
近年、「減災」という言葉が「防災」とともに使用されています。企業において、自社の事業継続リスク(地震や水害、サイバー攻撃など)に備えるためには、減災の考え方を反映させることが重要です。本稿では、防災と減災の違い、減災の重要ポイント、減災の取り組み事例などを解説します。
減災とは
「減災」とは、防災とともに使われるようになった言葉で、「災害による被害をできるだけ小さくする取り組み」を指します。
減災という考え方が注目されるようになったのは、1995年1月の阪神・淡路大震災以降とされています。震災での被害を目の当たりにし、大規模な自然災害に対して、被害を出さないための対策を取ることは難しく、現実的ではないと考えられました。被害が出ることを想定した上で、その被害をいかに最小限に留めるかという対策を事前に講じる取り組みが必要とされ、「減災」が防災とともに使用されるようになりました。
この考え方は、内閣府発表の「国土強靱化のための5か年加速化計画」にも反映されており、防災・減災の対策事例として取組事例集や効果発揮事例が公表されています。
一方、東日本大震災以降、減災の新しい概念として「縮災」という言葉が広まりました。縮災とは、想定外の災害を許さず、災害が起こることを前提とし、早期復旧を目指す取り組みのことです。災害発生から社会機能が回復するまでの時間と被害による損失部分をいかに小さくするかについて、社会全体の人間力や回復力によって、損失を最小限に抑え、早期の回復を目指す包括的な概念です。縮災には減災の概念も含まれます。
防災と減災の違い
減災という言葉とともに使用されることの多い「防災」は、減災とは考え方に違いがあります。
- 減災:被害を最小限に留めるための対策
- 防災:災害を未然に防ぐ、または災害に備えるための対策
一般的に、減災対策では、想定する被害のうち何をどの程度軽減させるべきかという優先付けを行い、重点的な対策が立てられます。一方で、災害を未然に防ぐための取り組みである防災には、防災訓練や防災計画など、従来から減災の要素が含まれるものもあります。「被害を防ぐ」という広い意味では、防災に減災が含まれるため、これらを組み合わせた対策を取ることで被害を最小限に抑えられるとされています。
【重要】減災対策の4つのポイント
減災や防災の課題の一つに「平時の備え不足」があります。日本では、いつどこでどのような自然災害が発生してもおかしくはありません。地震や噴火だけでなく、近年耳にすることの多い「記録的短時間大雨情報」が発表されるほどの強い雨は、土砂災害や都市型水害などを誘発します。企業は従業員やその家族、顧客や地域コミュニティが受ける災害被害を最小限に抑えるため、この課題を踏まえた上で、減災のポイントを抑え、自社の取り組みに活かすことが重要です。
ここでは、内閣府が公表した「減災のてびき-今すぐできる7つの備え」から、企業に焦点をおいた減災対策のポイントを解説します。
自助と共助を意識し取り組みに落とす
減災では、自助と共助の強化が不可欠です。自助とは、自分とその家族、または組織の安全を自ら守ること、共助は近隣住民やコミュニティ内で互いに協力し助け合うことを指します。
企業においての自助とは、従業員とその家族を守り、事業を継続できる状態にするための取り組みです。平時にBCPや初動対応計画を策定し、安否確認手段を複数用意するなどがあります。
「もし富士山が噴火したら」「もし首都直下地震が発生したら」など、シナリオ別に対策を講じておくことや、リモートワークやワーケーションなど、時代の変化に合わせた取り組みを自社の計画に取り入れることも必要です。自らの命と安全を自らで守るという意識を根付かせるため、実地研修やe-learning研修を定期的に設けるなど、従業員の意識向上に向けた取り組みも併せて行います。
その上で、共助の取り組みとして、帰宅困難者の受け入れ対応の検討や救助活動への協力体制の整備、サプライチェーンとの連携強化などの施策を検討します。特に、発災時に帰宅困難者を受け入れる場合は、災害発生時に対応する従業員への周知と、迅速に行動できるような訓練もあわせて行います。地震の発災後、72時間は一斉帰宅を抑制する取り組みが推奨されているため、発災時間や季節別のシナリオを検討し、従業員を巻き込んだ訓練を実施することも有効です。
災害対策本部会議やBCP訓練を定期的に実施する
BCPや初動対応計画を策定しただけでは発災時に有効とはなりません。すべての従業員が災害対応を意識した行動を取れる状態に常時しておくことが重要です。そのため、定期的な災害対策本部訓練や、従業員を巻き込んだBCP訓練を実施します。避難経路の確認を実際に行うことに加え、避難場所や避難所の確認やそれぞれの用途など、自然災害の発災時に迅速な判断と行動ができるよう知識を補いながら実施します。
