
NBC災害とCBRNE(シーバーン)災害とは、核物質・生物物質・化学物質・放射性物質・爆発物を兵器として使用したテロ攻撃や事故による特殊災害です。自然災害や一般的な事故と比べて対応に特殊な知識が必要であり、平時の備えと訓練が欠かせません。本記事では、定義や違い、事例を踏まえ、企業がCBRNE災害に備えるためのポイントをわかりやすく解説します。
NBC災害とは
NBC災害とは、核(Nuclear)・生物(Biological)・化学(Chemical)の3つの物質を兵器として使用したテロや事故による特殊災害です。"NBC"は、それぞれの物質の頭文字から成り立っています。

図1:NBC(核・生物・化学)兵器によるNBC災害の概要図
NBC災害は、多数の傷病者を同時に発生させるだけでなく、警察や消防などの救助隊員や医療従事者が二次被害を受ける可能性もあり、極めて危険な災害です。特殊災害の一つであり、高度な専門知識と技術、指揮統制や関係機関との連携が求められます。
- ▼ 特殊災害とは
- NBC災害やCBRNE災害など、通常の災害と比較して被害の拡大リスクが高く、救援者自身が二次災害に巻き込まれる可能性がある特殊性を持つ災害です。一般的な災害対応とは異なる特別な対応が求められることから、「特殊災害」と呼ばれています。
参考:国立医療学会「NBC災害」
消防庁は、NBC災害への対応能力を強化するため、資機材の配備、訓練、関係機関との連携体制の強化を推進しています。例年1月頃に公表される「消防白書」には、国民保護の取り組みの一環としてNBCテロ対策や救助技術の高度化に向けた具体的な施策が記されています。
NBC災害の定義と特徴
NBC災害で使用される兵器は、核兵器、生物兵器、化学兵器であり、これらを総称して「NBC兵器」と呼びます。いずれも大量破壊兵器に分類されます。
各NBC兵器における災害の定義と特徴は以下の通りです。
核兵器(N)による災害
核兵器による災害とは、原子力施設や放射性物質の輸送中に発生する火災・漏えいや、意図的に引き起こされる災害を指します。放射線は目に見えず、被ばくの自覚が難しいため、無防備な行動により二次被害を招く危険性があり、専門的かつ高度な対応が求められます。
生物兵器(B)による災害
生物兵器による災害とは、感染症病原体を扱う研究施設などでの漏えいや、炭疽菌などの生物剤を用いたテロ災害を指します。病原体は、目に見えず無臭であり、潜伏期間が数時間から数週間に及ぶため、発見や拡散防止は極めて困難です。
化学兵器(C)による災害
化学兵器による災害とは、毒物・劇物を扱う施設や輸送中に発生する事故、有毒ガスやサリンなどを用いたテロや事故が起因となる災害を指します。化学兵器は多種多様で、低濃度でも致命的な影響を及ぼす「致死性化学剤」と、高濃度で殺傷力を発揮する「非致死性化学剤」に分類されます。化学兵器による災害は、ほかのNBC兵器と異なり五感で察知できることや、症状が早期に現れるという特徴があります。
NBC災害における消防対応とゾーニングの基本原則
NBC災害における消防対応は、通常の集団災害対応に加えて、ゾーニング、防護、除染、検知などの特殊災害に特化した対応が求められます。
NBC災害の初動対応では、現場到着後に、安全確保と被害拡大防止を目的としてゾーニングを実施します。ゾーニングとは、災害現場の汚染濃度や危険度に応じて活動区域を指定することです。具体的には、原因物質に直接接触するリスクがあり、危険度が最も高いホットゾーン(汚染区域)、人や車両の移動によって汚染された二次汚染の可能性があるウォームゾーン(除染区域)、直接の危害が及ばない安全なコールドゾーン(安全区域)の3つに分けられます。救助隊員は区域ごとに定められた活動内容に従い、安全かつ迅速に被災者の救助や除染活動、医療支援を行います。
NBC災害のような特殊災害対応においては、NBC災害即応部隊などが被災状況の確認と現場周辺の安全確保のため、化学兵器にも対応できるPPE(個人防護服)など特殊な防護服を着用して活動します。防護服は、危険度が高い順にAからDのレベル分けがされており、エリアの危険度に応じた装備で活動にあたります。
