新型コロナウイルスと風水害~オールハザードBCPのススメ~
掲載:2020年05月01日
執筆者:エグゼクティブコンサルタント 坂口 貴紀
コラム
全世界で猛威をふるう新型コロナウイルス。2019年12月頃に中国湖北省武漢市で新型コロナウイルス関連の肺炎が報告されて以降、新型コロナウイルス感染症は高い感染力をもつ新興感染症としてアジアから欧米へ広がり、2020年3月11日には、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が「パンデミック(世界的大流行)とみなせる」と表明しました。
このような状況下で、企業はいま、目の前の新型コロナウイルス感染症への対応だけを考えていればよいのでしょうか。私達が歴史から学んできたことの一つは、「想定外は常に起こる」ということです。新興感染症によって世界中が混乱に陥る中、さらなる「想定外」の災害が起こる可能性もあるのです。そして、そのことを意識しておくことが、「想定外」への最善の備えとなります。
高まる複合災害への危機感
2020年4月、東京都は大地震発生直後の避難先や、その後の仮の住まいをどのように選択していくか、ポイントをまとめたリーフレットを公開しました。背景には、「万一、新型コロナウイルス感染症の流行下で大地震が発生したら」という複合災害への危機感があります。
新型コロナウイルスの影響が長期化する中、企業の経営者や危機管理・リスクマネジメント担当者も、一歩先……すなわち「まさか」と思う最悪の事態を想定し、用意をする段階に入っているといえるでしょう。
本稿では、新型コロナウイルス感染症とともに今後同時に起こりうる災害にも焦点を当て、複合災害に対して企業がいまどのような備えをしておくべきかを解説します。
複合災害とは
過去の複合災害事例
複合災害は過去にも発生しており、その組み合わせや発生場所は多岐にわたります。記憶に新しいところでは、2019年10月に上陸した台風19号によって、千葉県を中心に風水害による家屋の損壊および1週間以上の停電などが生じた事例が挙げられます。以下の表は、こうした複合災害の代表的な例をまとめたものです。現象の組み合わせ | 過去の発生例 | 被害内容 |
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火山活動・地震 | 桜島噴火 マグニチュード7.1の地震が発生 (1914年) |
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地震・水害 | 福井地震 九頭竜川豪雨水害が発生 (1948年) |
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台風・地震・大雪 | 台風23号発生 新潟県中越地震 大雪 (2004年) |
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地震・感染症 | ハイチ地震 コレラ蔓延 (2010年) |
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津波・火災 | 東日本大震災(2011年) |
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地震/水害・サイバー攻撃 | 東日本大震災(2011年) 西日本豪雨(2018年) |
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複合災害への取り組み方
- BCPの見直し
- 検証(訓練)の実施
「BCPの見直し」とは、単体の災害でも、複合災害でも、あらゆる災害に利用できる柔軟性の高いBCPを用意するという意味です。こちらはオールハザードBCPとも呼ばれます。
新興感染症である新型コロナウイルス感染症と台風の複合災害シミュレーション
複合災害シミュレーションを行うにあたっては、まずシナリオを作成し、それに基づいて訓練を実施、その結果から見直すべきBCPの箇所を特定し、改善するという流れになります。
新型コロナウイルスの影響下で風水害が発生した場合、特に注意すべきは、避難所での感染拡大、業務縮小下での浸水被害等による経営資源喪失の2点です。以下は、企業の経営資源ごとの感染症、風水害それぞれの影響評価と、同時発生した場合のシナリオ例になります。
経営資源 | 影響 | シナリオ例 | |
---|---|---|---|
感染症 | 風水害 | ||
人 | 高 | 高 | 出社禁止あるいは抑制の状況下で河川氾濫等により避難→避難所内での感染拡大 |
建物、作業環境 | 高 | 高 | 感染者発生から消毒作業により拠点閉鎖→浸水被害により作業環境確保困難による業務停止長期化 |
設備・機器、消耗品 | 低 | 高 | 感染症により総務業務等の稼働率縮小→浸水被害による印鑑、機密書類等の喪失による業務停止 |
情報システム | 低 | 高 | システム運用・保守体制の縮小→サーバー等機器への被害によるシステム停止 |
取引先およびサプライヤ | 高 | 高 | サプライヤ職員に感染者発生により稼働率低下→浸水被害等によるサプライヤの業務停止 |
