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事業活動およびサプライチェーンにおける強制労働のリスクに対処するためのEU企業のデュー・ディリジェンスに関するガイダンス

掲載:2021年09月08日

改訂:2022年10月14日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

改訂者:ニュートン・コンサルティング 編集部

ガイドライン

「事業活動およびサプライチェーンにおける強制労働のリスクに対処するためのEU企業のデュー・ディリジェンスに関するガイダンス」(GUIDANCE ON DUE DILIGENCE FOR EU BUSINESSES TO ADDRESS THE RISK OF FORCED LABOUR IN THEIR OPERATIONS AND SUPPLY CHAINS)(以後、「EU人権ガイダンス」と呼ぶ)は、2021年7月に欧州連合(EU)が企業向けに公表した指針です。EU人権ガイダンスは、EU域内の企業がサプライチェーンにおける強制労働のリスクに対処するために行う、効果的な人権デュー・ディリジェンスについて実践的な内容を提供しています。

         

EU人権ガイダンス発行の背景

人権とは、人種、性別、国籍、民族、言語、宗教、その他の地位にかかわらず、すべての人間に固有の権利のことです。これには、生命と自由の権利、奴隷と拷問からの自由、意見と表現の自由、労働と教育の権利など、さまざまなものがあり、すべての人が差別されることなく、これらの権利を得ることができます。また、人権デュー・ディリジェンス(人権DD)とは、企業がその事業、サプライチェーン、利用しているサービスにおいて、強制労働や児童労働、ハラスメントなどの人権リスクを特定し、それに対処するために取る行動のことを言います。

EU人権ガイダンスは、罰則を伴う法案である「EUコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス(CSDD)指令案」(2022年2月公表)に先んじて公表されました。対象企業に法対応の準備期間を与えるためです。CSDD指令案には、中国・新疆ウイグル自治区に関連した強制労働の問題などを受け、強制労働の排除などを含む、人権と環境に関するデュー・ディリジェンスの義務化が含まれています。

EU人権ガイダンスの概要

EU人権ガイダンスは、とりわけ国際労働機関(ILO)の基本条約を批准していない国や、少数民族への労働プログラムを実施する国にサプライチェーンがある場合、企業に注意を促し、十分な調査をすることを求めています。文書は全14ページからなり、主な構成は次の通りです。

【EU人権ガイダンスの構成要素】

  • はじめに
  • 目的
  • デュー・ディリジェンス - 実務的側面
  • 強制労働に関する特別な考慮事項
    ・ 強制労働のリスクに合わせた方針と管理システム
    ・ デュー・ディリジェンスの一環としてサプライチェーンやバリューチェーンを調査する際に考慮すべき、一般的に「レッドフラッグ」と呼ばれる強制労働のリスクファクター
    ・ 特定の高リスクのサプライヤーまたはサプライチェーン・セグメントの詳細なリスク評価を実施する際の考慮事項
    ・ 強制労働のリスクに対処する際の検討事項
    ・ 国が支援する強制労働のリスクに対処する際の配慮
    ・ 責任ある離脱のための検討事項
    ・ 是正のための検討事項
  • 責任ある企業行動のデュー・ディリジェンスを行う上での横断的な検討事項
    ・ ジェンダーに対応したデュー・ディリジェンスを適用する際の検討事項
    ・ 民族的または宗教的少数派の差別に関する配慮
    ・ 出所不明または高リスクの原材料に関連する強制労働のリスクに対処する際の考慮事項
  • EUおよび国際的な関連文書のリスト
  • 追加情報

※出典:「GUIDANCE ON DUE DILIGENCE FOR EU BUSINESSES TO ADDRESS THE RISK OF FORCED LABOUR IN THEIR OPERATIONS AND SUPPLY CHAINS」を基に筆者が翻訳・編集

EU人権ガイダンスのベース:OECDによるガイダンス

EU人権ガイダンスは、考え方のベースとして、経済協力開発機構(OECD)発行の「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」を取り上げています。OECDのガイダンスでは、6つのステップが示されています。

  1. 責任ある企業行動を会社の方針とマネジメントシステムに組み込む
  2. 会社の業務、サプライチェーン、ビジネス関係において、実際の、あるいは潜在的な悪影響を特定し、評価する
  3. 有害な影響の停止、防止、緩和
  4. 実施と結果の追跡
  5. 影響にどのように対処したかを伝える
  6. 必要に応じて、改善策を提供または協力する

