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人権デュー・ディリジェンス(人権DD)

掲載:2022年04月13日

執筆者:コンサルタント 藤岡 誠

用語集

人権デュー・ディリジェンス(Human Rights Due Diligence; 人権DD)とは、企業が事業、サプライチェーン、利用しているサービスにおいて、強制労働や児童労働、ハラスメント等の人権リスクを特定し、それに対処するために取る行動のことです。近年、サステナビリティへの関心の高まりなどもあって広く知られるようになり、欧州などでは法規制の動きも出ています。日本でも2022年現在、国会で人権デュー・ディリジェンスの法制化に関する議論が行われているほか、経済産業省に「ビジネス・人権政策調整室」が設置され、対応が始まっています。

とはいえ、企業が人権デュー・ディリジェンスに取り組むといっても、何を目指して、どんなステップで、どれくらい取り組めばいいのか分からない、という悩みもあるのではないでしょうか。そこで以下では、企業が人権デュー・ディリジェンスに取り組むメリットと、その指針となるガイドラインや法規制、また取り組みの具体的ステップについて解説します。

         

人権デュー・ディリジェンスに取り組むメリット

人権デュー・ディリジェンスに取り組むメリットを、大きく3つに整理して解説します。1つ目が企業活動による人権侵害の是正、2つ目が企業価値を毀損するリスクの低減、3つ目が企業価値向上です。

①企業活動による人権侵害の是正

企業は人権デュー・ディリジェンスへの取り組みを通して、自社の活動の中でいつ・どこで・どんな人権侵害が起こるのかを特定し、適切な対応を取ることができるようになります。つまり人権デュー・ディリジェンスによって、不公平な扱いを受け、不幸に陥る人を減らすことができるというメリットがあります。

②企業価値を毀損するリスクの低減

人権デュー・ディリジェンスを実践することは、企業価値を毀損するリスクの低減につながります。実際に企業価値が損なわれたケースとして、次のような事例があります。

【人権に関わる問題により企業価値損失につながった日本企業の代表的な事例】
発生年 企業名 事例
2012 スズキの海外子会社 低賃金や不安定な契約形態などの人権侵害を理由とする労使紛争によって工場が破損し、株価が暴落した
2013 ZARA、ユニクロなど 悪質な労働環境が原因の一つとなって縫製工場の崩落事故が発生した。この事例が発展途上国にある縫製工場の劣悪な環境を世に知らしめ、英国の「現代奴隷法」など各国で人権に関する法規制が進んだ
2019 日清食品 コマーシャルでスポーツ選手の肌の色を実際よりも白く描いたことが人種差別的だと批判を集め、一部で不買運動に繋がった
2021 三井住友銀行、みずほ銀行、三菱UFJ銀行など 発電所建設時の土地収用・先住民の退去などの人権侵害問題を理由の一つとして、化石燃料産業からの投資撤退を求めるダイベストメント活動が金融機関を中心に広がった

これらの事例は、企業が人権デュー・ディリジェンスを実践していれば未然に防げた可能性もあります。

③企業価値の向上

人権やサステナビリティへの関心の高まる昨今、人権を尊重する取り組みの推進は、ブランドイメージの向上に寄与すると考えられます。例えばアウトドア用品のデザインや販売を行うパタゴニアは、2000年代から下請け工場を含むサプライチェーンの査定を始めたことで、環境や人権に配慮する企業としてブランドを確立しました。このように人権デュー・ディリジェンスの実践は企業価値を向上させ、株主・顧客・社会からの信頼を守ることにつながります。

人権デュー・ディリジェンスに関するガイドラインや法規制

現在、人権デュー・ディリジェンスに関するガイドラインや法規制にはさまざまなものがあります。これらのガイドラインや法規制は国際的にも日本国内でも統一されているわけではないので、企業は自社の置かれた事業環境を考慮しながら慎重に検討を行い、適用していく必要があります。

なお、有名なガイドラインとしては、国連が2011年に採択した「ビジネスと人権に関する指導原則」があります。この指導原則が示す考え方をベースにして、多くの法規制やガイドラインが発展してきています。例えば、英国の現代奴隷法や、米国カリフォルニア州のサプライチェーン透明法などです。以下に代表的なガイドラインおよび近年の法規制等を紹介します

【人権デュー・ディリジェンスに関する代表的なガイドライン】
ガイドライン名 発行元 概要
ビジネスと人権に関する指導原則 国連 2011年に発行され、多くの人権デュー・ディリジェンス関連法の基礎となっている
サステナビリティ・レポーティング・ガイドライン第4版(G4) GRI(Global Reporting Initiative) サステナビリティ全般に関する情報開示の原則を定めたガイドラインで、人権に関しても規定されている
国際統合報告フレームワーク 国際統合報告評議会 人権に関する観点を含む、統合報告書作成時に求める基本的な考え方の定義や原則と、作成する際に必要な要素をまとめたガイドライン
人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引) 日本弁護士連合会 日本の企業および助言する弁護士が「ビジネスと人権に関する指導原則」に沿った活動をするためのガイドライン
責任ある企業行動ガイドライン JEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会) サプライチェーン全体の CSR(企業の社会的責任)を実現するための行動規範。動画版や自己評価シートもある
責任ある企業行動(RBC)のための OECD デュー・ディリジェンス・ガイダンス OECD(経済協力開発機構) 期待される企業行動について、分野を問わずに利用できるガイダンス
紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス OECD(経済協力開発機構) 鉱物採掘に関するサプライチェーンの透明性を高め、人権侵害を防ぐためのガイドライン
責任ある農業サプライチェーンのためのOECD FAOガイダンス OECD(経済協力開発機構)、FAO(国連食糧農業機関) 農業サプライチェーンに関する責任ある企業行動の基準

