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被害想定は95兆、首都直下地震が企業に与える影響と事業継続計画のポイント

掲載:2024年09月20日

執筆者:コンサルタント 角田 菜月

コラム

首都直下地震は、東京都やその周辺地域だけでなく、日本全体の経済活動や社会インフラに甚大な影響を与えるリスクとして、企業にとっては重大な脅威です。経済損失は約95兆円と試算されており、企業が直面するリスクは、事業継続の困難、経済損失、業務中断など多岐にわたります。首都直下地震は南海トラフ巨大地震と同じく、今後30年以内に70%の確率で発生するといわれています。本記事では内閣府の被害想定をもとに、首都直下地震が企業に与える影響と、企業が実践すべき事業継続計画(BCP)のポイントを解説します。

首都直下地震とは

首都直下地震とは、首都およびその周辺域の直下で発生する、切迫性の高いマグニチュード7.0クラス(M7クラス)の地震と、相模トラフ沿いで発生するマグニチュード8.0クラス(M8クラス)の海溝型地震を指します。

2011年3月に発生した東日本大震災をきっかけに、首都直下地震の被害想定と対策の見直しが検討されました。相模トラフ沿いで発生するM8クラスの海溝型地震は当面発生する可能性は低いと評価された一方、首都直下地震を想定したM7クラスの地震は切迫性が高いと判断され、防災・減災対策の対象とする地震はM7クラスの都心南部直下地震と結論づけられました。ただ、相模トラフ沿いのM8クラスの地震についても長期的な防災・減災対策の対象として考慮するほか、都心南部直下地震に限らずすべての地域で耐震化などの対策を講じる必要があるとしました。さらに現在は、首都直下地震緊急対策推進基本計画の策定から近く10年が経過しようとしていることから、2025年を目標に政府の検討会で基本計画の見直しが進められています。企業においては、これらの動向を踏まえた対策が求められることでしょう。

首都直下地震の被害想定と影響範囲

2013年12月に内閣府中央防災会議が公表した「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告書)」によると、M7クラスの首都直下地震が発生した場合、死者数は最大で2万3,000人に達するとされています。その内訳は地震による死者数が約3割、火災が約7割です。さらに、全壊や焼失家屋は最大61万棟に及ぶとされています。この被害想定の影響範囲は、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県のほか、茨城県、栃木県、群馬県にも及びます。

膨大な建物被害と人的被害

揺れによる全壊は17万5,000棟、倒壊による死者数は最大1万1,000人、要救助者は7万2,000人

震度6以上の揺れが発生する地域では、特に都心部を囲むように分布している木造住宅密集地域が大きな影響を受けます。木造住宅密集地域では、老朽化した、または耐震性の低い木造家屋などが多数倒壊します。また、家具の下敷きや、家屋の損壊により出口が塞がれ、自力脱出困難者が多く発生します。さらに、この地域には狭い道路が多く、緊急車両の進入が困難で救命救助活動が間に合わないと想定されています。このため被災者の体力消耗や、火災や余震などにともなう建物被害が増大した場合には死者が増加するリスクが高まります。

市街地火災の多発、延焼

地震火災による焼失は最大41万2,000棟、倒壊などを含めると最大で61万棟、火災による死者数は最大1万6,000人、建物倒壊などを含めると最大2万3,000人

市街地では木造住宅密集地域を中心に大規模な延焼火災が発生すると推定されています。地震の発生直後から連続的、同時多発的に火災が発生する上に、地震による大規模な断水が重なるためです。消火栓は断水で使えないほか、消防車両は交通渋滞によって活動が阻害されます。複数の地点で出火が発生した場合は、四方を火災で取り囲まれるほか、火災旋風の発生により逃げ惑いが生じ、多くの人的被害が発生する恐れがあります。

ライフラインへの影響
<電力>
東京湾の沿岸には火力発電所が多数あります。そこが被災することで供給能力は通常の5割程度に低下します。広域で停電が発生するほか、5割程度の供給が1週間以上継続することも想定されます。
<通信>
固定電話や携帯電話の音声通話は、利用集中に伴い通信規制が行われ、使用が制限されます。規制の緩和は2日目以降が見込まれており、当日はほとんど接続できないとしています。メールは概ね利用可能としていますが、受送信の集中により大幅な遅配が発生する可能性があります。
<インターネット>
主要なプロバイダは耐震や停電対策、サーバーの分散化対策を実施しており概ねネット接続などのサービスは継続されるとしていますが、停電が長期化した場合はサービスの提供が難しくなる可能性があります。
<上下水道>
上水道の約5割の利用者で断水が発生します。被災した管路の復旧は道路の渋滞や復旧にかかる人員、資機材不足により数週間を要する地域もあります。さらに、浄水場が被災していない場合でも、停電が長引いた場合は非常用発電設備の燃料が不足して運転が止まり、断水する可能性があります。断水の場合、水洗トイレなどの使用はできません。下水道に関連する施設や管路が被災した場合で停電が長期化すると、ポンプ場の機能が停止し、大量の降雨があった場合に溢水や内水氾濫の恐れがあります。
<ガス(都市ガス)>
揺れの大きい地域では、各家庭の配給停止装置などが作動しガスの供給が自動停止します。低圧導管が被災した場合、復旧までに1か月以上要する場合もあります。
交通施設への被害
<道路>
都市部の一般道は被災や液状化、倒壊建物による瓦礫などで閉塞し通行不能区間が多く発生します。渋滞が発生することが見込まれるため、復旧に1か月以上要することが見込まれています。
<鉄道/新幹線>
架線の損傷やレールの変状、橋梁の損傷、または沿線の家屋倒壊や市街地延焼火災などにより架線や運行設備などに大きな損傷が生じることが想定されています。新幹線は、高架橋の被災により都心区間や都心近郊への運行が困難となり、損傷を受けない区間での折り返し運転となります。ほかのインフラ同様、復旧に1か月以上要することが見込まれています。
<空港>
羽田空港は液状化により4本中2本の滑走路が使用できなくなる可能性があります。

