いわき信用組合の不正事例に学ぶ コーポレートガバナンスが崩壊したとき、組織はどうなるのか?

いわき信用組合は、東日本大震災後、全国信用協同連合会(全信組連)を通じて実質的に公的性格を持つ200億円規模の資本支援を受けた、地域に根ざした金融機関です。その組織で2025年5月末に公表された第三者委員会報告書は、20年近くに及ぶ不正と隠蔽の構造を明るみに出し、地方金融機関のガバナンスに深刻な問いを投げかける内容でした。
そこには、20年近く続いた組織的不正、顧客名義を使った借名融資、迂回融資、そしてそれらを隠すための証拠隠滅行為など、ガバナンスの全面崩壊と内部統制の機能停止が赤裸々に描かれていました。不正の起点となったのは、当時の理事長・江尻次郎氏。会長職が空位であった時期に名実ともにトップとして君臨し、後に会長へと退いた後も、専務理事の坪井信浩氏と理事長の本多洋八氏を“並べる形”で実権を維持。これはまさに、制度上は引退しながら実質的には支配を続ける“院政”体制でした。
私は、この事案はまさに反面教師であり、「民間でいうところのコーポレートガバナンスが機能しなかった場合、組織はこうなってしまうことだってあるんだよ」ということを改めて学ぶ貴重なケーススタディだと捉えました。その観点で本稿をお読みいただければと思います。
何が起きたのか
2004年ごろから、いわき信用組合ではX1社グループに対する不正な融資が始まりました。この不正融資は、当時の理事長であった江尻次郎氏の主導により、組織的に企図・実行されたものと第三者委員会報告書は明確に認定しています。
融資は、実体のないペーパーカンパニーや第三者名義を使った「迂回融資」や「無断借名融資」という形を取り、名義を借りた顧客には事実が知らされていないケースも多くありました。
調査によると、少なくとも87件、総額17.7億円以上の借名融資が実行されていたとされています。また、これらの不正資金の一部は、別の内部横領事件(乙事案)の損失補填にも流用され、組織内で不正が複合的に絡み合っていたことが判明しました。
さらに深刻なのは、2024年の不正発覚後、第三者委員会の調査に対して、PCが破壊されたとされる事案や、サーバーデータの削除、虚偽説明といった調査妨害行為が組織的に行われていた点です。つまり、発覚を恐れた関係者による“証拠隠滅のための組織的行動”があったということです。
なぜ起きたのか?
いわき信用組合で発生した不正が、なぜここまで長期間にわたって続いたのか――。その背景には、個人の保身という“直接的要因”と、それを止められなかった組織構造という“間接的要因”が複雑に絡み合っていました。
不正の起点となったのは、当時の理事長・江尻氏です。X1社グループへの融資が焦げ付く可能性を前にして、彼は「組合を守るため」「地域を守るため」という大義名分を掲げ、無断借名や迂回融資という手段を取りました。しかし、第三者委員会はこれを明確に「自己の責任追及を避けるための正当化ロジック」であり、実態は“保身”による不正の主導だったと断じています。とはいえ、個人の逸脱だけでは、ここまで大規模かつ長期の不正は成立しません。
より本質的な問題は、江尻氏の判断に誰もブレーキをかけられなかったという、組織の構造的な脆弱さにあります(図1参照)。
株式会社でいうところの取締役会にあたる理事会は、江尻氏の強大な人事権と支配力の下、「異議を唱える場」ではなく「追認する場」に成り下がっていました。監査役会にあたる監事会は、制度上は独立した監視機関であるにもかかわらず、理事会に常時出席し、実質的に“同化”していたため、牽制機能を果たせませんでした。コンプライアンス委員会も常務会の延長線上に位置づけられ、構成員も実質的に重複していたことから、独立した統制機能とはなり得ませんでした。本来、リスクや不正の兆候を組織横断的に検知するべき場であったにもかかわらず、役職者間での“情報共有の場”にとどまり、経営トップを牽制する働きは実質的に機能しませんでした。
加えて、内部通報制度も形だけの存在となっていました。制度そのものは整備されていたものの、通報窓口に指定されていたのは不正に関与した幹部職員。「通報しても意味がない」「むしろ自分の立場が危うくなる」――そう考えた職員たちは、沈黙を選ぶしかありませんでした。
