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2024年の重大リスクを考える(Part 1)

掲載:2024年01月15日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

ニュートン・ボイス

全社的リスクマネジメント(ERM)は効果的・効率的なリスクのコントロールを通じて、企業の目的・目標達成確度を向上させる手段です。不確実性をコントロールしようというのですから、うまくいくこともあればうまくいかないこともあります。だからこそ、成功や失敗から学ぶことが重要であり、検証する過程において短期的な目標達成のみならず、中長期的な目標達成をも支援してくれる手法となるのです。

そこで本稿では2024年の重大リスクを考えるにあたって、2023年に示されていた重大リスクを振り返り、それを踏まえて2024年の重大リスクを全2回(Part 1とPart 2)にわたり、考察します。2023年のリスクマネジメントにはどのような成功や失敗があったのか。そこから得られる学びは何か。それらを考慮しつつ、2024年はどのような環境変化が予測されているのか。どのようなリスクに気をつける必要があるのか。その際のポイントは何か。みていきます。

まずはPart 1として2023年を振り返っていきましょう!

         

2023年に予測した重大リスク

ちょうど1年前の今頃、様々な専門機関の発表内容や多方面に渡る情報源をもとに、私なりの2023重大リスクトップ10を発表しました。果たして結果はどうだったのか、気になりますよね。私自身も気になります。なお、2023重大リスクトップ10とは以下の通りです。

企業が気にすべき2023年の重大リスクは?

  • 1位: 世界的インフレリスク及び世界景気減退リスク
  • 2位: 地政学問題(ロシア、中国、イラン、トルコ、北朝鮮等)に絡んでのサプライチェーンリスク
  • 3位: サイバーリスク
  • 4位: 人材リスク
  • 5位: 為替変動リスク
  • 6位: 自然災害(特に地震・噴火・風水害)リスク
  • 7位: 働き方や消費者に関する価値観変化リスク
  • 8位: 破壊的イノベーションリスク
  • 9位: 新たな感染症リスク
  • 10位: ガバナンスリスク

出典:2023年の重大リスクと企業がなすべきこと、ニュートン・コンサルティング(2023/1/24改訂)

こうやって改めてみてみますと、そもそも列挙しているリスク自体に大きな幅を持たせているため、概ねその通りだったと言えると思います。ただ、より細かくみていくと、顕在化したリスクもあればそうでないリスクもあります。順を追って検証してみましょう。

2023重大リスク予測の結果(1位~5位)

1位:世界的インフレリスク及び世界景気減退リスク
このリスクは多くの専門家が声を揃えて主張していたものです。具体的には例えば、シティグループのジェーン・フレーザーCEOが「米国は2023年後半に緩やかな景気後退局面に入る可能性が高い。米は利上げし5月までに5.5%は行くだろう(日経新聞2023.1.9)」と発言していました。確かに金利はその予測に近い形で上昇しましたが、景気減退リスクが顕在化したとまでは言えないでしょう。米国経済は思いの外耐え凌ぎました。ただこのリスクはそのまま後ろ倒しになり、2024年に引き継がれている印象です。
2位:地政学問題(ロシア、中国、イラン、トルコ、北朝鮮等)に絡んでのサプライチェーンリスク
多くの識者の予想通り、ロシア・ウクライナ戦争は収束する気配を見せませんでした。イランは常に懸念材料となっていますが、イランというより、ハマス・イスラエル戦争をきっかけに、中東地域で政情不安が顕在化したと言えます。いずれの戦争も沈静化する気配はなく2024年も台風の目となりそうです。
3位:サイバーリスク
2023年も国内外で多くのサイバー攻撃が発生しました。日本では、エーザイやコクヨ、アダストリアなどの企業がサイバー攻撃を受けました。米国でも数多くの攻撃が行われ、後半は特にヘルスケア業界での被害が目立ちました。サイバーリスクは2023年だからというよりも、今後も一層大きさが増していくリスクと言えるでしょう。
4位:人材リスク
こちらもサイバーリスク同様、時間の経過とともに増大していく傾向を持つリスクです。多くの企業が重大リスクの1つとして人材リスクを挙げています。今後も徐々に労働生産人口が減っていくことは確実であるため、重大なリスクの1つだと言えます。
5位:為替変動リスク
為替変動については先読みの難しいリスクの1つであったと思います。ただ総じて、円安トレンドを予測した関係者が多かったように思います。ワタミの渡邉美樹会長兼社長は「23年は非常に厳しい、と言うのが正直なところ。円安は進み、少なくとも1ドル=2百円くらいまで行くのではないだろうか」(東洋経済オンライン)と発言していました。蓋を開けてみれば、流石に200円にはなりませんでしたが、円安トレンドではありました。年初は132円でしたが、年末では141円となり約10円程度の円安が進みました。