このほかにも、大部分の製油所が点検と被災により精製を停止するため、石油燃料の出荷が一次的に停止します。応急対応や緊急輸送用のガソリン、軽油、避難所生活で使用する灯油や非常用発電設備の重油の需要は増大する一方、激しい交通渋滞やドライバー不足などにより、石油製品の供給が困難になることが想定されています。

被害総額は95兆円、首都直下地震が企業に与える影響とは

首都直下地震が発生した場合の経済的な被害額は、約95兆円と試算されています。これは東日本大震災の約5.6倍です。そのうち、約48兆円は生産やサービスの低下による被害が占めています。これほどの被害が発生すれば、多くの企業が事業継続の対応に追われることでしょう。首都直下地震が企業に与える影響は甚大です。

企業としても国としても機能が集中している首都圏の被災は、他地域とは異なる、企業が特に検討しなくてはならない被害が想定されます。主には、大都市圏ならでは帰宅困難者問題への対応、本社機能の消失と全国的なサプライチェーンへの影響です。具体的にどのような影響が発生するのかを以下に示します。

大量の帰宅困難者が発生、従業員の安全が脅かされる

多くの人が外出している昼に首都直下地震が発生した場合、約453万人の帰宅困難者が発生

平日の日中に首都直下地震が発生した場合には大量の帰宅困難者が発生します。帰宅困難者が受け入れ施設などへ避難できなければ、余震による二次災害、群衆雪崩、火災のリスクなど危険な状況に置かれることになります。従業員がこのような事態に巻き込まれると、企業は人材を失い、業務の継続にも大きな支障をきたすことになります。

本社機能への大きな被害

上場企業の内53%が本社を東京においており、これら企業が被災することで、全国の拠点にも影響が波及する

東京に本社機能を有する企業が被害を受けることにより、全国各地にわたる製造拠点(工場)や店舗、顧客・取引先、消費者等に影響が及びます。本社では、経営の意思決定、全国の拠点への情報発信、人事・総務・経理機能を担っているケースが多く、これらの機能が数週間停止することが予測されます。対応次第では、企業の安定性・信頼性を損なうことになります。

本社機能の停止への影響を与える代表的な原因として、電力供給の不安定化、ITシステムの不能化、人的リソースの不足が挙げられます。需要の多さと発電所の被災から東京23区の停電率は1週間後でも約5割と予測されており、企業活動に必須である電力の供給が安定するまでに時間を要します。また、データセンターの8割が東京・大阪に位置しており、東京が被災することにより、企業で使われているシステムが停止することも大きな課題です。最後に、人的リソースが不足する可能性があります。鉄道の復旧に時間がかかった場合、約1.2万人の通勤困難となります。更に、首都直下地震では92万戸の仮設住宅不足が予測されており、従業員の首都圏外への避難も通勤を困難にさせる要因になります。

全国的なサプライチェーンの断絶

首都圏に生産拠点が集積している産業の被害は大きく、特に東京湾の石油コンビナート地域における石油化学製品の生産量は全国有数規模で、工場被災により石油化学系の部品供給が停止するため、様々な産業への波及影響が全国に広がる

首都圏が被災すると国内のサプライチェーンが途絶すると予測されています。サプライチェーンに影響を与える主な要因は東京湾地域の被災による、港湾機能の麻痺、素材不足、燃料不足です。港湾の機能が停止すれば、そこでは原料や部品等の輸入が滞り、製品等の輸出も困難になります。東京湾の取り扱い貨物は、全国の内貿貨物の13%、外貿貨物の27%を占めるため、多くの企業が物流ルートの変更などを迫られるでしょう。