【図:デュー・ディリジェンス・プロセス、及びこれを支える手段】

出典:責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス

EU人権ガイダンスでも、まさにこのステップに基づいて企業が取るべき行動を示しています。

EU人権ガイダンスのポイント

OECDが人権デュー・ディリジェンスについて具体的なプロセスのあり方を示している一方、EU人権ガイダンスの特徴や意義は、以下の3点にまとめることができます。

  • EU域内のあらゆる組織を対象としたガイダンスで、強制力はないこと
  • 形式面よりも実践面に重きを置いたものであること
  • 強制労働の排除に焦点を当てたものであること

対象は「EU域内で事業を営む全ての組織」であり、所在地、規模、業種、事業環境、体制を選びません。また、あくまでも指針であり、対象となる企業に従うことを義務付けたものではありません。実践面に重きを置いた内容となっていることも特徴です。

なお、人権にはさまざまな権利が含まれますが、同ガイダンスは強制労働の排除に特化したものです。いわば、「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」の強制労働編です。強制労働の排除に焦点が絞られたことで、「あるべき企業行動の姿」はより具体性を持って示されています。ゆえに、OECDのガイダンスにはない、強制労働に関わる具体的なリスクや対策についても述べられています。例えば、EU人権ガイダンスでは、企業が人権デュー・ディリジェンスの適用範囲を決める際に考慮すべき強制労働のリスクファクターを下記のとおり明示しています。

カントリーリスクファクター
  • ILO基本条約を批准していないか、実施実績が乏しい国
  • 以下を含む(ただしこれに限定されない)国が組織したプログラムを持つ国
    ・大規模な国家開発プログラムへの大衆動員(特に中央計画経済の場合)
    ・ 民族的、宗教的などの少数派に属する人々を対象とした労働・職業プログラム
  • 平和的ストライキを違法とする法制度を持つ国
  • 囚人労働政策およびプログラムを有する国
  • 政府や雇用者などによる脅迫や強制的な立ち会いなどにより、綿密なリスク評価を行うことができない国
移民や非正規雇用に関連するリスクファクター
  • 移民労働者、特に非正規移民労働者の雇用
  • 政府のリクルーターを含む第三者を通じて募集された労働者
  • 敷地内の宿泊施設、または雇用主に関連する敷地外の宿泊施設にいる労働者
  • 非正規に雇用された労働者
  • 書面による雇用契約の不在
  • 職場(特に危険な環境)に子どもや青少年がいる
  • 労働者が現地の言葉を話さない
負債につながるリスクファクター
  • 労働者に対する信用協定や債務スキームの存在
  • 労働者が賃金を自由に処分する能力に対する制限(例:賃金の不均衡な部分が宿泊費として差し引かれているなど)
  • 労働者が自分の身分証明書や住民票を自由に入手できない
  • 国内法や(関連する場合は)労働協約で認められている以上の時間外労働を労働者に強いている、もしくは罰則付きで強要している
  • 身体的または心理的な虐待、暴力、ハラスメントの発生

※出典:「GUIDANCE ON DUE DILIGENCE FOR EU BUSINESSES TO ADDRESS THE RISK OF FORCED LABOUR IN THEIR OPERATIONS AND SUPPLY CHAINS」を基に筆者が翻訳・編集

EU人権ガイダンスの活用方法

世界的に人権重視の流れが強まるなか、先行するEUのガイドライン作成や法整備に関する動向を捉えることは重要です。人権DDに関して後れを取っているといわれている日本においても2022年9月、人権DDに関する指針(責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン)が策定されました。この指針は法的拘束力のないガイドラインですが、EUにおいてCSDD指令案公表の前にEU人権ガイダンスが策定されたように、日本でも指針策定を足掛かりにして法律を制定する可能性を含めて検討されています。

CSDD指令案が導入されれば、同指令案が示す適用基準を満たす日本企業は影響を受ける可能性があります。CSDD指令案はEU人権ガイダンスを踏まえて作成されており、少なくともEU域内でビジネスを営む企業や取引先にEU企業がある企業は、同ガイダンスの示すところを正確に理解し、サプライチェーンにおける人権デュー・ディリジェンスの実現に向けた活動を進めることが急務と言えます。こうした活動を導入済みの企業も、既存の活動が同ガイダンスの示す内容を十分に満たすものであるのかについて確認しておくことが必要でしょう。

【参考文献】
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