日立製作所 ひたちなか総合病院様
茨城県ひたちなか市で実施された「平成25年度新型インフルエンザ対策初期対応訓練 ―ひたちなか市ストリートワイド訓練―」の内容をレポートします。当訓練は、2014年1月21日に株式会社日立製作所 ひたちなか総合病院(以下「ひたちなか総合病院」)が、ニュートン・コンサルティングの企画・運営支援のもと実施したものです。
この訓練は、国内における新型インフルエンザ ヒト-ヒト感染の第1号患者がひたちなか市内で発生したことを想定し、患者の搬送や病院の受け入れなどを模擬的に実施したもので、同日に内閣官房新型インフルエンザ等対策室が行う「平成25年度新型インフルエンザ等対策訓練」に連携して実施されました。
参加組織は、ひたちなか総合病院をはじめ、茨城県、ひたちなか保健所(以下「保健所」)、ひたちなか市、ひたちなか市医師会(以下「医師会」)、ひたちなか薬剤師会(以下「薬剤師会」)、日立オートモティブシステムズ株式会社(以下「株式会社」を省略)で、各現場において同時並行的に訓練が実施されました。医療機関が主体となる実働連携訓練としては国内最大規模のものであると言えます。
ひたちなか総合病院は、ニュートン・コンサルティングが経済産業省より受託し、運営事務局を務めている「事業継続等の新たなマネジメントシステム規格とその活用等による事業競争力強化事業」に地域グループとして参加し、「地域を護る病院」として、新型インフルエンザパンデミックに対する官民協働のBCMS構築に取り組んでいます。
シナリオ0: 海外で鳥インフルエンザ ヒト-ヒト感染者が発生
Y国(仮想)にて鳥インフルエンザ(A/H7N9)感染者が発生。WHOがヒト-ヒト感染を認め、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を公表。国は政府対策本部を設置、都道府県・関係省庁を通じて指定公共機関へ基本的対処方針等を連絡。
当日、訓練のスタートを切ったのは政府の全体訓練です。「政府対策本部を設置し、都道府県・関係省庁を通じて指定公共機関へ基本的対処方針等の連絡を行う」というもので、この模様は政府インターネットテレビで見ることができます。
この訓練に連携する形で、当訓練が開始されました。
<県→保健所>
茨城県保健予防課が、国からの「基本的対処方針」の連絡に基づき、保健所等への連絡・指示を行います。◯保健所
保健所では、県からの連絡が所長に報告されると、課室長を招集のもと対策支部が立ち上げられ、BCP発動が宣言されます。そこでの指示事項は、- 関係機関への情報提供
- 帰国者・接触者相談センターの設置
- コールセンターの設置
- 感染症指定機関への帰国者・接触者外来整備依頼
- 医療機関への院内感染対策強化の周知
- フロア及びHPへの周知文の掲示・掲載
シナリオ1: ひたちなか総合病院に帰国者・接触者外来を設置
前シナリオの状況を受け、茨城県は帰国者・接触者相談センター及びコールセンターの設置、並びに、医療機関に対する帰国者・接触者外来の設置要請をひたちなか保健所に指示。ひたちなか総合病院では保健所からの要請を受けて帰国者・接触者外来の設置準備を進める。
<保健所→ひたちなか総合病院>
保健所からひたちなか総合病院に連絡が入り、帰国者・接触者外来の設置が依頼されます。
◯ひたちなか総合病院
この緊急会議で、院長は副院長を責任者として帰国者・接触者外来設置の準備を指示し、BCP発動を宣言します。また、感染対策委員会を中心に院内感染予防対策の強化を指示します。
副院長は帰国者・接触者外来担当者会議を招集し、救急隔離室における帰国者・接触者外来設置準備を指示します。準備完了の連絡が担当者から事務局へ、事務局から院長に届いたところまでが、シナリオ1でのひたちなか総合病院での動きになります。
◯ひたちなか市(健康推進課)
◯医師会
◯薬剤師会
当訓練では、この3組織とも、ひたちなか総合病院内の会議室を仮想的に使用していました。各組織では、あらかじめ決められた「茨城県新型インフルエンザ対策行動計画」とBCPを確認し、ホワイトボードに活動内容を記載。担当者と実施有無の情報共有を行い、未実施事項をチェックしていきます。このシナリオでは、速やかに情報を伝えるためのクライシスコミュニケーションの検証が主なポイントです。どの組織の誰からどの組織の誰に連絡をするのか、またその伝達手段によっても事前に準備しておくべき情報が変わってきます。基本的なことですが、実際に実働訓練を行うことによって気づくことも多いのがクライシスコミュニケーションです。
