
「自助・共助・公助」は、災害対策における基本的な考え方で、企業全体の防災力や事業継続力を向上させるため、これらの基本概念を理解することが重要です。本記事では、自助・共助・公助の概念や企業に求められる具体的な対応に加え、実例を交えてリスクマネジメントやBCPの実務に活かせる視点からわかりやすく解説します。
「自助・共助・公助」とは?成り立ちと基本概念
「自助・共助・公助」は、国や自治体の行政支援を活用しながら、個人や会社単独でできることは自助努力し、必要であれば近隣の住民たちやコミュニティ内で相互に助け合い補完していく考え方のことです。
- 自助とは、自分とその家族、または組織の安全を守ることです。日頃から家庭や会社で災害に備えるほか、災害発生時には自ら避難するなど安全を守るための行動をとります。
- 共助とは、近隣住民や身近なコミュニティ内で互いに協力し助け合うことです。地域内の要援護者の避難行動に協力したり、住民同士で安全を守るための活動を行います。
- 公助とは、国や自治体など公的機関が取り組む災害・危機対応活動のことです。行政機関や消防・警察などが責任を負う救助活動や支援物資の提供、また自治体が発信する防災情報の提供などの公的支援を指します。
「自助・共助・公助」の考え方は、1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに広まったとされています。この震災では、生き埋めや閉じ込められた被災者の救出における自助・共助の割合が全体の97.5%でした。公助による救助は1.7%(※1)にとどまり、自助・共助の取り組みがいかに重要かを認識させたものでした。
※1:東京消防庁「阪神・淡路大震災から学ぶ自助、共助の大切さ」図1より。自助66.8%、共助30.7%、公助1.7%、その他0.9%。
2011年の東日本大震災では、首都圏を中心に約515万人(内閣府推計)の帰宅困難者が発生しました。「むやみに移動を開始しない」という基本原則が守られなかったことから、国や自治体、企業などが連携・協力し、帰宅困難者への取り組みを推進することが重要であるとし、「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」が策定され、2024年7月に改定版が公表されました。
このようなことから、内閣府は「自助・共助・公助」は減災に不可欠な概念であり、この3つの円滑な連携が災害被害を軽減するとしています。
災害・危機対応における「自助・共助・公助」の役割と取り組み
日本では地震をはじめとする自然災害が多く発生することから、国や自治体、企業によるさまざまな「自助・共助・公助」の取り組みが行われています。平時、発災時、発災後における企業の自助・共助と、国や自治体における公助の取り組み例は主に下図の通りです。

※図1:平時・発災時・発災後における企業の自助・共助と国や自治体における公助の取り組み例
平時は、災害に備えるための基盤を作る段階です。企業は、自助として事業継続計画(BCP)の策定や初動対応訓練を実施し、共助としてサプライチェーンの強化や帰宅困難者への対策などを講じます。災害が発生した際に適切な行動がとれるよう、平時に体制を整えます。一方、公助では、防災計画の策定や避難所の指定・整備、防災インフラの充実化などを実施します。
発災時は、迅速な判断・対応が求められます。企業は、自助として従業員の安全確保、安否確認、災害対策本部の立ち上げなどを、共助として帰宅困難者対応や救助活動への協力などを行い、地域・関係各所との連携をとります。公助では、救助・救急活動と避難場所の開設・運営が行われるほか、行政機関などから発信される情報の共有・連携がなされます。企業は、国や自治体などから発信される情報は何か、いつどのタイミングで何が行われるのかを整理しておくことで、発災時の行動に生かすことができます。
発災後は、復旧・再構築のフェーズです。企業は、自助として従業員・顧客・取引先の対応や事業の復旧を行い、共助として被災地支援、地域経済の活性化支援を行います。公助では、被災者支援、復旧・復興計画の実施などにより、被災地域の再建を進めます。発災により浮き彫りとなった課題をもとに、国や自治体は法整備や各種ガイドラインをアップデートします。企業は、これらをキャッチアップし、BCPの改善やそれに沿った訓練など、常にBCPを改善し続けます。
これらのように、自助・共助だけでなく、公助の取り組みが何かを知ることで、自社の取り組みに生かせることもあります。企業は平時に決めた取り組みが発災時や発災後に最大限実行できるか検討を繰り返し、何をすべきかを考え、改善し続けることが重要です。
