いわき信用組合の不正事例に学ぶ(続)~不正の根の深さ~
2025年5月に公表された、いわき信用組合における長年の不正融資に関する第一次報告書(第三者委員会)に続き、同年10月、第二次調査報告書(特別調査委員会報告書)が新たに公表されました。なぜ5カ月の時を経て、第二次調査報告書が公表されたのか。その一番の理由は、第一次調査報告書に書かれていた次の指摘にあります。
「いわき信用組合は調査協力に極めて消極的であり、腐敗の根を断ち切ったとは到底言えない」
そうです。調査そのものに対する妨害や不十分な協力があったと第一次調査報告書は述べています。信じられないことに、重要な融資リストが記録されていたパソコンの破壊、関係者による虚偽供述、一部の関係者による調査への協力拒否があったといわれています。しかし、第一次調査報告書が公表された直後、6月の総代会で組織の経営陣が刷新され、ようやく全面協力体制が整ったことで、再調査が実現したのです。
したがいまして本稿では、前回記事の続編として新たに何が分かったのか、解説していきたいと思います。
いわき信用組合で何があったのか、第一次調査報告書をおさらい
第一次調査報告書によれば、いわき信用組合では約20年にわたって無断借名融資や水増し融資が行われており、資金が不正に外部へ流出していたとされています。外部流出額は約23億円、融資件数は1,200件超にのぼるとされ、規模も期間も極めて深刻なものでした。
こうした不正が長年にわたって行われてきた背景には、個人の保身という“直接的要因”と、それを止められなかった組織構造という“間接的要因”が複雑に絡み合っていたことがあります。不正の中心人物であった江尻次郎前会長は、融資が焦げ付く可能性を前にして、「組合を守るため」「地域を守るため」という大義名分を掲げ、無断借名融資や迂回融資という手段を取ったといいます。
しかし、致命的だったのは、組織として個人の暴走に歯止めをかける機関が機能不全に陥っていたことです。具体的には例えば、執行を担う常務会に牽制をかける理事会も、首謀者であった江尻前会長が実権を握っていましたし、監査の役割を持つ監事会も、理事会と馴れ合いの状態でした。つまり、コーポレートガバナンスが骨抜きの状態になっていたといえます。
こうした事態を踏まえ第一次調査報告書では、監事会の独立性強化や内部通報制度の再設計、コンプライアンス教育・人事制度の見直しなどが再発防止策として挙げられていました。
これ以上の第一次調査報告書の内容や学びの詳しい解説については、私が6月に執筆した「いわき信用組合の不正事例に学ぶ コーポレートガバナンスが崩壊したとき、組織はどうなるのか?」をご覧ください。
2回目の調査で新たに判明したこと
第二次調査報告書では、調査協力の前提が整い、関係者の供述や証拠が集まったことで、数字の修正、関係の特定、行為の断定といった点で大きく前進しました。さらに、これまで匿名表記にとどまっていた関係者についても、役職名や実名の特定が多数追加され、関与の実態がより明確に描かれるようになったことも特筆すべき変化です。
第一次調査報告書と、今回の第二次調査報告書とでは、不正の構造そのものに大きな違いはありませんでしたが、不正に処理された金額規模と、不正発生時期・動機という点で、内容が大きく更新されました。金額規模という点では以下のような更新がなされています。
表1:いわき信用組合における不正融資規模と外部流出額の変化(第一次・第二次調査報告書の比較)
| 項目 | 第一次調査報告書(5月) | 第二次調査報告書(10月) |
|---|---|---|
| 不正融資の実行総額 | 約248億円 | 約280億円(約32億円の増加) |
| 外部流出金額 | 約21.5~23億円 | 約25.5億円(約2.5~4億円の増加) |
出典:いわき信用組合 第三者委員会報告書(2025年5月公表)、特別調査委員会報告書(2025年10月公表)をもとにニュートン・コンサルティングが作成
また、不正発生時期・動機という点では以下の通りです。注目すべきは、不正の開始時期が「20年前」から「35年前」にまで遡ると断定された点、そして、反社会的勢力(反社)との金銭的関係が明確に記載された点です。
表2:いわき信用組合の不正に関する認定内容の変化(第一次・第二次調査報告書の比較)
| 項目 | 第一次調査報告書(5月) | 第二次調査報告書(10月) |
|---|---|---|
| 不正の開始時期 | 約20年前(2000年代初頭) | 35年前(1990年代前半) |
| 不正の動機 | 反社に関する言及なし (「記憶にない」という発言多数。報告書は保身のためと断言) |
反社と35年前から金銭関係発生 (外部流出金額25.5億円のうち、約9.5億円が反社への支払い分) |
| その他 | 元社員の1人が「自らが、不正融資リストの作成・管理に使っていたPCは破棄した」との供述 | 当初は元社員の1人によって『破棄された』とのことだったが、実際は、江尻前会長の下で経営の実務を担っていたナンバー2の坪井信浩専務理事(当時)に手渡され、後に同理事によって破棄されていたことが判明 |
※出典:いわき信用組合 第三者委員会報告書(2025年5月公表)、特別調査委員会報告書(2025年10月公表)をもとにニュートン・コンサルティングが作成
なお、35年前から始まったとされる不正のきっかけは、反社からの脅しに屈したことだと書いてあります。1990年代前半、反社による街宣活動を通じた組合への威圧行為を鎮めるために、当時の理事の判断で「解決金」として多額の現金が支払われたのです。
その後、2000年代に入り、反社側が不正融資スキームの存在を把握し、それを口実とした金銭要求を行うようになったとのことです。以下は、時系列に反社との関係性を整理したものです。
表3:いわき信用組合における反社会的勢力との金銭的関係の経緯(時系列整理)
| 時期 | 理事 | 総計9.5億円を反社に支払った理由 |
|---|---|---|
| 1990年代前半 | 鈴木勇夫(故) | 街宣や営業妨害(3億円の支払い) |
| 1990年代後半~2000年初頭 | 鈴木勇夫(故)/江尻次郎 | 要求がエスカレート(複数回にわたり計数億円の支払い) |
| 2007~2008年頃 | 江尻次郎 | 不正融資を暴露すると脅される(1.5億円の支払い) |
| 2010年代後半~2020年 | 反社が不正融資スキームに便乗し恐喝(1億円の支払い) |
出典:いわき信用組合 特別調査委員会報告書(2025年10月公表)をもとにニュートン・コンサルティングが作成。敬称略。
新たな事実が判明、再発防止策の見直しは?
