Global Risks Report 2025(グローバルリスクレポート2025) を15分で読み解く

「Global Risks Report 2025」が発行されました。
Global Risks Reportは、世界経済フォーラム(World Economic Forum, WEF)が発行する年次報告書で、グローバルなリスクの現状と将来予測を分析し、政策立案者、企業、国際機関、研究者に向けて重要な洞察を提供するものです。地球規模で直面する重要なリスクについて分析し、短期(1~2年)および長期(10年)の展望などを示しています。
報告書そのものは英語で書かれており、また情報量が多いため、読者の皆様が15分程度でその全貌やポイントについて、ご理解いただけるように解説していきたいと思います。
本稿をお読みいただくと、特に以下の点が明らかになります。
● Global Risks Report 2025における「主要な発見」
● Global Risks Report 2025から読み解けること
● 企業に求められる取り組み
Global Risks Report 2025における「主な発見」
Global Risks Report 2025の最大の注目点は、世界各国の識者の意見に基づき導出した短中長期のリスクです(図1参照)。色はリスクの種類を意味します。こうしてみてみますと短期的にはリスクが満遍なく認識されていますが、時間経過とともに緑色や紫色、すなわち環境リスクや技術リスクが多くを占めていくことが分かります。

図1. 時間軸ごとのリスク上位10
民間企業に対象を絞りますと、やや異なる傾向が見えてきます(図2参照)。短期リスクでは、今日のビジネスには欠かせないデジタル技術やサプライチェーンに関わるリスクがより上位に来ています。

図2. 民間企業が認識する短期および長期リスク上位10
リスク認識の違いは国別でも見て取れます(図3参照)。日本の経営者が認識するリスクは、少子高齢化、自然災害の多さ、資源の乏しさなどの特徴を反映したものになっています。インフレトレンドが強く、トランプ新政権のもとでより多くの経済摩擦が予想される米国では経済に対する懸念が色濃く出ています。日本同様に、少子高齢化問題を抱えるドイツでは労働力不足がトップです。ロシア・ウクライナ戦争に端を発するエネルギー価格の高騰や中国経済低迷などマイナス要因を多く抱えるドイツでは経済の低迷も強く危惧されています。

図3. 各国の経営者が認識する短期(~2年内)リスク上位10
様々なリスクを見てきましたが、こうしたリスクには、部門レベルで対応できるものもあれば、会社全体で対応していくべきものもあります。報告書は特に後者のリスクについて次のように分析しています(図4参照)。言い換えれば企業が中長期の戦略を考える際に考慮するべきリスクだと言えるでしょう。

図4. 戦略レベルでの対応が必要なグローバルリスク上位10
こうしたリスク認識を踏まえ、報告書は、リスク展望について、地政学的緊張、気候変動、社会的分断が短期から長期にかけて悪化すると予測しています。地球規模での分裂や不平等がリスクを増幅させる中、現状打破には新たな協力の枠組みが必要だとも述べています。
最後に、リスクの種類ごとの報告書の総括を以下に要約しておきます。
- 地政学的リスク:
- 地政学的リスクでは、国家間紛争が増加し、国家安全保障が各国政府の主要課題として浮上しています。特にウクライナ侵攻、中東、スーダンの紛争が懸念を拡大させ、短期的には地政学的対立が激化する見通しです。また、地政経済的な緊張やサイバー戦争のリスクが高まり、技術進化が地政学的競争をさらに複雑化させています。国家主導の一方的な安全保障政策が人道危機を深める恐れも指摘されています。
- 経済リスク:
- 経済的緊張では、地政経済的対立が激化し、世界経済の不確実性が増大しています。特に経済対立がリスクランキングで上昇しており、サプライチェーンの分断や貿易摩擦が主要な課題です。また、技術進化が競争を加速させる一方、経済的格差やインフレ、債務問題が不平等を拡大し、社会的安定を脅かす要因となっています。
- 社会リスク:
- 不平等や社会的分極化、移民問題がリスクを悪化させ、社会的安定が脆弱化しています。特に経済的不平等が他のリスクを引き起こす中心的な要因とされており、信頼の低下や共同体意識の喪失が懸念されています。高齢化社会では労働力不足や年金問題も分断を加速させるリスクとされています。
- 環境リスク:
- 極端な気象や生物多様性の喪失が短期から長期にわたって深刻化しており、環境リスクが最大の課題とされています。特に若い世代が汚染や気候変動を重大なリスクと認識しており、政策的な対応の遅れが健康や生態系に深刻な影響を与えると予測されています。
- 技術リスク:
- AIやバイオテクノロジーの急速な発展が新たなリスクを生み出しており、誤情報の拡散や遺伝子編集技術の誤用が懸念されています。短期的には目立たないものの、10年後には技術的リスクが上昇し、特にAIが社会的分断や地政学的緊張を増幅させる可能性が指摘されています。
Global Risks Report 2025から読み解けること
データは何かと比較することで意味を帯びるようになります。というわけで、前年度(2024年版)のGlobal Risks Report のデータと比較しながら2025年のレポートの特徴を捉えていきたいと思います。
「2025年の超短期リスクと2024年からの変化」(図5参照)を見ますと、2024年はエルニーニョ現象と地球温暖化への危惧から「極端な気象現象」が1位でしたが、2025年は国家間の対立や社会的分断に対する懸念が強く膨らんでいます。具体的には「国家間武力紛争」が、前年度8位から1位に急浮上してきました。さらに、衝突がもたらす経済紛争への影響を懸念してか「地経学的対立」が3位にランクインしています。その結果として起こるであろう「経済機会の欠如または失業」が8位にランクインしています。
2024年は生成AIがもたらす混乱に注目が集まり、「AI生成の誤情報と偽情報」が2位にランクインしていました。同時に、2024年は選挙イヤーと呼ばれるほどに選挙の多い年だったためか、「社会的および政治的分極」が3位でした。 ところがいずれも2025年はやや順位を下げています。リスクが小さくなったというよりは、既に「AI技術の誤情報と偽情報」や「社会的および政治的分極」は顕在化し、その結果もたらされる影響の方にリスクの目がシフトしつつあるのでしょう。新たに「人権および市民の自由の侵害」や「不平等」がそれぞれ9位と10位にランクインしていることがそれを物語っています。
なお、向こう2年内のリスク(短期リスク)でも同じような傾向が見て取れます(図6参照)。

