能動的サイバー防御とは?制度の概要・法律の動向と企業に求められる対応
| 執筆者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
| 改訂者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
能動的サイバー防御とは、サイバー攻撃の兆候を把握し、被害を未然に防ぐための考え方です。近年、国家安全保障の観点から制度整備が進められており、重要インフラ事業者を中心に企業にも対応が求められつつあります。本記事では、制度の概要や関連法の動向、官民の役割と企業に求められる対応をわかりやすく解説します。
1. 能動的サイバー防御とは
「能動的サイバー防御(ACD:Active Cyber Defense)」とは、サイバー攻撃を「受けてから守る」のではなく、攻撃が本格化する前に先手を打って被害を未然に防ぐ・最小限に抑えるというサイバーセキュリティ上の考え方です。攻撃に対して事前に備え、より積極的に対処することでセキュリティを強化するのが特徴です。
従来の防御法は、サイバー攻撃を受けた被害発生後に対処する受動的防御を基本としていました。これに対して能動的サイバー防御は、サイバー攻撃が本格的に発生する前の兆候段階で不審な情報を検知し、ブロックするものです。
図1:受動的防御と能動的サイバー防御の違い
具体的には、自組織のネットワーク内を監視するだけでなく、攻撃の起点となる外部のサーバーや悪意ある異常な通信などの兆候を広範囲に探知するのが特徴です。
能動的サイバー防御の取り組みは、国家の安全保障を強化するため「サイバー対処能力強化法(重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律:令和7年法律第42号)」で制度化が進められています。
能動的サイバー防御が必要とされる背景
能動的サイバー防御が必要とされる最大の要因は、サイバー攻撃の高度化と巧妙化です。近年確認されているサイバー攻撃は、国家の関与が疑われる組織的なものが主流であり、標的のネットワーク内に長期間潜伏し、機密情報の窃取やシステム破壊の準備を秘密裏に進めるといったものが増加傾向にあります。
従来の受動的な防御のみでは、こうした巧妙な攻撃を完全に防ぐことは困難であり、結果として大規模な情報漏洩やシステムダウンといった深刻なインシデントが頻発しています。
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の調査によると、2025年に観測されたサイバー攻撃関連通信数は計7,010億パケットに上り、過去10年間で最大となりました(※1)。また、攻撃者が用いる手法も巧妙になっており、AIツールを活用したサイバー攻撃の自動化なども確認されています。
政府機関や重要インフラ・基幹インフラを標的としたサイバー攻撃も多発しており、国民生活や社会機能の麻痺といった社会全体に甚大な影響をもたらしかねない事態となっています。
重要インフラについては、サイバーセキュリティ戦略本部の「重要インフラのサイバーセキュリティに係る行動計画」、基幹インフラについては、経済安全保障推進法に基づき、政府がそれぞれの対象分野を指定しています。
【表】重要インフラと基幹インフラに指定されている各分野
| 指定分野 | |
|---|---|
| 重要インフラ | 情報通信、金融、航空、空港、鉄道、電力、ガス、政府・行政サービス、医療、水道、物流、化学、クレジット、石油、港湾(15分野) |
| 基幹インフラ | 電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカード(14分野) |
国家サイバー統括室「重要インフラのサイバーセキュリティに係る行動計画」、内閣府「経済安全保障推進法の概要」を基にニュートン・コンサルティングが作成
以下では、政府機関や重要インフラなどが被害を受けた近年の主なサイバー攻撃の事例をまとめました。
- 内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)への不正アクセス(2023年):電子メール関連システムに対する不正通信があり、個人情報を含むメールデータの一部が外部に漏えいした可能性があることが判明した。電子メール関連システムに関する機器の脆弱性が原因と考えられる(※2)。
- 宇宙航空研究開発機構(JAXA)への複数回の不正アクセス(2023年~2024年):攻撃者が複数回にわたり、VPN装置の脆弱性を突いてJAXAのサーバーおよび端末に侵入した。侵入したサーバーから侵害を広げ、アカウント情報などを窃取。さらに、窃取したアカウント情報などを用いて不正アクセスを行った(※3)。
- 名古屋港へのランサムウェア攻撃(2023年):国内最大級の貿易拠点である名古屋港のシステムがランサムウェア攻撃を受け、約3日間にわたりコンテナの搬入・搬出作業が停止した。ロシア系ハッカー集団「LockBit」による攻撃とされる(※4)。
