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能登半島地震に学ぶ、BCP活動を進化させるヒント

掲載:2024年02月07日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

ニュートン・ボイス

この度の能登半島地震で被災された全ての方々に、心からのお悔やみとお見舞いを申し上げます。

2024年1月、巨大地震が石川県の能登半島を襲いました。いつものよくあるちょっとした地震ではなく、大きな爪痕を残しました。1mを超える津波を発生させ1,000人を超える死傷者を出しました。大きな余震もありました。しかも、この地震によって能登半島北部で最大約4mの隆起が発生したと言われています。海岸線の形が変わり、人の命を奪っただけでなく地元の人たちの生活手段も奪っていきました。今も多くの方々が避難所での生活を余儀なくされています。インフラ企業は復旧に向けた取り組みを急ピッチで進めています。

私たちができることは何でしょうか。物資やお金、人的リソースの提供など、できることは色々とあると思います。同時に、次の悲劇を生まぬよう、早急に自分たちの身の回りの備えを強化していくこともまた責務です。私もこういう立場ですから企業の方々のレジリエンスを高めるために何ができるのか、現時点でわかっていることをもとに考えをまとめてみたいと思います。BCP活動を推進する責任者の方々はぜひ一度、目を通していただければと思います。

         

能登半島地震の概要

能登半島地震の概要について改めて簡単に整理しておきます。地震の数値や関連情報は、何かと比較することでより意味を帯びた形で見ることができます。今回は東日本大震災や熊本地震と比較する形で並べてみました。自然がもたらす災害であり一つとして同じ地震はありませんが、こうして比べることで能登半島地震が決して小さいものではなかったことがわかります。ちなみにあくまでも参考情報になりますがマグニチュードが1増えると地震のエネルギーは約31.6倍になりますから、2つの地震のマグニチュード差が0コンマ幾つであったとしても、相当なエネルギー差(※1)が生まれることになります。

※1 マグニチュード7.6と7.3だと理論上は約3倍弱の差になると考えられます

名称 能登半島地震 熊本地震 東日本大震災
発生日時 2024年1月1日 16時10分 2016年4月14日21時26分、同16日 1時25分 2011年3月11日 14時46分
震源地 能登半島北東約40km 熊本県熊本地方 宮城県牡鹿半島東南東130km
マグニチュード 7.6 6.5と7.3 9.0
震源の深さ 約15km 11kmと12km 24km
最大震度 震度7 震度7 震度7
津波 あり(遡上高4m以上) なし あり(遡上高最大40.5m)
地震の種類 逆断層型 右横ずれ断層 海溝型地震
特徴 ・地震によって海底が隆起
・液状化の被害が広範囲にわたる
・震度7の前震が2日前に発生 ・巨大津波
・福島原発事故等の二次災害

5つの着目点

今回の地震にて報道された情報の中で特に気になる5つのポイントをピックアップしてみました。

1. ハザードマップが警告していない場所でも被害が発生した

今回、ハザードマップで液状化の危険地域として示されていなかった地域においても、液状化に見舞われたそうです。海岸沿いでは液状化の蓋然性が高いことを指摘されていた地域も多く、実際そうした地域では液状化に見舞われました。ただ一方で、必ずしもハザードマップの範囲に入っていなかったエリア(色の境目)でも大きな被害が出たという報道も散見されます。また、液状化ハザードマップの整備率は低いと指摘されています。

2. 新耐震基準導入後の建物でも倒壊した建物が少なくない

詳細かつ正確な情報は今後の調査が待たれますが、今回の震災では1981年の新耐震基準導入後に建てられたと見られる家屋が倒壊していたことがわかっています。能登半島一帯では昨年5月に最大震度6強の地震が発生していたこと、さらに古くは4年前から震度1以上の地震が500回以上発生していたこと、などから、強度が下がっていたのではないかという指摘もあります。なお、新耐震基準とは1978年に発生した宮城県沖地震で多くの建物が損傷したことをきっかけに1981年に、震度6強~7程度の揺れでも家屋が倒壊・崩壊しないことを目指して設けられた新基準です。ただ「新耐震基準」といっても、1995年の阪神・淡路大震災など、大きな地震やデータが揃う都度見直しが図られおり、1981年以降の建物が全て同じような堅牢性を持っているわけではないことに留意が必要です。

