川崎重工業の企業不祥事を読み解く ——不正の構造と再発防止策から学ぶこと
2025年12月、川崎重工業の潜水艦修繕および舶用エンジンにおける一連の不正事案に関する追加調査報告書(※)が公表されました。本稿ではこの報告書をもとに、同社で発覚した一連の不正行為の実態を解説します。15分で理解できるように整理しました。
具体的には以下の点を掘り下げていきます。
・不正はどうやって発覚したのか
・不正の内容は
・不正の原因と再発防止策は
・他社で起きた類似不正との共通点は
・企業として学ぶべき点は
この解説は、不祥事対応やコンプライアンス強化を担う経営者・管理職、リスクマネジメント部門にとっても実務的な示唆に富む内容です。本記事が、みなさんの組織における「不正を生まない仕組み」づくりのヒントとなれば幸いです。
※「追加調査報告書【公表版】(潜水艦修繕事案)」および「追加調査報告書(開示版)(舶用エンジン事案)」
川崎重工業における不正の概要
今回の報告書で明らかになった不正は2つあり、ここではそれらを「潜水艦修繕不正請求事案」と「エンジン検査不正事案」と呼びます。
潜水艦修繕不正請求事案とは「工数の付け替えに基づく国(防衛庁)への水増し請求」と「架空取引に基づく不正な経費処理」です。具体的には、神戸造船工場の修繕部門において、取引先企業との架空取引を通じて資金を捻出し、物品や金券の購入、自衛隊員らへの接待に充てていたほか、予算管理を目的として商船等の工数を潜水艦の修理工数へ不適切に計上していました。この事案は、大阪国税局による税務調査での指摘が発覚の直接的なきっかけとなりました。
また、エンジン検査不正事案とは「潜水艦向けエンジン及び商船の検査データ改ざん」です。具体的には、潜水艦向けエンジンでは、工場での試運転において、燃料消費率やNOx(窒素酸化物)放出量が顧客との仕様値を満たさない場合に、数値を書き換えたり、ストップウォッチをあらかじめ決めた目標値で止めるなどの不正操作を行っていました。商船向け事案は、IHI子会社などで起きた検査不正をうけて国土交通省が要請した調査、潜水艦エンジン事案は、その調査過程で実施された特別調査委員会によるアンケートやホットラインへの情報提供が発覚の直接的なきっかけとなりました。
それぞれの不正を一覧表にまとめると以下のようになります(表1参照)。
表1 川崎重工業における不正事案の概要まとめ
| 項目 | 潜水艦修繕不正請求事案 | エンジン検査不正事案 |
|---|---|---|
| 不正の概要 | 工数の付け替え・架空取引による国への不正請求 取引先との架空取引による裏金の捻出とそれを用いた接待、および商船などの工数を潜水艦修繕に付け替える水増し請求。 |
検査不正 商船向けおよび潜水艦向け舶用エンジンの工場試運転において、燃費性能や排ガス(NOx)などの検査データを改ざん・虚偽記載したもの。 |
| 不正の期間 | 20年以上にわたる可能性があり、工数の付け替えに関しては1985年頃(約40年前)から行われていた可能性がある。 | 潜水艦用エンジンにおいては1988年から2021年まで約33年間にわたり継続。商船向けエンジンの不正は、調査対象範囲がデータ保存期間に依存したため不明。 |
| 不正の手口 | 協力会社への架空発注による資金捻出、金券等の提供。また、OCRシートの書き換えやシステムへの虚偽入力による他船(商船等)から潜水艦への工数付け替え。 | 燃料消費時間の計測におけるストップウォッチの不正操作(目標値での停止)、自動計測システムの補正機能の悪用、および計測結果の書き換え。 |
| 主な関与組織と関与層 | エネルギーソリューション&マリンカンパニーの船舶海洋ディビジョン 神戸造船工場の修繕部、工作部の基幹職(班長、職場長等)および一部の担当者。 |
エネルギーソリューション&マリンカンパニーの船舶推進ディビジョン 設計部門(艦艇ディーゼル課)、検査部門、組立部門。 |
| 発覚の経緯 | 大阪国税局による税務調査での指摘 | IHIなどで起きた検査不正をきっかけとした、国土交通省からの舶⽤エンジンを対象とした調査要請。その後、社外の特別調査委員会が実施した「件外調査」によって情報提供があった。 |
出典 川崎重工業株式会社が2025年12月26日に公表した「潜水艦修繕事案および舶用エンジン事案に関する追加調査報告書」
(特別調査委員会による調査結果)に基づき筆者が作成
不正の原因と再発防止策
川崎重工業における潜水艦修繕事案および検査不正事案は、いずれも単なる現場レベルの逸脱ではなく、組織構造や風土、そして業務慣行に深く根ざしたものでした。
調査報告書における分析では、「不正の原因」について、①不正に至った動機や誤った意識(動機・意識)、②不正を可能にした仕組みや体制上の欠陥(機会)、③不正が継続・定着したプロセス(慣例化)、④それらを支える組織文化や風土(組織風土)という、4つの観点から整理がなされています。
以下に、2つの事案における原因を比較し、構造的な類似点と相違点を一覧表として整理いたします(表2参照)。
表2 両不正事案の原因分析結果一覧
| 分類 | 潜水艦修繕不正請求事案 | エンジン検査不正事案 |
|---|---|---|
| 動機・意識 |
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| 機会 |