- 航空・金融・通信分野などへの大規模DDoS攻撃(2024年~2025年):2024年12月から2025年1月の年末年始にかけて、航空事業者・金融機関・通信事業者などに対するDDoS攻撃が相次いで発生(※5)。オンラインバンキングのログイン障害や、航空会社のネットワークシステム不具合による発着便遅延などのインシデントにつながった。
こうした事態を受け、サイバー攻撃の脅威から国民生活や重要な国家機密情報、先端技術データなどの重要資産を確実に保護するため、政府は抜本的な対策の強化を急いでいます。
(※1)国立研究開発法人情報通信研究機構「NICTER観測レポート2025」
(※2)内閣官房国家サイバー統括室「内閣サイバーセキュリティセンターの電子メール関連システムからのメールデータの漏えいの可能性について」
(※3)宇宙航空研究開発機構「JAXAにおいて発生した不正アクセスによる情報漏洩について」
(※4)国土交通省港湾局「港湾分野における情報セキュリティ確保に係る安全ガイドライン(第2版)事案事例集」
(※5)内閣サイバーセキュリティセンター「DDoS 攻撃への対策について(注意喚起)」
2. 日本における制度整備と法律の動向
深刻化するサイバー攻撃を受け、日本は欧米主要国などで先行的に取り入れられていた能動的サイバー防御をサイバーセキュリティ戦略の一つとして掲げ、強化する方向に舵を切りました。
しかし、能動的サイバー防御を国内で本格的に実施するためには、現行の法律を見直し、新たな法的枠組みの整備を行う必要があります。能動的サイバー防御の実現には、サイバー攻撃に関連する通信情報の分析が不可欠ですが、現行法下ではこうした情報を国が直接利用・分析し、攻撃者サーバーへの侵入を無害化できる制度が十分に整備されていないという課題があるためです。
また、通信情報の利用にあたっては、通信情報を保有する機関の職員に安全管理措置の遵守を徹底させ、憲法が保障する「通信の秘密」やプライバシー保護に十分配慮した運営を行う、かつ制度運用の透明性を高める必要があります。このように、国民の権利を守りながら安全保障を最大化するための枠組みを構築することが制度導入の前提条件となっています。
この法的枠組みを構築するため、2025年5月に、能動的サイバー防御に関する各種規定を盛り込んだ「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律(以下、サイバー対処能力強化法)」と「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下、サイバー対処能力強化法整備法)」が成立し、同年7月から順次施行されています。両法の全面施行は2026年10月の予定となっています(2026年5月時点)(※6)。
(※6)e-Gov「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律」
制度の概要(国家安全保障戦略・サイバーセキュリティ戦略)
能動的サイバー防御の導入は、日本の安全保障政策において非常に重要な位置づけとなっています。政府が策定した「国家安全保障戦略(2022年)」では、「サイバー安全保障分野での対応能力を欧米主要国と同等以上に向上させること」が盛り込まれました。
また、能動的サイバー防御の実現に必要な措置である①攻撃を受けた民間事業者と政府の情報共有、②攻撃者サーバー検知に必要な通信情報の活用、③攻撃者サーバーへの侵入・無害化を可能とするための政府への必要権限付与、の3本柱を含む検討を進めることが明記されました。
これを受けて設置された有識者会議が2024年に取りまとめた「サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた提言」には、能動的サイバー防御の必要性や導入のために求められる措置などが記載されています(※7)。
「サイバー対処能力強化法」と「サイバー対処能力強化法整備法」はこれらを踏まえ整備されたもので、国家の安全や国民生活に深刻な影響を及ぼす重要電子計算機(基幹インフラ関連機器など、特にサイバー攻撃を受けた場合の影響が大きいもの)をサイバー攻撃から守ることを目的としています。
「サイバー対処能力強化法」では、特別社会基盤事業者(基幹インフラ事業者)に対して被害の報告を義務付けるとともに、国外からの攻撃実態を把握するために通信情報を取得・分析する枠組みを定めています。最終的に集約された分析情報は、行政機関や民間事業者へ提供され、社会全体のサイバーセキュリティ向上に活用されます。
両法のポイントは以下の3点です。
- 官民連携の強化(強化法):基幹インフラ事業者に対し、重大なサイバー事案が発生した際の政府への報告を義務付ける。政府は収集・分析した攻撃手法などの情報を民間に提供し、社会全体の防御力を高める。
- 通信情報の利用(強化法):重大な攻撃の予兆(攻撃者のサーバーなど)を検知するため、政府が一定の条件下で通信情報の収集・分析を行うことを可能にする。
- 攻撃者サーバーの無害化(整備法):国の安全を損なうおそれがある重大な攻撃に対し、警察や自衛隊が攻撃側のサーバーなどにアクセスし、その機能を無害化する権限を規定する。