3. 緊急輸送道路が寸断されインフラ復旧に大きな支障をもたらした

能登半島地震では、多くの主要道路が寸断されました。緊急車両や救援物資を運ぶ車が通る「緊急輸送道路」も多く含まれていたといいます。実際、半島の大動脈とも言える国道249号が土砂崩れや道路陥没などで寸断されました。これによって支援物資を届けることができなくなったばかりか、インフラ復旧にも支障が出ました。例えば、電力復旧には、損壊した電柱に足を運び復旧作業に取り掛かる必要がありましたが、それをも困難にしました。対応された方々には本当に頭が下がりますが、復旧の目処がつくまでに約1ヶ月かかったことになります。大都市圏ほど幹線道路が多くない地域では、ひとたび大動脈と言われる道路が寸断されると様々な復旧活動を困難にするという事実をまざまざと見せつけた事例と言えるでしょう。

4. 良くも悪くも特別なタイミング(1月1日)で発生した

能登半島地震は元旦の夕方に発生しました。お正月ということもあり、平時と異なる場面での被災になった方が多いのではないでしょうか。普段は、石川県在住でない人も帰省する形でその場に居合わした人もいるでしょうし、観光旅行で足を運んでいた人もいたかと思います。また、中にはお酒が入っていた人も少なくなかったでしょう。さらにお正月だからこそ、工場やお店を閉めていてそのおかげで助かったという方もいらっしゃるでしょう。実際に、「正月休みで市外にいて、来られない職員も少なくなかった」という報道も出ていました。指定避難所の開設が思うようにいかなかった要因の1つとして挙げられています。私の知る有事の事務局になる方々の中にもそういった方がおられました。

5. 過去の震災の学びが役に立った場面も大いに見られた

こうした震災発生時にはどうしても「悪かったこと」や「課題」にばかり目が行きがちですが、一方で、過去の被災経験からの学びが役に立っている場面も多く出てきています。例えば、ローソンは東日本大震災で20人あまりのスタッフを亡くした教訓から「まずは逃げること」を最優先に発信することで、従業員の安全を確保することができたといいます。また東日本大震災で飲料水の確保に苦労したファミリーマートでは、自社でコントロールしやすいPBの飲料水を生産するようになったおかげで、被災地支援に繋げることができたといいます。さらに、政府の方針を受けて、全銀協では被災した企業が過去に振り出していた手形について決済できない場合でも不渡り報告を見送る超法規的措置を発令しました。全銀協は東日本大震災後の対応ノウハウを活かしつつ、迅速に動くことができたと言われています。

5つの実践でBCP活動の見直しを

では、これらのポイントをどのようにBCP活動の見直しに結びつければいいのでしょうか? 私としては現時点では、下記5つの実践にまとめられるのではと思います。

(1)拠点被災について再リスクアセスメントの要否を検討すべし

本社を含め、多くの拠点を抱える企業は、立地条件なども踏まえた拠点被災リスクのリスク評価見直しを再検討することをお勧めします。多くの企業が、拠点被災リスクをハザードマップや新耐震基準などを元に検討されてきたことと思います。今回の被災からも明らかになりましたが、完璧ではないにせよ、ハザードマップが有効に機能する場面もありました。一方、液状化ハザードマップは未整備である地域も多いため、液状化ハザードマップが作成されていない地域では、企業自らが地盤調査や耐震診断などを行い、先んじて対策を打つ姿勢も求められます。また、新耐震基準と言っても、単に「1981年以降の建物だから大丈夫」という判断の仕方をするのも危険だということがわかりました。企業は最新のハザードマップを取り揃えて、拠点の被災リスクがどの程度かを再確認するとともに、建屋等が最新の新耐震基準を満たしているかどうかといった観点で見直す必要があると思います。

