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震災の教訓を活かす、企業の防災備蓄と重要ポイントを解説

掲載:2025年01月06日

執筆者:シニアコンサルタント 辻井 伸夫

コラム

地震発生後72時間は、人命救助に重要な期間とされています。この期間は、従業員らの一斉帰宅が救助や救出活動の妨げにならないよう、企業などが従業員らを施設内に待機させる必要があります。「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」では、震災の影響の長期化に備えるため、3日分を目安に食料品や飲料水、物資の備蓄を推奨し、企業だけでなく、従業員らも自らの備蓄に努めるよう示しています。

しかし、企業の防災備蓄においては、企業規模や拠点数、従業員数などで必要な量が大きく変わるため、悩む担当者も多いことでしょう。本稿では、阪神・淡路大震災から30年を節目に、震災における企業の防災備蓄について、他社事例なども踏まえながら解説します。

過去の震災の教訓とは

阪神・淡路大震災の教訓

2025年1月17日は、阪神・淡路大震災の発生から30年の節目にあたります。この震災は、マグニチュード7.3、最大震度7を記録し、当時の戦後最大規模の地震災害として甚大な被害をもたらしました。発災後、行政や政府全体の初動対応に遅れが見られ、自衛隊や警察、消防による救助活動が行われましたが、各機関の連携不足が課題として浮き彫りになりました。

この震災では、市民や消防団による救助活動が大きな役割を果たし、生き埋めや閉じ込められた被災者の救出においては、自助・共助の割合が全体の97.5%を占め、公助はわずか2.5%にとどまりました。阪神・淡路大震災を契機に、自助・共助の重要性が広く認識され、官民が有事に対し、迅速に対応できる体制整備が進められました。その結果、災害対策基本法が大幅に改正され、防災基本計画も見直されるなど、日本の防災体制は大きく進化しました。

東日本大震災の教訓

2011年3月11日には、東日本大震災が発生しました。この地震は、マグニチュード9.0という国内観測史上最大規模の地震となりました。宮城県北部では最大震度7を観測し、北海道から九州地方にかけて震度6弱から震度1の揺れが広範囲で確認されました。首都圏でも震度6弱を観測し、公共交通機関がストップしたことがあいまって、約515万人の帰宅困難者が発生しました。

この震災により、帰宅困難者対策の必要性が認識され、政府は「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」を策定しました。

図1:震災後の法令整備の変遷
ニュートン・コンサルティングが作成

このように、日本では、数年から数十年に一度、巨大地震が発生しています。阪神・淡路大震災をきっかけに、数十年ぶりに法改正が行われたほか、その後もさまざまなガイドラインが新たに策定、改定されました。さらに、東日本大震災以降は、政府だけでなく、企業においても過去の震災を教訓にした取り組みが進められるようになりました。

発災後72時間は待機を、一斉帰宅抑制に努める

大規模地震が発生した際、行政機関は発災後3日目までは救命・救助活動、消火活動等を中心に対応し、4日目以降に帰宅困難者などの帰宅支援対応に移行するとされています。これは「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」に示されており、政府や都道府県などから、一斉帰宅抑制が呼びかけられます。

東日本大震災では、大量の帰宅困難者に対する指針や対応、受け入れ体制が十分に整備されておらず、大きな混乱を招きました。この教訓を受け、行政機関が救命・救助活動、消火活動、緊急輸送活動などを最優先に行い、帰宅困難者などの一斉帰宅に伴う混乱を避けるために本ガイドラインを策定しました。

企業においても、一斉帰宅抑制の基本原則を徹底することが重要とされています。従業員などの施設内待機や、備蓄の推進、一時滞在施設の確保、家族などとの安否確認手段の確保などを進めていく必要があるとしています。

備蓄品の目安や種類とは

備蓄品の種類や目安は、「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」で以下のように示されています。