反社会的勢力(反社)が関与していたという事実は、今回の不正の中でも非常に衝撃的な要素ですが、第二次調査報告書は、それによって問題の本質が変わるわけではないと明言しています。なぜなら、反社との関係の有無にかかわらず、いわき信用組合の経営陣や役職員自身が不正の中心であり、主導者だったからです。反社の存在は、あくまで動機の一部や不正資金の使途の一部にすぎず、構造的な問題の本質ではないと報告書は指摘します。
だからこそ、第二次調査報告書は、第一次調査報告書(第三者委員会)による再発防止策を全面的に支持しています。そして、それらの制度や仕組みは、経営陣の「倫理観」や「意識」が伴わなければ機能しないとも強調しています。また、今回のように万が一にも経営トップ自身が不正を主導した場合に備えて、外部専門家による通報窓口の整備と、それを実質的に機能させることが不可欠であると強く提言しています。
表4:いわき信用組合における再発防止策に対する第一次・第二次調査報告書の評価比較
| No. | 第一次調査報告書の再発防止策 | 第二次調査報告書の評価・考え方 |
|---|---|---|
| 1 | コンプライアンス責任者の明確化と独立性の担保 | 明示的な異論なし。制度整備自体は評価しているが、「経営陣の意識が低ければ意味をなさない」と警鐘。 |
| 2 | 融資業務の牽制体制の強化(稟議・会計監査プロセス) | 全面的に支持。ただし、「上層部がルールを無視したときに誰も止められなかった」という組織風土の改善がより重要と指摘。 |
| 3 | 経営トップへの定期監査報告・通報制度 | 原則賛同。ただし、トップ自身が不正の主導者だった場合の無力さを露呈したと分析。 |
| 4 | 内部通報制度の再設計(通報者保護の徹底等) | 強く支持。加えて、外部専門家による通報窓口の速やかな設置を具体的に提言。 |
| 5 | 定期的な職員教育(反社・不正・倫理) | 明示的なコメントはないが、「役職員の意識改革こそ最重要」と繰り返し強調。 |
| 6 | 不適切な取引への対応マニュアル整備 | 異論なし。ただし、マニュアルが存在しても実行されなかったという事実を重視。 |
出典:いわき信用組合 第三者委員会報告書(2025年5月公表)、特別調査委員会報告書(2025年10月公表)をもとにニュートン・コンサルティングが作成
結論は変わらず、ガバナンスが弱い業界は危機意識の醸成を
というわけで、私としても結論は、前回記事「いわき信用組合の不正事例に学ぶ コーポレートガバナンスが崩壊したとき、組織はどうなるのか?」から変わりません。
ただ、感想を申し上げるならば、「ただただ、不正の根の深さに驚嘆する」という点でしょうか。
地震災害の被災経験や過去の重大事故など、大切な記憶は時間とともに風化することがあります。ところが、不正の根は、時間の経過とともに薄れるどころか、むしろ深まっていくという、この逆転の力学には驚きを禁じ得ません。
今回のケースでは、鈴木理事→江尻理事→本多洋八理事へと、実に3世代・30年以上にわたって不正が受け継がれてきたのです。そして、不正の根が深くなればなるほど、それを掘り起こすのはより困難になる──。これは第一次調査報告書で明らかになったとおりです。
前回の記事でも触れましたが、いわき信用組合、フジ・メディア・ホールディングス、日本大学(日大)、スルガ銀行、日本ボクシング連盟、日本漢字能力検定協会、宝塚歌劇団……。
いずれも、健全な牽制機能が働いていない組織で、同様の病理が繰り返されてきました。組織を「身体」に例えるならば、こうした組織は、がん細胞が活性化して広がりやすい体質を持っているとも言えるのではないでしょうか。
自分たちの組織は、がん細胞が活性化しやすい構造になっていないか?
どうすれば、それを未然に防げるのか?
今一度、立ち止まって考えてみましょう。そして、今回の学びをぜひ活かしましょう。