コンサルタントコラム

コーヒータイムへようこそ

2017年04月21日

シニアコンサルタント

高橋 篤史

シニアコンサルタント 高橋 篤史
人生には大きな転機が三度あるといいますが、
私の場合、進学に伴う上京が一度目でした。

その頃二浪していた私は進学にあたり、二者択一を迫られていました。
ひとつは近県の国立大学、もうひとつは東京の私立大学。
家族への遠慮もあり、上京するか否かで逡巡していた折、
背中を押してくれたのが当時通いつめていた喫茶店のマスターでした。

私が通っていた予備校のほど近くに
「コーヒータイム」というなんともありきたりな名前の店があり、
予備校生の憩いの場、情報交換の場として賑わっておりました。

例にもれず私も毎日のように通っては大学ノートを
埋めることに没頭していましたが、
いつの間にか件のマスターと懇意になりました。

彼は27歳と若く、まるで兄のように私の話に付き合ってくれたものでした。
迷っていた進路の件を相談すると、
一も二もなく「東京に行きなよ」との回答。

曰く「巷では地方の時代と言われているけど、
政治、経済も文化も東京を中心に動いてる。
得るものの大きさは計り知れないよ。」

実はこのマスター、数年前まで東京で資金をため、
念願のこの地に喫茶店を開業したという経緯がありました。
努力家で行動派である彼の一言で私の意は固まり、
その日のうちに家族に上京することを伝えました。
最後の訪店日、彼が「手紙を書くから宛先を教えて」と言うので、
居住予定の住所を渡しました。

さて、東京での一人暮らしは劇的な変化でした。
好きな音楽や絵画に勤しみながら目まぐるしい日々にはまり、
新しい仲間が増える一方、故郷の知人とは次第に疎遠になっていきました。
それでも、ふとした折にコーヒータイムのマスターを思い出しては、
いつか必ず上京を決心させてくれたお礼を言わなければ、
と考えていたのです。

しかし約束していた手紙は届かず、
私から連絡することもないまま年月が過ぎていきました。
それから十数年がたったある日、帰郷した折に、
そういえばコーヒータイムはまだあるのだろうかと思い立ち、
赴いてみましたが店は跡形もなく、
殺風景な駐車場にかわっていました。

今更連絡する術もなく、
マスターは過去の人として記憶からフェードアウトしていきました
その後、結婚、転職、父親の逝去などを経験し、
気が付けば私ももう若いとは言えない年齢になっていました。

そして、つい先日のことです。
あるお客様のワークショップに講師で招かれ、
仕事で故郷を訪れる機会がありました。

その日のスケジュールを無事こなし一息ついた時、
無性にコーヒーが飲みたくなったので、
周辺のカフェを検索したところ
「コーヒータイム2」なる店がヒットしたのです。

少し遠かったのですが、よもやと思い、その店を訪れました。
時間が遅いせいか客は一人もいず、
カウンターの奥でその店のマスターと思しき人物が
ひっそりと新聞を読んでいました。

カウンターに座ってコーヒーを注文すると、
「あと30分ほどで閉店ですけど大丈夫ですか?」
というその声はとても懐かしく、
一瞬30年前の店の喧騒が甦った気がしました。

かつての長髪はすっかりなくなり、
背も少し縮んだように見えましたが、
紛れもなくあのコーヒータイムのマスターだったのです。

壁に貼られた「禁煙」の文字を指し
「30年前は煙だらけでしたよね。」と言うと
マスターは私の顔をまじまじと見て
「失礼ですがお名前は?」と聞くので、フルネームを名乗ったところ
「えっ?あの高橋くん!」と目を丸くさせました。

なんと覚えてくれていたのです!

「ようやくお礼が言えます」と
30年前迷っていた私に東京行きをすすめてくれたことを話しました。
すると「あの時は僕も若かったし世の中も前向きだった。
今はそんな風には言えないな。」と意外な言葉が返ってきました。

「一度手紙を出したんだけど宛先不明で戻ってきたんだよね」とも。
上京して1年で転居した際、転送手続きを忘れていたのです。
前の店は隣接していた中華料理屋の火事が燃え移り焼失したこと、
数年前ようやくこの店をオープンすることになったとき、
店名を変えるよう勧められたが思い入れのある
「コーヒータイム」をそのまま残して「2」にしたことなど
意外な事実がわかりました。
もし違う名前だったら来ることはなかったでしょう。

結局、閉店後1時間ほど話し込み、
マスターが別れ際に言ったのは「手紙を書くから住所を教えて」でした。

メールアドレスではないことが妙に嬉しく、
迅速で正確な情報が何より重要な今の時代にはあり得ないような
すれ違いと再会に感謝しつつ、
今は彼からの便りをのんびり待つ楽しみを堪能しているところです
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