2024年リスク予測の答え合わせ
掲載:2025年01月15日
執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介
ニュートン・ボイス

明けましておめでとうございます。さて、2025年のリスク予測が各方面で行われています。米調査会社ユーラシア・グループも今月6日に2025年のトップリスク10を発表しましたね。ざっと見た感じでは「まぁ、そうだよね」と思う内容になっています。2025年のリスク予測については私も近々、触れたいと思いますが、リスクマネジメントはPDCAを回してこそ、機能し効果を発揮するものです。そのため本稿では、以下の点を踏まえながら「2024年リスク予測」について検証し総括したいと思います。
2024年のリスク予測を振り返る
2023年の年末から年明けにかけて、どのようなリスク予測がなされていたのでしょうか。おさらいがてら幾つか代表的なものを列挙しておきます。まずはユーラシア・グループの地政学リスクトップ10です。次に世界経済フォーラムが発表するGlobal Risks Reportが示す向こう2年間のトップ10のリスクです。
ユーラシア・グループの地政学リスクTop10 for 2024
- 米国の敵は米国
- 瀬戸際に立つ中東
- ウクライナ分割
- AIのガバナンス欠如
- ならず者国家の枢軸
- 回復しない中国
- 重要鉱物の争奪戦
- インフレによる経済的逆風
- エルニーニョ再来
- 分断化が進む米国でのビジネスリスク
Global Risks Report 2024の2024~2025のリスクトップ10
- 誤報と偽情報
- 異常気象
- 社会の二極化
- サイバー犯罪やサイバーセキュリティ対策の低下
- 国家間武力紛争
- 不平等または経済的機会の欠如
- インフレーション
- 非自発的移住
- 景気後退(不況・停滞)
- 汚染(大気、土壌、水)
こうした様々なリスク予測を踏まえ、2024年年初に、私は次のようなコメントをしておりました。
やはり不確実性の筆頭は地政学関連の事項ですね。ロシア・ウクライナ情勢について戦争が継続する蓋然性が高いとは言え、各国の選挙いかんによって、それがどう転ぶのか読めない部分があります。2021年2月のクーデターから約3年が経過し、ロシア・ウクライナやハマス・イスラエルに話題を持っていかれがちですが、ミャンマーの政情不安も不確実性の種です。2023年、反スパイ法の改正を行った中国が今後、さらに強硬な政策を取り続けるのかも気になります。
その中国の政策スタンスを占う意味でも、世界経済を占う意味でも、中国国内の不動産不況や、米国のインフレ動向も、大きなポイントです。新型コロナ対応のツケが回って来ているのではと言われるドイツやイタリアの財政危機も目を離せません。
エマージングリスク(新興リスク)が生まれやすい技術分野では、2024年もAI技術が台風の目です。ChatGPTに対抗する形でメタ社やApple社が追随の戦略を示し、Google社はGeminiをリリースしました。競争が激化するAI業界において、技術がどのように適用され、どのようなイノベーションが起こるのか、あるいはネガティブなイノベーション(技術の悪用)が起こるのか、不確実性がいっぱいです。気候変動やそれに伴うグリーンテクノロジーの分野でも様々な可能性や問題が勃発しそうな雰囲気です
2024年に顕在化したリスクは?