(2)従来型BCPからオールハザードBCP化を検討すべし

既存のBCPがどれだけの柔軟性を持っているか、見直しをしましょう。どんなに想定しても想定通りに行かないのが災害です。能登半島地震でもそうでしたが、ハザードマップどおりにリスク対策をしても必ずしもそうなるとは限りませんし、どれだけ被災想定をしても、予想以上に長引くことはあり得ます。振り返れば、東日本大震災でも福島原発事故をはじめ多くの想定外がありましたし、熊本地震でもそうでした。ですので、1日目は電力が完全停止して、2日目は電力が戻って・・・といったような細かいシナリオを策定してこれに基づいてBCPを策定してもその通りにいかないことは明らかですし、ズレた時にどう対応すればいいのか混乱することも目に見えています。その意味では、昨今推奨されているオールハザードBCPへの進化を検討するべきでしょう。なお、オールハザードBCPとは特定事象に特化した被災想定に基づいたBCPではなく、サイバーや火災・噴火、パンデミックや地震など、様々な事象がもたらしうる影響を考慮して策定したBCPをいいます(詳しくはこちらのNavi記事をご覧ください)。

(3)被災シナリオの見直しを検討すべし

オールハザードBCPの提唱は、「想定外はつきものだから想定することを諦めて良い」という意味ではありません。今回の学びも踏まえて被災想定の十分性について再検討をしましょう。BCPの活動推進にあたっては、オールハザードBCPであったとしても、おおよその被災想定に基づいた行動計画書の策定をしている企業がほとんどでしょう。その被災想定において、電力や通信などをはじめとする社会インフラの支障率は政府等が発行する情報をもとに決められている企業が多いかと思います。出発点としてはそれでいいと思いますが、今回のように緊急輸送道路が機能せず復旧に想定以上の時間を要する場面も出てこようかと思います。自社のBCP策定の前提条件となる被災想定が軽すぎないかどうかについての再確認が必要でしょう。また、今回のケースでも再認識できたように、災害はよりによって最悪のタイミングで起こりうるものです。「1月1日のめでたいタイミングでの被災はさすがにないだろう」など、切り捨ててしまってはいないでしょうか。

(4)過去からの学びにも改めて向き合うべし

能登半島地震でも課題がたくさん見つかっていますが、同時に、過去の学びを活かせた事例もたくさん生まれています。言い換えれば、過去の被災経験や自社で実施した訓練・演習にて発見した課題に真摯に向き合い、BCP改善に活かすことが極めて重要であるということでもあります。「当たり前だろ」と言われるかもしれませんが、私が知っている範囲でも、被災をしたにもかかわらずその時の学びを十分に咀嚼できずに終えてしまっている企業があります。また、訓練・演習をやってはいるものの、「やること」が目的化してしまい、そこで出た課題対応がおろそかになっているケースも散見されます。能登半島地震からの学びにばかり執着するのではなく、過去の学びにも今一度目を向けて、真摯にBCP改善に取り組むことが重要と言えるでしょう。

(5)当事者による訓練・演習をとにかくやるべし

色々と述べてきましたが、BCPの実効性を担保する上での究極的な哲学は変わるものではありませんし、今回の能登半島地震を踏まえてもそれは変わっていないと思います。究極的な哲学とは、どんな形であれ、訓練・演習を継続的に行うことが大事であるということです。「石橋を叩けば渡れない」の著者、西堀栄三郎さんは本の中で、有事対応においては「とにかく沈着でなければいけない」と述べています。慌てても状況が改善するわけでもないし、むしろ冷静沈着になって適切な対応を推進するしかないという意図ですが、そのためにはそういう心がけを持つとともに、日頃から、訓練・演習を行い少しでも本番慣れをしておくしかありません。もちろん、慣れるなんてことがないのはわかっていますが、それでも大事なことです。こう申し上げるのは(1)~(4)までを実践する以前の問題として、訓練を十分に行えていない組織が少なくないと日々感じるからです。中には大企業であっても、東日本大震災直後にBCP文書を改訂して以来、新型コロナの影響と相まって、全然訓練をできてないし、教育もできてないという企業がいらっしゃいます。まずは原点回帰。訓練・演習をやりましょう。

 

この原稿を執筆しているのは被災してからまだ1ヶ月も経っていない1月の末です。被災して困っておられる方々が数多くいらっしゃいます。またもっと調査をしていかなければわからない事実もたくさんあります。故に今後、新たな発見とともに変わっていく気づきもあろうかと思いますが、次なる災害は待ってくれません。少しでも企業の皆様の参考になればと考えております。

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