表1 備蓄品の目安と種類
備蓄品の目安 備蓄品の種類
1人あたり3日分
  • 水:1人あたり1日3リットル
  • 主食:1人あたり1日3食
  • 毛布:1人あたり1枚
  • ※ 3日以上についても要検討
  • ※ 外部の帰宅困難者のため、10%程度の量を余分に備蓄
  • ペットボトル入り飲料水
  • アルファ化米、クラッカー、乾パン、カップ麺
  • 毛布、保温シート、敷物
  • 簡易トイレ、衛生用品
  • 携帯ラジオ、懐中電灯、乾電池
  • 救急医療薬品類

内閣府「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」を基にニュートン・コンサルティングが作成

ここに示した以外にも、以下の備蓄品を自社に合わせて準備するとよいでしょう。

表2 企業の防災備蓄チェックリスト
カテゴリ 名称 チェック
防災関連 マニュアル類(災害対応、帰宅困難者対応、備蓄品リストなど)
ヘルメット
誘導灯
拡声器
軍手(滑り止め付きやゴム製など)
ジャッキ、バールなどの工具
担架
電気関連 モバイルバッテリー、ポータブル電源
電源タップ、充電コード
寝具関連 コット
寝袋
インフレータブルマット
パーテーション
食料品関連 パウチ食品(カレー、牛丼、スープ、粥など)
缶詰(長期保存用のパン、フルーツ缶、ツナ缶など)
菓子類(長期保存用のようかん、チョコレート、飴など)
アレルギー対応の食品
カセットコンロ、IHクッキングヒーター
カセットボンベ
衛生関連 マスク
除菌シート
消臭袋
口腔ケアグッズ(タブレット型やシート型の歯磨きなど)
食品用ラップフィルム
ゴミ袋

ニュートン・コンサルティングが作成

このほかに、季節に応じた備蓄品の選定も重要です。例えば、夏場は汗をかくことが多いため、ミネラルを補給できる濃縮缶の麦茶(※)やボディシートが役立ちます。一方で、従業員らの防災意識を高める取り組みとして、防災ボトルを用意し、個人で管理する方法も効果的です。

※熱中症対策の観点では、塩分を一緒に摂ることがより効果的だとされています。

警視庁が紹介している防災ボトルの内容例では、ホイッスル、圧縮タオル、エチケット袋、ミニライト、常備薬、ばんそうこう、アルコール消毒綿、ようかんなどが含まれています。このようなアイテムを参考に備蓄品の準備を進めることが望ましいでしょう。

さらに、備蓄品の保管場所には、備蓄品の一覧や保管場所のリスト、災害対応マニュアル、緊急連絡先一覧や帰宅困難者対応マニュアル、周辺地図なども一緒に保管しましょう。

保管場所は自社の環境に合わせる

備蓄品は、一か所にまとめて保管するのではなく、分散して保管することが推奨されています。特に、オフィスが複数階にわたる場合は、それぞれの階に備蓄品を配置しましょう。

さらに、保管場所の選定の際は、以下の点を考慮することが重要です。

  • 各執務室などの利用頻度や導線を確認する
  • 危険個所(ガラス窓付近や高所など)の安全性を考慮する
  • 応接室や会議室など、来客対応を想定した備蓄品を準備する

これらのポイントを踏まえ、自社に適した備蓄品の配置を心がけましょう。

パターン別に考える防災備蓄の対応策

帰宅困難者受け入れ企業

大地震が発生したとき、企業や学校など安全が確保されている施設にいる人は施設内に留まることが基本ですが、移動中や旅行中で屋外で被災した場合は近くの一時滞在施設で待機することになります。

一時滞在施設には、公的な施設のほか、地方自治体と協定を結び一時滞在施設として登録をしている民間企業も数多くあります。そのような民間企業では、帰宅困難者を受け入れるための備蓄品として、食料、水、毛布またはブランケットを準備することが求められています。

備蓄品の必要数量は、受け入れ場所として提供するエントランスや会議室の広さから受入可能人数を算出し、その人数に応じた数量を計算して決定します。必要数量の算出には、東京都港区が公開している「民間事業者向け一時滞在施設運営マニュアル」のマニュアル編の別紙を参考にするとよいでしょう。