その際、ハザードマップに関して、どのような情報を得ることができるのか、何に活用するのかなど、知る機会を設けることも必要です。国土交通省が提供するハザードマップポータルサイトでは、水害リスク(洪水、土砂災害、高潮、津波)と、地震や火山などを調べる「わがまちハザードマップ」を公開しています。定期的に情報が更新されるため、訓練に取り入れることをおすすめします。
建物の耐震性や安全空間を確保する
企業の本社や事業所では、避難経路に破損するリスクのあるものや、地震の揺れで落ちるものが上部にないかなど、定期的に確認します。新耐震基準に沿った建物でも、「基準をクリアしている=100%大丈夫」というわけではありません。新耐震基準は震度6以上の地震が発生しても、即座に崩壊しないことを目的の一つにしていますが、半永久的に崩壊しないわけではありません。定期的な建物状況調査や建物点検などを行います。
また、津波、外水氾濫、内水氾濫、液状化現象などの水害リスクが高い地域に事業所などがないか評価を行い、対策を講じます。近年、都市型水害とよばれる内水氾濫による浸水害が増加しており、特に都心部で発生しやすい傾向にあるため、垂直避難ができない場合にどうするかなど安全空間の確保の検討と、水害リスク評価の調査項目の一つに取り入れることも重要です。
備蓄品や常備品を準備する
大規模地震の発生に伴う帰宅困難者対策等対策のガイドラインのなかで、備蓄品の目安を1人あたり3日分を目安に、水を9リットル、主食を9食分、毛布を1枚を備えると示していますが、企業の防災備蓄品の場合、自社の状況に合わせた準備が必要です。
備蓄品を準備する場合は、保管場所の確保もあわせて検討します。特に、危険個所(ガラス窓付近や高所など)は避け、各執務室などの利用頻度や動線などを確認するほか、応接室や会議室などの来客対応用の備蓄品と保管場所を考慮します。備蓄品は分散して保管することが推奨されており、BCP訓練の中で備蓄品の保管場所の確認に加え、実際に使用してみるなど、従業員全員が災害時に使用できる状態にすることが重要です。
備蓄品は企業規模や従業員数などで内容が大きく変わります。そのため、他社事例を含めた企業の防災備蓄について、重要なポイントや備蓄品のチェックリストなどを以下のコラムで紹介しています。ぜひお役立てください。
このように、減災対策をいかに推進するかは、平時にどれだけ検討し行動に移すかです。企業はこれを先導し、従業員や顧客、地域コミュニティを巻き込んで取り組むことが重要です。
減災の取り組み事例
災害の被害を最小限に留めるため、地方自治体では減災対策として地域防災計画をベースに取り組みが進められており、企業では、ハード面の対策だけでなく、共助の取り組みを推進しています。
地方自治体の減災取り組み
東京都では、東日本大震災で得た教訓や令和4年4月に公表された「東京都の新たな被害想定について 首都直下地震等による東京の被害想定」を踏まえて、令和5年に「東京都地域防災計画(震災編)」が修正されました。その中で、「2030年度(令和12年度)までに、首都直下地震等による人的・物的被害を概ね半減する」ことを減災目標として定めています。
特に、都民の生命と我が国の首都機能を守る応急体制の強化においては、様々な事態にも対応できるBCPの作成・改定を促進するとし、区市町村のBCP策定を都内全区市町村で策定するとしています。さらに、一斉帰宅抑制等、帰宅困難者対策条例の内容を把握している事業者の割合を70%に掲げ、都内滞留者の大半を占める企業従業員に対し、効果的な普及啓発を実施するとしています。
企業の減災取り組み
大手空調メーカーのダイキン工業は、草加事業所と周辺5町会との間で地域防災協定を締結し、災害時は避難場所、重機などの資機材およびヘリコプターの緊急離着陸場所の提供などを行います。防災備蓄倉庫の設置場所の提供も行っており、平時には地域住民との合同防災訓練を行うなど、共助の取り組みを実施しています。
不動産会社の森ビルは、東京都港区の虎ノ門ヒルズを利用し、周辺地域の防災拠点として、災害に強い安心安全な街づくりを進めています。建物の耐震化に加え、大規模蓄熱槽や災害用井戸を設置し、災害時の生活用水として利用できるようにしているほか、災害時の通信手段として、一般業務無線と、長距離通信が可能なFWA無線を併用した独自システムを構築しています。さらに、3,600人の帰宅困難者を受け入れることが可能な一時避難場所のスペースと備蓄品を備えています。
減災対策において企業が平時にできることはこれら事例のほかにも様々あります。企業担当者は減災対策を従業員だけでなく、顧客や地域のコミュニティとともに取り組むことが重要です。