シナリオ2: 日立オートモティブシステムズ工場内で帰国者が発熱
日立オートモティブシステムズ株式会社の構内診療所にて新型インフルエンザの疑われる者が発生し、ひたちなか保健所へ電話相談。ひたちなか総合病院に設置された帰国者・接触者外来へ車両で個別管理搬送。同病院は新型インフルエンザの疑われる者の検査を実施し、保健所は採取した検体の搬送を実施。
◯日立オートモティブシステムズ
日立オートモティブシステムズの職場から構内診療所に、従業員のひとりが発熱、咳、全身倦怠感を訴えているとの連絡が入ります。「2日前にH7N9インフルエンザによるヒト-ヒト感染が確認された地域から帰国したばかり」との情報に、医師は、他の患者との接触を避けての別室待機、インフルエンザの迅速検査による検体採取を指示します。サージカルマスクとゴーグル、ガウンを着用した看護師の指示により、裏口から診療所に入った患者はインフルエンザの迅速検査を受け、陽性の結果が出ます。医師は保健所に報告、指示を仰ぎます。
◯保健所
保健所は既定書式の様式に沿って、患者情報・帰国日・渡航先・発症日・症状・迅速検査の結果などの聞き取りを行い、帰国者・接触者外来を受診するように指示します。ひたちなか総合病院と連絡をとり合って受診時間の調整を行う間、患者は個室で待機します。また、日立オートモティブシステムズに積極的疫学調査実施要領をFAXし、接触者の名簿作成と健康観察についての協力を仰ぎます。◯ひたちなか総合病院
帰国者・接触者外来の受診について保健所との調整を行うのは地域連携職員です。- 保健所から受診依頼を受領
- 診察担当医師に診察時間を確認
- 保健所へ診察時間を連絡
- 事務長へ患者受け入れを連絡
- 医事係へ患者来院時間を連絡
- 感染担当者へ患者情報、来院時間を連絡
訓練では救急隔離室に帰国者・接触者外来が設置されます。看護師が診察準備を進め、医師と看護師、患者の誘導係、医事係、検査科ではシールド付マスクやサージカルマスク、手袋、ガウン等の個人防護具を着用し、患者到着まで待機します。
また、保健所からは衛生研究所へ送られるPCR検体搬送用の容器が届けられます。
- 誘導係が到着の連絡を受けて患者を車イスで救急隔離室まで案内
- 保険証と診察券を受け取り医事係へ受付を依頼
- 医事係担当者が受付票を看護師へ届ける
- 看護師によるバイタルチェック
- 診察医師による問診・診察
- 検査の説明と迅速検体の採取
- 検査科へ緊急検査依頼
- 検査技師が検査結果を看護師に報告
- 患者への検査結果説明、PCR検体採取
- 感染担当者がPCR検体を梱包し、保健所担当者にPCR検体を提出
- 保健所担当者がPCR検体を衛生研究所へ搬送
- 患者への入院説明
- 感染担当者から病床管理担当者へ入院の指示を伝達
このシナリオでは、事前準備も含めて感染疑い者への対応が主な検証ポイントになります。どのような対応をすればよいのか、どの部屋に一時隔離するのか、対応する側はどの程度までの装備をした上で対応にあたるのか、感染疑い者の搬送には用いるのは救急車か、自組織の車か。こういったことを事前にあらかじめ決めておかないと、速やかに動くことができないシナリオです。
シナリオ3: 感染疑い者受け入れと対応
◯ひたちなか総合病院
次のような流れで患者の受け入れを行います。病室は6階にありますが、救急隔離室からのエレベータは2階までのため、2階でエレベータを乗り換える必要があります(6階に直通するエレベータは外来患者のスペースを通らねばならないため)。- 事務長が搬送準備を指示
- 事務長から診察医師へ搬送時間の確認
- 2階エレベータ前で搬送担当者が待機
- 看護師が車イスで患者を搬送
- 2階でエレベータを乗り換え、6階に到着後、患者を室内へ案内
- 診察医師が今後の対応について患者に説明
- 感染担当者は保健所担当者に入院を連絡
- 保健所担当者が来院し、患者に携帯電話で聞き取り調査を行う
(症状が出現時、出現前の外出の有無、同居者、来客等)
<保健所→日立オートモティブシステムズ>
