼の父親がシタール奏者であることがわかり、
是非会いたいと申し出たところ、快く自宅に案内してくれたのです。

父親はとても気さくな人で、当方の事情を説明すると、
早速、馴染みの工房まで引率した上に、
楽器の見立てまでしてくれました。
信じれないような安価でシタールを手に入れた私は有頂天になり、
渡りに船とばかりに「弾き方を教えて下さい!」と頼み込むと
「明日の8時に来なさい」と即答。
旅の目的の半分は達成したぞと、夢見心地で安宿へ帰りました。

翌日師匠の家を訪れると、早速妙なる調べが漏れ聞こえ、
その音色はまさにインドの神秘を具現化したもの。
異国の地でその国の楽器を学ぶという僥倖にすっかり舞い上がり、
これから繰り広げられるであろう
魅惑の(?)レッスンに心躍るような気分になりました。

ところでシタールの本体は乾燥させたカボチャでできており、
非常に脆く、わずかな衝撃でも穴があいてしまいます。
師匠が一番最初に教えてくれたのは、
なんと穴があいてしまったシタールの修理方法だったのです。
思いのほか地味なスタートに、すっかり現実に引き戻され、
接着剤や添木と格闘しているうちに、
「自分の楽器はこのような目に合わせないようにしよう」と、
妙な感情が沸き起こってきました。

音楽以前にまず楽器に愛着を持つことで、
その後のレッスンにはとても冷静かつ真剣に取り組むことになり、
師匠はというと、殊更厳しくも優しくもなく、
ただ熱心にシタール奏法の基礎を教えてくれました。

3日間足しげく通って、
少なくとも自分で納得のいくレベルに達したと感じた頃、
レッスン代はいくらになりますかと聞いたところ、
「いらない」とこれまた即答。
これ以上お邪魔するわけにもいかず、
丁重にお礼を言って師匠のもとを辞したのです。

工作からスタートしたレッスンは、
浮かれ調子の私に対する戒めであったかと一時反省もしましたが、
後に、短期間で成果を得たのは、
まず最初に学ぶ対象と真剣に向き合う態度や雰囲気を醸成していただいたことが
功を奏したのではないのかと思うようになりました。

師匠が何のスケジュールも契約もなしに
いきなり飛び込んできた私を、迷惑がらずに引き受けてくれたのは、
暇だったからではなく、
はじめからレッスンは3日と決められていたのではなかろうか。

3日あれば基本的な技術を伝えることはできる。
あとは学んだ者がいかにそれを継続できるか。
そういったことを教わった気がするのです。

数日後、その街を離れる前に、
師匠がレギュラーで出演しているという
ホテルのレストランに赴いたところ、
片隅の暗いステージで黙々とシタールを弾かれている姿を見つけました。
レストランであるがゆえにその演奏はBGMであり、
真剣に耳を傾ける客はほとんどいないようでしたが、
師匠は我関せずといった姿勢で
ひたすら自らの世界に没頭している様子でした。

ご挨拶すべきかどうか迷っていたところ、
向こうが先に気が付かれ、晴れ晴れとした笑顔で迎えてくれました。
まばらな拍手にもかかわらず、
一点の曇りもない堂々とした表情を今も忘れることができません。