ありとあらゆるコーポレートガバナンスの牽制機能が骨抜きにされていたと言っても過言ではありません。最後の頼みの綱ともいえる本来は最後の外部ブレーキとなるべき金融庁(財務局)や全信組連の検査・監査も、結果として機能しませんでした。帳簿上や決算資料上では整合していたこと、組織内からの明示的な通報がなかったことなどが要因とされますが、制度的な監督はあっても、“不正を見抜く感度”が欠如していたという点で、外部監督側の責任も問われるべきだと報告書は示唆しています。
こうして、制度はあっても誰も使わず、使えず、声を出せない環境が固定化されていきました。その結果、不正は内部からも外部からも止められず、20年近く、組織の中に温存され続けたのです。
制度的な整備があっても、それを本当に機能させるのは「人」と「文化」、そして「声が届く構造」です。今回の事案では、形式はあっても実質が伴わず、“制度が支配者に吸収され、牽制の役割を果たさなくなった”ことが不正の温床となりました。
再発防止策はどう考えられているのか
調査報告書では、ガバナンスと内部統制の抜本的見直しが提言されました。まず、旧経営陣は全員辞任。江尻氏を筆頭に、本多理事長、坪井専務理事らは責任を取り、退任しました。
その上で、新たに外部人材による非常勤理事の登用、および上部団体である全信組連の支援のもとでガバナンス再構築が始まっています。
具体的には、以下のような改革が提言・実施されています:
- 理事会の議論・決定の実質化(常務会や非公式会議での“事前決着”文化の是正)
- 監事の独立性強化(外部監事の登用、理事会との適切な距離の確保)
- 内部通報制度の再設計(第三者弁護士を通じた匿名通報、通報者保護ポリシーの徹底)
- コンプライアンス教育・人事評価制度の見直し(「従順さ」より「正義感と報告力」を評価)
これらの改革が定着するかどうかは、今後数年にわたる経営の意思と、地域社会からの信頼回復の歩みにかかっています。
この事案から学べること
こうしてみると、性質やスケールは異なりつつも、「トップによる支配」「牽制機能の不在」「声が出せない組織文化」といった不正の構造は、日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題(2018年)とも、東京女子医科大学不正支出事件(2025年)とも、似ています。
そして正直に言えば、コーポレートガバナンスという考え方がここまで発展・浸透した現代において、今回のような不正が株式会社で発生する可能性は、かなり低いと考えています。その意味では、「こういう極端な不正事案は逆に、参考にはならない」と切り捨てたくなる気持ちも理解できます。
それでも私は、どんなにあり得なさそうなことであっても、自分たちと同じ人間が引き起こすことは、自分や自分が関与する組織もいつだって引き起こす可能性がある、という強い考えを持っています。だからこそ、いわき信用組合のこのケースを“ガバナンスを学ぶ教材”として意識的に活用すべきだと強く思います。
この事案はまさに、制度がいかに整っていても「機能していなければ無意味である」ということを、これ以上ない形で教えてくれます。理事会、監事会、総代会、内部監査制度といった「形式的な統治機構」がすべて揃っていても、それが実質的に機能しない組織では、不正は簡単に温存されます。今回のように、実質的支配者(江尻氏)が理事長から会長に退いても影響力を保持し続ける「院政的支配構造」が放置されたことで、組織全体が声を失い、自己修復機能を完全に失ってしまっていたのです。
また、本事案は「通報」の威力を改めて知る良い機会でもあります。これだけ(悪い意味での)堅牢な情報統制の網をかいくぐって長年の不正を白日の下にさらしたのは、一人の職員によるSNSでの匿名告発でした。逆に言えば、もし組織が本気で自浄作用を期待するのであれば、「内部の通報」をいかに担保するかが重要であると捉えることができます。いかにして内部通報制度を信頼され、実際に使える制度にできるか。私たちは常に自分たちに問い続けなければなりません。
というわけで、ガバナンスの意義を学ぶ研修にて本ケースを事例の一つとして取り上げてみてはいかがでしょうか。
それにしても、人って簡単に道を外しちゃうものですね。リスクも悩みは尽きません。