【解説】長周期地震動と長周期地震動階級とは?緊急地震速報への導入・震度との違い・BCP対策
| 改訂者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
長周期地震動とは、周期が長くゆっくりとした大きな揺れのことで、高層ビルなどに大きな影響を与えます。2023年には緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級が新たに導入されました。本記事では、長周期地震動が注目されたきっかけや短周期地震動・震度との違い、階級の一覧と揺れの程度を踏まえ、長周期地震動に備えるためのBCP対策について解説します。
長周期地震動とは
長周期地震動とは、マグニチュードが大きい地震によって発生する「長くゆっくりとした大きな揺れ」を指します。(※1)
長周期地震動は、揺れが1往復に要する時間(周期)が数秒から十数秒と長く、減衰しにくい点が特徴です。そのため、震源から数百km離れた地域にも揺れが伝わります。
このような地震動は、高層ビルなどの高さのある建物に強く影響します。建物にはそれぞれ「固有周期」と呼ばれる揺れやすい周期があり、一般に高い建物ほどその周期は長くなります。長周期地震動の周期が建物の固有周期と近い場合に、共振が生じて建物の揺れが大きくなります。その結果、特に上層階では長く大きな揺れとなり、被害が生じるおそれがあるため注意が必要です。
(※1)気象庁「長周期地震動について」
長周期地震動が注目された背景と被害事例
長周期地震動が注目されたきっかけは、2003年に発生した十勝沖地震です。十勝沖を震源としたマグニチュード8.0の地震により、震源から約250kmも離れた苫小牧市で石油タンクの全面火災が発生しました。これは、地震動によってスロッシング(タンク内の石油が揺れ動く現象)が発生したことが一因とされています。タンク内の浮き屋根が大きく揺れた結果、沈没し、地震発生の2日後、静電気による引火が原因となり大規模な火災へとつながりました。
その後、2004年に発生した新潟県中越地震では、震源から約200km離れた東京都内の超高層ビルで、長周期地震動を原因としたエレベーターケーブルの切断が報告されています。
これらの地震を通じて、震源から遠く離れた地域においても、長周期地震動が深刻な影響を及ぼす可能性があることが徐々に認識されました。そして、2011年3月11日に発生した東日本大震災を契機に、長周期地震動の「大きさの評価」や「情報発表」に関する検討が本格化しました。
三陸沖を震源として発生したモーメントマグニチュード9.0の巨大地震は、東北地方のみならず、震源域から遠く離れた大阪市や東京都でも震度3~震度5強の揺れをもたらしました。特に高層ビル上層階では、長周期地震動による大きな揺れが発生し、オフィス内の家具の転倒や、エレベーターの停止による閉じ込め・損傷などの被害が生じました。
この経験を踏まえ、地震そのものと地域や建物の周期特性を統合した事前対策や、長周期地震動に関する情報発信が重要であると認識されるようになりました。(※2)
(※2)気象庁「長周期地震動に関する情報のあり方検討会 第1回検討会(平成23年11月14日)の概要」
短周期地震動との違い
地震による揺れには、長周期地震動のほかに「短周期地震動」があります。短周期地震動とは、一般的に2秒以下の周期で繰り返される短く小刻みな揺れを指します。
図1:長周期地震動と短周期地震動の違い(高層ビルと低層階への影響)
図1の通り、高層ビルの上層階に影響を与える長周期地震動と異なり、短周期地震動は木造住宅や低層の建物に影響を及ぼします。地表付近では、短く小刻みな揺れが繰り返し発生するため、人的・物的被害の多くは、短周期地震動によって生じるとされています。1995年に発生した阪神・淡路大震災による物的被害の多くは、短周期地震動によるものでした。(※3)
この短周期地震動には、「1秒以下」と「1~2秒」の周期に分類され、それぞれ影響を受けやすい対象が異なります。「1秒以下の周期」の場合、主に変電所などの遮断器や断路器、変圧器などの設備が影響を受けやすいとされます。一方、「1~2秒の周期」は、「キラーパルス」とも呼ばれ、低層の建物や木造住宅に大きな被害を及ぼしやすいといわれています。
(※3)総務省消防庁「地震動の周期とその影響」
長周期地震動階級とは
長周期地震動階級とは、1~2秒から7~8秒程度の固有周期をもつ高層ビルの上層階で生じる影響を、4段階に区分した気象庁の指標です。
