人権デュー・ディリジェンス(人権DD)
| 執筆者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
人権リスクは企業にとって重要な経営課題の一つです。強制労働や児童労働、ハラスメント、差別、外国人労働者の権利侵害、プライバシー侵害などは、企業価値の毀損や取引停止、訴訟、行政処分、投資家からの評価低下につながる可能性があります。
近年は、欧州を中心に、人権デュー・ディリジェンス(Human Rights Due Diligence:人権DD)を企業に求める法規制が強化されています。本記事では、人権デュー・ディリジェンスの概要、企業が参照すべきガイドラインや各国の法規制、取り組み不足によるリスク、具体的な進め方、企業事例について解説します。
人権デュー・ディリジェンスとは
人権デュー・ディリジェンスとは、企業が事業、サプライチェーン、利用しているサービスにおいて、強制労働や児童労働、ハラスメントなどの人権リスクを特定し、それに対処するために取る一連の取り組みのことです。
人権デュー・ディリジェンスは、単に自社内の労務管理やコンプライアンスを確認する活動ではありません。自社の製品・サービスの原材料調達、製造、物流、販売、廃棄、委託先や取引先の活動など、企業が関与する広い範囲における人権への影響を確認することが求められます。
この考え方の基礎となっているのが、国連が2011年に採択した「ビジネスと人権に関する指導原則」です。同原則は、「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」という3本柱を示しています。現在、各国の人権デュー・ディリジェンス関連法やガイドラインの多くは、この国連指導原則を基礎として発展してきました。
日本では2022年9月にガイドライン「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が策定され、2023年4月には政府が調達する際の入札・契約においてこのガイドラインを踏まえることが要件となりました。さらに、2025年12月には「ビジネスと人権」に関する行動計画の改定版が公表され、企業に対して、人権への負の影響の特定・評価・予防・軽減・対処などから成る人権デュー・ディリジェンスの導入を促進することへの期待が示されています。
人権リスクとは
人権デュー・ディリジェンスが対象としている人権リスクとは、人権を侵害するリスクのことであり、代表的なものに強制労働や児童労働、ハラスメントなど労働者の権利侵害などがあります。法務省が2021年3月に公表した「ビジネスと人権に関する調査研究」報告書では、企業が尊重すべき主要な人権と人権に関するリスクの内容・近年の動向として次の25項目を記しています。
表1 企業が尊重すべき主要な人権
| 分野 | 主要な人権に関するリスク |
|---|---|
| 労働条件 | 1. 賃金の不足・未払、生活賃金 2. 過剰・不当な労働時間 3. 労働安全衛生 4. 強制的な労働 |
| ハラスメント | 5. パワーハラスメント(パワハラ) 6. セクシュアルハラスメント(セクハラ) 7. マタニティハラスメント(マタハラ)/パタニティハラスメント(パタハラ) 8. 介護ハラスメント(ケアハラスメント) |
| 社会的権利 | 9. 社会保障を受ける権利 10. 児童労働 11. 外国人労働者の権利 12. 先住民族・地域住民の権利 |
| 差別や偏見 | 13. 差別 14. ジェンダー(性的マイノリティを含む)に関する人権問題 15. テクノロジー・AIに関する人権問題 16. プライバシーの権利 |
| ビジネス | 17. 知的財産権 18. 賄賂・腐敗 19. サプライチェーン上の人権問題 20. 消費者の安全と知る権利 21. 救済へアクセスする権利 |
| 環境や気候変動 | 22. 環境・気候変動に関する人権問題 |
| 結社や表現 | 23. 結社の自由 24. 表現の自由 |
| 移動 | 25. 移住移転の自由 |
出典 法務省「ビジネスと人権に関する調査研究」報告書などを参考にニュートン・コンサルティングが作成
近年は、AIやデータ利活用、監視技術、プラットフォーム労働、気候変動、移民労働者の権利なども、人権リスクとして注目されています。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、AIや生体認証、予測的な判断システムが、差別、監視、排除、プライバシー侵害などにつながり得ると指摘しています。また、経済協力開発機構(OECD)は、AIを開発・利用する企業に対し、責任ある企業行動と人権デュー・ディリジェンスの考え方に基づき、負の影響を特定・予防・軽減することを求めています。
人権デュー・ディリジェンスに関するガイドラインと法規制について