企業に求められる「自助」の具体的対応とは
企業に求められている具体的な「自助」の対応は、以下のようなものがあります。災害の発生を見据えて、日頃から自社でできる対策を講じておくことで、災害対応能力を高めることができます。

※図2:企業に求められる「自助」の5つの具体的対応例
災害対策本部の体制整備と機能強化
災害発生後は組織的な対応が求められます。自然災害(地震・風水害・噴火)だけでなく、火災や感染症などあらゆる災害シナリオに対応できるよう平時に準備しておくことが重要です。特に、災害対策本部の体制整備と機能強化は、発災時のコミュニケーションを円滑に行い、リアルタイムな情報を集約するために不可欠です。
新型コロナウイルスの感染拡大以降、リモートワークを取り入れ継続している企業も多くあります。対面で招集する場合やリモートで対応する場合など、自社の環境に合わせた危機管理計画を初動対応計画の中にしっかりと反映します。初動対応計画には、指揮命令系統や関係者の役割、責任範囲の明確化が必要です。そのため、意思決定に関与する担当者や部署を巻き込み、議論し、意見を反映することが実効性を上げることにつながります。
実効性を高めるBCP訓練の継続的な実施
初動対応計画や事業継続計画(BCP)などを策定したら、有事の際に機能しない状態=形骸化を防ぐため、定期的なBCP訓練を実施します。初動訓練の手法としてよく行われる机上訓練や災害図上訓練などは、あらかじめ定めた計画にそって訓練を行いますが、想定外の事態に対応するためには実動訓練や演習などが必要です。自社の成熟度に応じたBCP訓練を定期的に実施し、振り返りを行い、計画書に反映します。BCP訓練は、事務局だけでなく組織のトップや経営層、現場部門も巻き込み、繰り返し訓練を行うことで、より実効性を高めることができます。
防災備蓄の選定と管理
大規模地震が発生した場合、発災後72時間は待機し一斉帰宅抑制に努める必要があります。従業員の待機施設や備蓄品のほか、帰宅困難者受け入れ企業の場合は、受け入れ場所や想定人数分の備蓄品を準備します。防災備蓄品は1人あたり3日分を目安に、水、主食、毛布などを用意するほか、災害用トイレ、応急手当用の医薬品などを準備します。ほかにも、企業の防災備蓄チェックリストとしてカテゴリにわけた備蓄品をこちらの記事で紹介していますので、ぜひご活用ください。
さらに、防災備蓄品の定期的な見直しを行います。消費期限間近の備蓄品は、社内で試食会を開き、従業員の意識向上につなげるとともに、従業員のフィードバックを備蓄品に反映するなどの取り組みを実施する企業もあります。また、訓練時に備蓄品を使用する機会を設けることで、従業員に備蓄品の使い勝手や保管場所を再認識させることにつながります。事務局だけでなく、従業員が主体的に考え、行動することで災害時の混乱を軽減できます。
安否確認や連絡手段の多重化
災害時における従業員とその家族の安否確認の手段を複数確保しておくことは、会社の事業活動に直結する最重要項目です。安否確認の手段について、経団連は通信設備の被災に備えて、複数用意しておくことを推奨しています。安否確認や連絡手段として、メールや市販の安否確認システム、災害時有線電話、業務無線や災害用伝言板サービスなどがあります。これらを複数使用することに加え、どの手段を優先して安否確認を実施するのか、会社が事前に準備していたすべての手段が断絶された場合はどのようにするのかなど、平時に検討し社内周知することが重要です。
2024年1月1日に発生した能登半島地震は元旦であったこともあり、会社携帯やパソコンなどが手元になく、安否確認連絡や会社からの伝達が滞った事例などもあります。そのため、安否確認や連絡手段を準備するだけでなく、そのようなシナリオを検討しマニュアルに反映し、安否確認訓練などで従業員に定期的に意識させることが重要です。
全社員の防災意識の向上と社内教育
BCP訓練や安否確認訓練などを年に複数回行う場合でも、従業員1人1人の防災意識には偏りが発生します。そのため訓練だけではなく、日常的に防災意識向上につながるコンテンツや機会を従業員に与えることが重要です。実地での勉強会だけでなく、リモートワークに対応できるようなeラーニング講座を受講する機会を設けたり、防災関連の冊子の配布や、最新情報を反映した専門性のあるメルマガの購読を促すなど、事務局が中心となり社内へ発信し続けます。中長期的な視点では、社内に防災の専門知識を持った社員を育成することも有効です。