約3年ごとに策定されてきた「サイバーセキュリティ戦略(令和7年12月)」においては、この能動的サイバー防御の取り組みを推進するため、国力を活用した総合的な防衛体制の確立と、整備・運用方針が打ち出されています。
(※7)内閣官房サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議「サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた提言」
通信情報の取り扱いと第三者機関制度
「サイバー対処能力強化法」では、重大なサイバー攻撃などの予兆が検知された場合、政府が一定の条件下で通信情報を収集・分析することを可能としています(※8)。
一方で、このような措置は憲法21条の「通信の秘密」などに抵触するおそれがあるため、情報の収集には法律上の制約が設けられています。対象となるのはサイバー攻撃に関連する不正な通信などに限られ、無制限に収集することはできません。情報の取り扱いに際しては、通信の秘密を保護するため必要最小限に限定されるとともに、特定の個人を識別できないようにする措置や自動選別の実施が厳格に規定されています。
また、客観性を担保するための第三者機関が設置されています。2026年4月に発足した「サイバー通信情報監理委員会」がこれにあたり、独立した権限を持つ機関として、政府の情報収集や分析について監視・統制対応を行い、能動的サイバー防御の実施について適切かどうか審査し、承認の可否を判断します。
(※8)e-Gov「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律」
3. 能動的サイバー防御は誰が担うのか
能動的サイバー防御で重要になるのが、政府と民間企業による「官民連携」です。重大なサイバー攻撃が発生した際、基幹インフラ事業者は政府に報告する義務を負います。他方、政府は情報提供を受けて分析したサイバー攻撃手法や対処方法を民間企業に共有し、各企業のインシデント対応力強化などにつなげます。
図2:能動的サイバー防御における政府・企業の役割と官民連携の全体像
政府(国・関係機関)の役割
能動的サイバー防御において、政府は国家の安全保障と国民生活を守るため、主導的な役割を担います。具体的には、基幹インフラ事業者は、インシデント情報や原因事象を検知した際、事業所所管の大臣と内閣総理大臣に報告することが規定されています。政府は、基幹インフラ事業者が導入した特定重要電子計算機の製品名などを届け出により管理し、その製品の脆弱性を認知した際には、電子計算機のベンダーなどに対して必要な措置を講じるよう要請を行います。
報告されたインシデント情報などを基に、政府は「情報共有及び対策に関する協議会」から提供された被害防止策に関する情報や、選別後の通信情報、外国政府から提供された情報などを総合的に分析します。その上で、国の行政機関や協議会の構成員、基幹インフラ事業者や電子計算機などの供給者らに分析情報を提供し、被害の拡大防止につなげます。
アクセス・無害化措置に関しては、国家安全保障会議(NSC)が示した対処方針を基に、内閣官房サイバー安全保障担当大臣が個別のアクセス・無害化措置について、警察や自衛隊の役割分担などを検討し、決定します。国家サイバー統括室はこの決定事項に基づき、警察と自衛隊に措置の執行を指示します。その際、外務大臣は措置が国際法上許容される範囲内のものかどうかを確認し、警察と自衛隊は「サイバー通信情報監理委員会」から措置の承認を得た上で、執行します(※9)。
(※9)内閣官房国家サイバー統括室「サイバー対処能力強化法及び同整備法について(令和7年9月)」
民間企業・基幹インフラ事業者の役割
能動的サイバー防御における民間企業の役割は、主に「インシデント対応」と「情報共有」です。
重大なインシデントが発生した場合、政府に対して速やかに報告することが法的に義務づけられています。また、特定重要電子計算機の機器情報をあらかじめ政府に届け出る必要があります 。
この報告義務には、罰則が設けられていることに留意が必要です。基幹インフラ事業者がインシデント報告などを行わず、是正命令を受けてもなお対応しない場合には「200万円以下の罰金」、インシデント報告などに関連し、資料提出に応じない場合は「30万円以下の罰金」が科されることが定められています。
4. 企業に求められる対応
サイバー攻撃のリスクは日々増大しており、パソコンやスマートフォン、サーバーには攻撃の試みが約13秒に1回行われているとの試算もあります(※10)。企業にとっても事業継続に関わる重大リスクであり、全社的なセキュリティ対策の強化やインシデント対応体制の整備、ITリテラシーの向上などが必要になります。
能動的サイバー防御の実現において、民間企業、特に基幹インフラ事業者には、政府と密に連携する「防衛のパートナー」としての役割が期待されています。インシデント発生時には、迅速な対応で被害を最小限に抑えるとともに、政府への積極的な報告や情報共有が求められます。この報告に基づき、政府が攻撃主体を特定し、脅威を無害化するなどの適切な対処を行うことで、国全体としての対処能力向上につながります。
(※10)内閣官房「みんなで備えよう。新・サイバー防御、はじまる」