人権デュー・ディリジェンスに関するガイドラインや法規制にはさまざまなものがあります。これらのガイドラインや法規制はそれぞれの目的によって策定されたものであるため、企業は自社の置かれた事業環境を考慮しながら慎重に検討を行い、適用していく必要があります。
基礎となるガイドラインとしては、国連が2011年に採択した「ビジネスと人権に関する指導原則」があります。この指導原則が示す考え方をベースにして、多くの法規制やガイドラインが発展してきています。これまでの英国の現代奴隷法や、米国カリフォルニア州のサプライチェーン透明法はもちろん、EUのコーポレート・サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令案、日本の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」なども同様です。以下に代表的なガイドラインおよび法規制などを紹介します。
1. 人権デュー・ディリジェンスに関するガイドライン
表2 人権デュー・ディリジェンスに関する代表的なガイドライン
| ガイドライン名 | 発行元 | 概要 |
|---|---|---|
| ビジネスと人権に関する指導原則 | 国連 | 2011年に発行され、多くの人権デュー・ディリジェンス関連法の基礎となっている |
| GRIスタンダード | GRI(Global Reporting Initiative) | サステナビリティ情報開示の国際的な基準。人権、労働慣行、サプライチェーン上の影響などの開示にも活用される。 |
| 国際統合報告フレームワーク | IFRS財団 | 企業の長期的な価値創造を説明するための枠組み。人権を含む非財務情報を統合的に説明する際に参照される |
| 責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン | ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議 | 2022年9月公表。サプライチェーンにおいて組織が人権を尊重し、適切な取り組みを行うための指針。日本で事業活動を行う、個人事業主を含めたすべての企業が対象 |
| 責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料 | 経済産業省 | 「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」に沿って取り組むための手順を具体的に示した |
| 人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引) | 日本弁護士連合会 | 日本の企業および助言する弁護士が「ビジネスと人権に関する指導原則」に沿った活動をするためのガイドライン |
| 責任ある企業行動ガイドライン | JEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会) | サプライチェーン全体のCSR(企業の社会的責任)を実現するための行動規範。動画版や自己評価シートもある |
| 責任ある企業行動(RBC)のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス | OECD(経済協力開発機構) | 期待される企業行動について、分野を問わずに利用できるガイダンス |
| 紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス | OECD(経済協力開発機構) | 鉱物採掘に関するサプライチェーンの透明性を高め、人権侵害を防ぐためのガイドライン |
| 責任ある農業サプライチェーンのためのOECD-FAOガイダンス | OECD(経済協力開発機構)、FAO(国連食糧農業機関) | 農業サプライチェーンに関する責任ある企業行動の基準 |
| 「ビジネスと人権」に関する行動計画 | ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議 | 日本のNAP(National Action Plan)で2020年10月に公表。2025年12月に改定版を公表。政府の施策と企業への期待を示す。 |
| 人権を尊重する経営のためのハンドブック | 一般社団法人日本経済団体連合会 | 2021年12月に第1版が公表され現在は第2版。企業が自主的に取り組むことの重要性や最新動向を掲載 |
2. 人権デュー・ディリジェンスに関する法規制
表3 人権デュー・ディリジェンスに関する近年の法規制
| 法規制など | 対象範囲 | 概要・備考 |
|---|---|---|
| 英国現代奴隷法 | イギリス | サプライチェーンからの奴隷制排除を目指し、年間売上高が一定を超える英国内活動企業に対し、声明の公表を義務付け |
