10分で読み解くIHI子会社の不適切行為に関する調査報告書

IHIが2024年10月30日に公表した子会社における不正行為についての調査報告書について簡単に解説をしていきたいと思います。公開されている報告書は60ページ弱のボリュームがあり、読んで理解しようとすると相当な労力がかかります。そこで、お時間が限られている皆様が10~15分程度で本質について理解できるよう紐解いていきます。
事案の概要と経緯
不適切行為が発生したのは、IHIの100%子会社であるIHI原動機(IHI Power Systems、以後IPSと呼ぶ)です。IPSは、内燃機関やガスタービン機関、舶用機器の製造・販売を行っている会社です。
不適切行為が発覚したのは、2024年2月下旬です。従業員と人事・経営層の対話活動の際に発覚しました。なお、この対話活動は、2019年に発覚したIHIの航空機エンジン部門の不正をきっかけに組織風土改善の目的で導入された再発防止策の1つです。過去の反省が見事に生かされた、と捉えることもできますが、当事案の発覚まで対策の導入からかかった5年という時間の長さを考えると、むしろグループ全体にはびこる問題の根の深さに目が向いてしまいます。
以下、簡単に時系列で発生した事象をまとめます。
日付 | 事象 |
---|---|
2024年2月下旬 | IPSの従業員から書き換え事実の報告 |
2024年3月1日 | IPS社長に申告内容についての報告 |
2024年3月5日 | IPS社内調査の実施 |
2024年3月7日 | 親会社であるIHIへ報告 危機管理対策本部を設置 |
2024年4月24日 | 更なるヒアリングを実施 関係省庁へ報告 適時開示および記者会見を実施 |
2024年5月1日 | 特別調査委員会を設置 |
2024年6月4日 | 国土交通省海事局へ社内調査の中間報告書を提出 |
2024年8月21日 | 国土交通省海事局へ社内調査の調査報告書を提出 |
2024年10月30日 | 最終報告書を公表 |
出典:IHI、IHI原動機「IHI原動機における不適切行為に関する報告書」を基に筆者作成
何の目的で不正が行われていたのか?
不適切行為はIPSの主力製品であるエンジンにおいて、数十年以上にわたり行われてきたことがわかっています。具体的には、エンジンの試運転および記録作成業務においてエンジンの燃料消費率と大気汚染原因物質の1つである窒素酸化物(NOx)のデータが改竄されていました。両者はトレードオフの関係にあり、一般的にNOxを減らすということは、燃焼温度を下げるという意味になりますからそれだけ燃料消費率が悪くなります。
つまり、燃料消費率の仕様値とNOx規制値の両方をクリアすることは決して簡単なことではないということです。実際のところ、不正が行われていた工場では、エンジンの仕様値は厳しく設定され、燃料消費率の仕様値を超過せずにNOx規制値を満たすことができないケースもままあった、と言われています。
こうした背景から、不正に手を染めた動機は主に「顧客からのクレームや契約不履行のリスクを回避したかった」「企業内の規定や規制値を満たせないという事態を回避したかった」「製品の再評価や設計変更、試験の再実施などの手間を避けたかった」であったとされています。
どうして改竄ができたのか?なぜもっと早く検知できなかったのか?
どうして改竄ができてしまったのでしょうか? また数十年以上にわたって不正が行われていたにも関わらず、また、2019年に親会社のIHIで問題が発覚し大きな問題になったにもかかわらず、長年にわたり発覚しなかった理由は何でしょうか? 大きくは下記4点にまとめることができます。
①改竄しやすい環境であった
調査によると、当現場は牽制機能が全く働いていなかったと言っても過言ではありません。つまり、改竄がバレにくい環境であったということです。運転検査員が製造組立部門に属しており、製造組立と検査の間の独立性が十分に担保されていませんでした。検査記録の確認に責任を持つ品質管理部門の担当者の確認が不十分でもありました。さらに、燃料消費率の計測・記録が人手によるアナログ方式で行われおり、書き換えようと思えば書き換えられる環境でした。
②問題を抱えた現場自体に解決しようという意識が働きにくかった
現場にしてみれば、改竄しなければ顧客との約束は守れなくなるし、業務は回らなくなるし、納期は遅延するしで、にっちもさっちも行かない状態でした。かつ、長年にわたって行われてきた行為であり、今更、ことを明らかにしたところで・・・という気持ちがあったとも言えます。問題があまりにも大きすぎるため、現場の社員は問題提起することに二の足を踏み、是正に向けた対応が行われることがなかったという指摘がなされています。
③そもそも周囲が問題に気づきにくい統制環境であった
問題となった工場は、管理職の人事異動が少なかったといわれています。加えて、客観的な立場でメスを入れる役割を担う品質管理部も、厳格なチェックを行なっていませんでした。具体的にはデータ改竄リスクを想定した品質チェック、すなわち、元データと照らし合わせた確認までは行っていなかったと記されています。
④現場が経営に相談し助けを求めようという意識になりづらかった
そもそも管理・監督する立場にある品質保証部や品質管理部、多数の役職員が関与・認識していたとも言われています。にもかかわらず長年にわたって放置されてきたのです。ある種、経営がこの状態を容認していたわけで、むしろ「報告を上げないことこそが組織としてのあるべき姿」であり、報告をあげることがはばかられる状況だったわけです。「自分たちの会社を守りたい」との歪んだ思いもあったと思われます。ことの重大さに鑑みれば、真っ先に報告をあげるべき社長に対しても、社長は親会社出身であり、数年後には交代してしまうため、壁を感じて報告をあげることができなかったとも言われています。
こうした原因を踏まえて、同報告書は、解決方針として以下4つを挙げています。
- (方針1)不適切行為を起こさない試験・検査を行うための新たな仕組みの導入・体制の構築
- (方針2)技術仕様決定プロセスの改善など業務プロセス全般の再構築、部門間の相互連携・協力による継続的な見直し・改善
- (方針3)組織風土の徹底した見直し、新たな組織文化の醸成
- (方針4)再発防止に向けた組織・人事体制の抜本的見直し・再構築
私たちがこの事例に学べることは?