では、実際に起こった大きな事象は何であったのか?これについては網羅的・体系的なデータベースが存在しないため、私が過去1年間、個人的に収集・記録してきた資料を元に見ていきたいと思います。企業に影響を与える事象には内発的なものもあれば外発的なものもありますが、ここでは一旦、内発的なものは省きます。それなりに追いかけた結果ではありますが、独断と偏見で選択していることもあり、網羅的ではないことをご承知おきください。
環境/自然災害
- 日本、石川県能登地方での地震(1月)
- 石川県能登地方での地震に絡め、SNSで偽情報拡散(1月)
- 米国、猛威続く山火事、テキサス州で史上最大の規模(3月)
- ケニア、3月以降の豪雨・洪水による死者228人に(3~4月)
- 台湾東部地震。台湾東部の花蓮県沖でマグニチュード7.2の大地震が発生(4月)
- UAEなどで記録的大雨により死者(4月)
- 日本、日向灘地震に端を発する南海トラフ地震臨時情報(8月)
- 日本、台風10号の影響で九州を中心に工場の稼働を停止(8月)
- 米国、ハリケーン「へリーン」の被害で経済損失23兆円(9月)
- スペイン、水害死者205人(10月)
技術/サイバー攻撃/システム障害
- イズミがサイバー攻撃を受けてシステム停止(2月)
- HOYA、不正アクセスにより大規模システム障害発生(3月)
- DMMビットコイン、482億円相当が流出(5月)
- インドネシア、サイバー攻撃で282の政府機関にシステム障害(6月)
- KADOKAWAに大規模サイバー攻撃(6月)
- クラウドストライク事件(7月)
- 「トランプ氏を黒人が支持」と訴求するようなAI偽画像がXで拡散(6月)
- カシオ計算機、サイバー攻撃をうけ社内外の情報が流出、一部サービス停止(10月)
- サイゼリヤ、ランサムウェア攻撃で個人情報・機密情報が漏えい、システム停止(10月)
- Salesforceでシステム障害が発生(11月)
- 三菱UFJ銀行、サイバー攻撃をうけネットバンキングで障害が発生(12月)
- 日本航空にサイバー攻撃で30分以上の運航遅延が発生(12月)
法規制
- Amazonに制裁金51億円 仏当局、過度に従業員監視(1月)
- 米アップルに制裁金2900億円 欧州委員会、音楽配信で「競争法に違反」(3月)
- メタに制裁金145億円 アイルランド、パスワード管理不備(9月)
- 大正製薬に行政処分 消費者庁、ステルスマーケティング(ステマ)(11月)
経済
- 日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新(2月)
- 日銀がマイナス金利政策を解除、0.1%引き上げ(3月)
- 日経平均株価が史上最高値の4万2000円台まで上昇(7月)
- 日銀、政策金利を0.25%程度(7月)
- 日経平均株価が1987年のブラックマンデー以来の大幅な下落幅(8月)
- 米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げ(9月)
- 日経平均株価が再び4万円に差し迫る(12月)
政治/紛争・戦争/テロ
- モスクワのコンサートホール襲撃事件(3月)
- イランのイスラエルへのミサイル攻撃(4月)
- 中国が予告なしで「台湾封鎖」訓練(5月)
- フランスの政治的混乱(6月)
- 自民党総裁選挙で石破茂氏が新総裁に選出(9月)
- イスラエル国防軍、ヒズボラ指導者を殺害と発表(9月)
- イランのイスラエルへの弾道ミサイル攻撃(10月)
- 北朝鮮兵士がロシア・ウクライナ戦争の前線へ(10月)
- イスラエルとヒズボラの停戦合意(11月)
- シリアのアサド政権の崩壊(12月)
- 韓国で非常戒厳令の発令(12月)
※筆者が個人的に多種多様なメディアを通じて収集した情報を元に編集
2024年のリスク予測をどう評価するか?