| ドイツ・サプライチェーン・デュー・ディリジェンス法(LkSG) | ドイツ | 一定規模以上の企業に対して、国内外全てのサプライチェーンにおいて、人権や環境を尊重するための取り組みを義務化する。2023年1月から施行 |
| 企業注意義務法 | フランス | 一定規模以上の企業に人権デュー・ディリジェンスに関する計画の策定と実施を義務付け |
| 非財務情報開示義務 | スペイン | 自社の人権デュー・ディリジェンスのモデルや人権侵害に関わる苦情件数の報告を義務付け |
| EUコーポレート・サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令 | 欧州連合(EU)および一定要件を満たす域外企業 | 2024年7月25日に発効。企業の活動、子会社、グローバルなバリューチェーンにおける人権・環境への負の影響への対応を求める。2025~2026年にOmnibus簡素化の影響を受けているため、適用時期・対象範囲は最新動向の確認が必要 |
| EU強制労働製品禁止規則 | EU市場に流通・輸出される製品 | 強制労働によって作られた製品をEU市場で販売・流通・輸出することを禁止。輸入品だけでなくEU域内製品も対象。2024年12月に成立し、2027年12月から本格適用される |
| カリフォルニア州サプライチェーン透明法 | 米カリフォルニア州 | 一定以上の売上げを持ち同州にて活動するメーカーのサプライチェーンにおける奴隷労働や人身売買をなくすための情報開示に関する法律 |
| ウイグル強制労働防止法(UFLPA) | アメリカ | 新疆ウイグル自治区で生産された製品などについて、強制労働によって作られたものと推定し、米国への輸入を原則禁止。CBP(米税関・国境取締局)が執行統計を公開している |
| 新疆サプライチェーンビジネス勧告 | アメリカ | 新疆ウイグル自治区とサプライチェーン上で関係する企業や個人に高度な人権デュー・ディリジェンスを要求する勧告。厳密には勧告であり、法律ではない |
| カナダ・サプライチェーンにおける強制労働・児童労働撲滅法 | カナダ | 2024年1月1日に施行。物品の生産・輸入などに関わる一定の企業や政府機関に、強制労働・児童労働リスクへの対応に関する報告を求める |
| 豪州2018年現代奴隷法 | オーストラリア | 現代奴隷制度のリスク評価方法と軽減措置の報告を義務付け。豪州で事業をする企業(年間売上高が1億豪ドル以上)が対象 |
| ビジネスと人権に関する条約 | 全ての条約批准国 | 国際的な人権デュー・ディリジェンスに関する条約化を目指す議論。草案段階であり、今後の交渉動向に注意が必要 |
| 責任投資原則(PRI) | 署名した機関・企業 | 機関投資家が投資を行う際に考慮すべき環境、社会、ガバナンス(ESG)の要因と従うべき6つの原則を定めたイニシアティブ。法律ではないが、署名機関は増えており、ソフト・ローとして力を持っている |
各国法規制の特徴は、単なる情報開示にとどまるものから、リスク評価、是正措置、苦情処理、報告、輸入禁止まで幅があります。特に、米国UFLPAやEU強制労働製品禁止規則のように、製品の輸入・流通そのものに影響する制度は、企業にとって直接的なオペレーションリスクとなります。
人権デュー・ディリジェンスに取り組むメリットとは
世界的に人権重視の流れが強まり、自社が直接もしくは間接的に関わる人権問題について企業はもはや放置することはできない時代になりました。裏を返せば、人権デュー・ディリジェンスの促進は社会にとっても企業にとってもプラスの影響が期待できるといえます。どのような影響なのか大きく3つに整理して解説します。1つ目が企業活動による人権侵害の是正、2つ目が企業価値を毀損するリスクの低減、3つ目が企業価値向上です。
(1)企業活動による人権侵害の是正
企業は人権デュー・ディリジェンスへの取り組みを通して、自社の活動の中でいつ・どこで・どんな人権侵害が起こるのかを特定し、適切な対応を取ることができるようになります。つまり人権デュー・ディリジェンスによって、不公平な扱いを受け、不幸に陥る人を減らすことができるというメリットがあります。
(2)企業価値を毀損するリスクの低減
人権デュー・ディリジェンスを実践することは、企業価値を毀損するリスクの低減につながります。実際に企業活動やブランド価値に影響を与えた事例として次のようなものがあります。
表4 人権に関わる問題が企業価値に影響を与えた事例
| 発生年 | 企業・ブランド名 | 事例 |
|---|---|---|
| 2012年 | スズキの海外子会社 | 低賃金や不安定な契約形態などの人権侵害を理由とする労使紛争によって工場が破損し、株価が下落した |
| 2013年 | ZARA、ユニクロなど(※) | 悪質な労働環境が原因の一つとなって縫製工場の崩落事故が発生した。この事例が発展途上国にある縫製工場の劣悪な環境を世に知らしめ、英国の「現代奴隷法」など各国で人権に関する法規制が進んだ |