保健所は患者の確定後、日立オートモティブシステムズに連絡し、濃厚接触者名簿の作成と送付、最終接触日を0日とした10日間の濃厚接触者への健康観察継続を依頼します。このシナリオは、主に院内での検証となります。感染疑い者が到着してからの対応を速やかにできるか。院内で実施すべき養生の程度や、来院者や入院患者との接触を避けるための動線確保等も事前に検討しておくべき事項です。また保健所の方も、来院した感染疑い者の検査依頼とそれにともなう疫学調査などのヒアリングがあり、どの場所でヒアリングするかといったことも組織を超えて共通認識を持っておくべき事項です。
訓練を終えて
- 緊急時の協力体制を強化するためにも、定期的な相談の方法など、連携の在り方が課題になるだろう。 (医師会)
- BCPの必要性を全国の薬局が突きつけられている中、ワクチン接種に関する記載がBCPに記載されていなかったなど、初めての経験を通して気づきが多くあった事が良かったと思う。 (薬剤師会)
- 業務継続計画やインフルエンザ対策の案を作り、その通りに動けたことは良かった。また、他機関との連携の重要性が再確認できた。夜間など、他組織のスタッフが近くにはいない状況での対応をどうするかが今後の課題になるだろう。日ごろからの連携はできていると思うが、パンデミックが起こった中であってもそれを行っていくことが大切だと思う。 (ひたちなか市)
- 国内感染者第一例が自組織内で出る可能性があるため、今回の訓練を通して従業員やその家族の命を守るヒントのようなものをつかめたのではないか。 (日立オートモティブシステムズ)
- BCPを実際に訓練で確認できたことは重要だった。職員が決して多くはない中で、パンデミックが発生した時は自組織の事業継続を真剣に考える機会になった。今回、様式やアイテムを作ることができたことには大きな意義があった。日ごろからの連携も強化することができたのではないか。 (ひたちなか保健所)
- 民間企業も巻き込んでの訓練は初めて。これからマニュアル等も整備し、今後、他の区域での訓練にもつなげていく。 (茨城県)
- 医療関係者は緊急対応そのものには慣れているので、仕組みさえ作っておけば、人数が少なくてもある程度行動できるのではないか。平時からの日常的な業務をしっかり行うことが大切だろう。 (ひたちなか総合病院)
連携訓練の意義
また、ひたちなか総合病院では、今後も連携訓練を継続し、各組織のBCPの実効性を向上させていく予定です。
「3.11では、連携がうまくいかなかった。連携にも様々なレベルがある。今回の訓練以上のレベルの連携が必要な場合も考えていかなければならない。また、病院のBCPは各ステークホルダーが集まったBCPでなければならない。この地域のBCP/BCMSを向上させていきたい」 (永井院長)
利用サービス
プロジェクトメンバー
ニュートン・コンサルティング |
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執行役員 兼 プリンシパルコンサルタント 内海 良 |
担当の声
執行役員 兼 プリンシパルコンサルタント 内海 良
合意形成を積み上げる「日本型ストリートワイド訓練」
今回は、各組織が計3回集合して、シナリオの合意形成のための打ち合わせを実施しています。検証を行わず省略した箇所も当然ありますが、それは次回以降の訓練でカバーすることとし、少しずつ、しかし着実に合意形成を図っていきました。そしてその過程で強く感じたのは、「この合意形成を積み重ねていく打ち合わせこそ、机上訓練における“ウォークスルー”だな」ということでした。各組織が想定する行動計画を共有し、複数の組織の目で検証し、参加組織全員で合意をとる。訓練実施時には、参加者のほぼ全員が実施すべき役割を身につけていたのではないかと思います。
以前私が働いていた英国のストリートワイド訓練では、これほど詳細なシナリオの詰めは行いませんでした。大雑把なシナリオのもと、いきなり大勢の組織が一斉に訓練に参加するのです。インシデントはどうせ突発的に起こるのだし、対応力の向上が訓練の究極目標だとすれば、最初は混乱しても、複数回繰り返せばひと通り動けるようになるであろう、というやり方が目標達成への一番の近道かもしれません。私も以前はこちらのやり方を強く推奨していました。
しかし、今回の支援を通して、小さな合意形成を積み上げていく形も、日本の文化にあった素晴らしい「日本型ストリートワイド訓練」の手法であると強く感じるようになりました。どのようなインシデントに対しても単一組織でできることは限りがあります。このような連携訓練が各地で実施され、“災害大国”日本の対応能力の向上につながるのであれば、こんなに嬉しいことはありません。