こうして予測されていたリスクと起きた事象を見比べてみますと概ね、予測は当たったといえます。代表的なものをいくつかピックアップして考察してみます。
ウクライナ分割;国家間武力紛争
「ウクライナ分割」では「ロシア・ウクライナ戦争が決着しない可能性が高い」と言われていました。また、ウクライナ軍のザルジニー総司令官は「長期戦になれば、国力に勝るロシア軍が有利になる(エコノミスト2023年11月)」と述べていましたが、実際にその様相を呈しています。
AIのガバナンス欠如;誤報と偽情報
選挙が多かった年だということもあり、「誤報と偽情報」についても、動きが目立つようになってきました。先のアメリカ大統領選挙では2024年1月、AI技術を活用したディープフェイクによる自動音声通話(ロボコール)が、新たな脅威として注目を集めました。さらに同年7月にはトランプ氏があたかも「黒人から熱烈な支持」を受けていると誤認させるようなAIフェイク画像投稿がなされました。
エルニーニョ再来;異常気象
「エルニーニョ再来」や「異常気象」も一部で顕在化しました。2024年3月、東アフリカの一部の国では、エルニーニョ現象の影響で豪雨による洪水が発生し、ケニアやその他の地域でも死傷者を出しました。4月にはUAEとオマーンが、過去75年で最大とも言われる大雨に見舞われました。さらにスペイン東部で10月に発生した洪水は、死者205人を出すもので、過去50年超で最悪とも言われています。
サイバー犯罪やサイバーセキュリティ対策の低下
前段で列挙しましたようにサイバー攻撃の事例は挙げればキリがありません。中でもHOYAやKADOKAWAで起きたサイバー攻撃はビジネスに著しい影響をもたらしました。HOYAでは、供給遅延が発生し、納品先メーカーの販売に影響を与えました。また、KADOKAWAでは、完全復旧に1ヶ月以上の期間を要しました。
インフレーション;景気後退(不況・停滞);回復しない中国;インフレによる経済的逆風
- <中国経済>
- 不動産開発を行っていた中国のエバーグランデ(中国恒大集団)の2023年の破産が象徴するように、2024年は中国経済の低空飛行が予想されていました。実際の発表によれば、GDP成長率は政府目標の約5%にわずかに下回る水準にとどまりました。人口減少や中国からの工場移転が増加する中で、中国経済は大きな構造転換を迫られています。しかし、これに対応する有効な政策や手段は未だ十分に講じられていない印象です。
- <米国経済>
- 米国経済は多くの専門家が当初想定していたよりも強靭な印象です。2024年に入ってからインフレ率は低下を続け、FRBが目標とする2%近くに安定しました。これを受けてFRBは9月に利下げを行いましたが、利下げはこの1回にとどまっています。この背景には、経済成長が底堅く、景気後退のリスクが軽減されていることが挙げられます。
- <欧州経済>
- ヨーロッパ経済については、2024年初頭からドイツ、フランス、イタリアといった主要国の財務リスクが注目されてきました。特に、ドイツは輸出主導型の経済が中国経済の減速やエネルギー価格高騰の影響を受け、景気後退が懸念されていました。フランスやイタリアも財政赤字の拡大や公的債務の増加が課題となっています。こうした状況は依然として改善の兆しが見られず、2025年にも継続する可能性が高いと見られています。
- <日本経済>
- そして日本。2024年の経済成長予測はある程度、予測の範囲内に収まりました。興味深いのは株価予測についての見解の違いです。2024年末時点の日経平均株価について、経済専門家(週刊東洋経済2023年12月23日号)は3万~3万6000円程度と予測していました。一方、経営者(日本経済新聞2024年1月1日特集)の多くは4万円近い相場を見込んでおり、結果的に後者の見立てが的中したようです。これには、日本経済の底堅さや企業業績の好調さが背景にあります。特に、輸出企業が円安の恩恵を受けたことや、個人消費が堅調だったことが株価を押し上げる要因となりました。また、日銀が2024年も政策金利を据え置いたことで金融緩和の方向性が維持され、投資家心理が支えられた面もあります。
得られた学びは?