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| 慣例化 |
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| 組織風土 |
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出典 川崎重工業株式会社が2025年12月26日に公表した「潜水艦修繕事案および舶用エンジン事案に関する追加調査報告書」
(特別調査委員会による調査結果)に基づき筆者が作成
※1 SQDCとは、Safety(安全)、Quality(品質)、Delivery(納期)、Cost(コスト)の頭文字を取った、製造業などで用いられる業務管理や優先順位付けの基本フレームワークを指します。
こうして整理してみますと、「不正請求(潜水艦修繕事案)」と「検査不正(エンジン事案)」は、目的や手口こそ異なりますが、共通する組織的な課題が数多く浮かび上がってまいります。特に、不正の典型的な原因とされる「牽制機能の欠如」は、両事案に共通して見られる点であり、それに加えて、誤った手続きが現場の慣行となり、やがて組織全体における“当たり前”として定着していった構造、さらに「前例通りであれば問題視されない」とする事なかれ主義の蔓延といった、風土的な要因も共通して指摘されております。
従いまして、再発防止策に関しても不正事案個別の対策と、共通の対策に分けることができます。報告書ではこの点につき、予防、検知、並びに組織風土改革と言った観点から再発防止策をまとめています(表3参照)。
表3 両不正事案の再発防止策一覧
| カテゴリ | 不正請求事案の主な施策 | 検査不正事案の主な施策 |
|---|---|---|
| 不正ができない仕組みの構築 |
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| 不正発見の強化 |
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| 組織風土・意識改革 |
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出典 川崎重工業株式会社が2025年12月26日に公表した「潜水艦修繕事案および舶用エンジン事案に関する追加調査報告書」
(特別調査委員会による調査結果)に基づき筆者が作成
※2 超過利益返納条項付き契約とは、契約に基づく業務において想定以上の利益が発生した際、その超過分を発注者に返納することを求める条項です。適正な利益率の範囲内であれば企業努力の成果として容認されますが、不自然に高い利益が発生した場合には返納義務が生じるため、不正請求や工数の付け替えといったインセンティブを抑制する効果があります。
このように、事案ごとの特性に応じつつも、共通する課題に対しては全社的な視点から改革を進めている点に注目すべきです。特に、人の良心に頼らない「構造的な防止策」への転換と、風通しの良い組織文化の再構築が、両事案を通じた最大の教訓といえます。
不正の考察
このようにまとめて改めて感じたことを書きたいと思います。
1点目は、「現場主導の不正」に見えても、実態はより構造的で、組織としての責任を免れないという点です。
両不正事案において、不正行為の中心的な実行者は、いずれも部長以下の中間層に集中していたとされています。潜水艦修繕不正請求事案では、神戸造船工場の修繕部や工作部の基幹職(班長、職場長など)および一部の担当者が、不適切な工数の付け替えや架空取引を行っていたとされます。また、エンジン検査不正事案では、舶用推進ディビジョンの設計部門(艦艇ディーゼル課)、検査部門、さらには一時期の組立部門にも関与があったと報告されています。
ここからは報告書が述べている事実ではなく筆者個人の推論ですが、表面的には特定部門に限定された行為に見えるかもしれませんが、いずれの不正も10年~30年以上という長期にわたって継続していた事実があります。関与した人材の一部はその間に昇格し、より上位の管理職に就いていった可能性が高く、実質的に「黙認」、「継承」される形で組織内に定着していたと見るべきでしょう。事実、報告書でも『常態化した組織的な不正であり、自らの力で発見・是正できなかった』と言及しています。
2点目は、契約形態が不正の動機を生みやすい構造だったという点です。
不正請求事案では、潜水艦修繕工事に関して、企業が努力して効率化を実現したとしても、それを正直に申告すれば請求額を減額しなければならない契約スキームでした。裏を返せば、「生産性を高めても見返りがない」、「申告すれば損をする」という逆インセンティブが存在しており、それが工数付け替えを動機づけた可能性があります。
こうした背景を踏まえて、川崎重工業では「超過利益返納条項付き契約」を導入し、正直な申告をしても適正利益の範囲内であれば認められる仕組みに改めています。この措置は構造的な動機の是正という点で有効ですが、利益が一定額を超えると返納義務が生じる点において、今後の運用におけるバランス設計が課題になる可能性もあるでしょう。
3点目は、業種や不正の具体的な中身が異なっても、構造的な原因や再発防止策が驚くほど似通っているという点です。
