能登半島地震から学んだBCPの改善点 ~今求められるBCPのアップデート~(後編)
掲載:2024年03月27日
執筆者:代表取締役社長 副島 一也
コラム
前編では能登半島地震の際、経営者として直面した葛藤を述べさせていただきました。ポストコロナ禍や働き方改革が一層進んだ現代の労働環境下では、安否確認や対策本部の設置判断においてコミュニケーション面での新たな課題が噴出し始めたと感じています。
では、今後いったいどのような対応をとるべきなのか。後編はお客様の好事例などを交えながら考えていきたいと思います。
機能する安否確認
まずは、今回の災害において安否確認制度が機能した企業の事例をご紹介します。
ある精密機器メーカーでは発災後すぐに担当者が動き出しました。全社員に安否確認システムのメールを発報。初動対応として、出荷やIT、製造部門などと社内連絡ツールを用いてコミュニケーションをとり、情報を共有しました。地震発生から約1時間後には、自社HPに操業に影響がないとのお知らせを掲載。安否確認システムも48時間以内に90パーセント以上の社員から返信がありました。
この対応は私の知る限りでもかなり早い対応ですが、それを可能にしたのは、平時からの社員への啓蒙活動だそうです。同社の防災担当者は、社内制度や規則などの活用によって、安否確認システムへの回答意識を高めていると話します。日頃から社員の意識を高めるために努力した結果、高い回答率を達成しました。
この企業の他にも今回の地震での対応がスムーズだった企業のお話から総合的に勘案すると、私は安否確認制度の実効性を高める鍵は①回答意識の醸成、②システム面の整備、③複数の連絡手段の確保にあると考えています。
① 回答意識の醸成
安否確認システムは回答者が多ければ多いほど、安否不明者を絞り込めます。休日の災害発生時に関しても、安否確認システムへの返答を規定として定める必要があります。社員の回答意識を醸成するために社内の運用について、もう一度、教育やルールを見直しましょう。
② システム面の整備
安否システムの発報対象を一部地域ではなく、全地域とする運用をお勧めします。新型コロナ禍が終わり、人の移動が活発となった今だからこそ、対象エリアにとらわれない仕組みが重要です。
③ 複数の連絡手段の確保
実効性ある安否確認のためには、社用アドレスだけでなく、緊急時連絡先や、社員の私用携帯への連絡なども検討事項です。大規模災害時には、情報インフラが停止する恐れがあります。複数のキャリアやツールを使った連絡手段の確保が有効です。
様々な対策や事例を紹介しましたが、今一度、安否確認制度の目的を見直すことも大切です。
そもそも貴社の安否確認制度は、文字通り社員の安否を確認し、被災している人を特定するために実施したいのか、それとも、有事対応に必要な人員の確保、連絡のために行うのかどちらなのでしょうか?
実際、あるメーカーでは、安否確認システムは事業復旧に向けて対応ができる社員を把握する点に絞って、安否確認システムを活用しているそうです。つまり、システムへの返答が早い社員数に注目した運用で、その後の迅速な事業復旧につなげる方針をとっています。
自社が何を達成したいのか、安否確認制度の目的をはっきりさせて、より効果的なシステム運用を実現しましょう。
対策本部に設置基準はいらない?