| 2019年 | 日清食品 | コマーシャルでスポーツ選手の肌の色を実際よりも白く描いたことが人種差別的だと批判を集め、一部で不買運動に繋がった |
| 2021年 | 三井住友銀行、みずほ銀行、三菱UFJ銀行など | 発電所建設時の土地収用・先住民の退去などの人権侵害問題を理由の一つとして、化石燃料産業からの投資撤退を求めるダイベストメント活動が金融機関を中心に広がった |
| 2021年以降 | Uber | 個人事業主として働いている配達員に適切な法的保護が与えられていないという批判が上がり、世界各国で訴訟が発生している |
※崩落事故とは直接的な関係はないものの、事故が起きたバングラデシュで衣料品を調達する主要アパレルブランドとして、事故後の工場安全管理の取り組みに参画。
これらの事例は、企業が適切に人権デュー・ディリジェンスを実践していれば未然に防げた可能性もあります。
(3)企業価値の向上
人権やサステナビリティへの関心の高まる昨今、人権を尊重する取り組みの推進は、ブランドイメージの向上に寄与すると考えられます。例えばアウトドア用品のデザインや販売を行うパタゴニアは、2000年代から下請け工場を含むサプライチェーンの査定を始めたことで、環境や人権に配慮する企業としてブランドを確立しました。日本では「ヤシの実洗剤」などを展開するサラヤが、洗剤の原料となるパーム油の生産地を経営陣が訪問し、環境保全の取り組みを全社で行ったことで、第三者からの評価が上がり、会社のブランドイメージ向上、また社員のモチベーション向上などにもつながったことが有名です。
また人権デュー・ディリジェンスの実践は企業の融資・投資獲得のためにも重要です。昨今では金融機関における融資や、機関投資家による投資の際にも人権への取り組みに配慮する原則(エクエータ―原則や責任投資原則)に従うことが求められ、人権デュー・ディリジェンスを実践することで融資・投資を獲得することにも役立ちます。こういった企業の人権デュー・ディリジェンスの取り組みを可視化する第三者評価機関なども登場しており、金融市場からの信頼醸成にもつながるのです。
このように人権を尊重する取り組みが功を奏せば、生産性や人材定着率の向上が期待でき、投資を呼び込むことにもつながります。
取り組み不足によるデメリットとは
対応を怠った場合には以下のような悪影響が及ぶことを覚悟しなければならないでしょう。特に近年は、法令違反や批判にとどまらず、輸入差し止め、通関遅延、取引先からの証跡提出要請、サプライヤー変更に伴うコスト増加など、事業運営に直接影響するリスクが高まっています。
表5 経営リスクに発展する恐れのある事象
| 領域 | 発生事象 |
|---|---|
| 法務リスク |
|
| 通商・輸入規制リスク |
|
| オペレーショナルリスク |
|
| レピュテーションリスク |
|
| 投資・金融リスク |
|
とりわけ、EU強制労働製品禁止規則は、強制労働によって作られた製品について、EU市場での販売・流通・輸出を禁止する制度です。対象は輸入品に限らず、EU域内で生産された製品やEUから輸出される製品も含まれます。企業にとっては、一次サプライヤーだけでなく、原材料、部品、加工工程を含むサプライチェーン全体のトレーサビリティを高めることが重要になります。
人権デュー・ディリジェンスの進め方とは
前章でご紹介したガイドラインや法規制などに沿った人権デュー・ディリジェンスを実践するには、「ビジネスと人権に関する指導原則」で示される、最も基本的な4つのステップが鍵となります。先述の通り、多くの法規制やガイドラインはこの指導原則が示す考え方をもとに発展してきているため、まずはこの4つのステップを押さえることで、個別の法律やガイドラインなどへの対応がしやすくなります。
1. アセスメント
アセスメントとは、自社および取引先の活動・業務・商品・サービスが与える影響やリスクの特定・評価のことです。
ポイント
- 企業の規模や活動の性質に応じて、アセスメントの度合いを変える。必要に応じて、人権侵害を受ける可能性のある利害関係者と協議する
- 特定・評価したリスクであっても、経年で変化する可能性を認識する
- アセスメントにあたり社内外の人権専門家の知見を活用する
2. 対応(影響の予防・軽減)
ここでの対応とは、自社の事業活動によって人権に悪影響を及ぼすことにならないよう、予防策や軽減策を講じることを指します。
ポイント
- アセスメント結果への対応は全社横断的に組み込む
- 責任者・責任部門を明確にする
- 予算配分・監督などにより実効力を担保する
- 人権侵害の原因が自社の直接的な活動なのか、取引先の活動による間接的なものなのか、また自社がどこまで介入できる問題なのかなど、状況に応じて適切に対応する
3. モニタリング(トラッキング・効果測定)
モニタリングとは、実施した対応の効果測定をすることです。
ポイント