こうして振り返ってみて、得られる学びは大きく3つ挙げられるかなと思います。
- 基本的に短期のリスク予測は当たるゆえ、ちゃんと向き合おう
- 短期的リスクと言っても、1年ではなく2~3年の時間軸で捉えるが肝要
- 外的要因リスクは気になるが、改めて内的要因リスクにこそ目を向けよう
1. 基本的に短期のリスク予測は当たるゆえ、ちゃんと向き合おう
こうした毎年のリスク予測については、企業としては面倒でも事業戦略に確実に組み込まれるようにすることが重要です。というのも、短期的リスクはある程度材料が揃った形で予測されているため、当然ながら当たる確率が高いからです。それは前段の私の振り返りを見ても明らかです。ただ一点注意していただきたいのが、テールリスクの予測は極めて困難であるため、リスク対策は、リスク軽減策とBCPのセットで行うことが必要です。なお、テールリスクとは、統計学や金融のリスクマネジメントにおいて、通常の予測範囲から大きく外れた極端な事象が発生する可能性を指します。市場の大暴落や自然災害、パンデミックなど、低確率・高インパクトの事象のことです。
2. 短期的リスクといっても、1年ではなく2~3年の時間軸で捉えるが肝要
1年という時間軸は人間が自分都合で作った概念です。ですから、リスク予測の論点を「1年以内に起こるかどうか」と単純化してしまうのはナンセンスです。実際、2022年末には米国経済に急ブレーキがかかると言われていましたが、思いのほか米国経済が耐え忍び、2023年にリスクが持ち越されるとの予測がなされました。また2024年は米国の大統領選挙がもたらす不確実性に注目が集まっていましたが、トランプ氏の就任は2025年1月であり、実際に影響が出るのはこれからです。ゆえに2025年、新たなリスク予測がなされるとは思いますが、その際に2025年のトップリスクから仮に外れるリスクがあったとしても、そこにも意識を向けてみてはいかがでしょうか。
3. 外的要因リスクは気になるが、改めて内的要因リスクにこそ目を向けよう
リスク予測の多くはどの組織にも共通したリスクを取り上げることになるため、外的要因リスクが中心となります。ですが、実際に、昨年1年間で起きた大事故や不祥事をみてみますと、決して、外的要因リスクだけが頭痛の種ではないことがわかります。その一例を以下に示しましょう。
- 羽田空港での航空機衝突事故(1月2日)
- スシローに中央労働基準監督署が5分未満切り捨て未払いで是正勧告(1月11日)
- エネオスのグループ会社、セクハラ問題により会長解任(2月21日)
- NTT西日本の子会社での顧客情報流出疑いで元派遣社員の男逮捕(1月31日)
- ドミノ・ピザ ジャパン、不適切動画にアルバイト従業員2人が関与(2月12日)
- オイシックス・ラ・大地、会長の不適切発言で謝罪(2月16日)
- LINEヤフー、相次ぐ情報漏洩問題で行政指導(3月6日)
- 公正取引委員会、下請法違反で日産自動車に勧告(3月8日)
- マクドナルドが世界的にシステム障害(3月15日)
- 小林製薬の紅麹を原料とするサプリメント健康被害問題で自主回収(3月22日)
- 江崎グリコ、システム障害で「プッチンプリン」など一時出荷停止(4月19日)
- IHI子会社のデータ改ざん問題(4月24日)
- トヨタ自動車、型式指定で「不適切事案」公表(6月)
- 日立造船の子会社が船舶エンジン1364台余りの燃費データ改ざん(7月5日)
- DTS、海外子会社の不正で前期決算を訂正(8月)
- ブックオフGHDの不正発覚(10月)
- 日本郵便、155万人余りの顧客データを同意なくリスト化(10月12日)
- パナソニックHD、傘下の事業会社での新たな品質不正を公表(11月1日)
- 川崎重工業、架空取引40年続く 2018年~2023年度の6年間で17億円(12月27日)
- ベルーナ、おせち1万5000件が商品出荷手続上の手配ミスにより配達不能で謝罪(12月28日)
企業を揺るがす事態の多くは、内的要因であることがわかります。「人間の最大の敵は自分自身である」とはよく言われることですが、不確実性が蔓延する世の中だからこそ、自らを見つめ直し、適切なリスクマネジメントを行うよう努めてはいかがでしょうか。
いかがでしたか? 次回はこうした学びを踏まえつつ、2025年のリスク予測を考察していきたいと思います。今年もよろしくお願いいたします。
参考文献
- Sheila Dang「Pastors and secret codes: US election officials wage low-tech battle against AI robocalls」ロイター通信
- Global Risks Report 2024 19th Edition、World Economic Forum
- 2024大予測、週刊東洋経済(2023/12/23・30新春合併特大号)
- Top Risks 2024 、Eurasiagroup(2024.1.8)