対策本部の設置については、設置基準にとらわれるとむしろ迅速な動きを妨げます。私は、直接的な被害がなくても、大きな災害がどこかで発生していて心配に感じればすぐに動き出すべきだと考えます。
今回のように、被災地から離れた多くの企業は社屋や社員に直接的な被害がなく、対策本部の設置基準が下回っている上に休日ということも相まって、相互に連絡をとってよいのか迷うかもしれません。ですが、被害が見えない時こそ、積極的な情報収集は必要です。対策本部設置基準に関わりなく、心配で確認が必要と感じたら、対策本部事務局や社長、担当役員は対策本部を設置しましょう。対策本部を設置すると、会社が強制力をもって情報を収集できます。その後事業継続活動に移行するかはその時に判断すれば良いことです。まずは対策本部機能を動かし、有事対応の姿勢をとりましょう。
ただ、対策本部の運用面については柔軟な対応をとるべきです。
今回の地震では、対策本部を設置したお客様のほとんどがリモート形式を採用しました。石川県を含め全国に事業所を持つあるお客様は、発災後、現地拠点やグループ、本社など4つの対策本部を立ち上げました。その際はすべてリモートで実施し、各自が自宅から参加。日常業務で使用する議事録作成ツールを活用して、情報を社内に共有し、連携を図りました。ツールへのアクセス権限も柔軟に変更することで、多くの情報共有が可能となりました。
新型コロナ禍や働き方改革を経て、リモート環境での業務は誰しもが経験しています。規定やルールに縛られずにその時々の状況に適した対策本部の在り方を柔軟に考えましょう。
また、情報収集や共有の際には、できるだけ日常業務で使用しているツールの活用を推奨します。社員がアクセスしやすく、情報の吸い上げや共有がスムーズになり、利便性が高まります。ただし、大規模な被災現場ではネット環境が使えなくなる可能性は高まりますし、停電も起こりえます。予備電源や衛星電話などのオプションを増やし、使えるリソースをうまく組み合わせて対応能力を高めることも重要です。
企業風土とBCP
能登半島地震に際しての企業における初動対応の課題と対応策について言及してきましたが、実効力のあるBCPのベースとは一体何でしょうか。
それは「企業風土」です。
今回迅速かつ有機的に活動ができたお客様には共通の特徴がありました。「会社と社員がお互いを大切にする」という企業風土です。
地震が発生した際、会社が社員やお客様を大事に思う気持ちが強ければ強いほど、すぐに動き出します。社員も会社のために行動を起こします。例えば、今回、規則や基準に頼ることで、対策本部設置の判断に迷いが生じました。そこはルールに即すのではなく、まずは人(社員、お客様)の気持ちを第一に想い、迷いなく、迅速な行動に繋げることが肝要ではないでしょうか。そういった企業風土が根付いていくと、いかなる状況でもBCPが機能すると確信しています。
組織の「風通しの良さ」も大きなポイントになります。弊社はBCP策定済み企業に所属する担当者1000人に調査を実施しました(調査レポート「BCPの事実と真実」)。調査の結果、「伝統自由・組織活発型(イキイキ型) -働きやすい風土」を持つ組織に属する回答者は64%が『BCPが機能する』と回答し、組織の風通しの良さがBCPの機能を高めるカギを握っている事実が明らかになりました。
機能するBCP、レジリエンスの高いBCPを支えるのは、会社と社員が双方を大事にする企業風土や組織の風通しの良さだと述べましたが 、良好な企業風土を作るのはそう簡単ではありません。管理者の統制が強い「トップダウン型」や、組織の自主的な行動が活発ではない企業などは、部門を超えた「横の連携」を意識し、平時から組織縦横の訓練を行うことで、連携を強化できます。
BCPをアップデートせよ
最後に、私がBCPのご支援を始めて20年以上がたちました。
近年の日本における災害を振り返ると、1995年の阪神淡路大震災の頃は、残念ながらまだ世の中には「BCP」という考え方はありませんでした。そんな中で、企業は復旧を目指しました。BCPが広まり始めた2011年の東日本大震災では、BCPに取り組んでいる企業は増えていました。しかしながら想定外の事態に苦労を重ねました。2016年の熊本地震では、大企業の多くがBCPに取り組んでおり、本社・現地共に速やかに対策本部が立ち上がり対応を開始することができ、BCPが機能し始めたことを実感しました。ただし現地対策本部、本社対策本部などの連携がちぐはぐで、現地は助けを求めていたのに対し、本社対策本部は報告を求めるなど新たな課題も生まれました。我々は何度も何度も困難に直面し、課題が生まれるたびに、教訓として学び、その都度BCPをアップデートしてきました。その時、その時で得られた教訓や課題を反映し続け、実効性を向上させてきました。
そして今、時代の変化に合わせ、社員の価値観や働き方など企業風土を取り入れたBCPの設計が求められています。社員の価値観は時代とともに変化を遂げます。特に新型コロナ禍や働き方改革を経て、労働環境は5年前と比べて著しく変化しました。変化の激しい時代だからこそ、日頃から社員のマインド、自社の労働環境に目を配り、企業風土の把握に努めることが重要です。
有事対応には、企業のカルチャーが反映されます。日頃から有事に自社はどういった対応をとるのかと想像を巡らせつつ、会社と社員、経営層と現場が議論を深め、課題に対処し、企業風土を反映したBCPの再構築がなされ続けることを願っています。
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