新たなハザード、「太陽フレア」を知る
掲載:2022年11月10日
執筆者:チーフコンサルタント 田村 優作
コラム
スマートフォンやGPSなど情報通信技術に依存している現代において新たな脅威として注目されているのが「太陽フレア」です。きっかけは、総務省が2022年6月に発表した報告書(「宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会報告書」)に記された「最悪シナリオ」です。太陽フレアによる最悪の被害シナリオは、携帯電話やテレビが断続的に2週間使用できなくなるほか、GPSの精度が悪くなったり、電力施設では故障トラブルに見舞われたりして社会経済活動に大きな打撃を与える内容でした。さらにはこうした被害につながる大規模な太陽フレアが発生する時期は2025年頃ではないかという推測です。
太陽フレアを要因とする被害想定を国が発表するのはこれが初めてであり、本コラムでは示された被害想定や関連するレポートの考察結果を基に、被害低減に向けた対策などについて紹介します。
そもそも太陽フレアとは何か
太陽フレアとは、太陽面爆発や単にフレアとも言い、太陽の表面で発生する爆発現象のことです。フレアはめらめら燃えるという意味の英語です。太陽フレアは太陽黒点(※1)の周りで生じ、太陽の活動が活発になる太陽黒点の極大期(※2)に多く発生します。
実は小規模なフレアは日常的に発生していて、地球への影響もありません。一方、大規模なフレアは地球にさまざまな影響を与え、地震や火山噴火などと同じように結果として停電や通信障害、重要なサービスの停止といった被害につながります。
太陽フレアの規模は発生するX線の強さによって5段階に分けられています(表1)。Aクラスから順にBクラス、Cクラス、Mクラス、Xクラスとなっており、クラスが1つ上がるたびに太陽フレアの規模は約10倍程度強くなります。規模が大きいものほど発生頻度は低くなりますが、ひとたび発生すれば甚大な被害をもたらす可能性があります。要するに地震と同じで小規模の事象であれば問題はないのですが、いつかは来るであろう大規模な事象に備え、想定されたシナリオなどをあらかじめ知っておくことが大切です。そしてその「いつか」は、2025年頃であるという懸念もあるのです(資料1)。
クラス | 発生頻度(※3) | 影響 |
---|---|---|
Xクラス | 年に3回程度 | Xクラスの中でも特に大きな規模の太陽フレアは、通信やGPSの不具合を起こし社会経済活動に大きな被害を与える |
Mクラス | 年に30回程度 | 地球に影響は出ない |
Cクラス | 年に300回程度 | 地球に影響は出ない |
Bクラス | 年に3000回程度 | 地球に影響は出ない |
Aクラス | 年に3000回以上 | 地球に影響は出ない |
※1 太陽の表面に現れる黒い斑点を太陽黒点といいます。
※2 太陽黒点の数は約11年の周期で増減します。このサイクルを黒点周期または太陽の活動周期といい、太陽の活動が活発になる時期を極大期と呼びます。
※3 黒点周期の影響やその年によって変わります。
資料1 宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会の第1回で配付された資料
太陽フレアが社会に与える影響
太陽フレアが地球に被害をもたらすのは、太陽フレア発生によって電磁波(紫外線およびX線)や高エネルギー粒子、プラズマ(太陽風)などが地球に向かってくるからです。それによって地球の磁場や地球上空を覆う電離層を刺激し、GPS、電力網などに影響を及ぼします。
総務省の検討会でも5つの領域について具体的な被害想定シナリオが示されました(表2)
被害領域 | 被害想定シナリオ |
---|---|
通信・放送・レーダー |
|
衛星測位システム(GPS) |
|
衛星 |
|
航空 |
|
電力 |
|
このように我々が生活していくうえで必要不可欠な社会インフラが大きな影響を受ける可能性があります。2週間にわたってこれらのサービスに影響が出た場合、社会経済活動に混乱をきたすことが懸念されます。このシナリオは100年に1回以下の頻度で起きる巨大な太陽フレアに起因する最悪のシナリオですが、既に海外ではこのシナリオの一部に匹敵するような大規模障害が発生しています。
太陽フレアによる過去の被害事例
世界的に大きな被害事例としてカナダのケベック州にある電力会社、ハイドロケベック社で1989年3月に起きた事例を紹介します。