階級の評価には、地震計の観測データから算出した「絶対速度応答スペクトル(Sva)」が用いられます。これを基に、人の行動の困難さや、家具類の移動・転倒などの被害の程度を階級ごとに区分しています。
緊急地震速報の発表基準に導入した背景
地震による揺れの強さを示す指標としては、従来より「震度」が用いられています。震度は、震度観測点の震度計による自動計測データに基づき、10階級で評価されます。緊急地震速報でも、この震度階級が使用されています。
しかし、震度はあくまでも観測地点における地震の揺れの強弱を示すものであり、高層ビルの上層階で生じる揺れの大きさには対応していません。
前述の通り、東日本大震災では、震源よりはるかに遠い東京都や大阪市の高層ビル上層階にも、長周期地震動による影響が及び、被害が発生しました。さらに、近年は都市部の高層建築物の増加に伴い、長周期地震動の影響を受ける人口も増加しており、被害が拡大するリスクが高まっています。
こうした状況を受け、長周期地震動が人命に関わる重大な災害につながるリスクを考慮し、気象庁は2023年2月1日より、長周期地震動階級「3」以上が予想される場合にも、「緊急地震速報(警報)」を発表する運用へと変更しました。なお、長周期地震動階級「1」以上が予想された場合は、「緊急地震速報(予報)」が発表されます。
長周期地震動階級の一覧と具体的な揺れの程度
長周期地震動階級は、「長周期地震動階級1」のように、1~4の数字を付して発表されます。それぞれの階級に応じて、高層ビル上層階で想定される人の行動や室内の被害の程度が示されています。図2は、階級ごとの影響内容をまとめたものです。
図2:長周期地震動階級と揺れの程度・行動例(階級1~4)
長周期地震動階級1は、「やや大きな揺れ」であり、室内にいるほとんどの人が揺れを感じるとされています。ブラインドや吊り下げられているものが大きく揺れる状態です。
長周期地震動階級2は、室内で大きな揺れを感じ、物に掴まりたいと感じる「大きな揺れ」です。物に掴まらないと歩行が難しく、行動に支障が生じます。キャスター付きのコピー機や、スライド式書架などがわずかに動く状態です。
長周期地震動階級3は、「非常に大きな揺れ」であり、立っていることが困難となります。固定していない家具の移動や、不安定な物の転倒が発生するほか、間仕切壁などにひびや亀裂が入るおそれがあります。
長周期地震動階級4は、立っていられず、這わないと動くことができないほどの「極めて大きな揺れ」です。固定していないほとんどの物が移動・転倒する状態です。
長周期地震動に備えるBCP対策
長周期地震動に備える対策は、基本的には通常の地震対策と共通しています。特別な対策を新たに講じるよりも、既存のBCPを定期的に見直し、最新のリスクに応じてアップデートすることが被害軽減につながります。
ただし、長周期地震動は、概ね14~20階建て以上の高層・超高層ビルに影響を及ぼす可能性が高いため、高層ビルにオフィスを構える企業は、「震源が遠くても、マグニチュードが大きい地震であれば影響が及ぶ可能性がある」という共通認識を社内に浸透させることが重要です。
全社員が長周期地震動の特性を正しく知り、発生時にどのような行動をとるべきか、あらかじめ共有しておく必要があります。たとえば次のような対応が考えられます。
- エレベーター内にいる場合:すべての階数ボタンを押し、停止した階ですぐに降車する
- 階段を使用している場合:揺れによる転倒を防ぐため、手すりに強く掴まり、揺れが収まるまで座る
- 大きく長い横揺れを感じた場合:長周期地震動による揺れと認識し、慌てず落ち着いた行動を心がける
発災後は、エレベーターのケーブルやロープに損傷や絡まりが発生している可能性があります。揺れが落ち着いた後も、点検が完了するまでは使用を控え、階段での移動を基本とします。
高層ビルの上層階に飲食店が入居している場合は、加熱機器や厨房設備、電気配線や天井材の損傷により火災が発生するおそれがあります。防火扉の前に常時備品が置かれていないか、避難経路は複数確保されているかといった点も、日常的に従業員が意識し、確認することが重要です。
長周期地震動は、震源付近の震度が大きくても、震源から離れた場所では震度が小さく表示されることがあるため、リスクに対する危機意識の低下を招きやすい傾向があります。その性質を踏まえ、定期的な防災訓練やBCP訓練に長周期地震動への対応を組み込み、社員一人ひとりの意識醸成に努めることが肝要です。