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能登半島地震から学んだBCPの改善点 ~経営者が直面した不安と苦悩~(前編)

掲載:2024年03月06日

執筆者:代表取締役社長 副島 一也

コラム

能登半島地震から2か月が経過しました。現地では今もなお、被災した人々の避難生活が続き、復旧活動が現在も行われています。改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様へ心よりお見舞い申し上げます。
お正月には、家族や親戚が集まるひとときを過ごす中、能登半島を襲った激震により多くの人が不安や恐怖を感じたことでしょう。私自身も、自然災害の厳しさを痛感した年明けとなりました。
弊社の多くのお客様からも、直接的な被害は少なかったものの、それだけにどう対処すべきか悩ましかったことや、今後検討したい課題など様々なご相談を頂戴しています。
また、それらは私自身が小さな会社とは言えコンサルティング会社の社長としてどうあるべきだったか悩ましく感じたこととも重なっており、皆さんと一緒に今後の企業のBCPの在り方について考えていければと思います。

         

突然の揺れ

1月1日、夕方、通常であれば私はお酒をいただいていい気分だったと思います。ですが、この時、私は体調を崩しておりまして、都内の自宅で一日中寝込んでいました。夕方、突然の緊急地震速報に驚き、呆然とテレビ画面をただただ見つめるだけでした。能登半島の一部の地域では震度7を記録し、都内も含めて広範囲で揺れを観測しました。東日本大震災以来の大津波警報も発令され、ニュースを伝えるアナウンサーは叫びにも近い口調で避難を促していました。私は体調の悪さと相まって、非常に不安な気持ちにかられました。

幸いにも関東では大きな被害は確認されませんでした。ただ、頭に浮かんだのは社員やお客様の安否でした。情報を収集しようと、すぐに経営メンバーで情報共有をはじめ、発生から約1時間後には社内連絡ツール上で対策本部の設置を宣言しました。

振り返れば迅速に対応ができたとは思いますが、この時、実はある葛藤を抱えていました。

震源から離れた東京都では直接的な被害はありません。弊社では震度5強以上を基準として対策本部の設置を決めていますが、本社のある東京都千代田区では対策本部設置の基準対象外でした。

「元日の夕方、ほとんどの幹部が親族との時間を過ごしている中、オンライン上とはいえ、対策本部を招集するべきなのか」。

対策本部を設置するか否かの判断に迷うのは、被害や差し迫った危険がほぼないだろうと予測しているからです。しかし、初動対応が肝となることには疑いの余地はありません。実態や全容を把握せずに判断すると、被害を拡大させる可能性もあるからです。

今もすぐに対策本部を設置するという考えには変わりはありません。では、あの日、どうして躊躇してしまったのか。判断の足かせとなっていたものは何だったのでしょうか。

働き方改革の弊害

それは「休みの日にわざわざ連絡を取るべきか」「空振りに終わるのではないか」といった懸念でした。つまり、『業務時間外のコミュニケーション』を常日頃から慎むべきという世間の圧力に日々押され、経営として(本当に情けないことに)委縮しているからです。

新型コロナウイルス禍や働き方改革を経て、現代の労働環境では業務のオンオフが明確に切り分けられました。社員のプライベートを尊重することが当たり前の世の中になってきました。会社側としては、業務時間外に社員に関与することを憚られるようになりました。また、会社が業務時間外に社員の居場所を知ることもできません。

会社と社員間で業務外の連絡が取りにくいという関係性で、今回の地震は休暇真っただ中の元日に発生しました。多くの会社において、緊急時の社内のコミュニケーションがいつもより円滑にとれなかったのではないでしょうか。私自身の経験に加え、お客様との会話の中からも、正月休みに起きた緊急時のコミュニケーションには、課題があったと思っています。