ほかにも、服や体に付着した有害物質を洗い流す除染テントなどの資機材を備えた除染システム搭載車や、様々な物質を特定できる検知資機材を搭載した特殊災害対応自動車など、NBC災害向けの特殊災害対応車が出動します。消防や警察、災害時派遣医療チーム(DMAT)をはじめとする初動対応要員が主体となり、自治体や関係機関と連携しながら、原因物質の検知・除染作業やトリアージによる負傷者の救助、避難誘導などにあたります。
CBRNE災害とは
CBRNE災害とは、化学(Chemical)・生物(Biological)・放射性物質(Radiological)・核(Nuclear)・爆発物(Explosive)の5つの危険物質や兵器による特殊災害です。NBC災害同様に、それぞれの頭文字を取ってCBRNE災害と呼ばれています。

図2:CBRNE(化学・生物・放射性物質・核・爆発物)兵器によるCBRNE災害の概要図
CBRNE災害とNBC災害の違い
CBRNE災害には、NBC災害に含まれる核物質(N)、生物物質(B)、化学物質(C)のほか、放射性物質(R)と爆破物(E)の兵器による災害が含まれるという特徴があります。放射性物質(R)は、核物質(N)から分離されたもので、この背景には、安全保障上の大量破壊兵器の脅威が変容したことが挙げられます。
冷戦期のNBC災害は、核物質、生物物質、化学物質による兵器を脅威としていました。特に、大量破壊兵器の一つである核兵器や核爆弾は、大規模な爆発的破壊を引き起こすことから、国家間の軍事力であり安全保障上の脅威と位置づけされていました。しかし、冷戦終結後、特に2000年代初頭以降は、米国同時多発テロをはじめとした非国家主体によるテロリズムや武力攻撃の増加に伴い、核爆発を伴わない「ダーティーボム」(※1)や、原子力発電所への攻撃による放射性物質の拡散が懸念され、NBC災害よりも包括的な対応が求められることとなりました。そのため、これまで一括りにされていた核物質(N)は、放射性物質(R)と分離され、「CBRN」という言葉が使用されるようになりました。
(※1)「ダーティーボム」とは、爆薬によって爆弾の内部や周囲に詰めた放射性物質を拡散させる爆弾やミサイルのこと(出典:外務省「CBRNEテロ対策Q&A」)
さらに、自爆テロ・ボストンマラソン爆破事件など、世界で発生しているテロの約7割が爆発物に起因することから、爆発物(E)による災害も含めた「CBRNE災害」が広く認知されました。CBRNE災害は、原子力発電所が爆破テロを受け放射性物質が外部に放出された場合は、放射性物質(R)と爆発物(E)事案の複合災害として生じる可能性もあります。
CBRNE災害の事例
日本は、1945年の広島・長崎の原爆投下や1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件など、CBRNE災害に関するすべての兵器による被災経験があります。NBC災害やCBERN災害に該当する物質や兵器は以下の通りです。

図3:NBC災害・CBRNE災害に該当する物質・兵器の具体例一覧
CBRNE災害は、日常生活や企業活動に甚大な影響を及ぼす可能性があります。前述した地下鉄サリン事件は、電車内で化学物質「サリン」が使用された化学テロです。通勤の時間帯に発生し死者13名、5,800名以上の負傷者が発生しました。2001年10月に発生したアメリカ炭疽菌郵送事件では、郵便物に生物物質「炭疽菌」を混入するテロ事件が発生し郵便物を扱う企業に混乱が生じました。
これらの災害対応には、高度な知識や技術が必要ですが、企業の従業員も事前に基礎知識や対策を講じることで、緊急時に役立てることができます。日本および世界で発生したCBRNE災害の事例を紹介します。
年/場所 | 事象名 | 災害種別 | 概要 |
---|---|---|---|
1974年/東京 | 三菱重工爆破事件 | 爆発物(E) | 極左テロ集団による三菱重工ビル爆破テロ事件 |