また、帰宅困難者受け入れ企業は、自社の従業員向けの備蓄品に加え帰宅困難者用の備蓄品を準備することになりますから、保管スペースの確保も重要なポイントになります。備蓄品配付時の混乱を避けるために、できれば自社の従業員向け備蓄品と帰宅困難者向けの備蓄品を分けて保管することが望ましいでしょう。

リモートワーク推進企業

リモートワークを推進している企業では、オフィスや事業所にいる従業員の数が減るため、備蓄品の量を過剰にしないよう注意が必要です。各拠点に所属している従業員全員分ではなく、出社している従業員の平均値または平均値に10~20%の上乗せをした数量に加え、緊急対応要員分の備蓄品を準備する企業が多いと見られます。

また、大地震発生時に備蓄品を管理している部署の従業員全員がリモートワーク中で社内にいないことも想定されるため、出社状況に応じた柔軟な対応が可能になるよう、備蓄品の重要性や正しい使い方を定期的に従業員に周知・教育しておくこともポイントとなります。

さらに、従業員の自宅に備蓄品を整備するよう促したり、必要に応じて防災用品の配布や購入資金の補助等の備蓄支援を行うことで、企業全体としての災害対応力を高めることを目指している企業もあります。

帰宅従業員への対応

大地震発生時には安全な場所に留まることが基本ですが、子育てや介護など個別のやむをえない事情により帰宅を望む従業員もいます。その場合は、従業員に対し自己の責任において行動することを求めるとともに、安全に帰宅できるよう企業の備蓄品を配付することが必要です。

配付する備蓄品は、帰宅経路上に大きな被害があって迂回を強いられたりすることなどにより、予想以上に時間がかかることを想定して、予想される所要時間で必要となる数量より、多めに配付すべきでしょう。

また、徒歩帰宅を希望する従業員に対しては、日頃から社内に歩きやすい靴や帰宅経路の地図、救急用品や予備のメガネ・コンタクトレンズ等を備えておくように周知しておくことも重要です。さらに、従業員が安全に帰宅できたかどうかについて報告するツール(メール、SNS、グループウェア等)を用意し、訓練によって検証しておくことも必要です。

他社から学ぶ、備蓄に関する取り組み事例と重要ポイント

東京都一斉帰宅抑制推進企業の取り組み事例

東京都では、東日本大震災の教訓を踏まえ、従業員の一斉帰宅抑制を推進するため、「東京都一斉帰宅抑制推進企業認定制度」を創設しました。この制度は、一斉帰宅抑制に積極的に取り組む企業などを「推進企業」として認定しています。その中でも、特に優れた取り組みを進めている企業などを「モデル企業」として認定しており、これらの取り組み事例集を2018年より公表しています。

以下では、東京都一斉帰宅抑制推進モデル企業の一部をご紹介します。

表3 東京都一斉帰宅抑制推進モデル企業の備蓄に関する取り組み事例
会社名 取り組み事例 詳細
アサヒグループジャパン株式会社 災害時生活マニュアルを策定 発災時にとるべき具体的な行動手引きを策定し、各階にある被災時用の水、簡易トイレ、救急箱などと同じ場所に50部ずつ配置
滞在時の寝室を区分け 寝室は男性・女性・負傷者などにエリア分けし、仕切り用の段ボールも準備
積水化学工業株式会社 備蓄食料は3日分の全てを毎食違うメニューに変更 賞味期限間近の備蓄食料を活用した試食会を開催。災害時はストレスがかかることを想定し、備蓄食料に甘いものなどを追加し、バリエーションを加えて毎食違うメニューに変更
従業員全員の机の下に帰宅支援グッズを配備 帰宅難民にならないよう、マスク、アルミポンチョ、保存水、非常用ライトなどをまとめた帰宅支援グッズを全員の机の下に配備
リコーリース株式会社 営業車への対策 全国の営業車にヘルメット、簡易トイレ、毛布などを配備。営業車からの避難も考慮し、水や食料などの入ったリュックも配備
来客者に備蓄品の用意を案内 来客用の防災バッグを用意し、オフィスに留まるよう案内。バッグには、水、食料、緊急用具などが入っており、帰宅などの希望があった場合はバッグを配布