図5. 2025年の超短期リスクと2024年からの変化

図6. 2025年の短期リスクと2024年からの変化
向こう10年内のリスクを示す長期リスクについては、短期リスクにも登場した「不平等」以外、それほど大きな変化は見られませんでした(図7参照)。既に顕在化していると言っても過言ではない「サイバースパイ活動および戦争」が前年度からやや順位を下げています。一方で、「生物多様性喪失および生態系の崩壊」は前年度から1つ順位を上げ、2位に位置しています。社会の分断が進み、環境リスクの低減がうまく進まない現状を反映したようにも見えます。実際、2024年、世界の平均気温が産業革命前と比べて1.6度上昇し、2年連続で史上最も暑い年になったと言われています。

図7. 2025年の長期リスクと2024年からの変化
短中長期のリスク分析に加えて、今回、Global Risks Report 2025が初の試みとして、過去20年間におけるグローバルリスクの変化を体系的に振り返っています(図8参照)ので、こちらについても読み解いてみたいと思います。
縦軸の上位には「地球システムの重大な変化」や「極端な気象イベント」「天然資源の不足」など、緑色、すなわち環境由来のリスクが比較的多くプロットされていることがわかります。これは20年前から環境に関わるリスクは常に懸念の上位を占めてきたことを意味します。
4象限の右上には「生物多様性喪失および生態系の崩壊」「不本意な移住または強制移動」などが認識されています。これは長年にわたり常にランク上位にありながらも、順位変動していることを意味していますから、リスクの大きさが変化してきていると読み取れます。言い換えるなら、上昇トレンドにある重要な社会課題です。企業はサステナビリティに対するより本格的な取り組みが必要になってきたと言えるでしょう。
一方、データの累積年数が少ないにも関わらず上位に位置し、かつ順位変動が大きいものとして「AI技術の悪影響」「誤情報・偽情報の拡散」が認識されています。これはここ数年、俄かに台頭してきたリスクであることを意味しており、今後の企業の中長期戦略策定時に外せないリスクと言えるでしょう。
改めて感じたことと企業に求められる取り組み
Global Risks Report 2025を読んでみて改めて気になったのは「摩擦」という言葉です。人と人、組織と組織、国と国、そして人と地球との間で生じる摩擦は、近年ますます顕著になっています。Global Risks Report 2025に示される通り、この「摩擦」は地経学的対立 、地政学的対立、地球システムの変化など、多岐にわたるリスクを生み出しており、それらは増加の一途をたどっています。
世界の人口は80億人を超え、なお増加を続けています。この人口増加と、多様性や人権への関心の高まりが、異なる価値観や利害の衝突を助長しています。また、SNSなどのツールが新たな摩擦の場を生み、個人レベルでの対立を加速させています。同様に、グローバル企業の影響力も拡大し、1社あたりの規模がかつてないほど大きくなりました。競争が激化する中で、企業間の対立が国際問題にまで発展するケースも増えています。
さらに、人と地球との間の摩擦も深刻化しています。地球温暖化や天然資源の枯渇は、人間活動が地球システムに与える負荷を象徴するものです。Global Risks Report 2025では、環境リスクが引き続き最も長期的な懸念事項であることが指摘されています。特に、異常気象や生態系の崩壊などが加速する中で、これらの問題への対応がますます重要になるでしょう。
「摩擦」を生むこれらの構造的な現象は、弱まることがなく、むしろ強化されることが予測されます。摩擦が増えることで様々なリスクの発生確率が高まり、企業や国家は対応を迫られる局面が増えていくと考えられます。2025年を迎え、企業が戦略を策定する際には、以下のような点を考慮することが重要です。
- 地政学・地経学的リスクへの対応: サプライチェーンの多様化や地域別戦略の強化、さらに貿易制限や制裁の影響を最小限に抑えるための柔軟性の確保
- 環境リスクへの対応: サステナブルな事業運営と再生可能エネルギーへの投資
- 社会的摩擦の緩和: 多様性を尊重した経営やリスクコミュニケーションの強化
Global Risks Report 2025が示す未来図は、単なるリスクの羅列ではなく、リスクに備え行動を起こすための指針とも言えます。この「摩擦」が生むリスクを正しく認識し、適応する企業だけが、今後の不確実な世界で競争優位を確保できると言えるでしょう。