「共助」による企業間・地域連携とは
企業における「共助」とは、近隣企業やサプライチェーンとの連携、地域住民やコミュニティ、従業員、そして自治体などとの協力が挙げられます。
例えば、製造や卸を担う企業は、サプライチェーン間での横断的な連携が、災害時の早期課題解決につながります。山崎製パンでは、阪神・淡路大震災や新潟県中越地震、北海道胆振東部地震などにおいて、販売店への納品と並行し、緊急食糧の供給に取り組んでいます。東日本大震災では、自社の仙台工場が生産停止に陥りましたが、全社一丸となり緊急食糧供給活動に取り組み、発災から8か月間でパンとおにぎりを合わせて約2,300万個供給しました。
このほか、ローソンは、東日本大震災において関東地方のベンダーの生産設備が損傷を受け生産を再開できないほか、関西地区から物資を運ぶには陸路が寸断された状態でしたが、発災から3日後の3月14日には日本航空と協力し、おにぎりやパンなど合計30,000個以上を被災地へ運びました。
このように物資での支援を行うだけでなく、企業が保有する施設の一部を一時滞在施設として提供することで、地域やコミュニティの被災者の心身を安全に保つことができます。この場合は、一時滞在者に配布するための備蓄品をあらかじめ準備することも重要です。
自主防災組織や支援者活動に参加することも「共助」として重要な役割を果たします。地域包括ケアシステムをはじめ、物理的・人的支援を行うことが地域の期待に応え信頼関係を築くことにつながります。
ほかにも、近隣の企業やコミュニティ、自治体と地区防災計画を策定し、共同訓練を行うことも有用です。その際は、あらかじめ協定を締結して、役割分担を明確にします。
「自助・共助・公助」の実例に学ぶ、企業の備えとは
企業における「自助・共助・公助」の活動は多岐にわたり、実際の企業では以下のような取り組みが行われています。
企業による「自助」の取り組み事例
大手製薬会社のサノフィでは、東日本大震災をきっかけに対策本部を組織化し、2015年からは備蓄品の見直しなどを通して災害対応を強化してきました。災害時に対策本部となる会議室には、無線機や非常時でも機能する衛星電話などのコミュニケーションツールを常備しています。備蓄品は3日間の社内滞在を想定した量を備え、飲料水の期限は15年タイプを採用し、5年タイプと比較してコストと入れ替えの手間の削減を実現しました。
さらに、多様な訓練を導入している点も特徴的です。安否確認システムの訓練は年2回実施し、社員の返信率は100%となっています。階段避難車のイーバックチェアを装備しており、訓練の際には実際に階段を使ったシミュレーションを行っています。
企業間・地域連携による「共助」の取り組み事例
大手食品会社のカゴメは、東日本大震災の被災者と復興に関係する人たちと「共助の絆」を結び、自立支援の取り組みを行っています。東北の農業高校への社会体験授業の提供としてトマト栽培の支援や調理食品・飲料の提供、震災遺児の進学を支援する基金(※2)の設立などを通して、復興支援を行っています。他にも令和6年能登半島地震の際には、支援物資として野菜飲料や義援金の寄付などを実施しました。
※2:カゴメ株式会社、カルビー株式会社、ロート製薬株式会社によって2011年に設立された「公益財団法人みちのく未来基金」。
また、不動産会社の日鉄興和不動産では、テナントや地域住民を対象としたイベント形式の防災訓練を実施しています。本社だけでなく周辺地域も含めた防災意識・能力の向上を目的として、ビル災害で想定される閉じ込めなどへの対処方法を学んだり、VRで災害時の状況をリアルに感じることができる体験型訓練などを行いました。
自治体との連携や行政支援を活用した「公助」の事例
大手不動産会社の三菱地所は、2004年に大手町・丸の内・有楽町エリアで「東京駅周辺防災隣組」を設立し、自治体と連携した帰宅困難者への対応訓練などに取り組んできました。実際に東日本大震災の発生時は、保有するビルや商業施設に3,500人あまりの帰宅困難者を受け入れました。2024年には、千代田区と協定を結び、「災害ダッシュボード」と呼ばれる千代田区から発信される避難情報を帰宅困難者へ配信するDXを実装しました。これは、帰宅困難者対策としては、官民が連携した国内初めての情報連携プラットフォームの活用となりました。
日本は、地震や台風、津波、土砂災害や火山噴火など自然災害に見舞われるリスクを内包しているため、災害対策の需要が高いと言えます。個人・企業で取り組める災害対策を見直し、社会全体で「自助・共助・公助」の考えに基づいて行動することが肝要です。