「東京都一斉帰宅抑制推進モデル企業」取組事例を基にニュートン・コンサルティングが作成

この事例集では、備蓄に加え、訓練、周知、滞在・外出対応などの取り組みをテーマ別に紹介しています。事例集は毎年5月から6月頃に公表されるため、最新情報を確認することをお勧めします。

企業の防災備蓄において重要なポイント

企業がオフィスや工場に防災備蓄品を準備する場合、以下のポイントに注意することが重要です。

地域特性を考慮する
自社・自拠点が所在している地域で起こりうる災害(地震、洪水、台風、火山噴火など)を想定し、従業員数に応じて備蓄品の種類や量を決定することが基本となります。社外に多くの帰宅困難者が発生する可能性が高い都心部の拠点と、通勤手段が近隣からの徒歩や自転車等が多い郊外では、自ずと備蓄品の種類や数量が異なります。
備蓄品を準備する際には、まず自社・自拠点の地域性を把握しましょう。
災害に耐えられる場所に保管する
備蓄品は、地震や水害に耐えられる場所(高所や安全な倉庫)に保管しましょう。ただし、災害発生時にスムーズに取り出せるようなアクセスのしやすさや、従業員に分かりやすい場所であることも必要になります。自社・自拠点で、どこに保管することが最適なのか検討しましょう。
また、拠点の規模によっては、備蓄品の保管に広大なスペースが必要になることも想定されます。実際に備蓄品を配付する場面を想定し、1か所に保管するのではなく、必要人数に合わせて分散保管することで、スペースを確保することも検討してみましょう。
さらに、食品や医薬品の劣化を防ぐため、温度・湿度管理など保管場所の環境を適切に管理することも重要です。
定期的な点検と更新を行う
備蓄品には賞味期限や使用期限があるものがあります。食品や医薬品は、期限切れにならないよう、定期的に交換しましょう。交換時にローテーション方式を採用すると無駄がありません。
また、賞味期限が近い食品は従業員に配付したり、社内で非常食の体験会を実施したり、フードバンクへ寄贈している企業も多くあります。
さらに、発電機や蓄電池、ラジオなど災害時に使う機器は、従業員の使用訓練も兼ねて定期的に動作確認を行いましょう。
従業員への周知・訓練を行う
備蓄品の使用方法や避難手順を記載したマニュアルを用意し、全従業員に周知するとともに、定期的に防災訓練を行い、従業員に備蓄品を実際に使う経験を積ませることで、災害時の混乱を軽減出来るようにしましょう。

まとめ

企業が防災備蓄品を準備する第一の目的は、従業員の安全・健康を守ることです。それは単に企業による従業員の保護という観点だけではなく、法的な義務にもあたります。

まず、労働安全衛生法では、企業は従業員の安全を確保する義務があると定められています。災害時に従業員の安全・健康を守るための備蓄品の用意は、この義務の一環として解釈されますし、企業の基本的な責務の一つとなっています。

また、災害対策基本法では、一部の業種や大企業において、災害発生時も事業継続を確保する計画策定が推奨されており、その一環として従業員の安全確保が挙げられています。防災備蓄品は、従業員が安全に避難・帰宅できる体制を確保し、災害発生時でも事業を継続させるためにも重要です。

さらに、東京都などの一部地域では、防災備蓄品の準備を企業に求める条例やガイドラインが設けられていますから、帰宅困難者対策や避難施設としての企業活用を見据えた取り組みが求められています。

さらに、CSR(企業の社会的責任)の観点からも、防災備蓄品の準備は企業の社会的責任を果たす重要な手段と言えます。企業が防災対策を講じることは、企業の信頼性や事業継続力の向上につながり、その結果として、ステークホルダーからの信頼向上にも寄与することでしょう。

防災備蓄品の準備は、社員の安全確保や健康のためだけではなく、法令遵守や企業の社会的責任、ひいては事業継続性を高める重要な手段です。

企業が適切な防災備蓄品を準備することは、長期的な視点での事業の成長につながるものだと言えます。