(筆者作成)

【人権デュー・ディリジェンスに関する近年の法規制等】
法規制等 対象範囲 概要・備考
英国現代奴隷法 イギリス サプライチェーンからの奴隷制排除を目指し、年間売上高が一定を超える英国内活動企業に対し、声明の公表を義務付け
デュー・ディリジェンス法 ドイツ 一定規模以上の企業に対して、国内外全てのサプライチェーンにおいて、人権や環境を尊重するための取り組みを義務化する。2023年1月の施行を予定
企業注意義務法 フランス 一定規模以上の企業に人権デュー・ディリジェンス計画の策定と実施を義務付け
児童労働注意義務法 オランダ オランダに製品やサービスを提供する全企業を対象として児童労働を規制
非財務情報開示義務 スペイン 自社の人権デュー・ディリジェンスのモデルや人権侵害に関わる苦情件数の報告を義務付け
カリフォルニア州サプライチェーン透明法 米国カリフォルニア州 一定以上の売上げを持ち同州にて活動するメーカーのサプライチェーンにおける奴隷労働や人身売買をなくすための情報開示に関する法律
新疆サプライチェーンビジネス勧告 米国 新疆ウイグル自治区とサプライチェーン上で関係する企業や個人に高度な人権デュー・ディリジェンスを要求する勧告。厳密には勧告であり、法律ではない
ビジネスと人権に関する条約 全ての条約批准国 国際的な人権デュー・ディリジェンスに関する法規制。2022年4月現在、草案段階
責任投資原則(PRI) 署名した機関・企業 機関投資家が投資を行う際に考慮すべき環境、社会、ガバナンス(ESG)の要因と従うべき6つの原則を定めたイニシアティブ。法律ではないが、署名機関は増えており、ソフト・ローとして力を持っている

(筆者作成)

人権デュー・ディリジェンスの基本的なステップ

前章でご紹介したガイドラインや法規制等に沿った人権デュー・ディリジェンスを実践するには、「ビジネスと人権に関する指導原則」で示される、最も基本的な4つのステップが鍵となります。先述の通り、多くの法規制やガイドラインはこの指導原則が示す考え方をもとに発展してきているため、まずはこの4つのステップを押さえることで、個別の法律やガイドラインなどへの対応がしやすくなるからです。以下に「ビジネスと人権に関する指導原則」が示す4つのステップとそのポイントをまとめます。

1. アセスメント

アセスメントとは、自社および取引先の活動・業務・商品・サービスが与える影響やリスクの特定・評価のことです。

<ポイント>

  • 企業の規模や活動の性質に応じて、アセスメントの度合いを変える。必要に応じて、人権侵害を受ける可能性のある利害関係者と協議する
  • 特定・評価したリスクであっても、経年で変化する可能性を認識する
  • アセスメントにあたり社内外の人権専門家の知見を活用する
2. 対応(影響の予防・軽減)

ここでの対応とは、自社の事業活動によって人権に悪影響を及ぼすことにならないよう、予防策や軽減策を講じることを指します。

<ポイント>

  • アセスメント結果への対応は全社横断的に組み込む
  • 責任者・責任部門を明確にする
  • 予算配分・監督などにより実効力を担保する
  • 人権侵害の原因が自社の直接的な活動なのか、取引先の活動による間接的なものなのか、また自社がどこまで介入できる問題なのかなど、状況に応じて適切に対応する
3. モニタリング(トラッキング・効果測定)

モニタリングとは、実施した対応の効果測定をすることです。

<ポイント>

  • 適切な質的・量的指標を用いる
  • 人権侵害を受けた利害関係者を含む社内外の意見を活用する
4. 社内外への発信(説明責任の充足)

社内外への発信とは、主に悪影響を受ける利害関係者に対して説明責任を果たすことを意味します。

<ポイント>

  • 人権侵害の重大性に応じて適切な形式・頻度で情報開示する
  • 開示した情報に利害関係者がアクセスできるようにする
  • 人権侵害への対応が十分なものか評価できるよう、情報を開示する
  • 利害関係者や従業員へのリスクを伴わないように情報開示する
  • 公開できない正当な理由がある、自社の機密事項へのリスクを伴わないように情報開示する

以上が、最も基本的な4つのステップです。この4つの基本的なステップは特別なものではなく、TCFDやESG、コーポレートガバナンス報告のような、非財務情報開示に共通の考え方といえます。企業においては今後さらにルール化が進んでいくなかで、自組織の活動による人権侵害が起こらないよう、注意深く企業イメージを守り育てることを目指し、まずは自社事業や活動する地域に合った法制度・ガイドラインに則って対応を進めるのがよいでしょう。

 

参考文献
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