次に、東京湾岸地域には石油化学系の素材産業が集積し、生産量は全国有数規模であり、供給が停止すると、様々な産業への影響が全国に波及する可能性があります。さらに臨海部の工業地帯石油コンビナート地域が被災することで、原油の精製や供給が停止し、燃料が不足し需給がひっ迫します。燃料不足が深刻化することで、トラック輸送や工場の稼働が困難となり、製品の生産や配送が滞る事態に陥ります。これらの要因が重なることで、国内のサプライチェーンが断絶し、国内外の企業活動は大幅に停滞することが予測されます。

首都直下地震において企業が実践すべきBCPのポイント

このような首都直下地震に特徴的な想定に対し、企業が対策すべきポイントをご紹介いたします。

大勢の帰宅困難者への対応

大規模地震発生時の基本原則は、72時間(3日間)は「むやみに移動しない」です。従業員の二次被災を防ぐためにも、企業は、まずは職場内待機できる環境を整えること、万が一帰宅希望者が発生した場合には安全に帰れるように配慮することの2点が求められます。

まず、職場内待機を実現することにより、混乱や二次災害のリスクを軽減することができます。企業は、一斉帰宅を抑制するためのガイドラインに基づき、従業員が職場にとどまれるよう、事前の準備が不可欠です。滞在場所となる職場の安全を確保するため、自衛消防隊による初動対応を訓練しておくことや、適切な一時滞在スペースの確保、備蓄の充実が求められます。また、「家族の様子が心配だから帰宅する」といった事態を減らすために、家庭の防災の周知、家族との連絡手段の確保を従業員に平時から促すことも従業員を職場に留める手段として効果的です。

次に、何らかの理由によりどうしても帰宅したいという帰宅希望者が発生することも予測し、準備することも必要です。平時に徒歩帰宅訓練等を行うことで被災時の帰宅について情報共有を行い、従業員が安全に帰宅できるようにします。また、帰宅希望者に配布するモバイルバッテリーやヘルメット、地図などの備品の準備や、帰宅中の安否確認方法を準備したりするなどの必要があるでしょう。一方で、被災時に帰宅する従業員の安否について、企業が全ての負うことはリスクが伴います。従業員が二次災害にあったときの責任範囲を明確にしておくなどの備えも検討しておきましょう。

本社機能停止への対策

本社機能の停止は電力の不足、ITの不能化、人的リソースの不足によってもたらされます。

電力の不足については一企業にできることは限られています。停止期間を短縮させるためには、主要な本社機能の分散や代替拠点での実施が考えられます。各部門を平時から別拠点に分散させるのは容易ではないかもしれませんが、有事の際には別拠点で機能を担えるように整備・訓練を実施しておくことは有用でしょう。

次に、ITシステムを停止させないため、適切な範囲内でのクラウドサービスの活用、オンプレミス環境(ソフトウェアやハードウェア、サーバーなどの情報システムを、自社が設置・管理する運用形態)におけるシステムの冗長化が重要です。首都圏にデータセンターがある場合は地方への移転なども考慮の対象となるでしょう。

また、人的リソースの不足については、オフィスの被災や、交通麻痺を見据え、在宅勤務の体制を整えることや、在宅勤務ができない職種の企業では家から近い営業所を利用した他拠点での勤務も想定してみましょう。また、通勤困難な従業員がいることを見越して、通勤可能な人員を把握し、優先するべき業務を決定しておくことで、首都直下地震発生時にも事業の継続性を確保することができます。

サプライチェーン断絶への備え

サプライチェーンが断絶するリスクに備えるためには、自社の経営資源や取引先情報の可視化を行い、どの資源が事業継続にとってクリティカルであるかを明確にすることが重要です。この情報に基づき、製品の部品共通化や汎用化、製造ラインの多拠点化や並行生産を進めることで、クリティカルな資源の安定確保を図ります。また、一定期間分のストックを確保することで、供給停止リスクに対する備えを強化することも効果的です。次に、サプライチェーンの複線化を図り、代替供給ルートを確保することが求められます。さらに、定期的な訓練の実施を通じて、従業員や取引先が地震発生時に迅速に対応できる体制を整えることが重要です。これらの対策は、首都圏の企業のみならず、サプライチェーンや企業間取引で繋がる全国の企業にも必要です。全国規模で対策を講じることで、首都直下地震発生時におけるサプライチェーン断絶のリスクを最小限に抑え、事業継続を確実にすることが可能となります。

事業継続に大切なポイント

首都直下地震に限らず、事業継続において押さえるべきポイントは、重要業務を選定し、各業務の復旧目標を明確に設定すること、業務を遂行するために必要なリソース(人員、設備、情報など)を特定し、これらに対する具体的な対策を講じること、定期的な訓練を実施し、緊急時の対応力を向上させることです。BCPは単なる文書ではなく、実際の運用に結びつける必要があります。事業継続に大切なポイントを抑えることにより、首都直下地震にも柔軟に対応でき、組織全体の安全性と業務の安定性を高めることができます。事業継続に対する全員の意識と協力が、企業のレジリエンスを支える鍵です。

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