1989年3月13日、Xクラスの太陽フレア発生に伴って磁気嵐が発生しました。磁気嵐とは、地球の磁気が攪乱され変動する現象のことで、地表の磁場が変動して電力網に異常電流が流れることがあります。同社の変電所にも磁気嵐の影響を受けて異常電流が流れ変圧器が損傷、安定的な送電が出来なくなり、カナダ南部では大規模な停電となりました。停電時間は約9時間にのぼり、のべ600万人に影響が出たとされています。また、これらの電力網の完全復興には数か月を要し被害総額は数百億円以上ともいわれています。
ハイドロケベック社が大停電に陥ってしまったのは主に2つの要因が考えられています。1つ目は、超高圧送電線が非常に長距離かつ高緯度に位置していたこと。磁気嵐は高緯度ほど影響が大きいとされているためです(高緯度ではオーロラを見ることができますが、オーロラは磁気嵐が引き起こす自然現象です)。2点目は電圧を一定に保つ装置である調相設備の保護装置に高周波対策が施されていなかったこと。変圧器に高周波が発生し調相設備が停止しました。
日本では、超高圧送電線は低緯度にあり、調相設備保護装置にも高調波対策を施している事業者が多いようです。しかしながら、事業者によって設備の耐性や対策状況は異なるため、報告書の最悪シナリオでは広域停電の発生を想定しています。また、日本が低緯度であることを理由に大規模な停電は免れたとしても、地球の外側にある電離圏で起こる影響については他国と同じリスクがあります。実際、日本の観測衛星も過去には観測不能になり故障したことがありました(資料1)。
日本がこれから実施する太陽フレア対策
今回の被害想定を受けて、日本政府が発表した太陽フレア対策は下記の4点です。
- ① 「宇宙天気予報」(※4)の分析をより高度化して精度を上げていく
- ② 宇宙天気予報の検定制度を設けて、「宇宙天気予報士」を育成する
- ③ 「宇宙天気予報オペレーションセンター(仮称)」を創設する
- ④ 宇宙天気を台風や地震、津波などと同じ災害対策基本法に基づく災害として、総務省、消防庁、気象庁、警察など、関連各所と連携して対応していく。新たな予報・警報基準を導入する。
※4 情報通信研究機構(NICT)が発信している情報。宇宙天気とは太陽の活動とそれに伴う影響のことで、NICTは365日24時間体制で太陽を監視し、太陽の活動についてホームページやメールで情報発信しています。航空会社や電力会社などがメールを受信しています。
ここで注目すべき点は④です。宇宙天気を「台風、地震、津波などと同じ災害対策基本法に基づく災害」と扱うようになれば、台風や地震、津波などと同様に太陽フレアを事象としてBCPの中に組み込んでいく必要が出てくるでしょう。報告書には太陽フレアをはじめとする宇宙天気現象への対処は「事業継続計画(BCP)の一部として取り扱われるべきもの」と明記されています。
組織にできる太陽フレアへの備え
宇宙天気予報のメールを受け取っているような企業や専門家を除いて、まだ太陽フレアによる影響および引き起こす被害はあまり知られていません。この報告書を契機に対処法の検討を始めていきましょう。現時点での一般組織にできる具体的な太陽フレアへの備えは、例として下記の4点が考えられます。
- ① 従業員に新たな脅威である太陽フレアの被災想定について周知し、BCPの一環として対応できる体制を整える
- ② 従業員に予備のスマホ及びPCバッテリーを持たせ、予備電源を確保する
- ③ 従業員に物流が停滞した場合を想定し、自宅に食料や飲料を備えてもらう
- ④ 小規模な発電設備を分散配置して電力網の分散化を図る
②と③に関しては、太陽フレアに限らずとも全ての自然災害に対する有効な事前対策であるため、従来から取り組んでいる組織もあるでしょう。④に関しては投資が必要となるため、組織としての戦略的意思決定が求められます。
まとめ
個人で太陽フレアに関して対応できる事項は、「予備のスマホ及びPCバッテリーを所有し、予備電源を確保しておくこと」や「自宅に食料や飲料を備えておくこと」などと限られています。しかしながら、事前に従業員に新たな脅威である太陽フレアの被災想定について周知し、BCPの一環として対応できる体制を整えておくことが出来れば、混乱は一定程度抑えることが出来ます。今回取り上げたのは太陽フレアですが、こうした今後起こりうる脅威について組織としても個人としても向き合い対策を考えていく必要があるでしょう。
参考文献
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