1995年/東京 | 地下鉄サリン事件 | 化学(C) | オウム真理教による化学剤サリンの散布 |
1999年/茨城 | 東海村JCO臨界事故 | 放射性物質(R) | 放射線災害 |
2001年/アメリカ | アメリカ炭疽菌郵送事件 | 生物(B) | 炭疽菌が封入された容器の入った郵便物が送付された |
2011年/福島 | 福島第一原発事故 | 核(N/R) | 原子力発電所の損傷により生じた核と放射線の複合災害 |
2013年/アメリカ | 爆弾テロ | 爆発物(E) | マラソン大会における爆弾テロ |
2015年/フランス | パリ同時多発テロ事件 | 爆発物(E) | 大規模スポーツイベントやコンサートホール、飲食店におけるテロ組織による銃撃および爆発テロ |
厚生労働科学研究成果データベース「新たな脅威となるCBRNEテロ災害」と警察庁「国際テロ情勢と警察の取組」を基にニュートン・コンサルティングが作成
CBRNE災害から命と組織を守るために必要なこと
CBRNE災害から従業員・組織・企業を守るためには、CBRNE災害の特性を正しく理解するとともに、日頃から情報収集や防災備蓄、防護資機材の準備を進めることが重要です。
CBRNE災害を見据えた事前対策
CBRNE災害に備えるには、防災備蓄の見直しとBCP訓練の強化が重要です。CBRNE災害では屋内退避を指示されることがあります。屋内退避の長期化に備え、水や食料、衛生用品など備蓄品や防護資機材を準備し、屋内退避方法を社内マニュアルに明記するなどの対策を行います。細菌やウィルスなど生物剤による災害への備えとしては、ワクチン接種歴の確認や、未接種ワクチンの事前接種が推奨されます。
また、CBRNE災害が発生した場合、二次汚染を防ぐことが被害拡大防止につながります。ビニールシートやガムテープなどで被害者や罹患者を一時的に隔離するための密閉空間を作る場所・方法を検討することや、被害者との直接接触を防ぐためのビニール手袋、感染や汚染大気の吸入を防ぐためのマスクを備蓄品の中に加えることも有効な対策の一つとなります。
万が一の事態に備え、想定シナリオ訓練や企業向けのテロ訓練、CBRNE訓練の実施を通じて、企業のテロ対策の実効性を高め、組織としての事業継続能力を維持していくことが、民間企業におけるテロ対策になります。さらに、CBRNE災害を想定した避難計画や従業員教育、マニュアル整備とPDCAサイクルによる運用改善も企業の責任として求められます。
CBRNE災害発災時の初動対応とその後の行動
CBRNE災害の初動対応では、その場でできることは限られているため、事前の情報収集とCBRNE災害への備えが重要です。企業は、日頃からBCP訓練やCBRNE訓練、想定シナリオ訓練で有事に備えておく必要があります。
外出先で災害に巻き込まれた場合は、濡らしたハンカチなどで口や鼻を覆い、煙や粉塵、汚染大気の吸入を防ぎながら現場から速やかに離れます。特にテロ事案では混乱を狙うケースも多いため、冷静に状況を把握した上で避難行動をとります。
また、発災後は国や自治体の指示に従い、物資提供などを通じて社会全体で復旧に貢献する姿勢も求められます。企業のBCPの見直しやPDCAによる継続的な改善が、事業継続と社会的責任の両立に不可欠です。
定期的なBCP訓練や改善の実施
近年、北朝鮮の弾道ミサイル発射や欧米諸国でのテロ事件など、CBRNE災害の現実的な脅威が高まっています。こうした状況下では、公的機関だけでなく、市民や企業の備えが極めて重要です。企業では、地震や風水害に加えて、CBRNE災害についてBCPの見直しを行い、防災備蓄や防護資機材の整備、避難計画の策定を進める必要があります。
特に、マニュアル整備と定期的な訓練、想定シナリオ訓練の実施は、発災時の初動対応や屋内退避方法を従業員が理解・実践する上で不可欠です。CBRNE訓練やBCP訓練、さらには企業向けのテロ訓練を取り入れることで、事業継続体制の強化にもつながります。CBRNE災害の備蓄や企業のテロ対策は、PDCAサイクルによる継続的なリスク管理の一環として取り組むべき課題です。