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なぜ「山に逃げろ」と言わなかったのか

掲載:2022年08月24日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

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目次

いきなりですが次のクダリ、気になりませんか。

「教頭は(東日本大震災で)津波に気づいたにもかかわらず『津波が来ているから急いで』と言ったのみで山に逃げろとは言わなかったのはなぜか」

これは以下の本からの抜粋です。

西條剛央(2021)『クライシスマネジメントの本質 -本質行動学による3.11大川小学校事故の研究』山川出版社

本書は、東日本大震災における大川小学校事故の詳細を語ったものです。事故とは、あの日、学校管理下にあった76名の児童のうち72名※を失った悲劇のことです。最初の揺れから津波到達までの猶予が50分。校庭から走って登れる裏山までが1分の距離。この状況下で、どうしてこんなことが起きたのか。その究明に努めています。

※69名が遺体で見つかり、3名が行方不明となっています

悲しみと共に見えてくるのは「人間心理の厄介さ」。人は、いざ災害に直面すると、机上どおりに考えられないし、動けません。自分だけは大丈夫。これまでこの地域では、あるいは自分には、起きたことがないから今回も大丈夫。そういったバイアスが襲い掛かります。

「教頭先生は山に逃げた方が良いと言っていたが、鎌谷の人は『ここまで来ないから大丈夫』と言って喧嘩みたいにもめていた」(本書 第二章 あの日の校庭 より)

リーダーがリーダーシップを発揮できなかった。判断に迷ったときにこそ役立つはずの「判断基準」がなく、また「行動指針」が形式化していたことも理由にあります。「判断を誤り、誰かに怪我をさせて責任問題に発展させたくない」。「安全を守る」と「命を守る」を混同したのではないか。著者はそうも言います。

では、どうすればよかったのか。学びはたくさんあります。例えば、いざという時に判断に迷わないようにするために「判断基準」を設けておくこと。お飾りの「行動指針」ではなく、正しく腹落ちした「行動指針」を決めておくこと。当然「訓練」も必須です。文科省傘下の小学校と違い、厚労省傘下の保育所では月一回の避難訓練が徹底されていたといいます。比較的無事に避難できた施設が多かったのはそのお陰もあったのではないでしょうか。

ところで、このような話をすると「いや、それは学校の話でしょ。大人が集まる企業は違う。それに、そうならないように、我が社では行動指針も判断基準も決めてある」と思う人がいるかもしれません。ですが、「なんとなく決まっている」ではダメだというのが、本書からの学びでもあります。基準がないのはもってのほかですが、決まっていたとしても「形式的」な行動指針や判断基準では意味がないのです。

私の経験になりますが、「商用電源が落ち、あと数時間でデータセンターの自家発電機の燃料もなくなる。メインシステムがもうすぐ落ちる」という事態に直面した組織でのこと。「メインシステムがダウンする可能性が高い場合はバックアップのデータセンターシステムに切り替える」という判断基準を設けていました。にもかかわらず、その組織は最後まで切り替えの意思決定をすることができませんでした。理由は「システムを切り替えると機能の一部が使えなくなることをお客様に言っていなかった」とか「一度切り替えてしまったら、切り戻すのに数日かかる」とか、そんな悩み・不安が噴出したことにあります。「もし切り替えた直後に商用電力が復旧したら」という不確実性が、彼らの判断にさらなる迷いを持たせました。この大川小学校の事例は決して他人事ではないのです。

著者は言います。

「あの日、津波警報は全国の沿岸に発令されていたと言う事実を忘れてはならない。津波警報が出ていたにもかかわらず、例えば神奈川県の湘南や鎌倉といった太平洋岸地域にある学校で警報を受けて速やかに高台に避難した学校はどれほどあったのだろうか。少なくともすべての学校が高台に避難したと言う話を聞いたことがない」

誰かに起きたことは、自分の組織にも起こりうること。被害が起きなかったからといって、自分達は他組織より優れていた、というわけではないこと。そう思って、真摯に学ぶこと。それが次の悲劇を防ぐとても大切なことではないでしょうか。もし本書をお読みになっていない組織のリーダーがいらっしゃるようでしたら、ぜひ手に取っていただきたいです。

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