- 適切な質的・量的指標を用いる
- 人権侵害を受けた利害関係者を含む社内外の意見を活用する
4. 社内外への発信(説明責任の充足)
社内外への発信とは、主に悪影響を受ける利害関係者に対して説明責任を果たすことを意味します。
ポイント
- 人権侵害の重大性に応じて適切な形式・頻度で情報開示する
- 開示した情報に利害関係者がアクセスできるようにする
- 人権侵害への対応が十分なものか評価できるよう、情報を開示する
- 利害関係者や従業員へのリスクを伴わないように情報開示する
- 公開できない正当な理由がある、自社の機密事項へのリスクを伴わないように情報開示する
この4つの基本的なステップは特別なものではなく、TCFDやESG、コーポレートガバナンス報告のような、非財務情報開示に共通の考え方といえます。企業においては今後さらにルール化が進んでいくなかで、自組織の活動による人権侵害が起こらないよう、注意深く企業イメージを守り育てることを目指し、まずは自社事業や活動する地域に合った法制度・ガイドラインに則って対応を進めるのがよいでしょう。
人権デュー・ディリジェンスの取り組み事例
日本は人権デュー・ディリジェンスについて遅れていると指摘されてきました。2022年9月に日本政府は初めてガイドラインを策定しましたが、その後状況は進展したのでしょうか。
日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、2022年時点での人権デュー・ディリジェンスの実施状況は全体の10.6%にとどまり、大企業では実施率が3割近い一方、中小企業では1割未満でした(ジェトロ、2022年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」)。取り組みが進まない背景には「具体的な取り組み方法がわからない」という課題があり、実施している企業においても3割以上が「1社だけでは解決できない複雑な問題がある」と感じていることが分かりました。
一方で、徐々にではありますが、優れた実践事例も蓄積されてきました。以下にグローバル、日本における人権デュー・ディリジェンスの取り組み事例を一部ですが紹介します。課題解決の一助になれば幸いです。
(1)グローバル
ユニリーバ(イギリス)
2015年より「国連人権報告フレームワーク」に沿う“Human Rights Report”や“Human Rights Progress Report”を定期的に発表。自社の人権方針、レスポンシブル・パートナー・ポリシー、人権擁護者方針(Human Rights Defender Policy)など、幅広いスコープで方針を定め、対応を進めています。具体的には、独自の「顕著な課題フレームワーク(Salient Issues Framework)」を用いた人権課題と解決方法の分析と実践や、バリューチェーン上のサプライヤーの人権監査、女性の権利保護のためのファンド設立など、多くの取り組みをしています。
パタゴニア(アメリカ)
企業のミッション・ステートメントで「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」と明記し、人権に関する重点プログラムを明記して進捗をホームページで開示する活動を続けています。例えば、以下のような取り組みがあります。
- パタゴニアが創設メンバーである公正労働協会(FLA)による、サプライチェーン上の公正な労働と安全な労働環境などを監査する取り組み
- サプライチェーンの製造工場の火災予防訓練
- 責任ある購買慣行のための行動規範の策定
- 複数ブランドとNGOとの協力の強化
(2)日本
外務省が作成した「『ビジネスと人権』に関する取組事例集」から3社の事例を一部ですが紹介します。
積水化学工業株式会社
「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づいた積水化学グループ「人権方針」を策定しています。人権デュー・ディリジェンスの仕組みを構築し、積水化学グループが社会に与える人権に対する負の影響を特定し、その未然防止および軽減を図っています。
キリンホールディングス株式会社
国際的な人権の規範を支持し、国連グローバル・コンパクトに署名しました。人権方針を、事業活動における人権尊重の取り組みに関する全ての文書・規範の上位方針と位置付け、キリングループ全ての役員・従業員に適用しています。人権ガバナンス体制と人権啓発活動、人権尊重に向けた人権デュー・ディリジェンスを実施しています。
ANAホールディングス株式会社
「ビジネスと人権に関する指導原則」に則って、人権への取り組みを進めています。2016年4月に「ANAグループ人権方針」を定め、2020年には従来の調達方針を見直し「調達基本方針」と「サプライヤー行動指針」とで構成される「ANAグループ調達方針」を新たに策定。毎年「現代奴隷法声明文」を公表しています。