実際、川崎重工業の検査不正事案と、発覚のきっかけの一つでもあったIHI原動機(IHI Power Systems:IPS)の不正事案とを比較すると、「仕様値達成への過度なこだわり」「牽制機能の欠如」「長期的な慣例化」「閉鎖的な職場風土」といった点で、根本原因が非常に近いことがわかります(表4参照)。ちなみにIPSの不正事案については、「10分で読み解くIHI子会社の不適切行為に関する調査報告書」を参照ください。
表4 IPSと川崎重工業の検査不正原因の比較
| 枠組み | IPS(IHI原動機) | 川崎重工業 |
|---|---|---|
| 動機・意識 | 顧客への仕様値未達の説明や再交渉を回避し、将来の失注を恐れた。 また「安全なら記録が事実と異なっても構わない」という仕様値の軽視や誤った正当化があった。 |
商船建造の実行予算は常に足りない状態が常態化する中で、利益を出しやすい潜水艦の方で、その分利益を出したいという心理が働いた。 納期遵守(SQDCの優先順位の誤認)や、予算超過による叱責回避の心理が働いた。 |
| 機会 | 運転検査員が製造部門に属しており牽制が働かなかった。 燃料消費率の計測がアナログ方式で書き換え可能であり、自動計測にも数値を操作できる補正機能が搭載されていた。 |
部門間の牽制機能の欠如(二線・三線も同化)していた。 ストップウォッチによる手計測や、人為的に操作できるシステムが不正を可能にした。 |
| 慣例化 | 少なくとも1974年から数十年にわたり継続され、不適切な行為が「伝承」される状態にあった。 経営幹部を含む多数の役職員が認識しながら是正できなかった。 |
潜水艦用エンジンでは1988年から30年以上にわたり継続。 熟練者から若手へ業務の一部として引き継がれ、内部通報制度も「当たり前」の行為に対して機能しなかった。 |
| 組織風土 | 特定工場での管理職の異動が少なく閉鎖的であった。 開発と生産の間の「縦割り」意識が強く、全社的に問題を解決する姿勢が欠けていた。 |
防衛事業の特殊性から人材の流動性が極めて低く、閉鎖的で強い同調圧力のある「共同体」が形成されていた。前例踏襲や事なかれ主義、心理的安全性の欠如が指摘されている。 |
出典 株式会社IHI「IHI原動機における不適切行為に関する報告書」(2024年10月30日公表) および 川崎重工業株式会社
「潜水艦修繕事案および舶用エンジン事案の追加調査結果ならびに再発防止策について」(2025年12月26日公表)に基づき筆者作成
こうした共通点は、「他社の失敗から学ぶことができる」という前向きな示唆でもあります。振り返れば、2017~2018年頃には、神戸製鋼所や三菱マテリアルグループなどによる品質データ改ざん問題が社会問題化しました。あの時点で「他山の石」として、組織的な自浄を深めていれば、今回のような事態は防げたかもしれません。
4点目は、一度定着してしまった不正を、組織が自力で排除することの難しさです。
川崎重工業では、過去にも複数回にわたり社内調査や意識調査が実施されていました。例えば、2021年には子会社KTEでの品質不正発覚を受けてグループ全体で検査工程の点検を行ったものの、重大な情報提供はありませんでした。2022年の意識調査でも同様です。2024年の舶用エンジン不正発覚後の調査でも「深刻な問題なし」とされたと報告書は伝えています。
最終的に事案の発覚に至ったのは、社外の特別調査委員会が実施した“件外調査”によるアンケートやホットラインへの通報によるもので、社内の自浄作用だけでは限界があったことが示されました。
なお、穿った見方をすれば、過去に不正に関与していた人物が調査の指揮側にいた可能性すら排除できない以上、第三者の視点を含んだ仕組みの常設こそが、今後の抑止力として機能すべきではないかと感じさせられます。
企業としての学び
結局のところ、企業にとって最も重要なのは、他社で発生した不祥事を「対岸の火事」として傍観するのではなく、常に自社の制度や組織風土に照らし合わせて内省する姿勢を持ち続けることにあります。
中でも、多くの不祥事に共通して見られるのが、「二線・三線の機能不全」、言い換えればチェック機能として期待される組織が形骸化してしまう問題です。さらに深刻なのは、一線(現場)・二線(管理)・三線(監査・内部統制)という役割分担があっても、それぞれのリスク感度が同時に麻痺してしまう状態です。
今回の川崎重工業の事案では、一線である現場が「前任者もやっていたから問題ない」と考え、不正に対して疑問を持たない状態に陥っていました。二線の管理部門も本来はチェック機能を果たすべき立場でありながら、現場に追従する形で行為を黙認・容認していたとされます。さらに三線にあたる監査機能も、独立性や客観性が確保されていない体制(たとえばカンパニー内に閉じた監査部門)だったことで、問題を発見・是正する役割を果たせていませんでした。
このように、形式的には二重三重の防御線があったはずの組織であっても、それぞれの機能が「形だけ」となれば、不正は容易に温存され、拡大します。
翻って自社はどうか。チェック体制が「機能している“つもり”」に陥っていないか。現場・管理・監査のそれぞれが、リスクに対して“同じ感度”で向き合えているか。今一度、自社の体制と風土を、冷静に点検してみることが求められます。