今回の事例から導出される典型的な結論は、ガバナンスの強化だとか、リスクカルチャーの醸成が大事だとか、そういう話です。先の4つの方針にもまさにこの考えが反映されています。しかし、せっかくですから本稿では少し視点を変えて、ある1つの問いを考えてみたいと思います。「どうしていれば親会社のIHIの問題が発覚した2019年の時に、この問題も掬い上げることが出来ていたか?」という問いです。
IPSの事例は、人間の体に喩えるなら、頭のてっぺんからつま先まで、自覚症状がないままにがん細胞に侵されている状態であったと言えます。つまり自ら気づき医師に相談すること(自浄作用)を期待するのは極めて難しかったわけです。そのような状況下で、親会社の不正が発覚した時に、自分たちも同様の病気に侵されていることに気づくにはどうすれば良かったのでしょうか。正直に申し上げれば、自覚症状のない人間に、病気であることを自覚させるためには、やはり外部の力、いわば外科的処置も必要不可欠であったように思います。事実、報告書でも同様の指摘がなされています。
「IHI本社や他のIHIグループ会社といった、IPS原動機事業部門から見た『外部』から、IPS原動機事業部門の中に対して(IPSの社長等の経営幹部だけでなく、という趣旨である。)、複数の人を継続的に送っていれば、早期発見・是正もあり得たように思われる」(同報告書より)
これはどの組織にも当てはまる考え方です。今回のケースではIPSという「会社」に対して、良い意味で空気を読めない人間をいかに継続的に送り込むかという話ですが、これは特定の企業に限った話ではなく、組織においてはチームであっても、部署であっても、部門であっても、人材交流を図ることの重要性は変わらないでしょう。
ところで、こういう話をするときにふと思い起こされるのが、IPSと似たような失敗をしたある製薬会社(A社とします)の事例です。後に、A社の工場で不適切行為が行なわれていたことが発覚することになるわけですが、その工場に新工場長として赴任したB氏は着任当時、「自分が以前にいた工場と比べ、やり方の違いにギョッとした」と感じたそうです。そして徐々に「とはいえ、この工場にはこの工場のやり方があるのだろうと思い自分を納得させてしまった(あの時にその違和感に従って、関係者に報告を上げていればもっと早く不適切行為を検知できていたであろうに...)」という回想をしています。結果的にその違和感は生かされなかったわけですが、少なくとも人事異動が違和感に気づけるチャンスを作ったことは注目に値すべき点です。
まとめます。2019年のIHIの不正をきっかけに導入された再発防止策が、今回の不適切行為の検知に役立ったのもまた事実ですから、組織が不適切行為と戦っていくためには、相変わらず、自組織内でのリスクカルチャー醸成やガバナンス強化の取り組みは重要です。これは言うなれば「自浄作用を育む取り組み」です。
それに加えて「自浄作用が機能しなくなっている可能性も踏まえた取り組み」を考えることもまた重要であるということでしょう。「自浄作用が機能しなくなっている可能性も踏まえた取り組み」とは、外科的処置のことであり、組織外の人間が、問題を抱えているであろう組織に継続的に入り込み、良い意味で空気を読まずに違和感の声を上げる機会を設けることを指します。
お時間のある方は、そういった意識を持ちながら、今回の報告書に目を通すと、より得るものがあるのではないでしょうか。