浮かび上がった2つの課題

1. 安否確認システムは必要か

1点目は安否確認システムが十分に機能しなかったことです。

社内ツールを使った安否確認システムは、多くの企業で導入が進んでいます。

企業によっては、社員の居住地と勤務地に応じて安否確認のメールが発報される仕組みを採用しています。しかし、元日に発生した地震では、帰省や旅行中で設定外エリアにいた社員は安否確認の対象に含まれずに、安否が確認できないケースが相次ぎました。

全国に拠点を持つある製造業のお客様では、震度5強以上の場合には、設定エリア関係なく、全エリアに安否確認メールを送られました。ですが、そもそも全員が安否確認に答えるというルールは完全には定着しておらず、社員の安否確認に時間がかかりました。

緊急時、企業は社員の安否を把握しようと努めますが、社用携帯や社用ツールのみが安否確認に使われている場合は業務時間外には連絡がつきません。現代の労働環境下では、会社側も社員の居場所や行動を逐一把握できません。社員の安否確認という知りたい情報を集めるのに苦労したお客様は多くありました。

安否確認システムの本来の目的は、被災者の有無を会社側が把握し、必要な対応を行うことです。ただ、安否確認システムに応答すべきかとうかの強制力がなければ、安否確認は機能しません。会社としても未返信者への対応などに追われる恐れもあります。

また、全国・全社員を対象に個人携帯も含め安否確認システムを発動しても、常に全社員分の連絡先などが最新の状況になっていなかったため、そもそも100%の確認はできなかったケースもありました。

結局、無事で真面目な社員のみ平穏なお正月の最中、会社に連絡し、それでも、被災している誰かを特定することはできていません。そうなると何のための安否確認なのかという疑問がわいてきています。

2. 対策本部は設置すべきか

私も先述の通りに対策本部を設置しましたが、コミュニケーション面において葛藤がありました。同じような葛藤を抱えていた経営者や防災担当者は多かったようです。

そもそも対策本部の目的は、①被害情報を収集②収集した情報に基づき対応方針を決定③決定した方針を社内外へ周知し、必要な指揮を執る、の3点です。目的を達成するには、すべての業務やプライベートよりも対策本部業務が最優先事項となり、3点に集中する必要があり、負荷の高い業務でもあります。

今回の地震のように自社や社員に被害なく、正月で全役職員が休暇中の場合は、特に設置の判断に悩みました。多くの首都圏の企業は被害が無く、対策本部の設置基準を満たしてはいないと思います。しかし、実際は被害が見えていないだけかもしれません。そもそも対策本部を設置しなければ、情報収集や連携が統一されないという側面もあります。

さらに開催方式を巡って、規定上では、対策本部メンバーは原則として会社に参集するとしているケースも散見されますが、多くの対策本部メンバーのネット環境に問題がない状況であれば、実際にはオンライン上で開催する方が現実的なケースは多いと思います。

対策本部の目的である情報収集の方法についても課題がありました。

災害時には各部がそれぞれ決められた担当範囲の情報を集約するのが一般的です。例えば、社員の安否や本社の被災状況は総務部が情報を集め、工場や営業拠点については製造や営業部門が現状把握に努めます。総務や危機管理部などは政府や行政機関の動向をウォッチするなど各部で役割が決められています。

様々な部が情報の収集に動きますので、多くの社員を動員する必要に迫られます。業務時間が長くなり、社員の心身にも負担がかかります。会社側としても社員を働かせるコストがかかります。経営者の視点として、どう社員の心身を気にかけ、どこまでコストをかけて実施するのか悩みどころではないでしょうか。

ほかには情報の共有方法を巡り、共有のタイミングや、フォーマットが社内で画一化されておらず、情報収集が煩雑になったという事例もありました。

ここまで課題について述べてきました。ポストコロナ禍時代で働き方も各社各様変化してきました。また阪神淡路大震災や東日本大震災、熊本地震など多くの震災を経るたびに課題を乗り越えてきた企業のBCPはどうしていくべきなのか、後編ではお客様の好事例なども交えながら考えていきたいと思います。

後編に続く

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