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人のリスク感度の大小を分けるのは何か

掲載:2021年12月07日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

ニュートン・ボイス

リスクマネジメントと言うと、「まだ気がつけていないリスクの発見」に意識が向きがちです。が、実は「すでに何度も起きているし、今後もまた起きる可能性があるリスク」もたくさんあります。年の瀬が近い今だからこそ、初心に立ち返って、こうしたリスクにスポットライトを当てて、私たちがそこから何を学べるか、学ぶべきかを考えていきたいと思います。

         

避難指示が出ても7割強が避難せず

皆さんは、西日本を中心に甚大な被害が発生し、死者237名を出した「平成30年7月豪雨」を覚えていらっしゃいますか? この豪雨では、95% 近い人が「避難指示(緊急)」を認識していたにもかかわらず、70%強の人が避難をしなかったと言われています。なお「避難指示(緊急)」は当時の区分で警戒レベル6段階中のレベル5に相当するものであり、「命の危険が大きく、緊急性が高い時に発令されるもの」でした。一体なぜ避難しなかったのでしょうか。

※「平成30年7月豪雨災害における避難対策の検証とその充実に向けた提言」より(広島市で実施した被災者アンケートで「認識していなかった」と回答した人4.5%を差し引いた数字)

「避難しなかった」と回答した人の過半数が「被害に遭うとは思わなかった」と答えています。以下に代表的な理由を列挙しておきます。

  • 被害に遭うとは思わなかった(53.3%)
  • 避難する方がかえって危険だと思った
  • 雨の降り方や川の水位から安全と判断したから
  • 今まで自分の居住地域が災害に遭ったことがなかったから

ちなみに「避難した」と回答した人が挙げた理由は「雨の降り方などで身の危険を感じた」「家族に避難を勧められた」「近所の人や消防団員などに避難を勧められた」というものでした。

これを聞いて「正常性バイアスなのでは?」と思った人もいるでしょう。正常性バイアスとは、予期しない事態に対峙した際に「ありえない。考えたくない」という心理状況に陥りやすい人間の特性を言います(詳細はこちらの記事をご覧ください)。なるほど、確かにそうかもしれませんね。しかしそれにしても、ここまで明確な避難指示が出ていたにもかかわらず、「被害に遭うとは思わなかった」とは一体全体、どういう思考回路なのでしょうか。豪雨による被害は「すでに何度も起きているし、今後もまた起きる可能性があるリスク」だったはずです。ここから私たちがリスクマネジメントに活かせる学びはないのでしょうか。

普段から意識していないことには反応できない

結論から言えば「人は、自分に知識・経験に基づく適切な判断基準がないときには、目で見える範囲の視覚情報だけでモノゴトの良し悪しを判断しようとする癖がある」ということかなと思います。どういうことかと言いますと例えば、「自分の目には津波が迫ってきているようには見えない」=「だから自分は安全だ」という判断をしてしまうようなものです。ご存知のように、津波が肉眼で見える時点を逃げ始める判断基準にしていては、逃げ遅れる危険性が大いにあります。その手前の「大地震発生直後」や「急な引き潮を認識した時点」を1つの判断基準にしておくべきです。豪雨で言えば、「自分の目には、溢れ迫ってくる水が見えない」=「だから自分は安全だ」というロジックです。河川の氾濫も同じです。河川の流れが速くなったり、水が濁り始めたら、河川氾濫の前触れと捉えて、河川から離れることが強く推奨されています。しかし、そうした適切な判断基準を持ってない人は、自分の肉眼で目の前に危険が迫っているかどうかの確認ができるまでは、安全だと思ってしまうものなのです。然るべき経験値も知識もないのに、肉眼で捉えられる範囲の情報だけで判断してしまうというイロジカルな行動です。

別の捉え方をすれば「人は、”こういう時はヤバい”と普段から意識していないことには反応できない」と言うこともできます。実は、私はここに人の「リスク感度」の違いを生む大きなヒントが隠れていると思っています。なお、リスク感度とは、リスクをいち早くリスクとして認識し、必要な行動を起こせる能力を言います。リスク感度が高いか低いかは、その人がどれだけ普段から「こういう時はまずい。こういう時は行動を起こす必要がある」という仮説を立てることができているかだと思うのです。

リスク感度を高めるには

ところで、この「仮説」のことを、リスクマネジメントの世界では予兆指標(KRI)と言います。「気づいた時には、時すでに遅し」という点では、内部不正にしても、機密情報漏洩にしても、サプライチェーン断絶にしても、こうした予兆指標(KRI)を普段から意識できていないと、同じことが起きるのではないでしょうか。

さて、皆さんは皆さんの会社にとっての重大なリスクに対して、「こういう時は反応すべき」という仮説、すなわち、予兆指標(KRI)を設定していますでしょうか。もし設定していないのであれば、「危険が迫ってきそうな状況が自分の視界に入ってきていないから大丈夫」と思ってしまうかもしれません。すなわち、前段の事例のような正常性バイアスと同じ罠に(平時にもかかわらず)陥っている可能性があります。このように考えれば、例えば「なぜ、半導体不足を事前に予測できなかったんだ!?」と悩む人たちの振り返り方も変わってくるかもしれません。「我々は“どういう時はまずい”と言った仮説立てをしていたのか・それはそもそも可能なことだったのか」という振り返り方に。

「そんな風に言うけれど、予兆指標なんてそんな簡単に設定できないよ」・・・そうおっしゃられるかもしれません。しかし、この点についても正常性バイアスに対する備え方がヒントになります。先の豪雨災害で直面する正常性バイアスを打ち破る方法として、よく挙げられるのは訓練です。訓練を行うことで、「これから何が起こるか」を想定できるようになります。訓練といっても、事務局が事前にシナリオを全て決める必要はなく、訓練参加者自身に考えてもらうタイプの訓練を行うこともできます。例えば以前私は「米中関係が悪化した場合に自組織にどのような悪影響がもたらされるのか」を参加者自身に考えていただく経済危機訓練を実施したことがあります。また、先の豪雨のケースであれば「洪水が起こりそうな時に、氾濫した水がどのように流れていくか」のシミュレーション映像を見せるなど、知識を身につけてもらうことも有効です。

つまり、リスク感度を高めるには、何も知識がない中でゼロから仮説立てをすることが必要と言っているわけではなく、過去の事例を参考に、内部不正や機密情報漏洩等の一連の流れを追体験してみたり、さまざまな事象を想定した危機対応訓練をしてみたりするなどして、インプットを得ることが重要というわけです。

以上、いかがでしたでしょうか。「年末がもっと押し迫ってきてから来年のことを考えよう」と考えていらっしゃるとしたら、あなたも既に何かしらの罠に陥っているかもしれませんよ。ここあたりで会社の取り組みもプライベートも、基本に立ち返ってみてはいかがでしょうか。

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