交通機関 | 中 | 中 | 感染症対策のため減便→水害による空港、地下鉄等の停止 |
※ 風水害は、経営資源が被災地域に位置することを想定し評価
上記の内容を基に、例えば以下のような被災シナリオが考えられます。なお、自社においてシナリオを考える際には、“最も起こってほしくない状況”を想像することで、具体的な対策を検討しやすくなります。
【被災シナリオ(例)】
ある従業員約50名の製造メーカーX社では現在新型コロナウイルスの影響により、生産量を30%まで縮小し、主要顧客A社への一部製品に絞って工場を稼働している。X社にとってA社の売上は60%を超えており、主要顧客を繋ぎとめつつ、社員の安全を守るぎりぎりの判断である。本社人員、工場の主要製品以外の担当人員は1ヶ月前より全員在宅勤務を指示。3週間前に1名感染者が発生したが、自宅待機をつづけ現在は回復している状態だ。
この状況下で、気象庁は「経験したことのない巨大台風が、3日後に上陸」と発表。社長の指示で警戒本部を立上げ、工場稼働停止要否を上陸1日前に判断することを決定した。
台風上陸前日、関東地方の一部の自治体で避難指示発令。社長はこのタイミングで工場の稼働停止を決断し、全員に自宅待機を指示。他方、従業員のうち20名が避難指示に従い指定の避難所に避難した。
台風上陸当日、河川氾濫により本社ビル1Fまで浸水し、サーバー機器が故障。支払関連のシステムが停止した上、1F棚に保管していた紙の請求書、契約書など書類が水浸しに。データバックアップはとっているが、サーバー故障により契約書等早期データ復旧は難しい状態。各所の避難所では数千人の避難者が集まり、避難所に入れない人が多数いる。自治体は感染拡大を防ぐため、マスク配付・アルコール消毒など行うが、体調不良者が続出。その後避難したX社従業員のうち15名が発熱を訴える。総務部門は元々の人員不足もあり、状況把握が遅れる。台風経過から24時間後に本社サーバー故障を確認し、システム会社に修理依頼を行うが、依頼が殺到しておりいつ復旧できるか見通しが立たない。さらに、サプライヤや協力会社への支払が2日後に迫っているがこのままでは支払うことができそうにない。その後相次いで避難した従業員以外の従業員からも新型コロナウイルス陽性の報告があり、工場主要製品の担当者も陽性と判明。主要顧客のA社からは業務再開の確認が入るものの、復旧目途を伝えることができず、A社は代替先への仕入切り換えを判断した。
企業はどのように対応すべきか
企業は、新型コロナウイルスと風水害による複合災害に対してどう備えるべきでしょうか。複合災害に対しては、可能な限り最悪の状態を事前に想定し、経営資源ごとに具体的にどのようなシナリオが発生し得るか、そして、そのシナリオに耐えうる対策をとっているかを検討し、不足がある場合いち早く準備を行うことが重要です。その主な対応策の例を、発生前、発生後の観点でまとめると以下のようになります。
発生前 | 発生後(短期) | 発生後(中期) | |
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人命保護のための対策 |
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事業継続の可能性を高めるための対策 |
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計画の実効性を高めるための対策 |
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新型コロナウイルスの影響が長期化する中、複合災害の発生は現実味を帯びています。今回は、風水害との組合せを取り上げましたが、地震、火災、サイバー攻撃などその他の事象が重なることも考えられます。企業経営者または企業のBCPを担当される皆様におかれましては、より最悪の状態をより早く想像し、本稿に挙げたシナリオや対策例などを参考に備えを進めていただければと思います。
参考文献
- 東京都住宅政策本部「リーフレット「東京仮住まい」(大学提案事業「首都直下地震時の仮設住宅不足への対応準備事業」)」
- 内閣府「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 1914 桜島噴火」
- 気象庁「桜島 有史以降の火山活動」
- 新潟大学積雪地域災害研究センター「中越地震と豪雪がもたらした複合災害」
- 内閣府「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 1948 福井地震」
- 国立研究開発法人 防災科学技術研究所 自然災害情報室「防災基礎講座:地域災害環境編 19. 福井平野」
- トレンドマイクロセキュリティブログ「東北地方太平洋沖地震に便乗した偽サイト、大量出現のおそれ」
- IPA「プレス発表 「東日本大震災に乗じた標的型攻撃メールによるサイバー攻撃の分析・調査報告書」の公開」
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