2023重大リスク予測の結果(6位~10位)

6位:自然災害(特に地震・噴火・風水害)リスク
幸いにも2023年は国内では、多数の死者を出すような自然災害はありませんでした。震度5の地震は数多く発生しており、2023年5月に起きた能登半島沖の地震は震度6強でした。2024年は元旦から能登半島で再び大きな地震が発生し、近い将来に発生が懸念されている南海トラフ地震や富士山噴火など、日本列島に住む限り、全く油断ができない状態です。
7位:働き方や消費者に関する価値観変化リスク
Z世代が労働市場で重要な役割を担いつつあります。こうした変化から、消費者の消費行動や仕事に対する向き合い方が変わりつつあります。就職後3年内の転職を望む人の割合が増えており、その傾向は2023年も続きました。就業者6,676万人のうち、転職者は296万人で、前年同期に比べて34万人の増加。転職者を年齢階級別にみると「25~34歳」が74万人と最も多かったようです。
8位:破壊的イノベーションリスク
2022年11月にOpenAI社が発表した生成AI、ChatGPTが世界を席巻しました。ChatGPTを皮切りに2023年は次々に生成AIに関連する製品・サービスが発表されました。また同時にAIリスクも次々と声高に叫ばれるようになりました。2024年もまだまだこうした傾向は続くと考えるべきでしょう。
9位:新たな感染症リスク
新型コロナウイルス(Covid19)が落ち着いたものの、またすぐに新たなパンデミックが出てもおかしくないという指摘がなされていましたが、幸いなことに2023年、新たなパンデミックは起こりませんでした。油断はできませんが、中長期的に留意すべきリスクの1つと言えるでしょう。
10位:ガバナンスリスク
2023年は特に、非上場企業で、ガバナンスを問題とした不祥事が起こりました。旧ジャニーズ事務所、宝塚歌劇団、日本大学やビッグモーター、ガバナンスを要因とした不祥事が数多く起こりました。上場企業も課題を抱えていないわけではなく各所で問題が指摘されるケースがありました。

2023年結果からの学び

予測のスタンスにもよりますが(想定外を当てようとして無理な予測をしない限りは)基本的には、短期的なリスク予測が当たりやすいことは明らかです。なぜなら、向こう1年に直面するであろうリスクは、識者の元にデータ・知識がある程度集まってきており、そもそもが不確実性の低い(=確実性の高い)リスクだからです。2023年で言えば、世界的インフレリスク、人材リスク、為替変動リスクなどはその典型と言えるでしょう。ロシア・ウクライナ戦争も多くの専門家が「すぐには収束しない」と指摘していましたが、その通りになりました。ここからの学びは、やはり専門機関から提示される重大リスクに対しては必ずリスク評価を行っておくべきだということでしょう。

一方で、読みきれないリスクもあります。そうした類のリスクは「既知の未知」や「未知の未知」と呼ぶことができます。特に「既知の未知」は、そこにリスクがあることは分かりつつも、具体的なシナリオとなると予測しきれないものです。自然災害やサイバー攻撃がその典型です。「未知の未知」とまでは言い切れませんが、それに近かったものがハマス・イスラエル戦争です。こうした類のリスクに対してはレジリエンス(回復力)を向上させるための備えをとっておくことが求められます。具体的にはBCPや危機管理体制の整備や演習実施がこれに該当します。

少し毛色が異なるのが生成AIリスクです。2022年11月にChatGPTがリリースされてからというもの、各企業は大いに注目してきていますが、今後どのようなリスクとなって企業に襲いかかるかまだ読みきれない部分があります。つまり、知識やデータが揃い切っておらず、まだ未知なる部分が多く残されています。その意味ではエマージングリスク(新興リスク)と呼ぶこともできます。こうしたリスクに対しては、レジリエンス(回復力)を向上させるための活動も大事ですが、刻一刻と状況が変化していく可能性があるため、それに加えて、継続的・アジャイル的なリスク評価が推奨されます。

Part2に続く)